#51 義父
「まだ地球には帰れないんですかっ?!」
作戦司令室にすごい剣幕で入っていくトウコは仮面の司令官、サエバ・ドール少将に詰め寄った。
隕石破壊作戦から三日から経過したが、トウコらリターナーは未だ月の基地に滞在中である。
戦闘の激しさからSVや戦艦の修理が不十分で万全の状態ではないのだ。リターナー基地よりも技術のあるメカニックや設備も整っているので、休息も兼ねた大規模なメンテナンスを行っていた
「私に言われてもな……君達の働きには感謝をしている。うちもダメージが酷くてね、出来れば地球からの補充部隊が来るまで居てくれると助かる」
トウコはサエバの仮面を顔から引き剥がし、壁に向かって思いきり投げつけた。
「どうでもいいんですよ、そんなことは。FREESの艦はとっくに帰ってるじゃないですか。何で引き留めなかったんですか?!」
「レディムーンから聞いているが君の扱いはあくまで捕虜だそうじゃないか。そんな君を返す真似は出来るわけがないだろう?」
椅子から飛び出し仮面の落ちたところに駆け寄るサエバ。
「サナちゃんを助けるためです! 協力してくれたっていいじゃないですか、この……ケチ、変人、マスク男!」
仮面が壊れていないか落ちた仮面を拾い装着するサエバの背に言い慣れない罵声を浴びせるトウコ。ふと、その背後に視線を感じてトウコは背後を見る。サエバと同じ白い軍服を着たガタイの良い男だ。
「トウコ君、探したぞ。その辺にしておかないと上官への暴言は不敬罪で営巣行きだぞ?」
腕組をして呆れた表情をするアマクサ・トキオ大佐が現れる。
「何ですか叔父様? 出撃ならしませんよ。小物の隕石ぐらいそちらのチームで何とかなさったらどうです?」
プイッと首を横に振るトウコ。
トキオはトウコの父と知り合いで、父が亡くなった後に後見人を買って出てくれた男だ。結局は親権をガラン・ドウマに取られてしまったが、それでも定期的に会って食事をするぐらいには仲の良い間柄だ。
「君からも言ってやってくれ。女の子一人を勝手に地球へ帰らせるわけにはいかないだろうと」
「……むっ」
「そういう顔をするんじゃない。トウコ、俺の戦艦で地球に行くぞ」
「そうそう……って、ちょっと待ってくれ!? 何だってそれ?! レディムーンに話は通してあるんだろうな?」
驚くサエバが慌てて二人の間に割って入る。
「月影瑠璃には話していない。俺の独断さ」
「それは許可できないぞ。上官として見逃すわけにはいかない」
「この基地に金を出してるのは俺の親父、天草宗四郎だぞ? 退役してるとはいえアンタより上だ……さぁ行くぞトウコ君」
「あっ、待ちたまえ!?」
サエバの静止を無視してトキオはトウコの手を引っ張り司令室を後にする。自動扉が締まる直前、トウコは振り向き様にサエバに向かって舌を出してやった。
「…………ありがとうございます叔父様」
「いいってことだ。月影瑠璃……あ、レディムーンにも休みが必要さ。彼女には健康診断を受けさせている。しばらくは動けん」
これはトキオなりの気遣いのつもりだった。
レディムーンもマコトたち《ゴッドグレイツ》の後を追ってすぐに地球へと帰ろうとしたが、急な体調不良に襲われてしまいドクターストップが掛かったのだ。治療も兼ねて月での療養に専念させている。
「危ういんだ、あの人。俺が何とかしなければいけない」
「好きなんですね、彼女のことが」
「パイロットとして昔から憧れていた。君だって真薙真という子は大切な友達なんだろ、なら助けるべきだ」
「……それは違うんですよ」
突然、足を止めて俯くトウコの心境は複雑だった。
「私は、サナちゃんのお父様を死なせてしまったんです。だから、私はサナちゃんに、サナちゃんの手で私を……」
乾いた音が廊下に鳴り響く。トウコは驚いて目を瞬かせながら痛む左頬を撫でる。
「す、すまない」
「……謝るくらひなら最初からしないでくださひ」
トキオの大きな掌から繰り出される平手打ちは、軽くでも相当な激痛だった。
「しかし、自分を命をもって償うのはどうかと思うぞ?」
「でも……それしか、方法がわからないんです」
トウコにとってマコトは色々な意味で特別な存在だ。
憎くもあり愛おしくもある、そんな気持ちが芽生えたのはトウコの瞳に植え付けられた〈アイオッドシステム〉のデメリットに過ぎない。
しかし、それでもマコトのことを友達以上に思ったことを否定したくはないのだ。
「なら寿命の尽きるまで、相手が許してくれるまでひたすら謝り続けろ。そうすりゃ相手も無視できない」
「死んだら許すと言ったら?」
「そういうこと言う娘なのか?」
「……言うかも」
「そりゃ詰みだなぁ」
二人はお高いの顔を見て思わず吹き出して笑う。
「とにかくだ。あの島から《ゴッドグレイツ》と《ゴーイデア》の二つを何とか取り戻さねばならん。協力してくれるな、トウコ君?」
トキオは手を差し伸べるとトウコは黙って頷き、握手を交わした。
◇◆◇◆◇
ガランの台詞は強く開け放たれた扉の音によって掻き消された。
「司令っ!」
つかつかと足を音を立てやって来たのは金髪の美男子、ゼナス・ドラグストだった。ここがFREESの施設だというのに隊員制服ではなく私服のような格好である。
「おかしいなゼナス。君はFREESを辞めたはずだよ? ここに入っていい許可は出してないけど……」
「ゼナス様が、FREESを?」
溜め息を吐くガランと驚きの顔を見せるマコト。
「久しぶりだね、サナナギ・マコト。君には言いたいことが沢山ある……しかし、今はそれどころじゃない」
「こちらもマコト君と話しているんだ。ゼナスの話を聞く暇はないよ」
「……司令、私は聞きました。島を……いや、エリア1を宇宙へ浮上させるというは本当なのですか?」
マコトの横を通り過ぎガランの元へ向かうゼナスか言った。
「そうだよ」
「そうだよって……エリア1は周囲エリアを稼働させるためにエネルギーを分配する大切な場所ですよ? それが無くなれば町に暮らす人々の生活が出来なくなります!」
「そうだね」
普段の彼から想像できない怒りに満ちた表情で捲し立てるゼナスだったが、聞いているガランは顔色一つ変えていない。
「申し込み終了は先週の話だし、選別は済んだはずだが?」
「今年に入ってから島の人間は何処かおかしい。貴方はFREESの指令官であってイデアルフロートの知事でも支配者でもない!」
彼らの会話が何を言っているのかマコトにはわからなかった。
「そんな傲慢な人間ではないよ?」
「私は幼い頃から貴方のことを信頼していました。それこそ親のように思っていたのに……」
自分が離れていた間に何が起きていたのか、ゼナスの様子から察するに良くはないことだけは確かなのだろう。
と、二人の言い合いを黙って眺めていると突然、建物を揺らすほどの地鳴りが響いた。
「な、何の音なの?」
ズンズン、と一定感覚で起こる震動。
ゼナスは壁に寄り添し、マコトは椅子にしがみついていた。ガランは懐から携帯電話を取り出して何処かに繋いでいた。
「私だ……そうか…………いや、彼女は出さないよ……変わりにゴッドグレイツを出す……あぁ……そのまま準備をしておいてくれ……頼んだ」
電話を切るガランはゼナスを無視してマコトの前に立つと真剣な面持ちで向かい合った。
「マコト君、君にやってもらいたいことがあるんだ。あれを見てくれ」
パチン、と指を鳴らすと壁に掛けてあった巨大な絵画がモニターに早変わりし映像が流れ始める。
そこに映し出されたものは海の中からたちあがる、まるで特撮ドラマにでも登場しそうな巨大怪獣だった。
ゴツゴツした岩石のような肌をしているが、胸と顔面にだけ真っ赤な結晶が張り付いている。
「あれは模造獣。かつて存在した人類の脅威だ。君にはゴッドグレイツでアイツを倒してほしい」
「な、何を言ってるんですか?! 彼女はまだ素人なんです、あんな化物と戦えるわけないでしょう!? なら私が出ます!」
またしてもゼナスのことは無視してガランはマコトの肩に手を置いた。
「君ならやれる、出来るね?」
「わ、私は……」
優しく、力強く触れているガランの手が、まるで父親に頼られているように感じてマコトは不思議と嫌ではなかった。
そんな二人の姿を遠目から恨めしそうにゼナスは見つめていた。




