#50 家族になろう
見渡す限り火の海が広がっていた。
元は高層ビルが建ち並ぶオフィス街だったのだろう。現在は無惨にも崩れた残骸が黒煙を上げている。
『ポイント77、こちらは片付いた。次の場所へ移動する』
応答なし。そもそも何処の誰に通信を送っているのか判らない。
マコトの《ビシュー》は真っ赤に蕩けた地面を駆け抜けた。
『まだ、いるのか。しつこいヤツらめ!』
瓦礫の影から現れた蜥蜴のような四足歩行のロボットが三体。高速で這うように移動する《蜥蜴ロボット》が《ビシュー》を囲むように飛びかかった。
『くっ……うぅわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁーっ!』
盾で最初の一体を弾き、二体目をライフルで撃ち抜く。三体目が身体に取り付くと両目のセンサーが激しく点滅する。すかさず《ビシュー》はバックステップで後退、三体目の尻尾を掴んで引き剥がし、裏返っている一体目に投げ付けた。
爆発。
自爆装置が作動して蜥蜴のマシン二体がバラバラに吹き飛ぶ。
『はぁはぁ……はぁ…………はぁ…………ふぅ……百、いったかな?』
倒した数がわからなくなるほど敵を破壊し続けたマコトの唇は乾ききっていた。
終わりの見えない戦闘。
どうして自分がここにいるのか、その理由も思い出せない。
『行かなきゃ』
マコトの《ビシュー》は宛もなくさ迷う。
上は暗闇、下は業火。
進路は暗黒、退路は猛火。
行くも戻るも地獄が果てしなく続く世界。
『一つ……二つ、三つ四つ!』
様々な姿をした機械の獣が《ビシュー》を取り囲む。敵はマコトに休む暇など与えてくれず次から次へと襲いかかった。
何故か弾薬の尽きないライフルを止めどなく撃ちまくり、全ての敵を撃墜していく。
だが、マコトの体力は消耗するばかりで既に限界だった。
通り様の一撃を食らい、膝から崩れ落ちる《ビシュー》を敵のマシンがチャンスとばかりに飛び付く。餓えた機械の獣たちに押さえつけられ《ビシュー》は肢体を次々に貪られる。
『……嫌だ。死にたくない』
怯えるマコトの手が脱出装置のスイッチに触れた。しかし、触るだけで止まり装置を作動させることは何故か拒んだ。
『私はベイルアウターじゃない……!』
手足をもがれ達磨状態にされた《ビシュー》に機械の獣たちが食らいつく。ハッチを壊され、肌を焼く熱風と無数の赤く発光する目がマコトを狙う。
『た、助けて……父さん…………ガ』
怯えるマコトは天に向かって叫ぶと目映い閃光に身体が包み込まれ、永遠とも思える悪夢から解放された。
◆◇◆◇◆
普段とは違う寝慣れない柔らかなベッドと枕に居心地の悪さを感じマコトは起き上がった。
「……どこ、ここ?」
覚醒しきってない頭とボヤけた視力で周りを観察する。
高級ホテルのような広くて綺麗な部屋だった。
キングサイズのベッドで転がるように端へ移動するマコトは、机に置かれた眼鏡を掛けた。
「…………っていうか、ゴッドグレイツ! に乗ってないのに、アレ……何ともない?」
呪いのような力が引き起こすに目の痛みも、身体の不調も現れてない。
不思議がっていると備え付けの電話が鳴った。
取るのを躊躇していると留守電に切り替わり音声が流れる。
『伽藍だ。調子はどうだい? 朝食を用意したから早く起きるといい。着替えは右側のクローゼットの中の物をお好きに……では待ってる』
「……ガラン……ドウマって」
イデアルフロートを守る特殊警察機構FREESの総指令官。
レディムーン率いる私設部隊リターナーの敵。
「私はどっちだ?」
一先ずマコトは寝巻きのパジャマを着替えるため、指定された大きなクローゼットから服を物色する。
ブランド物にはあまり詳しくないマコトだったが、いかにも高そうな衣類、ドレスなどがズラリと並んでいた。
「うーん……これでいいや」
高級な物には一切目もくれず、マコトは手に取った服をベッドに投げ、軽くシャワーを浴びると急いで着替え部屋を出た。
「お待ちしてましたサナナギ様。こちらへどうぞ」
扉の前で待ち構えていたメイドの後に続いて行き先へ案内される。
「どうぞ、お入りください」
メイドに促され両開きの扉の中へ入る。
奥まった広い部屋に真っ白なクロスが引かれた長いテーブルが一つ。手前の席に一人分の食事が用意され。一番奥では男が既に食べ始めていた。
「おはようサナナギ・マコト君。ささ、冷めない内にいただきたまえ」
「……」
「毒など入っていない。安心してくれ」
ガランは優しく微笑んだ。
暫し考えてマコトは着席し、自分の前に置かれ朝食を目にする。
オムレツ、コーンスープ、サラダ、パンの洋食。
一方、ガランのはマコトの物と内容が違った。
味噌汁、焼き魚、卵焼き、漬け物の和食である。
「サナナギ君は流行りの服は嫌いかな」
「えっ?」
「全て君のために用意したものだったんだが、まさか学園の制服を選ぶとは思わなかったよ」
ガランは驚いたように笑う。
青と黒いカラーリングのジャケットにスカート。マコトの通っていた大和アームズアカデミーの女子用制服だ。
まだ学園に戻りたいと言う意思表示の現れなのだが、クローゼットの中にある服たちはマコトには恥ずかしくて着れなかった、と言うのもある。
「アイオッドシステム、目の方は調子もう良いようだね。安心したよ」
「……やっぱり、何かしたんですね?」
「何かした、って言い方はまるで悪いことでもしたような風だな。空から落ちてきた君達を助けた。それだけさ」
味噌汁を啜り、焼き魚と卵焼きを口へ運ぶガラン。
「君も困っていたんじゃないのかい? 日常生活に支障が出るだろう。過ぎたる力は自分を滅ぼすと言う。普通のパイロットになるのにゴッドグレイツのような力は必要ない……と、こっちだけ一方的に喋ってしまったね」
「あ、いえ」
しまった、と言う顔をするガランだったが彼の話はまだ続く。
「ゴッドグレイツ……ジーオッドは私が作ったんだ。これでも技術者でね、昔はSV開発なんてことをしていたよ。あぁ、聞きながら食事をしてもかまわないよ」
そう言われマコトもようやく目の前の席へと座り、食事をいただいた。
「知っての通りアレは特別な鎧で人間の精神エネルギーを糧にして動く。元はとあるSV専用のね……今は存在しないが、共同開発だったんだ。そのSVを開発した彼に私は憧れていてね、天才だった彼のようになりたいと思った。心から信頼できる親友さ」
「あの、トウコちゃ……黒須さんから聞きました。ジーオッドの中には私の父が居ると」
早速マコトにとって重大な話を切り出す。
ガランの発言の結果によって、これからのマコトが取るべき行動が大きく変わる。
「…………そうだね。隠していたこと、君には謝らなくてはいけない。すまなかった」
突然ガランは立ち上がり、マコトの方に向かって深く頭を下げて謝罪する。
「君の父、真薙裕志は命を狙われていた。とあるSV事故の犯人の汚名を着せられてね」
ガランは経緯を話す。
元々FREESへのスカウトする予定があった父ユウジだったが、ガランが暗殺者から救出すべく保護に向かったときには助からないほどの重症であった。
父ユウジは風前の灯火の中「自分の命を無駄したくはない」と開発中だった《ジーオッド》を完成させるべく己の魂を機体に預けるのだった。
「それ……本当の話なんです?」
真剣な眼差しで話すガランを疑うマコト。
父が亡くなったのは小学校に上がる直前の話だ。その時の記憶がはっきりと思い出せないが、ガランの話には何か引っ掛かるところがある。
「まさか娘の君が乗ることになるなんてのは思わなかったさ。これは奇跡と言っていい」
「そう、ですね……それでガラン指令はゴッドグレイツや慈愛の女神を使って何をするつもりなんですか? リターナーのレディムーンって人は、この島のことを憎んでるようでした」
マコトが質問する。
「ふはは、私を漫画やゲームの魔王か何かだとかと勘違いしているようだね?」
おかしなこと言ったつもりはマコトにはなかったがガランは笑う。
「じゃあ、何なんですか?」
「私はこう考えている……人類はもっと増えるべきだと。増え続け、地球を出て、宇宙を知るべきだと。ホモ・サピエンス・スペリオル。宇宙に対応できる超人類になるための段階に我々は、すぐ目の前にいるのだと」
「は、はぁ……」
話の内容が壮大過ぎてマコトにはガランの言っていることが理解できない。
「つまりだね。人類が未来永劫に繁栄できるための計画をしているんだ。数十年、数百年単位でね。それを今から行っている」
「なら何でレディムーンは島に恨みを」
「……男女の問題」
一瞬、頭の中で変な想像をしてマコトは赤面する。しかし、それはあながち間違いではなかった。
「私はね、思春期の女の子の前でする話ではないが……あぁ……精子に、問題があるんだ。子供を作れない体質でね、未だに嫁も子供もいない」
ガランは取り出した写真をテーブルの上で滑らせマコトの席まで流す。写っているのはマコトのよく知る白衣姿の少女だ。
「ヤマダ・シアラ。彼女は、さっき言った親友の精子から人工受精で生まれた子なんだ。彼女を養子として育てていたのだが……彼に似て一筋縄ではいかない子に育った。あの歳で私を離れ、自立の道を歩んでしまった」
寂しい表情をするガランだったが、すぐに明るい笑顔でマコトを見つめる。
「サナナギ君は確か、母親と上手くいってないと聞いたよ。ほぼ断絶状態で名字も父親のものを名乗ってるそうじゃないか」
「はい、それが何か?」
一呼吸置いてガランはマコトの目を真っ直ぐ見ながら驚きの提案をする。
「そこでなんだが、君が良かったら私の養子にならないか?」




