#43 デメリット
たとえ、この手を失ったとしても。
たとえ、この足が無くなったとしても。
誰からも見向きもされず、存在が消えてしまったとしても。
だとしても……。
リターナー襲撃事件から翌日。
基地を襲ったSVの機体解析とパイロットの司法解剖が行われた。
結果、パイロットに施された特殊な目がSVとリンクして何らかの力を働かせ能力の向上を促している、と推測される。
レディムーンが持ち帰ったFREESのデータの一部、隊長格SVに搭載されたIDEALの遺産“セミDNドライブ”に関連があるとわかった。
「永久機関、人の意思を感じ取ってエネルギーに変換するDNドライブの模造品。それを純正と同じレベルにまで力を高める為には人の方を変える、なんて思い付かんかったわ」
格納庫の作業部屋。リターナーの整備士長、相見丁太は白髪の頭を掻きながら報告書のデータを眺めた。
「ノリだ、とか、気合いだ、とか科学者には思えない根性論や精神論が好きな“アイツ”の仕業とは思えんぞレディムーン? お前よりも付き合いは長いからわかる」
アイミは部屋の小窓から整備作業中の《ゴッドグレイツ》をぼんやり眺めるレディムーンに問いかけた。
「……全部、力を与えた貴方達のせいでしょ?」
目も合わせず苦虫を噛み潰した表情で呟くレディムーン。
「何度も言わせんでくれ……確かに選んだ人間が悪かった。しかし、当時の彼には希望があった。技術を託すに相応しい人間だと思っていたんだよ」
「それが今の世界なのよ。SVの発展は人の原始的な闘争心を呼び覚ましてしまった…………私も、そうよ」
元パイロットが批判することではないことにレディムーンは気付いていた。自分と言う存在がここにあるのは何よりもSVと言う人型兵器があってこそなのである。だからこそ、その矛盾に苦しめられてしまい数年はSVに乗ってはいない。
「アレ、中のSVが消えていたそうね」
レディムーンは分離作業中の《ゴッドグレイツ》を指差す。
先の戦闘で昏睡状態だったはずのマコトが目覚め、ミナモから《戦射》を奪い《ゴッドグレイツ》へ合体した。戦いの終わったあとでパーツを分離させると中身である《戦射》が消失してしまった。ガイから話を聞くと「今回で二度目」らしい。
「ゴッドグレイツ……ジーオッドが合体するに相応しいマシンではない、とでも言うのかな」
「あるの? そんなモノが」
「…………GA01ならば」
少し躊躇いながらアイミがその名を口にすると、レディムーンの表情が一瞬だけ悲しそうに目を細めた。
「彼は十数年前に消息を経っている。島の女神様はどうなの? アレも同じなのでしょ?」
「あれはただの模造品だよ。似ているだけでGA01には程遠い紛い物さ」
「そう……」
先月の奇襲作戦、最大の目的である《女神》の奪取は失敗に終わった。その代わりにパイロットを誘拐したのは取引材料にするためだったが、こちらからの声明にイデアルフロートから応答はなく、だんまりを決め込んでいる。
「あの少女から新しい情報は引き出せた……こちらで利用できる内はいかそうと思う」
「……なぁ、お前さん最近ちゃんと寝ているか? 顔色が悪いぞ」
「元々こういう顔なのでお気遣いなく…………と言いたい所だけど。そうね、ちょっと休息を取らせて貰うわ」
「あまり一人で気負いすぎるな。誰かに力を借りるのも手だぞ?」
「…………考えとくわ」
そう言ってレディムーンはフラフラとした足取りで格納庫を出ていく。
ふと空を見上げて思い浮かぶのは、かつて一緒に戦ったIDEALの仲間達の顔だった。
「彼らはもういない。だからこそ、一人でやるしかないんじゃない……」
◇◆◇◆◇
戦闘によって破壊された基地の修復、瓦礫の撤去作業を手伝っていたマコトは恨めしそうに人だかりの方を見詰める。
『これはこちらで良いんですね? はい、では乗せますよ。次はそちらの撤去? すぐ行きます!」
青紫のSVがテキパキと動き、飛び回り作業は効率よく進んでいた。旧式の可変機である《戦人》はリターナーのリーダー、レディムーンがかつて搭乗していたマシンだ。
骨董品な機体が動いている物珍しさと、卓越した操縦テクニックによる無駄の無いスピーディな仕事に手を止め、脚を止めて見入るリターナーのスタッフ達で賑わっていた。
それを動かすのはクロス・トウコ。FREES側の人間だと言うことはリターナー内に知れ渡っていることだが、基地を襲撃する敵のSVを倒したことから一目置かれ、積極的に修繕作業に参加してリターナーの人間と打ち解けていた。
「……私だって、SVを使えばあれぐらいやれる」
持て囃される親友を見てマコトはイライラして落ちているガラスを踏み砕く。
手も足も出ず無様に負け、勝手に病室から抜け出してしてしまった罰に一週間SVの搭乗を禁じられてしまった。
「SVされあれば……」
「そのSVの一機、どっかやっちゃったのは何処の誰っスかぁ!?」
マコトの背中をホウキの先で突くのはリターナーの少女パイロット、ミナミノ・ミナモだ。支給された作業用のジャージを着て、一緒に建物の地面に散乱したガラスの破片などを片付けている。
「返せっス! オレの《戦射》を返せっスぅ!!」
「無理だよ。私も何処に消え去ったのか私にもわからんもん」
「そんなぁ……酷い。酷すぎるっス!」
少ない任務の報酬でカスタマイズしたミナモのSVは《ゴッドグレイツ》により吸収されネジ一本も残っていない。マコトは気にもしていないが愛機を失ったミナモは、その日からずっとマコトに付きまとうのだ。
「一旦休憩ー! 作業中止ですー!!」
「お昼ご飯ですー!」
基地内の移動に使う電動カートに乗った隊員の少女たちが現れる、正門付近で炊き出しを行っているのて朝早くからの作業に取りかかっている者たちに呼び掛けている。
「ごはん……そう言えば昨日から何も食べてないっス」
作業を中断して炊き出しに向かう人を眺めながらマコトたちもそれに続こうとするが、まだ《戦人》だけが休まず働いているのが気になった。
「…………」
「あの人まだやってるっスね。仕事熱心だなぁ」
周りに人がいなくなったことに気付いたのか、ポツンと二人だけになっているマコトたちの元に《戦人》が作業の手を止めて近付いてきた。
「トウコちゃん……」
目の前で屈む《戦人》のハッチが開き、パイロットのクロス・トウコが機体から降りる。マコトたちと同じくジャージを着用しているが、持ち前のスタイルの良さで別物に見える。
「……サナちゃん」
見詰め合うマコトとトウコ。互いに名前を呼ぶだけでその後の会話が続かない。その様子を不思議そうにミナモが見守る。
マコトの心境は複雑だ。
目の前に父の仇らしい相手がいる。それが親友だった少女であると思うと、どうしていいのかわからない。トウコの返答次第になるだろう。
「一体どういうことなの?」
と、マコト。
「何がです?」
トウコが首をかしげる。
「だから本当に…………私の、父さんを……」
「うん。殺めました」
かっとなったマコトの拳がトウコの顔を打ち、強引に押し倒して馬乗りになった。
二人を止めた方がいいのか、ミナモは後ろで右往左往している。
「…………酷いな。ねぇ、サナちゃん……女の子なんだから暴力で解決しようとするのは良くないよ? そう言うことするの多いよねサナちゃん」
「うるさい、うるさい!」
トウコに言われて殴る手を躊躇させるマコト。
最初の一発で口を切ったのか、トウコは血の混じった唾を横に吐き出す。
「あの時に言った言葉は全て本当です。サナちゃんのお父さんの死に私は……FREESは関わっている」
震えるマコトの拳をトウコは両手で包む。
「でも、それは貴方のお父さんが悪いのよ? サナちゃん“バイパーレッグ”って知ってる? 十年前ぐらいにそう言う名前のテロリスト集団が居たの」
「……何が言いたい?!」
「奴等のせいで私は両親を失った。その集団に貴方のお父さんが居たの」
「で、デタラメを言うな!? そんなこと、あるわけないだろっ?!」
手を振り解きながらトウコの頬を叩く。
「……ふ……ふふ…………ふっ」
トウコは声を押し殺して笑っているかと思いきや、その目から涙を流していた。
「私はアンタを…………うっ……?!」
突然、体が締め付けられる感覚がしてマコトは胸を押さえ始めた。鼓動が激しくなり、奥から何が込み上げてくるものがある。
「おっ……ん…………うえぇっ……」
マコトが嘔吐する。吐いたものがトウコの胸に全て掛かった。
「なんスか?! サナナギさん、どうしたんスか?!」
慌てふためくミナモはマコトの背中を擦る。吐瀉物が掛かっていることには気にも止めずトウコは身体を起こして踞ったマコトを脇から抱える。
「戦人に運んで、早く!」
「はっ、はいっス!?」
言われるがまま手伝うミナモとトウコの二人で《戦人》のコクピットへと上がりマコトをシートに座らせた。
すると、呼吸の荒さも収まりマコトの表情も段々と安らいでいく。
「……落ち着いた……?」
「はぁはぁ……はぁ…………はぁ………………うん」
「ほっ。いきなりビックリしたっスよ、もう」
ミナモとトウコは安堵した。
急激な体調不良は何もなかったように驚くほどスッキリしている。
「…………だから、私はサナちゃんがSVに乗るのを止めたかった」
トウコはまた泣いている。マコトに殴られて赤くした頬に涙が伝わる。
「その目……アイオッドシステムには、特別な力を得る代わりにデメリットが存在する。それは人それぞれなんだけど、コンプレックスとかトラウマとか、そう言うのが関係するらしいわ」
マコトの頬に触れ、親指で下瞼を開かせるようにして両目を見詰めるトウコ。
「サナちゃんはパイロットになるという夢のせいで、コクピット恐怖症になり強制脱出者なんて呼ばれるようになった」
「それは……」
「けど、それが《ゴッドグレイツ》のせいで克服して、デメリットが反転してしまった……のかもしれない」
トウコはマコトを抱き締める。
「私のデメリットはね“愛”だと思うの。親に愛されなかったから、誰に愛されたいって思ったから、私は《ゴーイデア》で慈愛の女神の巫女なんてことがやれた。でも、私が好きなのは」
「何してんだよ、お前ら」
開かれたコクピットに人の影。そこには傷の男、ガイが立っていた。怪訝な視線を向けているガイを目にして、トウコはゆっくりとマコトから離れる。
「待ってんのにお前ら来ねぇからよぉ……どうしたマコト?」
覗き込もうとするガイからマコトを隠すようにトウコが立ち塞がる。
「あら、初めまして……えーと、ヨロイさんでしたっけ?」
「ガイだ、ゲロ女」
「トウコです。よろしくお願いしますね?」
うふふ、と笑顔のトウコ。
ガイにはトウコの考えが読めなかった。
こちらの暴言に対して心の中で何も反応がないのだ。シャツの吐瀉物にも不快感を覚えておらず、挨拶も普通に返された。
声をかける前にコクピットの中の会話を盗み聞きしていたが、トウコのマコトに関しての思いは底知れないものを感じる。
どこまでも深く黒い愛の感情。
──コイツはヤバい。俺がマコトを守らなきゃな。
何故だか、そう誓うガイ。
あの少女が居てはマコトに悪い影響が出る、という気がしてならない。
新たな波乱の幕開けであった。




