#24 ブルーティアー・レッドブラッド
唖然。
騒然。
驚愕。
恐怖。
様々な感情が演習場を包み込んだ。
生徒達の誰もがでマコトの強制脱出で大恥を晒す展開になるだろうと予想、願望していた。
だが、実際の結末は生徒達が思っていたこととは全く違ったのだ。
「……ひっ…………うあ、あぁ……あっ?!」
体を丸めて震えるフタバ・サツキは引き剥がされたハッチからマコトの操る《訓練用ビシュー》を見詰める。特に珍しくもない見慣れた機体であるが、今はあの一つ目のカメラアイがとても恐ろしい。
その左手には同型の《訓練用ビシュー》のひしゃげた頭部が握られていた。それはフタバの搭乗している機体の物である。
『それまでだ! 真薙真、これは演習だぞ! 警告したのに、やり過ぎだ!』
管制室から審判役のSV教官によって両機の操作が緊急停止された。
訓練機の出力は安全を考慮して押さえられているにも関わらず、目の前で起きたのは惨状に目を覆いたくなる。フタバの乗る《訓練用ビシュー》は、丸で野性動物に食い殺されたかのように、身体のあちこちは引き裂かれズタズタにされていた。
記録用に撮影していた映像を確認する。
マコト機は先制攻撃するフタバ機の模擬弾入りライフルをスレスレの所で回避しながらゆっくりと進行。
異様な感じに圧倒され後退しようとするフタバ機の脚部にマコト機のハンドガン一発が間接へ命中し転倒。
すぐさまフタバ機も倒れながら応戦するもマコト機は覆い被さるようにして装甲を無理矢理に剥ぎ取りだす。
もみくちゃになり暴れるフタバ機を一方的に殴打、そして頭部を引き千切る。切断面からは赤黒いオイルが滴っていた。
「サナちゃんっ!?」
叫ぶトウコが演習場に入り込みマコトの元へ駆け出す。空に頭部を掲げたまま止まる《訓練用ビシュー》によじ登り、手動開閉レバーでハッチをオープンさせた。
「…………どうしたのトウコちゃん?」
パイロットのマコトは目をぱちくりさせて平然とシートに座っている。あれだけ荒々しく戦ったのに汗の一つも掻いていない。
「……サナちゃん、大丈夫なの?」
「何が? 普通だよ、普通にやった」
手を伸ばすトウコに掴まってマコトは自機から降りる。
大欠伸をして身体を伸ばしていると、また一人マコトへ駆け寄ってくる者に顔面を殴られた。
「サナナギ私は狙撃手なのにお前は私に手を出させたそんなの絶対に許さない」
意味不明なことを喚き散らしながら拳を振るったのは、右目に大粒の涙を浮かべたフタバである。地面に倒れるマコトは殴られたときに飛んでいった眼鏡を拾う。
「…………ヒビだ……」
表情が固まる。愛用の赤い眼鏡のレンズにはヒビが入り、左の蔓が折れてしまっていた。
「ちょっと亀裂が入ったから何ですか私の機体はヒビどころか全体的に無茶苦茶ですよSV一機がいくらするか分かってますか訓練用とはいえちょっとした新車より高いんですよそれを」
「フタバ教官代理ちょっと落ち着いて!? サナナギ君も後で指導室まで来るように」
「……パパの眼鏡……が…………ぅ……あぁぁぁあぁぁぁぁーっ!?」
堰を切ったようにヒステリックな叫びを上げるマコトには彼女らの声は届いていなかった。
「先生方、彼女を保健室へ連れていきます!」
「パパの…………大事……な……うぅ…………ぅぅああぁぁぁーんっ!」
目から涙と血涙を流すマコトの目を慌ててトウコはハンカチで拭く。
呆然となるマコトをトウコはゆっくりと立ち上がらせ、二人は演習場の出口へ向かう。
殴った方のフタバはというと正直、あれだけやられてしまい仕返しに殴ってしまったのは大人げないと感じている。見た目の割りに気性の荒いヤツだった、と手を出した後で直ぐに反撃に来るかと身構えたが拍子抜けする。あそこまで泣かれたら自分が悪いみたいだ、と嫌な気持ちになった。
他の生徒達も異様な状況にざわめき、マコト達に白い目を向ける。尚も泣き止まないマコトをトウコは必死に背中を擦り宥めるのだった。
◇◆◇◆◇
時刻は深夜零時。
ここはイデアルフロート第5エリア、島の産業を司る工業地帯。
最新の技術が集結し、中でもSVの製造に関しては、国内でトップシェアを誇るトヨトミインダストリーの販売台数を一時期だけだが抜き去るほどだった。
「親方、今月のFREES会議案内書が届いてますけど」
「不参加だバカモノっ! 今忙しい!」
休憩室。部屋の隅に作られた四畳半の畳スペースで寝そべりながら、ラジカセで大音量の音楽を流してプラモデルを作る親方と呼ばれた大男は、部下の手渡した手紙を灰皿に落として火の着いたタバコをグリグリと押し付ける。
「また第6のアイツに頼んどけ! ウチは何にも問題ねーってな!」
「いやいや、納期が少し遅れ気味ですよ……急にSVの増産を急がせろだなんて上も無茶言いますよーまったく。あとソレ煩いですよ」
「煩いってなんだ!? 虹浦セイルだぞ!」
「知りませんよそんなの」
「往年のアイドルソングはラジカセで聴くに限る! でもな、最近に出した曲……あれば駄目だ! 何か違うんだよなぁ! なんつーかよ、別人が歌ってるみたいな……やっぱアレか! 加工とか修正を強くしすぎてるのか!」
呆れる部下を尻目に親方は歌でノリノリになりながら爪切りを使ってパーツをランナーから外していく。初めにバラしてく派であった。
この男、名を仲頼鉄勝はFREES第五番隊の隊長である。が、戦闘員ではなく工業エリアを仕切る言わば取締役社長。
本人は気軽に〈親方〉と呼ばれる方が堅苦しくなくて好きなので、部下にはそう呼ばせている。
「いいんですか? 無視ばっかして、いい加減に出ておかないと、ま
たあのカゲロウさん来ますよ」
「言わせときゃ良いんだ! あんなトカゲ女はよ! それよりも今日の作業終わったのか?」
「は、はい」
「それならさっさと帰れ! 嫁さん待ってんだろ?! ここは俺の寝床でもあるんだからな!」
と言っても座布団を丸めて枕代わりの雑魚寝しかできないし、散らかしたプラモのせいで大きな身体は畳スペースからハミ出ていた。
「……親方、娘さん死んでから無理してませんか?」
「バカヤロー! オメーよぉ、死んだと決まってねーだろーがい!」
ガバッと起きて眼前で怒鳴る親方の迫力に負けて部下が腰を抜かす。
「ひぃーっ……!」
「アイツはよぉ自分のバイク捨てて逃げるようなヤツじゃあない! きっと……ほら、事情があんだよ! 学校行きたくねーとか、年頃の娘はそんなんだろ!」
口ではぶっきらぼうなことを言うが本当は心配でしかたなかった。食事も毎日五食だったのが普通に三食しか取らず禁煙していたタバコも吸うようになった。
「ところで親方……知ってます? 最近、夜な夜な加工場が荒らされているのを」
「なんだそれ? 止めてくれ、怖い話は駄目なんだよ!」
見た目の割りにホラーやオカルトの類いは苦手であった。
「人感センサーには反応は無いんです。外部からの出入りした形跡も無いし、でも監視カメラに写ってるのが……えーと……これです!」
部下は自分のスマホで映像を再生して見せた。
そこはSVの改修や改造を行っている工場の映像だ。
「……なんじゃこれは……ウサギの耳?」
暗くてはっきりとは見えないが人間より大きなシルエットの物体が廃材入れを漁っているのが映っていた。その頭部に二つの長い廃材の板を取り付けている。
「今夜、捕まえようと思うんですよ。また動き出すはずなんです」
テッショウと部下は工場から出るフリをして、裏口から再び中へ侵入して犯人が来るのを待った。
スマホで監視カメラの映像を確認しながら、動く物体が無いかチェックする。
そして待つこと一時間後。ようやく犯人は現れた。
「デタ! 行きましょう親方!」
「よっしゃあ! 取っ捕まえて引きずり町中を回してやる!」
二人は潜んでいた急騰室から急いで問題の加工場へと走った。
乱暴に鉄の引き戸を開けて、照明のスイッチを全部オンにする。
「……なんだぁコイツァ!!」
工場に響くほどの大声でテッショウは驚く。
犯人は人間ではなかった。
緑色で三メートルほどの大きさな人型をした鉄の塊、頭に耳のような薄い鉄板を付けた小型のSVである。その腕の先から延びた三つ爪のアームにはピンク色の塗料とハケを掴んでいた。
目があった瞬間に小型SVは逃げようとするが、足元のケーブルに引っ掛かって盛大に転んで集めた廃材と塗料を床へぶちまけた。
「親方、このSVって《ハーティア》の無人ユニット!? ドーリアンの二号機」
「ハーティア? ……あぁ、あのウサギっぽい感じにしてくれぇって騒いでた女の子か」
「でも何で勝手に動いて……あれは専用機で本人以外乗れないのに。ま……まさか、幽霊っ?!」
テッショウが近づくと小型SVこと《ドーリィ2》は姿勢を正して上半身を前後させる。
「コイツ、謝ってるつもりなんですかね?」
「ふーん……」
散らばった廃材を片付けると《ドーリィ2》はジェスチャーで必死に何かを伝えようと動く。
その仕草はとても機械とは思えない自然な動き、それも女性的だ。
「うん、うん、わかる! わかるぞ!」
「え? マジで言ってるですか?!」
「俺はな! 機械の言葉が分かるんだよ!! コイツは人間になりたいんだな!? わかった待ってろよ! どうにかしてやる!」
テッショウは自分の工具を取りに出ていく。後ろ姿を見送る部下は、不思議に思って視線を下に落とす。
よく見ると《ドーリィ2》が塗料で床に文字を書いていた。
『ワタシ ハ ニンゲン ウサミ』




