#17 待ち構える者
模擬SV試合から数日が経過する。
ガイが宿舎を訪れると眼鏡の下に眼帯をしたマコトが大きな鞄を背負って部屋を出ようとしていた。
「おいおいおい、荷物纏めて何処に行こうってんだよ?」
「何って、島に帰るんでしょ! 付いてこないでっ」
かなり機嫌の悪いマコトはガイの呼び掛けに止まることなく素通りする。アリスとの戦いの後、周囲から冷やかな目を浴びて居辛い雰囲気になってしまった。ガイ以外にもレモンやオボロ達が励ましたりしていたのだがマコトの曇り顔は晴れない。
「やや? ビシューのパイロットじゃないっスか~」
そこにやって来たのはトレーニング帰りのミナモとヤマブキだった。余程、過酷だったのか二人の全身から湯気が出るほど汗だくである。
「お出かけなんス? ユーは何しに行くんスか~? 俺も連れてって欲しいっス」
「…………退いてよ」
妙なテンションでボディタッチしてくるミナモを睨むマコトは、その手を振り解いて先に進む。
「ご機嫌ナナメ三十度っスか……」
「……、……そういうアレだから嫌われる」
肩を落としてショックを受けるミナモ。そんな彼女をヤマブキは引っ張ってシャワールームに向かっていった。
「待ってくださいサナナギさん!」
またもマコトを呼び止める声。
「今度は何?」
「私と貴女との勝負、まだ終わってません!」
と、アリスはマコトの前に立ちはだかる。
「……私の降参でアンタの勝ちってなったでしょ」
「納得いきません! 手を抜いたんですか? 貴女より年下だからわざと負けたんですか?!」
「そこらへんにしとけアアア。マコトは、そういう奴なんだ」
ガイの言葉にマコトの動きが止まる。振り返ったマコトの表情は怪訝だった。
「ねぇ……そういう奴だ、って何よ?」
今度はマコトがガイの方へ詰め寄る。
「今、私の事を馬鹿にしたでしょ。そうでしょ?」
「はぁ? なんだよ……ベイルアウターなんて言ってないだろ。ふてくされてんじゃねーよ!」
「今言ったね?! ベイルアウターって言ったわね!」
ほとんど言いがかりでマコトは突っかかる。荷物をガイに投げつけ、怒りを露にする。
「そうよ、悪いの?! 私なんかSVパイロットの素質なんてないのよ。こんな眼鏡かけてるくせに才能の欠片も無いダメ女よ!」
すごい剣幕でヒステリックに叫ぶマコト。その迫力に後ろでアリスは呆然と立ち尽くす。
「あの《紅頭》の手助けが無きゃ、まともに戦闘も出来ないわよ……だから」
「そこまでよ」
今にも手が出そうなマコトとガイの間を遮ったのはレディムーンとオボロだった。
「レディムーン!?」
「彼女の意思を尊重しましょう」
「いいのか、レディムーン。こいつの力は」
「出ていくならそれでいい……その代わり貴女の機体とジーオッドはこちらで預からせて貰うけど構わないわね?」
「……別に良いですけど。元は学園の所有物だから」
自分の物でもないが勝手に了承するマコト。
「本当に良いのか? ヨシカがお前の為にチューンナップしたSVなんだぞ?」
とオボロ。今もマコトが何時でも搭乗できるように機体の整備を行っている。
「あの子は機械イジリが出来れば何でも良いんですよ……」
「決まりね、じゃあ行きましょうか。秘密保持の為に途中までは目隠しさせてもらうわよ?」
そしてマコトとレディムーンの二人は宿舎を出ていく。ガイとオボロは見送るしか出来なかった。
◇◆◇◆◇
大和県イデアルフロートに向かう大型客船を見送りながら黒須十子は港の埠頭で潮風に当たりながら地平線をぼんやりと眺めていた。
ここは本土と島を結ぶ停船場である。FREESの出張所も兼ねているが水族館や遊園地など一般人も利用できるレジャー施設が沢山あり、収益の一部はイデアルフロートやFREES部隊の活動資金となっている。
せっかく久しぶりに本土に来たのだから何か美味しい食べ物でも味わいたいな、とトウコは本心では思っていたが目的は観光ではない。
「でもさァ、ボク島のクッソ不味い人工食品なんかよりご当地のグルメとか食べてみたいなァ? 食べたい食べたい!」
白衣の少女ヤマダ・シアラがコンクリートの床に寝そべり駄々をコネだした。通行人たちが騒ぐ彼女を見てクスクスと笑っているのが一緒に居て恥ずかしい。
面倒くさいと思いながらもトウコは馴れた手付きでシアラの両脇に手を入れてスッと持ち上げ立たせる。白衣に付着した砂や埃を払い両肩を掴んだ。
「シアラちゃん……いいえ、ドクターYs。貴女の使命は何?」
「いたいけな少女に随分と難しいことを聞くなァ? わたくし、ヤマダ・シアラの使命は一に日本制覇、二に世界平和、三に地球進化ァ!」
「そう、日本だけじゃない……世界、いえ宇宙に人類が生きていく為のフロンティアを拡大していかなければいけない。ゴーイデアは私にそう告げました」
「頭がメルヘンだって人に言われない? 現実を見ようよ……向こうのオバチャンみたくなっちゃうよ?」
シアラが指を差す。背の高い金髪の美青年とネコ型のニット帽を被った若作りの女が立っていた。
「は、ふぁ……ぶぇーっくしょんっ!!」
「大丈夫ですかウサミさん」
「ん、あぁーやっぱ美少女は何時でも何処でも噂されるものよねぇ」
ゼナス・ドラグストはポケットティッシュを宇佐美心に手渡した。
「本当にすいません」
「ちーん……そんな謝ることないわよ。これはココロが勝手にやったこと……上手くいけば手柄も私のもの……そう言う事にするって約束でしょお?」
ボソリと本音を漏らしながらウサミは言う。
「この港から紅いSV……“赤兜”を運ぶトレーラーの目撃情報があった。数十キロ先に統合連合軍日本支部の基地がある。匿っているのか、それとも」
「あんまり気負っちゃダメよゼナスちゃん。 若い内から生真面目に生きるとね……ってもーこれじゃココロがオバサンみたいじゃなーい!?」
勝手にノリツッコミで叩こうとするウサミだったが、ゼナスは避けていく。
「そこの特待生! 何よその目は?! そんな目で見るんじゃないわよ!?」
怒鳴るウサミ。トウコとシアラの二人はゼナスに誘われFREES隊長であるウサミの仕事ぶりを見学する為に同行している。実はトウコがFREES一番隊隊長だと言うことは知られていない、トップシークレットなのだ。
「なぁ白衣の少年」
ゼナスがシアラに呼び掛ける。
「ボク女の子だよ」
「それは失礼した……君は学園の生徒じゃあないだろ? 確か、サナナギ君の……あぁ」
言いかけてゼナスの表情が暗くなった。
「先週、セントラルでの騒動があって行方不明だったな。友人の乗ったバイクだけが残されていて、捜索願は出したのだが……このままでは死亡届
を」
「サナちゃんは生きてますよ」
トウコの言葉にゼナスは驚く。
「だが、島を出た形跡すら無いんだぞ? そんな事あるわけ」
「“あの”サナちゃんなんです……きっと隠れてるだけなんですよ。ほら、いつかの廃墟を使った潜入訓練の時も」
「たしか丸二日間、クラスの全員から逃げ切ったんだったな」
「逃げるだけじゃダメダメよ。生きてるなら生きてると言いなさい……ってそんな事はいいのよ! 今回の主役はココロなのっ!」
と、顔を膨らませるウサミ。
「一機でやれんですかァ?」
挑発するシアラ。ウサミは一瞬だけ険しい顔をしたが、眉間に寄せたシワを指で伸ばしながら笑顔を見せた。
「ココロの《ハーティア》をそんじょそこらのSVだと舐めないで欲しいよね。今日は本土で改修してパワーアップしたのを見せて……」
自慢気に話すウサミだったが突然、鳴り響くサイレンの音に台詞は掻き消された。
「警報? でもこれは」
けたたましい音とは別の機械音を察知したゼナスは空を見上げる。何かの物体が高速で頭上を落ちると、続いて大きな爆発音。石やコンクリートの細かい破片が降り注いできたが掠り傷にもならない程度である。
周りを確認して一同が目にしたものは、燃え上がり煙を吹き出す船や観光案内所の建物。そして三体のSVだった。
「あの黒いSV……学園を襲った」
「バイパーレッグの残党とか言うヤツね? 丁度良いわ……見てないよ特待生! ココロちゃんの華麗なテクニックに酔いしれるがいいわね!」
こんな時に悪ふざけた言動のウサミに、トウコは少しだけ苛立ちを覚えた。隣のシアラも何故かワクワクした素振りを見せるので右の頬をつねっておく。
(サナちゃん……来てくれるよね?)
「いふぁい、いふぁい!」




