#11 メルティング・フェノメノン
──私、パイロットになるためなら何だってやります!
去年末にマコトは“彼ら”にそう誓って、強い力を手に入れた。
SVシミュレーターでの成績は学年トップどころか過去のスコアを塗り替えるほどの実力を発揮している。運動能力も他の生徒と同じ基礎トレーニングを受けているのに──筋力を除けば──負け知らずだ。
皆から尊敬の眼差しで見られていた。
そのはずなのに、実機演習でやらかしてしまった緊急脱出の事件。
マコトは“彼ら”に抗議したが、どうしてそんなことが起きてしまうのか原因は不明だ。数回に渡ってカウンセリングも行ったが、肉体も精神も問題は無く「現状維持で学園生活を送ってくれ」と最終的には帰された。
SVに乗るためにマコトは大和県、イデアルフロートまでやって来たのである。
それが生徒や教官に蔑まれ、非常に辛く苛酷な毎日で心は荒む一方だった。
あの日、赤い鎧の魔神と出会うまでは。
◆◇◆◇◆
「…………アームドアーム、接続に問題なし。正常に起動を確認。エネルギーを腕部に集中、これより接近戦を開始します……ブースト!」
今、最高に“ハイ”な気分をマコトは味わっていた。
実機に座ると体か震えだして逃げ出したい、という“いつものアレ”な癖も湧いてこない。
無駄な雑念など全くなく脳がスッと冴え、感覚が研ぎ澄まされているようだった。
『被害が出ています。アレが何だか分かりませんが、早く決着をつけましょう隊長』
『割って入るなよ? たまの強敵にワクワクしているんだ』
部下の《ゴラム》が隊長の愛染を心配してやって来たが、愛染はあくまで自分が《ジーオッドB》を倒すことにこだわっていた。
「カーボナイズ・フレア・デトネーション」
一回りも大きい新たな“腕”を手に入れた《ジーオッドB》が駆ける。敵の《ゴラム改》から全く届かない距離で炎を纏った右手を重そうに振るう。
『何だ、どういうつもりだ』
「……こういうつもりだよ……」
マコトを微笑を浮かべると《ゴラム改》へ向かって点々と小さな火が軌道を描く。そして《ジーオッドB》から離れるにつれて段々と大きさを増していった。
『そんな種火で?』
SVの拳より大きな炎を振り払う《ゴラム改》だが、宙に浮かんだ炎は何をやっても全く消えない。
『こんな火で何をしようと』
『隊長、油断は危険です! ここはお下がりください』
我慢が出来ず部下の《ゴラム》が見かねて二機の間に入った。
「……かかったっ……!」
マコトはトリガーを引く。最初の火は破裂すると誘爆しているかのように次々と引火していき、軌道の間に入った《ゴラム》に連続爆破が襲いかかる。
『な、何だっ、火が伸び』
機体が爆炎に挟まれて一気に炎上。即、炭化して部下の《ゴラム》は崩れ去る。愛染はとっくに後退していたが、自分が居た場所の通路は何段も積み重なった雪だるまのようなクレーターが数十メートルも作られていた。
『酷えことしやがる。こっちも使うしかないか……』
「……逃がさないから……」
両腕を前に突きだして《ジーオッドB》は手を組むと、白い煙を上げて赤熱化する。
「これ、マジにヤバイんじゃないの……ナギッち?」
「止めなさいサナナギ・マコトっ! これ以上、深追いはしなくていい」
二人の声はマコトには届いていなかった。
「メルティング・フェノメノン」
拳から無数の細かな火の粉が拡散して放たれた。飛び散る火の粉は小さいが触れた地面や壁を一瞬にして溶かし、そこから広範囲に燃え広がっていきマンションやビルが炎上する。
愛染の《ゴラム改》はフォトンガントンファーをシールドモードへ可変させる。虹色に瞬く光のフィールドが機体を包み込み、メルティング・フェノメノンの超高熱の雨を何とか防ぐことに成功した。
だが、その周りで部下たちの《ゴラム》はFREES特製の特殊合金シールドを使って防御しているにも関わらず、メルティング・フェノメノンは厚いシールドを打ち破って本体を燃やし尽くす。ある者は逃げ遅れた一般人を庇い、ある者は背を向けたところを、成す統べなく炎と化した。
「な……っ」
「……後退しなさい。これ以上は無用」
「何と酷いこと」
「声が、悲鳴が、消えた」
マコト以外の全員が絶句する。当の本人は無表情で一面、真っ赤に染まる光景を見つめていた。
彼女が何を考えているか、心の読めるガイにもわからない。
何故ならば、全くの空なのだ。
この悲惨な光景をマコトは何の感情も抱かず見ている。それをガイは怒りを覚えると同時に恐怖していた。前回の戦闘、敵を求める激しさが今回のマコトには無い。まるで虫のように本能で動いているようにも見えた。
そして、それがもう一匹。
「上だっ!!」
ガイが叫ぶと同時に《ジーオッドB》に強い衝撃が走って、高速道路下の柱へ吹き飛ばされた。
「新手のSVか?!」
激しい警告アラームが流れるコクピットで、オボロは必死にガイにしがみつきながらレーダーを見る。
瞬く速さで点滅するこの反応は普通のSVのものではない。
「……exSV……」
呟くマコトの目の色が変わる。
天空からやってきたそれは、とても美しかった。
汚れを知らない純白で滑らかな曲線の装甲。女性のような相貌を持ち、太陽を背にして神々しさを纏うそのSVの姿はまるで、
「女神、様?」
カタログにも載っていない初めて見る不思議な機体に、何故かヨシカの目に一筋の涙が零れていた。
「……ゴッドグレイツが、震えてる……違う……あれは…………うっ」
突然マコトが胸を押さえ、苦悶の表情を浮かべ苦しみだす。息を荒げて《女神SV》を睨んでいた。
「……やれるから、まだ……力を……」
「ナカライさん、サナナギ・マコトの足を押して!」
レディムーンがヨシカに言う。
「早くっ!」
「は、ハイッ!!」
言われるがままにヨシカはブーストのフットペダルに掛かったマコトの右足を、膝から押すように踏ませる。そしてレディムーンはマコトから離れた左右の操作レバーに触れた。
「熱ッ!?」
「なんです急に?!」
驚いて手を離すレディムーン。見た目には普通のレバーが高温の熱を持っていた。マコトは素手で握っていたと言うのに、レディムーンの人工皮革製手袋は少し焼け焦げている。
「ええい……ままよっ!!」
レディムーンは手が焼けるのを我慢してレバーを力強く引いた。舞い降りる《女神SV》とすれ違うように《ジーオッドB》は天高く飛翔する。
「逃げる宛はあるのか月よ?」
どんどん小さくなる街並みを眺めがらオボロが言う。
「な、無きゃこんな、無茶……するわけ、ないでしょぅ!?」
手袋が焼け焦げる悪臭を嗅ぎながらも、レディムーンはレバーから離さす機体を直上へ向かうよう安定させる。そのまま猛スピードでドームの天井へ突っ込む《ジーオッドB》だったが、セントラルシティの強化ガラスの壁は易々と破壊させてはくれない。多少の引っ掻き傷を表面に付けるだけで突破は出来なかった。
「……そろそろ……限、界っ……手っが……」
「おい、ガイ! こっちのコクピットは座るだけの特等席か? むしろ重要な頭側なんだから何とかしろ!?」
「オボロに言われずともわかってる!」
とは言ったものの合体状態でのコントロールは《ビシュー》に変更されている。前回のようにマコトが気絶して主導権が移るというのもないのだ。
敵はまだ追っては来ていない。ガイは俯き、操作レバーを握って《ジーオッド》に語りかけるように念じる。
「…………そうだ……腕だけじゃ足りないのは、わかっている……だから今は俺が代わりになる……それで……ありがとう…………行くぞッ!!」
顔を上げたガイの目の色が変わった。頭部側コクピットに光が入ると、コンソール画面に文字が浮かび上がり、メインの操縦権がガイに移る。
「肩と、脚が燃えるっ……燃やすぜ、ジーオッドォォー!!」
目映い閃光を放つと共に《ジーオッドB》自身が炎の弾丸となり厚いガラスの壁へ突貫する。先程まではヒビ一つ入らなかったにも関わらず、一撃でガラスを破壊して《ジーオッドB》は快晴の大空へと脱出するのだった。




