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変温魔法少女まじかる☆らぷとるん

作者: Tana.

 時は、人々を憂鬱へと誘う月曜日の朝七時四十分。


 場所は、日本のとある都市の片隅に佇む、これと言って特筆すべき点が甚だ見られない、ごく普通の一戸建て住宅の二階の一室。


 彼女、田中並子は今日もいつもと変わらず、あまり飾りっけのない自室に置かれた全身鏡の前で、デザイン性がこれと言って見られないありふれた制服の襟を直していた。

 時間との掛け合いによって大幅な妥協を強いられるも納得のいく着こなしを済ませると、長年愛用している学習机に置かれた、キーホルダーのような物が一切付いていない無個性極まりない学生鞄を手に取り、階段を駆け降りて一階の食卓テーブルの上に置かれた、やや甘めのコーヒーを手に取るや否や一気飲みした。

 その後、ゆっくりと新聞に目を通している父親と、のんびり自分の分の朝食を作っている母親、それと既に朝食を済ませて立ち上がろうとしていた姉の麗香の三人に、やや早口で朝の挨拶を済ませた。

 母親の間延びした返事を聞いてから、足早に玄関に向かい、靴の踵を踏みながら勢い良く家を飛び出して行った。

 それから彼女は、自宅から徒歩一五分の所に位置する、朝の利用者がそれなりに多い駅から学生定期を使用して普通電車に乗り、二つ目の駅で降りるとそこからさらに徒歩十分歩いた所にある、それなりに名の知れた、それなりに有名な大学に進学した卒業生もいる、それなりの高校に向かった。

 彼女はそこの生徒であり、いわゆる、どこにでも居る、ちょっとあわてんぼうな、ごく普通の高校二年生の女の子であった。

 並子が教室に気持ちスライディング気味で滑り込むのと同時に、始業のチャイムが鳴り響いた。彼女は毎朝遅刻ギリギリと言うわけではなく、今日はたまたま髪のセットに時間が掛かってしまったため、このようになってしまった。

 そのため、教師は特に並子を執拗に咎めることなく、また彼女も真っ先に反省の意志を示したため、並子のメンタルは早朝からダメージを負う事は無かった。

 並子が席に着くや否や、後ろの席に座っている友人の葉月がペンで並子の背中をつついた。

 いつも葉月は並子が席に着くと、こうしていた。葉月は、並子がいかなる時間に登校しようと、必ず並子より先に席に着いており、この毎朝行われる一種のルーチンワークをこなすのだ。だから並子もそれには慣れており、不意打ちで上半身をねじって振り返る。すると毎回、葉月はペンをすっと引き抜く際に並子の肘打ちを受けることになる。それが、並子の親友との、下らなく他愛のない掛け合いによって起きる、毎朝の始まりの通例であった。

 それから淡々と、しかし真面目に授業を受ける。並子は、その名の示すとおりクラスでは並の成績を常に維持していた。体力測定の結果も並、身体測定のデータも並、お昼に食べる学食のメニューも並、そして顔も並と言う、名に恥じない並のステータスを備え持つ人間だった。そのため、特別誰かに嫌われることもなく、また特別誰かに好かれているわけでもなく、また教師の評価も平凡であるため、本人にとってはそれなりに幸せな学生生活を送る事が出来ていた。

 だが、そんな並子の並な生活はある日突然、とても些細な出来事によって崩壊する事となる。その崩壊の片鱗にして導入を並子が味わったのは、その日の放課後、帰宅部である並子が早々と下校しようと靴を履き替えていた時だった。

 並子が下駄箱の戸を閉めと、隣には友人の葉月がその手に大きなゴミ袋を下げて申し訳なさそうな笑顔で立っていた。目を合わせた直後、葉月は並子に土下座でもせんとばかりに頭を下げ、部活で先輩に呼び出されているから、代わりに校舎裏のゴミ捨て場に、このゴミ袋を捨ててきて欲しいと嘆願。並子は、存在は並ではあるが、普通の人より人は良かった。だから並子は二つ返事でそれを了承して、大きなゴミ袋を受け取った。葉月は満面の笑顔で並子に手を合わせ、明日の昼休みにジュース1本を奢る約束をし、校庭に去って行った。

 並子は嫌な顔一つせずに、大きなゴミ袋を片手に校舎裏に回り、たくさんのゴミ袋が積み上げられた一角にそのゴミ袋を丁寧に積み上げた。別に手が汚れたわけではないが近くの水道で手を洗い、丁寧にハンカチで手を拭き、いざ帰ろうと足下に置いた学生鞄を手に取った時だった。

 何気なしにすぐ隣を見ると、水道の流しの部分に、妙な生き物がちょこんと座っていた。それは爬虫類、トカゲのような体長二十センチにも満たない小さな生き物だった。それを見た並子はピンときた。いつかテレビで見た、昔流行った『エリマキトカゲ』と言う生き物ではないかと。よく見ると、その生き物の首には襞のようなものが垂れ下がっており、前足を前にぶらんと垂らし、表情は舌を出しながらボーッとどこかを見ていると言った風体をしていた。それは確かに、愛嬌があると言うか、かわいいと思える容姿をしていた。

 並子はそれに触れてみようと、おもむろに手をゆっくりと差し出した。すると、突然エリマキトカゲは電気に打たれたかのような挙動で背筋をぴしっと延ばし、はっきりとした目で並子の顔を見つめた。

 とっさに並子は手を離し、少し距離を取った。すると、エリマキトカゲはゆっくりと並子に近づいた。そして、「君、もし良かったら、私の願いを聞き入れて貰えないだろうか?」エリマキトカゲは、とても低く渋い声で、紳士的に並子にそう言い放った。

「……へ?」並子は、未だかつてないほどの間抜けな声を出してしまった。エリマキトカゲは思わず、申し訳ないとでも言わんばかりのジェスチャーをしながら、頭を下げた。「あぁいや、これは申し訳ない。突然トカゲが喋り出したらそれは確かに驚くのも無理はない。考えが至らなかった事を謝罪するよ」

 並子は未だ口を閉じることが出来ず、呆然とエリマキトカゲの顔をまじまじと見つめていた。「いやしかし、君はとても冷静なお嬢さんだ。普通このような場面に遭遇してしまったら、大声を出して取り乱すか逃げるかするものだと思っていたんだが・・・いやはや、君は本当に素晴らしい」エリマキトカゲは、人間でも舌を巻くように饒舌に喋り続けた。今では、並子の方がトカゲ並に喋らない状態だった。「しかし、そろそろ本来の君に戻って貰いたいものだが……、いや、本来の君というものがどのようなものなのかは、分かりかねるが……」

 それからある程度時間が経過し、一種の慣れのようなものを感じ始めた並子は、ようやくその口を閉じることに成功した。「あ、あのー、あなたは、その、エリマキトカゲ……さん、で、いらっしゃいます、でしょうか?」並子は、つい最近日本語を覚えた生き物のように不器用にエリマキトカゲに質問を投げかけた。「えぇ、いかにも。君たちが私の事を呼ぶときは、確かにそう呼ぶものだね。しかしそれはあくまで生物学上の名称であって私個人の名前ではない。君の事を人間と言うのと同じ意味だ。私の名前はカリギュラ。こう見えて君より年を取っている。お恥ずかしながら」エリマキトカゲは自らの事を『カリギュラ』と呼び、現役就活生よりも流暢に自己紹介をした。思わず並子も返礼し、自己紹介を始めた。

「そうか、田中並子君と言うのか。素晴らしい名だ。君と君の両親に対して敬意を表するよ」そう言ってカリギュラは握手を求めた。並子は、小さなカリギュラの前足を、人差し指と親指で軽く握った。「さらには礼節も弁えていると来た。ますます私は君を選んで良かったと胸を張って言えるよ。本当に君で良かった」

「えっと・・・私、何かに選ばれたんですか?」

「あぁ、君は私が見込んだ逸材だ。是非頑張ってくれたまえ」

「えっと・・・話がよく見えないんですが」

「あぁ、そうだった。まだ本題を言っていなかったね。これは失礼をした」カリギュラは丁寧に頭を下げた。思わず並子も頭を下げる。

「もうすぐ君たちが住んでいるこの町に、災厄が訪れる」突然カリギュラは目の色を変え、空を仰いだ。つられて並子も空を見上げる。雲一つない快晴がそこに広がっていた。

「我々、爬虫類の世界では数年前から、ある都市伝説がまことしやかに囁かれていた」カリギュラは手に少し力を込めて続けた。

「遠く離れたアメリカの地におられる我らが王にして母、マリアが予言した。人間の暦で二千十一年、六の月の……つまり今日! 日本のとある町・・・そう、此処! そこに、両生類が使わし諸悪の根源にしていかなる災厄の母胎・・・魔王少女アホロ・トールが舞い降り、その者の手によって、世界に世紀末が訪れるだろう・・・とある」カリギュラは息を切らしながら熱弁し、手元の水道を両手でひねり、水をがぶ飲みした。

「あ、あのー」

「なんだね? おおかたの状況は理解頂けたと思うが?」

「固有名詞だらけでいまいちよく分からないと言うか・・・えっと、我らが王にして母、マリアって誰、って言うか何ですか?」カリギュラは目を丸くした。こいつ何を言っているんだとでも言いたげだった。

「なんだと……いや、人間である君が知らないのも無理は無いか、そうだな、言葉で言い表す事すらおこがましい偉大なる存在なのだが、祖は数百年の時を生き、歴史のすべてを見てきたのだ……」

「あー、リクガメの事ですか? たぶん爬虫類でしょう?」

「なっ、ま、まぁ、君たち人間はそう呼ぶのだろうな。そうだ。その認識で間違いはないが」

「で、そのリクガメさんがおっしゃるには、今日ここに、その何だっけ、魔王少女? って言うのがやってきて、何か大変な事が起こる的な事で良いですか?」

「その通りだ。それだけの情報量でそこまで理解するとは、やはり私の目に狂いはなかったみたいだ」

「……でー、その魔王少女って言うのは何なんですか? 少女って言うくらいだから何かのメスの生き物ですか?」この時点で、並子の中でこのエリマキトカゲの存在は畏怖のものではなく、一種のストレスとなっていた。それは慣れが通り越した結果でもあった。

 本人には自覚が無いが、並子はイライラすると少しだけ口調に現れてしまう所があった。

「いや、その場合の少女は、君たちが認識している少女と言う意味で相異ない。人間の少女だ」

「人間の少女? 何で人間の女の子が両生類にいいように使われるんですか? ってかその話だと、あなたたち爬虫類って、両生類と仲悪いんですか?」カリギュラは途端に険しい表情で腕を組んだ。

「口に出すだけでも、はらわたが煮えくり返る思いだ・・・我々爬虫類は数百年の間、奴ら両生類と全面戦争を繰り広げていたのだ。それがようやく両生類の降伏によって終結に向かった矢先にこの予言とは・・・卑劣な者どもめ・・・許せん」

「人間には分からないところで色々あるんですねー」並子も思わず腕を組んで頷いた。

「あぁ、すまない。私とした事が取り乱してしまった。見苦しいところを見せてしまったな。さて、もう分かっていただけたね?」

「えーっと、とりあえず、あなた方と両生類との関係はよく分かりました。確かに大変ですねー」

「大変ですねー。って、君は何をひとごとのように言っているんだ。これから君には戦って貰わなければならないと言うのに」

「……は? 私が、戦う? 何と? 何故?」

「君は質問が多いな・・・。要約すると、私は迫りくる魔王少女と対峙すべく、それと同等の力を持つと言われている、魔法少女と言う存在を探す命を受けてここにやって来た。そして君と出会った。もう分かるね?」

「あなたこそ、もう分かるね? みたいなの多いですよ。えーっと、つまり、私がその魔法少女になって、魔王少女と戦う、で良いんですか?」

「何とも君の理解力には頭が下がるな。まさにその通りだよ。本当に助かるよ」

「はい。嫌です」

「……今、なんと?」

「だから嫌です。では、これで」並子は学生鞄を手に取り、その場を立ち去ろうとした。すると、カリギュラは並子の肩に飛び乗り、突如並子の髪を力一杯引っ張った。

「いたたたたっ! ちょ、ちょっと何するんですか!? あ、あなたねぇ、さっきから人がおとなしく聞いていたら何か調子に乗ってきていませんか? 私は、突然トカゲが喋り出すものだから、凄く珍しいなぁと思って聞いてただけであって、魔法少女とかそんな訳の分からないものになるつもりはありません!」

 並子は力の限り頭を振り回し、ついにカリギュラを引き離し、地面に思い切りたたきつけた。鈍い音をあげたカリギュラはその場でぐったりして動かなくなった。

「あれ? まさか? ちょっと、あのー……」カリギュラからの応答はない。徐々に体色が青っぽく変色していった。並子が触れると、その体は冷たくなっていた。

「うそ、ちょっと、返事して下さいよ!」体を揺すっても、カリギュラの目は宙を捕らえたままだった。

「私のせいで、こんなの事に……私が、あなたのお願いを聞いていたら、ひょっとして……」並子は思わず泣き崩れてしまった。その涙がカリギュラの頬をぬらした。

「本当かい?」どこからか声が聞こえた。並子にはそれがカリギュラの心の声にように聞こえた。

「私の願い……聞いてくれていたかい?」

「今となってはもうどうしようもないけど……わ、わかりました! こんな事になるなら、私・・・魔法少女にでも何でもなります!」並子がそう大声で叫ぶと、突如目の前で固まりかけていたカリギュラの体が跳ね上がり、元通りの良い姿勢で直立した。

「よくぞ言ってくれた。それでこそ私が見込んだ少女だ」

「あ、あなた、さっき冷たくなって……」

「あぁ、私は変温動物なのでね、時たま、あぁなってしまうんだよ。本当に君には見苦しい所ばかり見せてしまうな」カリギュラは高らかに笑いながら言った。

「……だましたんですか」

「騙す? 何のことだね?」

「私、てっきりあなたが……」

「それは君の思いこみと言うものだよ。さて、では試しに変身してみてくれないか?」並子は下を向いたまま再び学生鞄を脇に抱え、カリギュラを一度運動靴の踵で踏みつけながら立ち去ろうとした。

「ぐごぇぅぇっ き、君、どこへ、行くんだね?」

「帰るんですよ。まったく、とんだ茶番に付き合わされましたよ」

「どこへ行くと言うんだね。君はもうすでに魔法少女となった身。君は今、人の姿をしてはいるが、すでに人ではない。魔法少女だ」

「なっ……それって詐欺じゃないですか!? いや、詐欺とは違うか。じゃなくて、え、ちょ、どうしてくれるんですかぁぁぁっ!?」並子は学生鞄を地面に地面に投げつけ、カリギュラの体を両手でつかみ、力の限り締め上げた。カリギュラは今度は本当に苦しんだ様子でもがいているが、並子は手の力を緩めようとはしない。

「ぐぇっ……ちょ、君、やめないか……」

「さっさと元に戻して下さい」

「だ、だからもう、無理……だと」

「いいから、元に戻して下さい」

「ぐぇ……わ、分かった……分かったから」並子は再びカリギュラを地面に叩きつけた。どこかで鈍い音がした。

「げほっ……き、君は戦闘力に関しても、目を見張る者があるな・・・ますます気入」言い終わる前に並子の右足がカリギュラのしっぽを捉えた。

「さぁ、早く元通りに戻して下さい。そしてもう二度と我々人間の領分に入ってこないで下さい」

「わ、わかった。君を元に戻す方法を教える。それは、ただ一つだ」

「何ですか、早く言って下さい」

「魔王少女を倒すことだ」今度は言い終わった直後に並子の左足がカリギュラの首を捉えた。

「ぐげぇぉうぅっ!? ごふっ……ぼきっ」

「今すぐ戻して下さい。私を、日常に」

「し、しかし、別に今、何か体に変化が起こったりだとか違和感があるわけではないだろう?」

「まぁ、確かに。今のところは」

「君の日常生活に支障を与えるつもりは一切ない。ただ、一度だけ、魔王少女が現れた際に其れと戦ってほしいだけなのだ。頼む……我々爬虫類の、そして君たちの世界全ての命運が、君に掛かっているのだ」並子は少し足の力を緩めた。

「本当に、その、一回戦う、だけで良いんですか?」

「あぁ、もちろんだとも。約束する。無事、魔王少女を打ち倒した暁には、君の体を元通りにしよう」並子はついにその足からカリギュラを解放した。カリギュラは本当に顔を真っ青にして、のたうち回っている。

「……分かりました。それならまぁ、良いですよ」

「ほ、本当かね、ありがとう。本当にありがとう」

「・・・で、いつ来るんですか、その魔王少女とやらは」カリギュラは一度、空を仰いで言った。

「おそらく、もう既に奴らも契約を済ませているだろう。両生類の輩が、善良な罪なき人間の少女をたぶらかし、強制的に魔王少女になるよう仕向けているのだ。許せん」

「……」

「こちらから行動を起こしても良いが、向こうの出方を見た方が良いだろう。まずはこのまま静観しよう」

「はい。あ、でもよく考えたら、その相手の魔王少女も私と同じ人間なんですよね。あーなんかちょっと複雑ですね」

「今更何を言っているんだね。もう後戻りは出来ない・・・覚悟を決めて貰うしかない」

「まぁ、別に命を取らなくても色々あるでしょ。戦い方なんて・・・」この時の並子は、これから起こる凄惨な戦いの事など、知る由もなかった・・・。

 事が起こったのは、それから一週間ほどしてからの、以前と同じ放課後の校舎裏だった。授業が終わり、いつものように下校しようと校庭を歩いていると、校舎裏の方に、小さなエリマキトカゲが一匹、ちょこんと地面に立っているのが視界に入ってしまったため、やむなく並子は校舎裏に足を向けていた。人の気配が無くなると、エリマキトカゲは直立し、並子に向き合った。

「あれから一週間くらい姿を見せなくて、ようやく色々な事を忘れかかってた時だったのに」

「並子君、いよいよ時が来たようだ」カリギュラの真剣な(この場合、襟を締まっている状態を指す)表情を見て、思わず並子も真剣な面持ちになる。

「来るの? 魔王少女、が?」

「あぁ、仲間の連絡によると、ついさっき、魔王少女に付いている両生類が我々の存在を認知し、こちらに向かって来ているらしい」

「ちょ、ちょっと、その先手を打つみたいな事、こっちも出来なかったの?」

「やつらめ、少し我々より進化しているからと言って図に乗ってくれる」

「なんか負けてんじゃん。はぁ……で、もうすぐこっちに来るの?」

「あぁ、おそらく既に変身した状態でこちらに向かってきているだろう」並子は恐る恐る、少し顔を赤らめながら挙手した。

「あのー、それに関して素朴な質問と言うか、変身って、服装とか姿とかってやっぱり変わるもんなんですか?」

「当たり前だろう。変身と言うくらい位なのだから」

「それだと、かなり目立つんじゃないですかねぇ、色々と」

「そのような俗な事に捕らわれているほど、我々に余裕はないんだ」

「はぁ、あきらめろと。でもイヤだなぁ。妙な服装とかになるんじゃないんですかぁ? 変な武器とかもなるべく持ちたくないんですけど」

「それは変身してから考えることだ。……っ!? この感覚は……!!」カリギュラが突如身構えた。辺りの空気が変わったらしい。並子には特に何も感じなかった。

「気を付けるんだ、並子君……。来るぞ!!」


 ーーー突如鳴り響く轟音。旅客機が頭上を超低空飛行したかのような大きく低い音が耳を突く。体の内側から音が響いているような感覚が並子を襲った。空気が鋭く感じる。肌に電気が走るような痛み。やがて上空に黒い雲が掛かり、並子たちが居るその場所にだけ、突然豪雨が降り注ぐ。

「きゃっ!? うそ、ココだけ雨が降っている……?」雨で視界が悪くなる中、前方から足音が聞こえる。

 徐々にその足音の主の姿が視界に現れる。

「あ……あなたが……」その主は並子の数メートル手前で立ち止まった。

 姿は、ふりふりのレースが付いた白っぽい色のロングスカートの衣装を纏い、ピンク色のヒールと手袋、そして顔の両側には、三つのピンク色の襞のような物が付いた、よく分からないが派手な装飾品を身に付け、何とか盛りと呼ばれるようなこれまた派手な髪型の、とりあえず妙な格好をした女性だった。女性は言った。

「あなたが話に聞く、極悪非道の権化、人類の仇敵、地球の消しカス、トカゲのしっぽの切れた方、脱皮した蛇の皮の方、ただのバカ、魔法少女まじかる☆らぷとるん……で、間違いないかしら?」高飛車だとすぐに分かるような、小憎たらしい甲高い声を高らかにそう告げた女性こそ、

「奴だ。奴が、魔王少女アホロ・トールだ」並子の肩にひょいと飛び乗ったカリギュラが耳元で告げる。相手をよく見ると、その女性の足下に隠れるように、白っぽい四足歩行の生き物の姿があった。

「あれって、たしか一昔前に流行った、ウーパールーパーとか言う生き物じゃない?」

「君たち人間はそう呼ぶのかもしれないが、奴の本当の名はアホロートルと言うのだ。どうだ? 奴の滑稽な姿にふさわしい名だろう?」

「まー、あなたよりはかわいいけどね」まさに愛くるしい、を体現した姿だった。心なしかその顔は笑顔に見える。

「おい貴様、魔王少女などと言う虚仮威しを連れて勝った気でいるだろうが、それは甘いぞ! こちらには魔法少女がいるのでな!」カリギュラは高笑いしながら並子の肩から飛び降り、ペタペタと音を立てた『あの走り方』でウーパールーパーに詰めより、顔の両側に付いているビラビラを力任せに引っ張った。

「あぁ? いい気でいるのぁ今のうちだぞ。サラマンダーなめんじゃねぇぞこら」すると、ウーパールーパーは、低くガラガラに濁っただみ声で言い放った。とたんにその白い物体がとても不気味なものに見えた。ウーパールーパーはカリギュラの襟を引っ張り返す。互いのビラビラを引っ張り合うその光景は、端から見れば微笑ましいマスコットの兄弟喧嘩の様だった。ひとしきりその光景を眺めてから並子は視線を魔王少女に移した。彼女は彼女で延々と高笑いしているだけだった。首と肘が凝らないかと心配にさえ思った。

 並子は、やはりこの場においても自分は普通の存在なんだなと、改めてその状態に気付き、安堵を覚えた。

「あのー、魔王少女さん?」並子の呼びかけで、ようやく魔王少女は高笑いをやめた。息切れしてるようにも見えた。

「私、物騒な事はなるべく避けたいんですよ。それで提案なんですけど、なにか平和的な戦いで勝ち負けを決めません? 例えばカードゲームとか、落ちゲーとか」魔王少女はそれを聞き、再び大げさな高笑いをして並子の提案を一蹴した。

「なにを世迷い言を。あなたのような輩の提案を、この私が聞き入れるとでもお思いになって?」

「つぐつぐ敬語が腹立つ連中ばかりだなぁ……。あのー、トカゲさん、なんかもうあっちはアレみたいですから、ぱっと変身してぱっと終わらせたいんですけどー」カリギュラは未だにウーパールーパーと互いの体のビラビラを引っ張り合っていたが、それを聞くと、何かを並子に向かって投げた。

「そのトカゲの人形を持つんだ」並子はそれをキャッチした。ソフトビニール製の不細工なトカゲの人形だった。しっぽの部分は着脱式になっていた。

「そのトカゲのしっぽを思い切り引き抜くんだ」並子は言われるがままにその人形のしっぽを引き抜いた。一瞬、ソフビ人形から断末魔のような声が聞こえたが、無視した。

「で、次はどうすればいいんですかー?」するとカリギュラは喧嘩をやめ、パタパタと駆けて来て並子の肩に飛び乗り、何かをつぶやいた。

「今言った掛け声を高らかに叫ぶんだ。それで変身完了だ」それだけ言うとカリギュラは再びウーパールーパーの所に戻った。もしてかして好きなんだろうかと疑問にさえ思った。

「・・・いやすぎる」並子は一言だけ愚痴を呟くと、意を決して、引き抜いたしっぽの方を天高く掲げ、叫んだ。


「逆巻く襟を靡かせて、華麗に水面を駆ける正義の乙女、変温魔法少女まじかる☆らぷとるん、見、参っ!!」


 とてつもなく恥ずかしい台詞が、雨にかき消されることなく校内全体に響き渡った所で、並子の体はまばゆい光に包まれた。光の中で、並子が来ていた制服が消え去り、代わりにとても恥ずかしい茶色っぽい色のふりふりの衣装に身を包まれ、首周りには、かなりうっとおしい形状と位置でエリマキが取り付けられた。やがて光が消え、並子は『変温魔法少女まじかる☆らぷとるん』となって、地面に降り立った。

「ようやく現れたわね……魔法少女!」魔王少女は高笑いをしながらこちらを指さした。思わず並子も指を指し返す。

「私が来たからには、あなたのような悪しき者にこの世界を好きにはさせないわよ! 覚悟なさい、魔王少女!」並子は、色々と吹っ切れていた。

 一般的な、いわゆる魔法少女同士の戦いとは、古今東西その形態は様々ある。しかし、彼女たちの戦いは、恐らくそのどれにも該当しないものと言えた。

「あんた、さっさとかかってきなさいよ。え、何? まさかブームが過ぎ去って食用に養殖されてるからって加工されて骨抜きになっちゃったのぉ?」並子は、とても下衆な声音で相手を罵った。

「あ、あなたこそ、そのビラビラはなんですの? まさかそれのおかげで流行ったとでも思ってらっしゃるの? あれはねぇ、あなたの間抜けな走り方が大衆のツボにハマっただけのことですのよ?」負けじと魔王少女も言い返した。この様なやり取りが有に三十分以上続いていた。

「なによあんた、サンショウウオの子供の時のパクリじゃないの!」

「パ、パクリですって!? あなたこそ、どこぞの特撮怪獣のパクリではありませんの!?」

「あれはこっちがパクられたのよ! いちいち調べてんじゃないわよこの年増!」

「と、年増ですってぇ……!? あ、あなた私の年齢も知らずにぃぃぃ」

「あら、わたし17ですけどー? お姉さんはおいくつで?」

「あ……あ、あたしは……」

「どーみても17、8には見えないんですけどー!?」

「きぃーっ!! この小娘ぇぇぇ!」

 やがて二人は取っ組み合いとなった。互いのきれいにセットされた髪型が一瞬にして崩れる。ふりふりのレースは辺りに散らばっている。

「あんたなんて唐揚げにして喰ってやるわ、この時代遅れの山椒魚女!」

「あなたこそ、どこぞの怪獣みたいにそのダッサイ襟巻きを毟り取って差し上げるわ、この時代遅れの蜥蜴女っ!」

 二人の醜い争いを見ていて、カリギュラとウーパールーパーは知らぬ間に喧嘩を止めていた。

「あれさ、さっきから聞いてると、全部俺たちの悪口じゃね?」

「……だな」

「なんか馬鹿らしくなってきたな、色々と」

「……奇遇だな」

 二人は遠い目で少女たちを見ていた。

 やがてそれも終焉を迎え、とっくに黒い雲は消え去り雨も止み、すがすがしい太陽の光が四人を照らした。

「はー、はー……」二人の衣装はぼろぼろ、髪はぼさぼさ、顔はひっかき傷だらけと、一応戦闘を行った様子は呈していた。

「……並子君、その、こちらから頼んでおいてすまないんだが」カリギュラが申し訳なさそうに言う。

「実は、つい先ほど両生類との間に平和条約が締結された」

「はぁ?」

「つまり、もう我々は戦わなくても良い、と言うことになった」

「はぁー……はぁ、じゃあ、もう元に戻れるのね?」

「その通りだ。色々と申し訳なかった」

「っとに、傍迷惑なもんよ……でもまぁ、なんかすっきりしたわ。ありがとう。紳士さん」並子はにっこりとほほえんだ。その姿は、顔にひっかき傷だらけの、ごく普通の女子高生そのものだった。

 気付けば、既に魔王少女とウーパールーパーの姿はそこにはなかった。彼らも契約を解除し、それぞれが元居た場所に帰って行ったらしい。

「では、私もそろそろ行くとするよ。……もう会うことはないだろう」

「そ、っか、……元気でね」

「? ……あぁ、君も」カリギュラは、エリマキトカゲらしい間抜けで愛くるしい走り方で去って行った。

 既に日も暮れ、並子はくたくたに疲れ果てた体で家路についた。

「ただいまー……はぁ、つかれた」

「おかえり、並子」姉の麗香が出迎えた。大学生である姉は既に帰宅していた。

「ただいま、お姉ちゃん。・・・あれ、お姉ちゃん、その顔の傷、どうしたの?」姉の顔には、何かに引っかかれたような傷がいくつも付いていた。

「え、あぁ、これはね、帰りに野良猫にひっかかれちゃったのよ。それより、並子もどうしたの、顔に私と同じような傷いっぱい作って」

「あぁ、これね、友達と喧嘩しちゃってさ。葉月のやつ、手加減なしなんだもん」

「あらあら、じゃあ一緒にこっちで手当しましょ」

「うん」二人は居間のテーブルにつき、仲良く互いの顔に消毒液を塗り合った。

「いたっ」

「いったっ」

 その消毒液は、とても、しみた。

おしまい

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