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第95話 雪の山小屋(Side:Rayshield)

 ライシールド達は立ち往生していた。

 道沿いの山小屋に避難できたのは幸運であった。山岳部に入って小一時間程もするとちらちらと雪が舞い降り始めて、更に一時間もすると風と雪で視界が白く染まった。アティの竜魔法とライシールドの火蜥蜴の腕で周囲を温めつつ、ククルの風の結界で周りを包み込んで何とか凍えることは避けられたが、いつまでもこうしている訳にも行かないと取り合えず道であろう場所を登ったのだ。

 途中この山小屋を見つけ、ここで吹雪が止むのを待つ事に決めたのはもう半日以上前の話だ。今だ小屋の外では強い風と雪が猛威を振るっており、道を行くのは困難であろうと思われた。


「しかし、都合よくこんな小屋があってよかったのう」


 アティが暖炉の火に薪を放り込む。小屋の中には(うずたか)く積まれた薪と非常食、幾許(いくばく)かの酒が置かれていた。


「この辺りは急に吹雪出す事があるみたいだから、こういう小屋が道沿いに幾つか用意されているらしいよ」


 ヴィアーの説明によると、魔道国家の街道にはこうした避難施設が配置されているらしい。国の負担で整備されているらしく、こうした山の上にある小屋の場合は付近の村の住人が管理している。無論費用は国から支給され、冬になって収入の減る山間の村にとっては貴重な現金収入となる。


「ライ様、この施設の使用者は寄付をお願いします、と書いてありますわ」


 ロシェの差し出す木板には確かに寄付のお願いが記されていた。特に金額が書かれていないので使用者の気持ち次第でいい、と言う事だろう。

 ここを利用するものが必ずしも現金を持っているとも限らず、お金が無いからと使用できずに凍死する等、施設の存在意義が無くなる話だ。


「ヴィアー、この辺りの薪と保存食の相場って判るか?」


 ライシールド達は今の所余裕があるので、使用料はせめて相場以上は置いていくべきだろう。そう判断してこの辺りの事情に一番詳しいと思われるヴィアーに尋ねた。


「んー……雪が降り始めると薪は少し値が上がるし、この辺りは山間部で運び入れるのも大変。半日で使用した量を考えると……」


 ヴィアーの言う数字はそこそこ値の張る金額となった。薪や保存食等の備品の値段だけでなく、それらを運搬する際の危険手当を含めた金額だからだ。

 そもそも付近の住民はこんな雪の中、山には入らない。大前提として命の危機であると言う点が上げられるが、そこを抜きにしても危険に対して得られる物が少ないのだ。数の減った獲物を求めて普段とまったく違う景色の中を彷徨い、挙句来た道すらもその様相を変える。一部の熟練の猟師や山師でもない限り、街道を進んでも迷う可能性がある。

 そんな街道沿いの小屋に物資を補給しに来るのだ。いくら国から支払われるとは言え、命を懸けていることに変わりはない。


「魔道国家程じゃないけど、獣王国も雪の期()が深くなると雪が積もって大変なんだ。だからここを維持する苦労の一端くらいは解るつもり」


 ライシールドは雪の降らない村の出身だった。ローレスと降り立った雪山で見たのが初めての雪だ。火蜥蜴の腕があるので雪の脅威を甘く見ていたが、あの雪山の数日は吹雪く事も無く相当な幸運だったのだろう。


「そうだな。苦労している者はたまには良い目を見ても罰は当たらないだろう」


 銀の腕輪(アームレット)から一枚の金貨を取り出すと、備え付けてある募金箱に入れる。


「ライ、金貨は多すぎじゃ……」


「多い分には別に構わないだろう。この金は降って沸いた様なものだから、こういう使用法の方がいい」


 ライがそれで良いなら、とヴィアーは納得する。釈然としない彼女にレインは「ライは自分の力で手に入れた物じゃないと、あんまり執着しないみたい」と教えている。


「ライ様、ぼくとアティ姉様が先でいいの?」


 ククルの言うのは夜番の順番だ。しっかりした作りの丸太小屋だし外は吹雪いたままだが、何が起こるかも何が訪れるかも判らない。まずククルとアティに夜番を任せ、頃合を見てライシールドが夜中に交代し、最後はロシェとヴィアーで朝までを務める。


「ああ、頼む。交代の時間になったら起こしてくれ」


 時間は少し早いが食事はもう済ませている。移動出来るようになったら速やかに行動する為には、少しでも早く休んでおいて体力を温存しておくべきだろう。


「ロシェもヴィアーも、やることがないならもう休んでくれ。夜が明ける前でも吹雪が収まったら場合によっては移動するつもりだから」


「判りましたわ。ではお先に休ませていただきます」


 ロシェが暖炉の傍に椅子を持っていくと、背もたれに身体を預けるようにして毛布に包まって目を閉じる。鎧骨格を展開したままなので横になることができないのだ。何故仕舞わないのか尋ねると、多少の耐暑耐寒の効果があるためらしい。


「ライ、背中貸して」


 暖炉の傍で横になったライシールドの背中に、毛布に包まった自分の背中を押し当ててヴィアーも横になった。


「後ろも前も(あった)かい」


 ぬくぬくとした顔で目を閉じ、あっという間に寝息を立て始める。そんなヴィアーの様子に呆れつつ、ライシールドも目を閉じた。




「ライ、交代の時間だよ」


 レインに小声で起こされた。ライシールドは「判った」と答えて起き上がろうとして、右手が動かないことに気付いた。


「ヴィアーさんが起きちゃうから、そっと抜いてあげて」


 レインの指差す先では、ライシールドの腕をがっしりと抱え込んで幸せそうな寝顔を見せるヴィアーがいた。


未熟技巧(Slightly )の腕(deft)


 小声で神器【千手掌】を起動、起こさないようにゆっくりと腕を抜き、寝ぼけながら腕を捜すヴィアーにライシールドは自分の毛布を丸めて差し出す。それを抱きしめて再び眠りに落ちる彼女に毛布を掛け直してやると、アティ達に声をかける。


「ないとは思うが、異常は?」


 何故か拗ねたような顔のアティと肩を竦めるククルが居た。


「ライがヴィアーといちゃいちゃしていた」


「ライ様がヴィアーさんに捕獲されていました」


 いや、それは異常とは言わないだろう。


「……ああ、暇だったってことだな。もう良いから暖炉の傍で寝ておけ」


 拗ねるアティの相手は面倒くさい、とばかりに二人を暖炉の方へと追いやる。今だブツブツと文句を呟くアティを宥めつつ、ククルが真面目な報告をする。


「小一時間程前から吹雪の勢いが落ちてきたように感じるよ。夜明けには落ち着くかもしれない」


 確かに大分大人しくなってきたように感じる。このまま止んでくれたら良いんだが。


「ライはヴィアーにばっかり優しい気がするのじゃ」


「あーはいはい。アティもさっさと寝ろ」


 最近はアティの扱いにも慣れてきたようで、取り合えず頭を撫でてやると多少機嫌が直ると学習している。適当に頭を撫でてご機嫌を取ると、案の定あっさりと機嫌を戻して「お休みなのじゃ」と毛布を被って横になった。


「……ククルは大丈夫か?」


 念のために訊いてみると、呆れたような顔を返された。


「お姉様と一緒にしないで。ぼくは別に」


「そうか。ククルは偉いな」


 ぽんぽんと頭を優しく叩き、軽く撫でる。ククルは「平気なのに……」と呟きつつも満更(まんざら)でもない顔でアティの傍で横になった。


「武器の整備でもするか」


 彼女達の寝息を聞きながら、ライシールドは窓の傍に机を移動させて角灯(ランタン)の灯りを寄せると、剣と干し肉を取り出した。




 そろそろ交代の時間といった頃、(にわ)かに小屋の外が騒がしくなってきた。まだ大分遠いのか、怒鳴り声の様なものや悲鳴が聞こえる。ライシールドは窓から外の様子を伺うが、暗くて何も見えない。


「レイン、皆を起こしておいてくれ。俺は外を確認してくる」


 言いながら電翅(Electrical)の腕( feather)を装填、紫電結界を展開しつつ小屋の外に出る。


「……駄目だ、雪に吸収されて結界が役に立たない」


 外に出た途端に気付く。普段だったら脳裏に周囲の反応が浮かぶのだが、今は背後の小屋と近くの数本の木の反応を感じるだけで、そこから先はまったく感知出来ない。どうやら雪のせいで紫電結界が役に立たなくなっているらしい。


燃鱗(Combustion)( scales)


 仕方なく紫電の腕を霧散させ、火蜥蜴の腕を装填する。途端に冷気が後退し、周囲の雪が解け始める。これでは目立ちすぎると火力を調節して雪の蒸発を抑えた。

 今だ喧騒は続いている。小屋の中と比べると大分はっきりと聞こえてはいるが、それでも何を言っているのかはよく聞き取れない。

 気配察知を意識しつつライシールドは声のする方へと慎重に進む。小屋から百メル(メートル)も進んだ頃、その喧騒の正体が判明した。


「もう直ぐ避難小屋だ! 頑張れ!」


「も、もう置いていって……小屋に辿り着けてもこの怪我じゃ助からない……」


「馬鹿な事を言うな! 諦めるな!」


 どうやら怪我人がいるらしい。ライシールドは隠れるのをやめて声のする方へ走った。初老の男が血まみれの青年に肩を貸して歩いている。その後ろでは髭面の大男が剣を振り回しながら続いている。

 そしてその大男が相手をしているのは、身の丈二メル(メートル)を優に超える、巨大な熊の魔物だった。


「このまま真っ直ぐ行けば小屋につける。手当てできるものもいるから先に行け」


 怪我人を支える男にそう言うとライシールドは牙の剣を抜き放つ。大男はライシールドの姿を認めるとここで食い止めるべきと判断したか後退を止め、構える。


「手を貸す」


「すまない」


 短く応答し、二人は大熊の魔物に相対する。大熊は立ち上がって威嚇の咆哮をあげるのだった

拙作をお読みいただきまして、ありがとうございます。

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