第94話 音痴(Side:Lawless)
ちょっと近所に引越しをすることになりましたので、もしかしたら暫く投稿が遅れるかもしれません。
ローレスの願いが通じたか、馬車と合流してからの旅は順調に進んだ。
ニックも随分と大人しくなり、女性陣も余計な心労を抱えずに済むようになった。夜も不満顔ではあったが馬車を女性陣に解放し、ニック自身は従者に用意してもらった簡易天幕で夜を明かしていた。
夜営中も静かなもので、偶に夜行性の小型の魔物がちょろちょろと出てきたりはしたがライオット達で十分対処できるものばかりだった。勿論ローレスも気が付いていたが自衛の警戒に止めて口も手も一切出さなかった。護衛はライオット達の仕事であり、全員で対処せねばならなかった斬牙狼と違い、彼らだけで対処できると言うのなら、乗客でしかないローレスが手を出すのは筋が違う。
そして斬牙狼の襲撃から三日と言う長くも短くもない馬車の旅は遠くに町を望み、終わりを迎えようとしていた。
「ローレス君、素材は本当にいらないのかい?」
ローレスは斬牙狼の素材の一切を放棄していた。ネリアは仕事として行動した訳では無いので、報酬を頂く事は出来ないと早々に権利を放棄し、テーナは「わたしは詠ってただけだから」とそもそもの権利を主張しなかった。アイオラに至っては「ローレス君に訊いて」と丸投げである。
「僕はそちらの戦闘には参加していませんし、そもそも別口で報酬を頂いていますから」
角付を倒した際に街道警備の詰め所で手にした金貨十枚がある。むしろこちらを分配する方が筋ではないかと主張したが、それこそ受け取る権利なんてないよ、と断られている。
「……防具の新調もしなければならないから、正直ありがたい話だ。遠慮なく貰っておくよ」
「あ、そうだ。これも渡しておきますね。今朝完成したので」
斬牙狼の毛皮で巻いて保護された一振りのナイフを差し出す。
「もう出来てたのか!? ローレス君は猟師より付与術者の方が向いているんじゃないのかい?」
「父も父の仕事も好きですから」
その仕事の速さに驚き、思わず呟いた言葉を聞いたローレスの答えに、ライオットはばつが悪そうに頭を掻いた。
「あー、ごめん。君のお父さんに対して失礼なことを言ったな。申し訳ない」
付与術者が猟師より上とも取れる発言をしたことに今更ながら気付いたライオットが頭を下げた。
「頭を上げてください。僕はそうは取らなかったし、ただ単純に猟師が好きだということを伝えたかっただけですから。付与術も嫌いじゃないですが、生業とするなら猟師って言うだけで」
真面目な顔で謝罪されてローレスの方が逆に恐縮してしまう。その様子を見て肩を竦めたリズリットが助け舟を出す。
「ローレス君ごめんね。オットーはちょっと配慮が足りないの。ローレス君に悪い事言ったって所で思考が止まっちゃってるのよね」
このまま放っておけば二人で何時までも謝罪合戦を続けていることだろう。ライオットを馬車の前側の警備に追いやり、リズリットはローレスにもう一度だけ「ごめんね」と謝ってその悪循環を断ち切った。
「所でローレス君達は町についたらどうするの?」
話題を変える。ローレスはあえて彼女の誘いに乗って答える。
「一日か二日休息を取って、また北へ向かう乗合馬車にでも乗ろうかと。取り合えず国境を目指しているので」
「あら、魔道国家に行くの?」
北に用事があるのは何と無く解っていたが、まさか国外に出る予定だったとは知らなかったようだ。
「私達は王都か次の町行きの護衛の募集を待って戻る予定だから、多分ここでお別れね」
リズリット達は早ければ今日にでも再び町を出ることになる。護衛の依頼が無ければ町の周辺で出来るような依頼をこなして経験と路銀を稼がなければならないので、どちらにしてもローレスと会う機会はほぼないだろう。
「そうですね、残念ですが。冒険者として大成することを祈っています。頑張ってくださいね」
ローレスの言葉にリズリットはにっこりと笑うと手に持つ槍で天を突く。
「ありがと! よーし、お姉さんは頑張っちゃうぞ!」
生きていれば何時かまた、何処かで会うこともあるだろう。
その後は特筆すべきことも無く町に到着し、お互いの無事を祈ってライオット達と別れた。
「それでは皆様、ごきげんよう」
ニックの従者は綺麗なお辞儀をすると踵を返した。顔色の悪いニックは大量の脂汗を浮かべているが理由は解らない。彼の修羅場はこれから始まるのだ。生存競争と言う名の戦いが。
彼らを見送り、ローレスは御者に別れの挨拶をするとアイオラの待つベンチに移動する。
「お待たせ、アイオラさん」
「大丈夫よ。ネリアさんもテーナさんも居たから」
彼女の隣にはテーナが竪琴を手に座っており、ベンチの傍ではネリアが綺麗な姿勢で立っていた。
「君達も今日は宿を取るのでしょう? 安全な良い宿を紹介しようと思いまして」
ネリアが言うには、王都の修道院に出入りしているお店の従業員の女性の実家が宿を経営しているらしく、結構評判も良いそうだ。王都ではその女性によく世話になったそうで、折角なので宿泊客を連れて行って御実家の売り上げに貢献しようという算段のようだ。
「勿論私もそこを利用するつもりですし、万が一あまり良い宿ではなかった場合は責任も取ります」
短い間とは言え共に旅をしたローレス達にも少しでも良い思いをして欲しいと言う気持ちもある。決して打算だけで誘っている訳ではないのだ。神に仕える者としては皆が幸せになる道を示すことこそが理想である、ということらしい。
「解りました。僕達もこの町に詳しい訳でもないですし、ネリアさんのお言葉に甘えます」
アイオラの横でテーナも「わたしもそこにする」と手を上げていた。因みにまだ彼女の旅の同行の是非は決まっていない。答えが出ないとテーナはどこまでも着いてくることだろう。
「では、こちらです。付いてきてください」
自信満々で先導するネリアの後を、ローレス達は付いていった。
「ネリアさん、ここはさっき通りましたよ」
ローレスが指摘すると「そ、そうでしたか?」と大分自信を失くした顔でネリアが訊き返してくる。そうも何も、この町に噴水のある広場が二つも三つもあるのなら話は別だが、今横にある水の止まった噴水はどう見ても今日三度目の再会である。
「ネリアさん? その宿のお名前は何というのですか?」
一瞬記憶を辿るような顔をして「赤煉瓦亭、だったと思うけど」と申し訳無さそうに答えた。テーナはそれを聞くと広場に肉の串焼きの良い匂いを振り撒いている屋台の男に宿の場所を訊き、道を教えてもらった対価に串焼きを四本買うとローレス達の所へと戻ってきた。
「もう大分近くまで来ていたみたい。ちょっとそこに座って休憩しようよ」
広場のベンチを示すテーナの提案に一同は同意する。ローレスはともかく、アイオラとテーナは二時間彷徨った事で大分疲弊していたのだ。
「皆さんすみません。私、ちょっと道案内が苦手で……」
どうやら道を覚えるのが苦手な人種のようである。所謂方向音痴。
「僕達は町の色々なところを見られたから気にしてませんよ」
ローレスが慰めになっているんだかいないんだか判らない発言をし、アイオラが困ったように笑った。
「ほら、ネリアさんもこれ食べてちょっと座って休憩しようよ」
ローレス達にも一本ずつ手渡すと、テーナは真っ先にベンチに座って串焼きに口をつける。
「うわ、これ美味しい! 何の肉だろ?」
狙ってやっているのか、ただの素なのかは判別出来ないが、少なくとも場の空気は払拭された。テーナの言葉に乗って串焼きを一口齧る。確かに肉の旨みと振り掛けられた塩の加減が絶妙で、ローレスも思わず「美味いな、これ」と漏らしてしまった。
「ネリアさん、私達は別に急ぐ旅でもないですし、ちょっと道に迷ってくれたお陰でこうして美味しい物に巡り合えました。だから気にしなくて良いんですよ」
テーナに渡された串焼きを手に落ち込んだままのネリアにそういうと、アイオラも串焼きに夢中になった。こういうときはなんでもなかったように放置するのが一番だ。
当のネリアは「私はまだまだ修行が足りない。皆さんに心配をかけてしまうなんて……」と一人反省したり落ち込んだりと急がしそうだ。
ふと手に持った串焼きに目が行った。折角貰った串焼きが冷めて駄目になるのも悪いと思い、一口齧ってみた。
「……美味しい」
その美味しさに一瞬息を呑み、落ち込んで忘れていた空腹が帰ってきたのか小さくお腹が鳴った。その音にさっと顔を赤らめさせる。
「ネリアさん、これ美味しいね」
満面の笑顔のテーナに首肯すると、彼女の気遣いに感謝しながら串焼きを平らげた。最後に残った串を見たとき、気持ちは大分上向きになっていた。
「テーナさん、ここからは道案内をお願いしても宜しいですか?」
屋台で道を聞いてきてくれたようなので、無理にネリア自身が案内する必要もない。
「勿論。みんな、わたしに付いて来て!」
殊更明るくおどけると、テーナは先頭を歩き始める。ローレスも「よろしく、テーナ」と答えアイオラと並んで後に続く。ネリアはテーナの斜め後ろにつくと、彼女の背中に向かって頭を下げた。
そして数分の後、無事ローレス達は目的の赤煉瓦亭に辿り着いたのだった。
拙作をお読みいただきまして、ありがとうございます。
15/11/23
タイトルが被っていたのを差し替えました。