第93話 馬車との合流(Side:Lawless)
角付の大型斬牙狼が完全に動きを止めたのを確認し、ローレスは安堵の息を漏らした。
角付の左右には合計四十名の兵士が弓を構えて警戒を続けている。槍を持った重武装の兵士が二人、角付に近付くと死亡を確認して上官に報告する。
「周囲の警戒を。頭を取られた群れが襲ってくることはないと思うが、万が一もある」
文官を従えた男が指示をだし、兵士が指示に従って動き始めた。男は街道脇に腰を下ろして休憩するローレスの側に寄って来た。
「貴方がローレスで合っているかな?」
「はい」
「そうか。害獣の情報に誘導、駆除と多大な協力を頂き感謝する」
そう言って頭を下げた。
ローレスは布に炭で状況や斬牙狼の情報、誘導方法などを書き付けて矢に括りつけると、駐屯兵の兵舎に直接放った。壁面に突き刺さった矢文は即座に上官に伝えられ、斬牙狼狩りの準備をしていた部隊が即座に配置に付き、後はローレスが誘導して飛び出してくるのを待つだけ。
果たして無事に役目通りの結果を導き出したローレスの目の前で、角付は左右から襲い来る数の暴力に為す術もなく屈したと言うわけだ。
慌てて立ち上がるとローレスも礼を返す。彼からしたらこんな年端も行かない子供の言葉を信じて兵を展開してくれただけでもありがたいのだ。それなりの地位にあるであろう男に頭を下げられるのは居心地が悪い。
その気まずい空気を変える為という訳でもないが、ローレスはまだ群れが森の奥に残っていることを知らせた。そのおおよその数と最後に見た場所を伝える。今なら角付を失って統制も取れていないだろうし、こちらが有利に事を運ぶことが出来るだろう。
「ありがたい情報だ。重ね重ね助かった」
即座に文官を通して部隊に情報が伝えられる。斥候部隊が森に消えていった。彼らが戻り次第討伐部隊が森に入ることだろう。
今回の大型の斬牙狼は今までに見たことの無い変異種らしく、研究の為に国で買い上げるという事になった。買い上げ金額は金貨五枚。更に変異種討伐の協力の謝礼として金貨三枚、斬牙狼の群れの報告などで金貨二枚が情報料としてローレスに手渡された。
また、時を遡って馬車が兵舎に辿り着いた時の斬牙狼出現の報告も今回の討伐の一助であると認められ、馬車の冒険者達にも情報料が組合経由で支払われる旨の伝言を受けた。
「いえ、僕も危ないところだったので、街道警備の皆さんに助けて頂いて助かりました」
結局ローレスは一人ではあの角付を倒しきることは出来なかった。街道警備の協力を得てようやく倒せたのだ。彼だけの手柄ではない。そう伝えるとそれまで軍人らしい表情で相対していた男が呆れ顔を見せた。
「ローレス君、君は自制心が高いが少し自分自身に自信を持つべきだ。今回の最大の功労者は君だし、君無しでは今後大きな被害が出ていたかもしれない。胸を張りたまえ」
そう言ってローレスの背中を叩くと「まぁ、驕らない姿勢は大切だ。何れ君の武勇が伝わってくることを楽しみにしているよ」と笑って部隊の方へと戻っていった。
「馬車に戻らないと」
男の背中を見送ると、ローレスは休憩もそこそこに街道を走り出した。馬車がどこまで先行しているか判らないので、のんびりもしていられない。
休憩をせずにひたすら走り続け、結局馬車を視界に捉えたのは二時間後の事だった。
「お帰り、ローレス君」
まだ馬車からは大分離れているが、わざわざ街道を戻ってきたアイオラの笑顔がローレスを出迎える。
「ただいま、アイオラさん」
アイオラの数メル前で速度を落とし、額の汗を拭って笑顔を返す。とてとてと小走りにローレスに駆け寄ったアイオラがそのままローレスを抱きしめる。
「怪我はなさそうね。良かった」
身長差のせいで丁度アイオラの柔らかいところに顔を埋める形になり、若干赤くなりながらも彼女のしたいように抵抗はしなかった。決して良い匂いがして柔らかいところから離れたくなかった訳ではない。多分。
「ごめん。不安にさせちゃって」
「不安なんて感じてないわよ。ただやっぱり心配だっただけよ」
それは彼女自身の命を預けているからと言う心配ではなく、ただローレスが大きな怪我をしないかという、彼のことを思っての心配だった。アイオラは仏具【蓮華座】の存在とその能力を知っているので、例え腕が千切れようともどうにでもなるという事は解っている。だが無かったことになるからと言って怪我をしても良いという話はまた違うのだ。
「だから、ローレス君がきちんと無事に帰ってきてくれた事が嬉しいの」
抱きしめる力が少し強くなる。その気持ちに答えるようにアイオラの背中に手を回し、ローレスも彼女をしっかりと抱きしめた。
「信じてくれてありがとう」
そう感謝を伝えて、お互いに抱きしめあうのだった。
「ローレス君、無事で良かったよ」
アイオラと連れ立って馬車まで戻ってくると、ライオットがまずローレスの無事を喜んでくれた。
「ライオットさん達こそ大変だったそうで、皆さん無事で良かったです」
ローレスがいない間に馬車を襲った手負いの斬牙狼の話は戻りしなにアイオラからざっくりと説明を受けた。リズリットの捻挫とライオットの革鎧くらいの被害で済んだのは正に僥倖であった。
「次の町までは応急処置で済ませるけど、この鎧はもう駄目だろうな」
革鎧の買い替えで今回の依頼は赤字だよ、と力なく笑うライオット。
「それで、倒した斬牙狼はどうしたんですか?」
アイオラの術式でずたずたになった狼の死体は馬車の少し離れた草むらに放置されている。ライオットたちでは斬牙狼の剥ぎ取りは荷が重いらしく、かと言ってこのまま町まで運ぶ訳にも行かないとここに捨てていくことになったらしい。何とか折れずに完全な形で残った爪が二本だけ取れたが、他は半ばで折れてしまっていたりして剥ぎ取る苦労に比べたら割に合わないらしい。
「斬牙狼の討伐証明部位がこの鋭い爪だから、組合に報告すれば多少は足しになるのが救いだな」
二本ある内の一本をローレスに渡そうとしたが、ライオット達の方が損害が大きいことを理由に固辞した。
「あ、街道警備の方から伝言で、斬牙狼出現の報告の情報料が組合経由で支払われるそうですよ」
「本当かい? 助かった。それならどうにか代わりを用意できそうだ」
ほっと胸を撫で下ろすライオットに、ローレスは斬牙狼の部位で換金できる場所を訊いた。
「組合の資料だと確か、爪と牙、毛皮と魔核、後は何だったかな」
「四肢の骨が何かの薬の素材になったと思うけど」
横からリズリットが助け舟を出す。何れにしてもまず毛皮は損傷が激しいので売り物にはなりそうも無い。爪は無事な二本を除いて折れたり割れたりしていてこちらも売れないだろう。牙は何本か完全な形のものが残っているがしっかりと閉じた状態で顎の筋肉が硬直しており、強引に抉じ開けると牙自体も使い物にならなくなりそうだ。魔核は心臓の近くにあるはずだが、痛みが激しいとは言え頑丈な毛皮が邪魔で中まで刃物が通らない。同様の理由で四肢の骨も取り出すことは困難だ。
「って訳で、勿体無いけれどここに捨てていくことになったんだよ。斬牙狼程の強さの魔物を倒せるなんて思っても見なかったし、普通の野生動物の類を解体するナイフしか用意してなかったんだ」
ある程度以上の魔物の剥ぎ取りには、切れ味を良くする付与を施された刃物を用意しなくてはいけないが、付与の掛かった物は地味に値段が高い。ライオット達の実力ではそういった魔物の剥ぎ取りをする機会などまず無いので、そちらにお金を回すならもう少し良い武器を買い揃えた方が良い。
「じゃあ僕がやりましょうか。ちょっと待っててくださいね」
父親と交換した剥ぎ取り用のナイフを取り出すと放置されている斬牙狼に近づく。今更血抜きもないし、肉は食用にもならないのでそのまま刃を入れてまずは四肢を切断。裏側の筋に沿って切っていくと肉を開いて骨を取り出す。この作業を四度繰り返し、四本の足からそれぞれ二本ずつ取り出し、肉と毛皮、関節部の軟骨等を纏めて脇に置く。
次に顎の付け根の筋肉に切れ込みを入れ、筋肉自体の引っ張る力を利用して顎を切り離す。あっという間に取り外された顎から上下合わせて十本の牙を取り出した。
最後に胸部を開き、魔核を取り出す。親指ほどの大きさの黒い珠を他の換金部位と共に布袋に仕舞うと、ライオットに手渡して残りの不要部位を持って森に入る。
ある程度街道から離れた所で廃棄物処理を使い穴を掘ると、それらを廃棄して埋め戻しで埋め、再び馬車まで戻ってきた。
「……その剥ぎ取りナイフ、一体どんな切れ味なんだい」
血糊を拭き取り簡単に整備して鞘に収め、ベルトポーチに仕舞うと、呆れたような感心したような口調でライオットが声を掛けてきた。
「僕の作った物です。手作り感が出ていてちょっと恥ずかしいですが」
「君が作ったのかい!?」
斬牙狼をあそこまでスパスパ斬れる剥ぎ取りナイフ等、一体いくらするか判らない。そんなものを自作する十歳児に、ライオットは驚きを通り越してもう笑うしかない。
「何時かお金を貯めてローレス君に剥ぎ取りナイフの作製をお願いしようかな……」
「ああ、それなら斬牙狼の爪を一本使わせてください。次の町に着くまでに剥ぎ取りナイフを作りますよ。作業代金代わりに銀貨一枚頂いても良いですか?」
材料は持ち込み扱いということで、工賃はそのくらいで十分だ。ローレスは自分の作る切れ味上昇の付与をした剥ぎ取りナイフがどの程度の代物なのかが判らないので値段設定は随分と適当だ。
「そりゃありがたいし、剥ぎ取りナイフにするには勿体無いようなものが出来そうだけど……良いのかい? 多分相場からするとタダみたいな値段だけど」
「今回は特別ということで。次からはもっと相場を勉強して値段を決めますので」
そういうことなら、とライオットはローレスの言葉に甘えることにした。仲間内での共有財産として使う事にするらしい。
「おーい、そろそろ出発ですよー」
御者が声を掛けてきた。皆すでに馬車の傍に集まっている。
「ローレス君、行こうか」
「そうですね」
ライオットと馬車に向かう。ここからは何事も無いのんびりとした馬車旅になれば良いなと思いながら。
拙作をお読みいただきまして、ありがとうございます。