第92話 角付との決着(Side:Lawless)
ローレスは攻めあぐねていた。単発は撃ち落とされ、三射するには射線が確保できない。勿論木々が邪魔で山射ち等とても狙えそうもない。
接近すれば技能でも誤魔化し切れるか判らない。接近を許せば敗色は濃厚になる。
「やっぱり一人と言うのはキツいな」
弓単体での攻撃ではやはり角付の防御を突破できない。ならば策を講じる必要がある。
「この属性はあんまり得意じゃないんだけどな」
鞄から新品の鏃を取り出して付与を掛け、矢筒から取り出した矢から鏃を外して取り替える。角付は僅かな付与の力を感じたのか、ローレスを正確に視線で捉えていた。
気付かれた事を察したローレスが慌てて枝を飛び移る。焦っていた為に動きが雑になり、飛び移った先の枝が大きく撓ったのと、それまで彼が乗っていた枝が粉砕されるのはほぼ同時だった。
「廃棄物処理」
角付の足下の地面が消失し、前足が宙に浮く。流石に落ちることはなかったがローレスを狙った雷撃は大きく狙いを外して森の奥へと消えていった。ローレスは目暗ましに遮蔽幕を幾つか枝の上に展開し、自らはひっそりと角付の背後へと回りこむ。
突如枝の上に現れた暗幕を警戒した角付は暗幕群から距離を取るべく後方に移動する。既に狙いをつけて弓を引き絞っていたローレスの目の前に無防備に背中を晒す形で。
引き絞った弦から指を離す。高速で背後から迫る矢に気付いた角付は身体を半回転させながら二本の角の間から雷撃を放つ。若干甘い狙いの雷撃は、避雷針に落ちる雷のように途中で起動を変えると導かれるようにローレスの放った矢に中った。
ばきり、と砕け散る音と共に空中に飛散したのは、矢の残骸ではなかった。矢に突き刺さる雷撃は、先程までと違い矢を撃ち砕く事は出来なかったのだ。何事も無かったかのように飛来する矢は、撃墜出来ると油断した角付を襲いって頭の上の角の一本を打ち砕いた。
ローレスが放ったのは硬絶縁矢。まず土の属性の文字を刻み込み雷気の拡散を促し、雷撃の衝撃に耐えられるよう硬化の文字を刻んで鏃自体の硬度を上げた。急造の上ローレスは硬化系の扱いがあまり得意ではない。雷気を拡散できても衝撃に耐えられなければ意味が無い。半ば賭けであったがどうにか耐えてくれたようだ。
角が片方折れたことで上手く雷撃を扱えなくなったようで、出鱈目に放出される雷光が周囲の木々を薙ぎ倒す。これを好機と見たローレスは再び矢を番えると混乱で注意力が落ちた角付の残った角を狙って矢を放つ。焔飛矢が角に命中し、衝撃と熱で角を折り飛ばすことに成功する。
「これでアイツは飛び道具が無くなった……んだよな?」
遠距離攻撃無き今、範囲外からの攻撃で削ればローレスに負けはないだろう。後は慎重に狙撃の瞬間を悟られないように気をつけるだけ。
先程の雷撃暴走で周囲の木々が倒された為に角付の周りはちょっとした空き地のようになっていた。広場の中央で角を失った動揺から回復した角付はローレスの気配を探って警戒している。
ローレスは何か嫌な気配を感じて、安易な攻撃を避けて慎重に様子見の一射を放つ。やはり安全圏からの一射は簡単に避けられてしまう。危険を覚悟で距離を詰め、五メルまで接近して弦を引き絞る。
弓の撓る僅かな音も、今度は角付には届かなかったようだ。警戒しつつも特にローレスの方に気付いた様子は見せない。
(もしかして、角が感覚器官の一つなのか……?)
最初の一射に気付いたのは音が原因では無かったのではないか。弦と矢筈、弓と弦の各々で擦れや撓りによって発生する静電気を感知していたのかもしれない。どうやって木々の枝の擦れや衣服に溜まる静電気と区別しているのかは判らないから、あくまで推測でしかない。
(そう言えば、ライ君の紫電結界が似たような性質だったかな)
かつて旅路を共にした少年を思い出す。彼なら角付など敵ではないだろう。あの凄まじく攻撃的な神器を思い出しながら思った。
しかし今彼はここに居ない。何にしても弓を引いた程度では感づかれることはなくなったのだ。ひとつ有利になったと喜ぶべきだろう。
幸いなことに角付は“狙いの殺気”には反応しない。恐らく矢の風切り音や目視、角の感覚を駆使してローレスの攻撃を避け、迎撃しているのだろう。五メルならそれも難しいはずだ。
(全力の一撃を眉間に! 巧くすればこの一射で終わる)
十分に蓄えられた弦の力を解き放つ。ローレスの狙い通りに矢が飛び出して隠蔽と隠密の恩恵から外れる。発生する風切り音に反応したか、正面から飛来する矢に目を向けるが避けるには些か反応が遅い。四肢を踏ん張ると、前足を蹴りあげた。
次の瞬間、ローレスは言葉にならない感覚に突き動かされて左手の盾を角付に向ける。避ける暇がない、と直感した。そもそも何が来るのかすら理解していないと言うのにだ。
そしてその直感は彼を救うことになる。衝撃を吸収して砕け散る盾の向こう側で、叩き落とされた矢と前足を振り下ろした角付の姿が見えた。鋭い爪から衝撃波のようなものを発生させて飛ばしてきたようだ。
慌てて姿勢を建て直すと隠蔽と隠密を張り直して茂みの中に隠れる。盾の衝撃吸収は角付の飛ぶ斬撃の威力をしっかり相殺してくれたらしく、ローレスに怪我はない。
(駄目だ。もっと巧く立ち回らないと……)
角付の能力を一つ潰したからと安易な攻撃を仕掛けた結果、このような窮地を招いてしまった。そしてローレスは自分が色々と思い違いをしていることに気が付いた。
この十年、猟師として遺憾無く才能を開花させ、賞金首を単独で仕留めた事で少し天狗になっていた。英雄ラルウァンと良い勝負が出来たからと、少し驕ってしまっていたのかもしれない。
反省せねばならない。自分が弱いと言うことを自覚し直す必要がある。弱さを認めた上で、手段を選ばず生き残ることに全力を注ぐのだ。
そう、何が一対一だ。相手の都合に合わせて、それを食い破るだけの力など無いのだ。
「悪いけどもうそちらの都合に付き合うのは辞めるよ」
呟くと行動に移す。アイオラの待つ馬車に連れて戻るわけにはいかない。だから街道に沿って南に戻る。距離を開けて矢を放ち、ローレスは自分の位置を時々角付に知らせて徐々に南に誘導する。
移動しながら布を取り出すと、そこに木炭で文字を書いて片眼鏡の技能で木々の隙間から覗ける先を見据える。
「まだ通らないか。もう少し時間を稼いだ方が良いかな」
廃棄物処理で落とし穴を幾つか進路上に作り、これ見よがしに遮蔽幕を張り、木や穴を隠した。
警戒してそれらを避けつつローレスを追う角付に時折牽制の矢を放ち、絶えず相手に緊張を強いる。小細工やあからさまな牽制、無意味な障害物に苛立ち始め、角付は徐々に動きが雑になっていく。飛来する矢は避けるか叩き折れば良いし、穴や遮蔽幕は迂回するか飛び越えれば済む話だ。それよりも気配を絶たれて見失い、爪の射程圏外へと逃げたローレスを再び発見するといった鼬ごっこに集中力を乱される。
そしてまたあからさまな落とし穴を飛び越えた。着地した前足が地面に吸い込まれ、強かに胸部を地面に叩き付けられた。何度も穴を飛び越える姿を確認したローレスが、着地するであろう場所を予測してもう一つ穴を掘り、埋め戻しで土の蓋をするように調整していたのだ。
再び振り返り、木々の隙間から遥か先を見通す。その視線の先には捜し求めていたものが見えていた。
「後はこれを射れば準備は完了だ」
渾身の力を籠め、ローレスは弓を引く。距離はあるがこれより近づけば角付に気付かれてしまう。ローレスは祈った。この一射が無事に通ることを。彼の手から弦の抵抗が消える。ここからは流れのままに、だ。
胸を強打して呼吸が止まり、角付の視界が一瞬だけ暗転する。何も解らないまま、とにかく動けとばかりに後ろ足に力を籠めて飛び上がる。敵の矢が空中の角付の背中に突き刺さる。肉に食い込んだ鏃が高熱を発して角付の背を中から焼き始める。
その熱と痛みを堪えて更に横に飛ぶと、大木の陰に潜り込んで敵の様子を探る。やはり矢が飛んできたであろう方角にはその姿は無く、更に南の枝の上で角付の様子を伺っている。
敵の射線を遮るように木々を縫って走る。あと少しで爪の射程に入る、といった所でまたしても姿を見失ってしまう。角付の苛立ちは頂点に達し、轟音の様な雄叫びを上げた。
先程まで敵の居た枝に駆け寄り、爪を振るう。当然そこには敵の姿は無いが、砕け散った枝の向こう側、森を抜けた先に無防備な背中を見せて逃げる敵の姿を捉える。
所詮は二つ足で走るのろまな生き物。角付が本気で走ればものの数秒でその首筋を噛み砕き、息の根を止める事が出来るだろう。
一歩を疾る。二歩で最高速まで至り、三歩目で森を飛び出した。
角付は気付くべきだったのだ。それまではあれほど巧妙に隠れ、距離を取り、翻弄してきたローレスが、最後の瞬間に何故ああも己の無様を晒したのか。
森を抜け飛び出した角付は全身に激しい衝撃を受けた。左右から飛来する無数の矢の雨に晒され、柔らかい関節部や脇腹に突き刺さる痛みに悲鳴を上げる。力を失い地に叩き落された角付の見た最後の光景は、表情無くこちらに狙いをつけるローレスの姿と、放たれた二本の矢と、両目に突き刺さる瞬間の鏃の鋭さだった。
そして角付の意識は闇に消えた。
拙作をお読みいただきまして、ありがとうございます。
15/11/22
耐えられなけれ場→耐えられなければ