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第89話 迷子(Side:Rayshield)

「離して! 離せ!」


 ライシールドの手を振りほどこうと暴れるが、ヴィアーの手は解放されない。

 敵意を込めて睨み付けるとライシールドは困ったような顔を返した。


「急にどうしたんだ。いきなり帰るとか言い出して」


 まずは落ち着かせなければ。だが生憎とライシールドには泣く女の子を宥める経験値は貯まっていない。


「あ、ああ。ごめんね。だってあの蛇族のやつ、むかつく事言うから」


「しかし、ヴィアーはやることがあるんだろう? 俺たちはまだ国境を越えてもいない」


 話を合わせて時間を稼ぐ。妙案を思い付ける自信はないが、とにかく今は時間がない。


「そうか、そうだったな。ダキニさんにはそう言われてたんだった。悪かったよ」


 でも。とヴィアーが続ける。


「アティさん達が居れば問題ないじゃないか。あたしは要らない。だから帰らなきゃ。ライには皆が居るけど、あたしにはダキニさんしかいないんだ。だから帰らなきゃ」


 ヴィアーの手を掴むライシールドの蛇腹状の腕に手を添えると、彼女は真剣な目で彼に懇願する。


「お願い。ライ、手を離して」


 ライシールドは首を振る。結局なにも思い付かなかったが、今手を離したらこの少女はまた巣穴に戻ってしまう。壊れてしまった日常の欠片をかき集めて自分を慰める、そんな生活に戻ってしまう。


「駄目だ。ヴィアー、お前はあそこに帰っては駄目だ」


 その姿に姉を重ねて、ライシールドは彼女の(くら)い願望を否定する。死者を悼み、その弔いの為にあの地で生きると言うのならまだ理解も出来る。だがあの人形達を相手に過去に(すが)って現実から目を背け、あまつさえ死者達の導き手であるダキニの心配の種となり、死者の眠りの妨げになるようでは本末転倒だ。


「お前はダキニ達が心静かに眠るための邪魔にしかならない。あそこはお前の居場所じゃない。あそこに帰っては駄目だ」


「ライ、貴方までそんなことを言うのか。あなたは違うと思っていたのに。やっぱり他の皆と一緒なのか!」


 激昂したヴィアーが再び暴れだす。今度は全力で引き剥がしにかかってくる。先程までライシールドの腕に添えられていた左手を拳に変えて殴りかかる。ライシールドはその拳を受け止めた。


「落ち着け、ヴィアー!」


「うるさい! もうあたしの事は放っておいてくれ!」


 ヴィアーの蹴りがライシールドの脇腹を打ち据える。その強打に思わず手を離してしまう。


「待て! 行くな!」


 蹴られた脇腹を押さえながら、ライシールドはヴィアーに手を伸ばす。その手は虚しく空を掴んだ。


「お願いだから邪魔しないで」


 (うずくま)るライシールドを見下ろしたヴィアーの顔は影になって表情はよく見えない。


「あたしは帰る。ダキニさんのところに帰るんだ」


 ライシールドの目に写るその姿は迷子の子供。家を見失い、道を見失い、家族を見失った小さな子供に見えた。

 ライシールドがまだ労役もないくらいに幼かった時、村の中で迷子になって泣いているライシールドを見付けてくれたのはいつも姉だった。


「迷子の子供は、誰かが見つけてやらないとな」


 ヴィアーには見付けてくれる家族はもう居ない。ならば袖擦り合うも多生の縁、関わった以上、出来る面倒位は見てやろう。


「お前に必要なのは古巣での終わった世界じゃない。居場所が欲しいなら俺が作ってやる。お前を心配している仲間だって居るんだ。俺達の所に来い。お前が前を向けるようになるまで位は付き合ってやるよ」


「勝手なことを言うな! ライは関係ないだろう!」


 立ち上がり、ライシールドは手を差し出す。ヴィアーはその手を払い、力の限り叫ぶ。


「もう放っておいてくれ! これ以上邪魔するって言うなら、ライだって容赦しないぞ!」


 はいそうですかと言う訳にはいかない。旅の仲間達に頼まれているのだ。駄々っ子の尻をひっ叩いてでも連れて戻る。ライシールドはそう決めた。


「そんな顔した(ヴィアー)をほったらかして帰れるかよ。ダキニの所に行き(帰り)たかったら、俺を倒してでもいくんだな」


 挑発する。ライシールドはいつの間にかヴィアーに姉の影を感じなくなっていた。姉ではない、一人の少女としてヴィアーを見て、彼女を救いたいと思い始めていた。

 復讐に狂い一人を選んだ姉のような、過去に囚われた生き方をすることはない。そんなことを考えている奴は、全部掬い上げて無理矢理前を向かせてやる。姉の更正の練習台だ。


「まずはヴィアー、お前に未来を見せてやる」


 無手で構える。ヴィアーも素手で睨み付けてくる。風が一枚の葉を枝からもぎ取り、二人の間に落ちる。それを合図に、お互いが大地を蹴った。




 まずヴィアーの右蹴りがライシールドの左顔面を狙って襲いかかる。ライシールドはそれを左手の蛇腹の腕で防いで、軸足を払って転倒を誘う。ライシールドの腕を軸に右足を絡ませて左足を蹴って足払いを避ける。絡ませた腕を捻るようにしてライシールドの均衡(バランス)を崩し、地面に引き倒して腕を固めて押さえ込む。

 蛇腹の腕を霧散させてヴィアーの足固めから逃れると、ライシールドは急に支えを失って手を付くヴィアーの重心のかかった足を払い、今度こそ転倒に成功する。


空穂の(Digestion )(pot)


 再び神器【千手掌】を起動、蔓の腕を装填すると彼女の腕に巻き付ける。絡み付いた蔓を基点に更に蔓を伸ばし、ヴィアーの腕全体を蔓で拘束する。


「な、なんだこれは!?」


 引き剥がそうとするヴィアーが足掻くが、到底引き千切れるような強度でもなく、引こうが振り回そうが(ほど)けはしない。


「俺の力の一端だ。もう逃げられないぞ。ちょっと頭を冷やして……」


鋭爪生成(タロンフォーム)


 ヴィアーの獣人咆哮(ビーストロアー)が彼女の手に鋭い爪を作り出す。蔓を切り裂いて延びる爪が、彼女を拘束から解き放つ。


(Hard )蟻の(outer )(shell)


 黒い蟻の腕を装填。右手の爪で薙いでくるヴィアーの一撃を受けとめ、術式で作られた爪を握り潰す。

 折れ潰された爪が空を舞い、虚空に消える。左の爪を力任せに叩きつけるが、そちらも砕け散った。


加速(アクセラレーション)二重(ダブル)


 ヴィアーが加速術式を発動。瞬間、彼女の姿が掻き消える。


(Difficult)(y notice)の腕( needle)


 ライシールドも速度特化の腕を装填。相対的な速度が減じ、ライシールドはヴィアーを視界に捉える。

 ヴィアーの右の抜き手を打ち落とし、下から伸びる左の蹴りを外へと受け流す。左の拳を止め、打ち落とした右が再び下から迫るのを今度は上半身を反らせて避ける。目の前を通過する抜き手を見ながら腰を捻ってヴィアーの横に抜け、伸びきった脇腹に右掌底を叩き込む。

 ヴィアーは左手を脇腹の前に出すとライシールドの掌底を受け流して打点をずらし、軌道を変えられた掌底はヴィアーの腹の前を通過していく。受け流した際に添えられていた左手がライシールドの右腕を掴み、伸びる右腕の勢いを利用してヴィアーは時計回りに半回転して、彼を振り飛ばす。

 一メル(メートル)程の距離を開けて視線が合う二人。思考は一瞬、先に動いたのはヴィアーだった。

 強靭な下半身の発条(バネ)で猛然と飛び出すと、猛禽の如き鋭い突きをライシールドの顔面に放つ。後の先を取ったライシールドはその突きを両掌で挟み、受け止めて捻ってヴィアーを横に引き倒す。そのまま馬乗りになって両腕を足で押さえ込むと、ヴィアーの目の前に拳を突き出す。避けることも流すことも出来ぬ一撃に目を瞑り、痛みに耐えようとするが肝心の痛みはいつまで経ってもやってこない。


「目を開けろ、ヴィアー。俺は別にお前を痛め付けたい訳じゃない」


 ヴィアーの上から重みが消える。自由になった体を起こし、ゆっくりと目を開ける。


「どうして」


「俺はお前に前を向いて欲しいだけなんだ。叩きのめして従わせたい訳じゃない。頭が冷えたならちょっとこっちに来て座れよ」


 道の脇、日の当たる背の低い草が生えた一角を牙の剣で払い、銀の腕輪(アームレット)から敷き布を出すとそこに広げた。


「運動して腹も減ったし喉も乾いた。ちょっと休憩して飯でも食おうぜ」


 水袋や干し肉、魚の干物などの携行食や果物などを出すと、ライシールドは腰を落ち着けて水を飲み、干し肉を噛み千切る。


「あたしはライを殺そうと……」


「お前、結局まともな武器は使わなかったじゃないか。あんな脆い爪じゃ俺を殺せない」


 まあ良いから座れ、とヴィアーを促す。そんなライシールドに戦意を削がれ、警戒した猫のようにおずおずと敷き布の端に腰を下ろした。


「ライがなんと言おうと、あたしはダキニさんの所に帰るよ」


「そうだな。俺も言い方が悪かった。帰るなといっているんじゃないんだ」


 ヴィアーは「さっき帰るなって言っただろ」と呆れ顔で言う。


「すまないな、言葉が足りなくて。今のヴィアーが帰っても、ダキニ達の邪魔にしかならない、だから帰るなと言っているんだ」


 ライシールドはヴィアーに水袋と魚の干物を差し出しながら答える。それらを受け取りながら、彼女は眉根を寄せる。


「邪魔になるってなんだ。あたしがどう邪魔だって言いたいんだ」


「お前さ、本当はきちんと解ってるんだよな? この際正直に話せ。悪いようにはしない」


 ヴィアー自身の口で、現実を説明させる。酷な話かもしれないが言葉にすることで受け入れられる部分もあるかもしれない。


「解っているって、一体何を……」


「誤魔化すな。目を瞑っても変わらないものはあるんだ。それは楽な道だが、ダキニを悲しませるだけだぞ」


 ダキニが悲しむ、と告げられたヴィアーは言葉を詰まらせる。彼女は困らせたいわけではない。悲しませたいわけではない。ただ側に居て恩を返したい、それだけなのだ。


「あたしはダキニさんに沢山のもの()を貰ったんだ。何一つ返さないで、ダキニさんから離れるなんて出来ないんだ」


 それは彼女が幼い頃の話。辛く苦しい孤独から掬い上げられるまでの古い話。

 ヴィアーの心に深く刺さった心の傷を、彼女は自ら抉り始める。

拙作をお読みいただきまして、ありがとうございます。

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