第05話 対等
「電翅の腕」
左腕から紫電を纏った腕が生える。関節部以外は緑褐色の金属質な光沢を放つ外骨格が被い、甲虫の鞘翅で肘から手首までを覆われている。その殻皮で胴体を狙ってきた感知しづらい風の飛針を辛うじて弾く。
目の前で停止飛行しているのは大きな蜻蛉。風切蜻蛉は親指程もある鋭い大顎をガチガチと鳴らし、ライシールドを威嚇してくる。
ライシールドの瞬きの僅かな隙に反応し、素早く無音で上昇する。辛うじて視界の端にその姿を捉え、見上げる彼の目の前に、高速の風の飛針が迫っていた。
慌てて左手の甲を顔の前に出して防御する。手を中心に展開された紫電の盾が針を掻き消した。
飛針に気を取られている間に、風切蜻蛉はライシールドの背後上空に回りこんでおり、針が防がれるのを見る前に大顎で噛み付こうとうなじ目掛けて急降下した。
「やらせるかよ!」
目の前の左手を頭の上を経由して首の後ろに回し、風切蜻蛉の目の前で強く握り締めた。手の甲の紫電の盾が急速に圧縮され、自壊崩壊して激しい光を放った。
背後から無音の急襲、一撃離脱のつもりの風切蜻蛉は、突然閃光を至近で浴びて迂闊にも一瞬動きを止めてしまった。
その隙は致命だった。防いだ左手でそのまま風切蜻蛉の首を掴み力任せにねじ切る。
風切蜻蛉の頭部が落ちる。首を失った胴体がジタバタともがき、デタラメに羽を動かしている。
ライシールドは胴体に剣を突き立て、止めを刺した。
──神器に翅脈の腕が登録されました。
雷光金蚊を倒して登録された電翅の腕は、高い防御力に加え、纏った電気で小盾を作りだすことができる。守る事に長けた腕だが、替わりに攻撃能力は低く、常人より少し膂力が優れる程度でしかない。正に防御特化と言ってもいい性能だが、実はもう一つ特筆すべき能力がある。
纏う紫電で微弱な電波を全方位に発生させ、反射してくる電波を計測して観測、自身を中心とした球の中に進入する物体の大よその動きと位置を知ることが出来る。察知できる距離は両手を伸ばした位の半径程となる。それ以上となるとなんとなく何かがある、程度にしか判らない。この紫電結界は一種の電波探知測距である。
無論、ライシールドは電波やら反射時間やら諸々の理論は解っていない。感覚的に『この辺りにいる』と判っているだけだ。もちろん最初から出来るわけもなく、何度か小鬼相手に練習し、何とか形にしているに過ぎない。
──ライシールド様、お疲れ様でした。これで予定の十種は全て登録完了です。
「これで終わりか?」
途中苦戦したものもあるが、基本的にそれ程強力な敵は居なかった。癖のあるものや相性が悪いものは居たが、どうにかなる程度でしかなかった。
手に入れた十の腕はそれぞれ相手と場面を選べば強力な力になる。よほどの理不尽にでも出会わなければ問題ないだろう。
だが、本当にこの程度で十分なのだろうか。
──準備完了にはもう一体と戦っていただかなくてはなりません。神器を一定以上使いこなせていなければ次の敵性体相手に生き残れないでしょう。
実際に命をとられるわけではないが、致命の一撃を受けた時点で中断、仕切り直しとなる以上、負けと同義だ。
「つまり、次のヤツで最後ってことか」
──はい。最終戦の前にもう少し訓練を続けますか?
初回からでもそれなりに腕の力を使うことは出来るが、使用すればするだけ馴染む。最終的にはレインのサポート無しでも十全に力を振るうことも可能となるだろう。
現状幾本かの腕がサポート無しで四割、サポート有りで最大六割。また、特殊な技能に至っては何度か実際に使って効果と使用法を自身の中で確立しておかないと、実践で役に立たない。
火炎蜥蜴戦でそれを嫌と言うほど思い知ったライシールドは、焦らず出来るだけ馴染ませ、特殊技能も組み込んだ戦術をしっかりと考えるようにしている。
「もう一度小鬼の腕から順番にやり直してみよう。新しい使い道を思いつくかもしれない」
勝つためならどんな努力でもする。命がかかっていようがいなかろうが、昔も今も変わらない。勝つために強くなる、その為に惜しむ手間等ないのだ。
──では、敵性体の生成を開始します。
一通り腕の操作の習熟に勤め、能力の見直しも煮詰まった。今出せる結果はこれ以上なさそうだ。
後は時間を掛けて腕を馴染ませていくくらいしか思いつかず、訓練の意味も薄れてきたと感じたライシールドは、レインに次の段階へ進むと告げた。
彼女の言葉に従い、彼の目の前に煙が立ち上り、その中に人影が現れる。
──写し取る影を生成……。
煙が晴れるとそこには寸分違わぬ彼自身が立っていた。
「もしかして、俺か?」
──はい。身体的な能力、精神的な能力、保有する武装もまったく同じもう一人のライシールド様です。本来であれば神器を写し取ることは流石に出来ませんが、神域機構による擬似的な生成体ですので、仮想神器を保有させてあります。
つまり、一から十まで同じ自分と言うこと。
「「小鬼の腕」」
影が腕を具現化させる。同時にライシールドもまた。
二人が向かい合い、片手剣を構える。半身となり左手を前に出し右手の剣を隠し、互いに点対象に距離を詰める。左手を伸ばせば届く程まで近付いた所で、お互いに背後に隠した剣を振り上げ、振り下ろした。
剣と剣がぶつかり合い、甲高い音を立てて弾かれる。その衝撃を受け流し、左手を握り締めて殴りかかる。寸分違わず拳が拳を殴りつけ、共に自壊し消滅する。
「「鉄蟻の腕」」
鉄色の外骨格がぶつかり合い、互いの剣を弾く。離れれば離れ、近づけば近づく。斬れば斬り、打てば打ち、守れば守る。同じ知識、同じ経験、同じ能力で当たり合えば、結果も等しく繰り返される。
(くそっ! 互いに相殺しあうだけじゃないか!)
埒が明かない。互いに同じ攻撃をぶつけ合うのならば、同じ防御を構えるのなら、いつまで経っても終わりはしない。
──いつまでもは続かないと思います。すぐにズレが来ます。……こんな風に。
「狩猟蟷螂の鎌」
レインの言葉通り、影がいち早く鉄蟻の腕に見切りをつけ、緑色の鎌を装填した。攻撃力の高いこの鎌相手に蟻の腕では分が悪い。ライシールドは腕を霧散させる。
「電翅の腕」
防御特化の紫電の腕を装填する。緑褐色の鞘翅を構えて空気を切り裂いて迫る鎌を弾き、接触放電してバチリと弾ける音が鳴る。鎌が弾かれたのを見て取った影は鎌を霧散させる。
「黄土の腕」
土砂蚯蚓を倒して登録された腕が装填される。腕ほどの太さの蚯蚓を模した腕が振り上げられる。
ライシールドは蚯蚓の腕を受けずに避ける。紫電小盾も紫電結界もこの腕の前には無意味だ。紫電小盾には防御力を僅かに高める効果と、微弱な電気で指先程度だが相手を麻痺させる効果がある。だが盾は強制放電させられその効果は霧散する。電波は吸収され、反射してこないので得られる情報はほとんどない。
「粘水の腕」
雷には土を。ならば土には水を。
雨水蟇蛙を倒すことで得た両生類の腕を装填、掌から素早く蛙の舌状の鞭を伸ばし、蚯蚓の腕を絡め取る。粘性の毒液を纏った鞭が絡みつき、影の動きを制限した。
「薄氷の腕」
巻きついた鞭をそのままに腕を霧散させ、氷刃雪兎を倒して手に入れた、薄く小さく刃のような形をした氷柱を無数に生やした半透明な腕を装填。ライシールドの鞭は射出される氷の刃に切り裂かれ、絡みついた粘毒液は凍りつき剥離した。両生類の腕の利点である捕縛と毒によって徐々に体力を削る戦略はこれでは使えない。
「燃鱗の腕」
鞭を伝って腕まで凍らせてこようとする影から距離を取り、ライシールドは腕を霧散、因縁の火炎蜥蜴から奪った腕を装填する。
離れた位置から薄く鋭い氷刃が飛んでくる。それを燃える爬虫類の腕から火弾を射出して粉砕、そのまま影の氷の腕を出掛けて火炎舌を振るった。
今度は影が防御を嫌い、大きく後ろに下がった。距離が開いたお陰で、ライシールドは一息つくことが出来た。
(この流れはあまり良くないな)
打開策がない。思いつかない。思いついても相手も気付く。これは袋小路だ。
だが。あれはどうなんだ?
拙作をお読みいただきまして、ありがとうございます。
修正 15/08/31
Thin ice Blade→Thin ice blade