第84話 本当の事(Side:Rayshield)
ヴィアーの言うには魔道国家首都に狐族の経営する魔道具店に届け物を頼まれているらしい。今回獣王国と魔道国家の国境線までライシールド達の監視と言う名の護送をするついでに首都まで出向いて届けてきてくれと、そう言われたらしい。
「国を跨いだお使いを隣村感覚でお願いされたんだ。魔道国家は行った事が無いから、一人旅は少し不安だったんだよ。便乗するようで悪いんだが、同行の許可を貰えて助かった」
ほっと胸を撫で下ろすと、席を立つ。
「話はそれだけだ。あたしはそろそろ部屋に戻るよ。遅くまで悪かったな」
「気にするな。ヴィアーこそ大変だな」
疲れたような笑顔で「まぁ、流石に慣れたよ」と言いながら部屋を出て行った。
「ライ、良いの?」
「あれだけの実力があれば足手まといになる事も無いし、どうせ通る場所だ。問題ないだろう?」
特に含むものも無く答えるライシールドにレインは溜息を吐く。
「まぁ、ライはそうだよね」
アティとロシェが不憫でならないレインだった。
「と言う訳で、首都まで同行させてもらうことになった。よろしくな」
朝食後、出発の前に集合した際にヴィアーが昨夜ライシールドに話した内容を再度説明し、頭を下げた。
「そういう事情なら仕方ありませんわね」
「そうじゃな。ヴィアーならば我も歓迎しよう」
ロシェは今回の一連のヴィアーの扱いに同情し、アティは自分も押し掛け同行者であったことなどなかったかの様な上から目線で迎え入れた。
「まあ、ライ様の決めたことなら異論はないよ」
「私はライに任せたから特に文句はないかな」
ククルは消極的賛成、レインは昨夜ライシールドに確認済みなので特に言うことはない。
「これからよろしくな。改めて自己紹介をしておきたい。あたしはダキニさんの治める砂漠国境集落の狐族銀狐種のヴィアー」
「我は灼鱗のアティック・ローズ、こう見えて火竜じゃ。森人の大森林に我の住処がある。今まで通りアティと呼んでくれて良い」
ヴィアーの改まった自己紹介に真っ先に返答したのはアティだった。火竜と言う言葉にヴィアーは納得したような顔をした。昨日の奉仕活動での異常な膂力にようやく説明が付いたのだ。
「わたくしは禁忌の砂漠の蟻人集落出身の出る者、クロシェットといいますわ。わたくしの事も今まで通りロシェと呼んでいただいて構いません」
砂漠に蟻人の集落があることは知っていたが、外部とほとんど接触がなかったのであくまで噂止まりだった。こうして砂漠出身の蟻人にお目にかかるのは初めてだ。
「ぼくは風竜の仔、ククルだよ。出身は隠れ里みたいなものだから、一応内緒ね」
火竜に続いて風竜まで出てきたことにヴィアーは驚きを禁じ得なかった。アティと違い、ククルは昨日風属性の術式自体はとんでもなかったが腕力はそれほど強くもなかった。優秀な風使い位の気持ちでいたので驚きも一入だ。
「最後は俺だな。ライシールドだ。ライと呼んでくれ。色々と特殊な事情で旅をしている。こっちは俺の相棒のレイン、妖精だ」
名前くらいしか情報がでない。肩に腰掛けたレインが「よろしくね」と手を振っている。
「これからしばらく厄介になる。よろしくお願いします」
こうしてヴィアーはライシールド達の旅の仲間として受け入れられたのだった。
「この辺りはもう蛇族の縄張りだ。彼らは狡猾で非常に用心深く、また精強だ。恐らくあたし達の事ももう気付いている。さっきからチラチラと彼らの気配がこれ見よがしに出たり消えたりしてるのは、きっと警告のつもりなんだろう」
ヴィアーの言うように、先程から微妙な距離を付かず離れず付いてくる気配がある。それも時に十人以上に増えたかと思えば、気がつけば一人二人になってみたりと変化が激しい。
「これで警告だとすると、こちらはどうすれば良いんだ? 接触してくるまで無視して進めば良いのか?」
ライシールドからすれば、正面から来てくれれば話し合いなり殴り合いなり、何らかの対処が出来るのだが、こうも姿を見せずではどうしようもない。かと言って積極的にこちらから動くというのも違う気がする。
「下手なことをすると敵と思われるかもしれないから、取り合えず接触してくるまで放置が良いかな。このままこの道を真っ直ぐ行くだけなら彼らの集落へは辿り着かないはずだから、ただ通過するだけだとわかってくれるだろう。あたしが同行している以上、狐族の許可があるということも理解しているはずだ」
つまり何もしないのが正解、と言う事か。
「まぁ、アティさんやククルちゃんがいるから問題は無いと思うよ」
「そうか。まぁ気を緩めずに一気に抜けてしまうか」
アティ達が居るとどう問題が無いのかは判らないが、とりあえず無事に通り抜けられるのならばそれで良い。
何も無ければギリギリ今日中に蛇族の縄張りを抜ける。その為に朝も速めに出てきたのだ。見え隠れする気配は鬱陶しいが縄張りさえ抜けてしまえば解放されるだろう。
等という安易な考えは当然通るはずは無く。道半ばで事は起きる。
「そこで止まれ」
微かに擦過音が雑じった声がライシールド達に静止を促した。姿は見えないが近くに居るのは間違いない。
「姿も見せない相手の言葉に従う道理は無いな」
気配で居場所は判っているが、それとこれとはまた別の話だ。
「……失礼した」
彼らの行く先に、空気から滲み出すようにして一人の男が姿を現した。基本的に人族に似ているが、目の醒める様な青い貫頭衣に目が行きがちだが、青っぽい緑の鱗の爬虫類の尻尾が右足に巻きついている。瞳は蛇の様な縦長の虹彩の金目をしており、鱗と同様の青みがかった緑の長髪を首の後ろで無造作に一本に束ねている。
「俺は蛇族青大将種のアスクと言う。旅人よ、何ゆえ我らが領に侵入するのだ」
「侵入とは穏やかではないな。我と我らはただ北の魔道国家を目指して道を行くだけのただの旅人よ。気高き鱗の蛇族に害を及ぼすつもりは無い」
アティが前に出て、踏ん反り返って上から答える。アスクは一瞬眉根を寄せるが、何かに気付いたのか膝を折ると頭を垂れる。
「名のある竜族の君とお見受けする。ご無礼ご容赦願いたい。御名をお示しいただけませんでしょうか」
「我は灼鱗のアティック・ローズ。故あって彼の旅路に同道している。お前達の縄張りを侵すつもりは無い。我らが通るのを見逃してはくれまいか」
ライシールドを指し示し、アティはアスクに頼む。蛇族は竜を神の一柱として崇める一族だそうだ。竜種が害意を持って接してこない限りは基本的には逆らえない。
ならばわざわざヴィアーをつける意味等無かったのではないか。ダキニはあの時アティ達が竜だと気付いていたはずだ。ライシールドはそう思い至り、首を傾げる。
「そのお言葉を頂けますれば、我らに火竜殿の道を阻む謂われは御座いません。それにそちらの方々も蛇神様の気配を感じます。行方知れずの蛇神様の加護をお持ちの方々でしたら、我らが敵対する理由も御座いません」
アスクは蛇神の所在を知っていたら教えて欲しいと訊いてきたので、砂漠に居るが今はまだ動けない。結界に閉ざされた地なので今は無理だが、そう遠くないうちに彼の蛇神も自由を取り戻すだろうと教えると大層感謝された。
「……そうだな。俺たちも無償で通らせてもらうというのも気が引ける。蛇神から頂いたこれを何枚か通行料代わりに置いていこう」
手土産感覚で渡された鱗をアスクに手渡す。
「……おお、おおお! この神気、この輝き、正しく蛇神様の鱗で間違いあるまい! 旅人よ、感謝するぞ!」
恭しく受け取ったアスクはそれを大事そうに懐にしまうと深く頭を下げる。
「それでは、俺達は行かせてもらうぞ」
ライシールド達は安堵すると先へ進もうと踏み出す。これなら何事もなく蛇族の縄張りを抜け、魔道国家入り出来そうだ。
「狐族の娘。お前は何ゆえ同行している?」
アスクの制止さえなければ、だが。
ヴィアーに対して何か期待するかのような視線のアスクに、彼女は困惑したような顔を向ける。
「あたしは、ダキニさんの言い付けでライと同行するように言われたんだが」
アスクはヴィアーの顔をじっと見つめると、諦めたように首を振って溜め息を吐いた。
「銀狐の娘よ。いい加減現実を受け入れよ。ダキニと言う狐族はもう居らぬ。狐族の縄張りは滅んだのだ。あれは生き残りの狐族が残した自動人形と国境結界に過ぎぬ」
びくり、とヴィアーの肩が震える。
「お前も解っているだろう? 狐族の縄張りは今は四氏族が維持する結界によって成っているに過ぎないと。お前以外の生き残りは皆国を出た。あの地に残り続けたお前が何故今になってあそこを離れる気になった? ようやく目が覚めたかと思えばまだそのような……」
呆れたようなアスクの言葉を遮って、ヴィアーは言葉を紡ぐ。
「あたしの意思じゃない。ダキニさんの命令だって言っただろう。ダキニさんも、ダキニさんの息子さんも居たんだよ。縄張りの境界の集落にだって、長が居て、集落のみんなが居て、子供達だって居たんだ」
アスクは首を振る。
「全て自動人形だ。決められた選択にしたがって動くただの人形だ。お前の願望に過ぎぬ」
ライシールドが口を挟む。
「待て、俺達も会ったぞ。あれが魂の無い人形の動きのはずが無い。随分と自然な動きをしていたが」
「銀狐の娘があれらを望みのままに操っていただけに過ぎない。狐族の手で作られた人形だ。操るのは造作もあるまい。貴方たちはあの娘の居ない所で、あれらとまともに会話をしたか?」
言われて思い出すが、確かに常にヴィアーが側にいた気がする。ロシェとの戦いの最中の観戦者達、ヴィアーが勝利した時の歓声、ヴィアーに懐く子供達。
「いえ、わたくし達が狐族の集落に入ったときにはヴィアーさんは居なかったと思いますが」
「ダキニとその息子の人形は特別製だ。あれらは万が一砂漠から侵入するものが居れば感知し、判定するように作られている。言われたのではないか? 問題は無い、と」
確かに言われた。お前たちは問題ない、と。何を基準にしているのかは判らないが、確かにそういわれた。だが。
「泡立つような殺気を放った。あれは命の無いものに出せるとは思えないが」
「言っただろう? 特別製だと。あれには狐族の魂の寄せ集めが入っている。当時の族長だったダキニが縄張り内に漂う狐族の魂を掻き集めて融合し、あの器に潜ったのだ」
それは何十、何百という数の魂を詰め込まれた器だという。己の死を受け入れられない魂達が堕ちる前に、ダキニは自らの中に取り込んで眠らせたのだという。何時か死を受け入れて魂の輪の中に還る日まで。息子の人形はダキニに万が一があったときの予備となる。
ダキニは狐族の魂の集合意識となってあの地を護っている。四氏族は彼女に敬意を払い、彼女が本当に眠りにつけるまであの地を狐族の縄張りとして認めることを決めているのだ。
「だって、ダキニさんはあたしにいつも無茶ばっかり言って、次期後継者候補だから、狐族の縄張り中の集落を回らせたり、別の部族に行けとか言ったり、今回だって国の外の狐族の店に修行に行けって」
「何時までも巣穴にしがみ付いている子狐に、巣立ちをしろと言っているのだ。解っているだろう?」
そういうことか、とライシールドは納得した。ヴィアーを集落から出す口実に蛇族云々を言っていたのだ。最初からライシールド達が問題なく蛇族の縄張りを抜けられることは解っていたのだ。
そう思いヴィアーを見ると、彼女は虚ろな瞳でライシールドを見ていた。そして乾いた笑いを浮かべる。
「ライ、みんな、折角お願いしたのに悪い。あたしは帰るよ。蛇族はいつもあたしに嘘ばっかり言うから嫌いだ。ダキニさんには怒られちゃうかもしれないけど、やっぱり帰るよ」
ライシールドの返事も待たずに踵を返すと、元来た道を駆け戻る。その背中を見捨てるには少し仲良くなりすぎてしまったようだ。
「ライ様、行ってあげて」
ククルがそう言いながら風の竜魔法をライシールドに掛ける。背中に羽が生えたように身体が軽くなる。
アティやロシェも頷いている。姉に似た狐族の少女が行き止まりで立ち往生しているのを放置するのは寝覚めが悪い。
「翅脈の腕」
速度特化の蛇腹の腕を装填。既に視界からは消えたヴィアーの気配を探る。
「すまない、人族の子よ。我らではもうどうにもならないようだ。だが貴方達には随分と懐いているようだ。出来ればあの娘を連れ出してやって欲しい」
アスクが頭を下げる。彼に首肯すると、ライシールドは最速の一歩を踏み出した。風景を置き去りに駆ける。ヴィアーも速いが今のライシールドは羽よりも軽く、風よりも速い。
そして、ライシールドはヴィアーの腕を捕まえるのに成功したのだった。
拙作をお読みいただきまして、ありがとうございます。