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第83話 牙の剣(Side:Rayshield)

「ところで、その手足に付いておる鈴には何か意味があるのじゃろうか」


 子供達と一緒になって最前列で観戦していたアティが一通り周りが落ち着いたのを見計らって傍に寄って来た。ククルも興味があるようでライシールドの隣に立つとヴィアーの手の鈴に目を向ける。


「んー、今の模擬戦で言うなら意味は無いな。あたしの隠し玉の一つとでも思ってくれたら良い」


 そうは全て曝け出す訳も無く、そんな曖昧な誤魔化し方でお茶を濁す。


「ヴィアーは徒手空拳で戦うのが得意なのか? 受け流しや回避が優れていても、素手では限界があるだろう」


「魔物なんかと戦うときはちゃんと武器を使うよ。ただ手加減の利く様な武器じゃないから、模擬戦では使えなかったんだよ」


 その言葉にロシェはがっくりと肩を落とす。普段使っている武器を使わず、隠し玉を隠したままのヴィアーに負けたのだ。本来の戦闘形式(スタイル)のヴィアーならもっと容易く敗れていたのかもしれない。


「そんなこと無いだろ? ロシェは本来積極的に手を出す戦い方じゃない。戦闘においては要となって皆を護り、敵を引き付けて矢面に立つのが基本だ。さっきの模擬戦だって焦って手を出さずにじっくり構えていれば結果は違ったかもしれない」


 凹むロシェに真面目に答えるライシールド。彼には他に含むところは無い唯の寸評だったのだが、恋する乙女(ロシェ)はありもしない裏を読む。ライシールドに慰めてもらったと胸が温かくなるロシェは、さっきまでの落ち込んだ空気など何処かに飛んでしまっていた。相変わらずライシールドに対しては随分とチョロい。


「ヴィアーさんは凄い動きだったね。ぼくだったら一瞬も持たなかったんじゃないかな」


「我は逆に近づかせないように立ち回れば行けるやも知れぬな」


 ククルは完全後衛型なので、そもそもヴィアーの拳の届く範囲に入ること自体が既に敗北である。アティは中距離と遠距離をこなすことが出来るので話が多少変わってくるが、やはり接近戦に持ち込まれると厳しいだろう。


「で、ライシールド君はどう? さっきのを見てあたしとどう戦う?」


「幾つかあるな。まず遠距離から仕留めるか中距離で絡め取るか。お互い認識していない事を前提で考えるなら初見殺しを幾つか重ねれば勝利は手堅いな。まぁ、ヴィアーがあとどれだけ隠し玉を持っているか判らない以上、確実とは言えないがな」


 彼には神器【千手掌】がある。多彩な攻撃手段を持っている上に近接戦用の腕も随分と増えている。控えめに見ても勝率は五割を切ることは無いだろう。


「あれを見てそれだけ強気なことが言えちゃうっていうのも凄いな。自信家なんだな」


 呆れるヴィアーにアティ達は首を振る。自信がどうとかではない。彼女達から見てもライシールドの単体戦闘能力はずば抜けている。あれを抜いてライシールドを倒せる相手などそうそう居るとは思えない。


「まぁ何れ判ると思うよ。理不尽って言葉の意味が」


 ククルの言葉に頷くアティとロシェ。冗談でも無さそうなその表情に首を傾げ、レインを右肩に乗せたライシールドを見る。当人はレインと一緒に脳内で対ヴィアー戦を想定した戦略作りに余念が無い。

 そんなライシールドを見ながら、この無愛想な少年が理不尽の象徴とはとても思えなかった。




未熟技巧(Slightly )の腕(deft)


 手長猿の腕を装填する。目の前の机の上に置かれた二振りの剣の内、蟻人達の武器庫で譲り受けた長剣(ロングソード)を手に取り、角灯(ランタン)の灯りに(かざ)して歪みを確認する。


「若干歪み始めているな。代わりを見つけるまで持ってくれたら良いんだが」


 微細な(かけ)を特殊な鉱材を当てて金槌で叩く。巧く馴染ませれば多少の損傷はこれで修復できる。あまりに大きな傷や剣の歪みが酷くなりすぎるとこの程度の応急措置ではどうにもならないが、今のところはそこまでの損傷は見られない。


「こちらは……やはり傷一つない」


 蟻地獄の牙から作り出された片刃の剣を眺める。角灯の揺れる灯りを受けてギラリと輝く凶悪な刃は曇り一つなく怪しく煌めく。

 銀の腕輪(アームレット)から干し肉を一枚取り出すと牙の剣の刃で斬る。切断面から黒く変質していく。


「ライシールド、ちょっと良いか……って、それは?」


 ヴィアーが声を掛けながらライシールドに宛がわれた部屋に入ってくる。机の上の二振りの剣を見て、変色した干し肉に気付いて訊いてくる。


「ああ、ちょっと剣に食事をな」


「剣に食事? 何を言っているんだ?」


 怪訝な顔を返された。説明も無しにそんなことを言われたら、普通はそういう反応になるだろう。

 見兼ねてレインがライシールドの懐から飛び出す。手長猿の腕はこういう整備の時くらいしか使用する機会がないので、レインの補助があった方がより精密に動くため、今も同期していたのだ。袖無外套(マント)の内側でこっそりと同期を切って姿を現して、ライシールドの代わりに説明する。


「この剣は砂漠の巨大蟻地獄の牙で出来ているのですが、相当に強い個体だったようで加工された今も()()()いるようで、多少の欠損や傷なら自動で修復してくれるんです。魔物を斬ると魔素(マナ)を強制搾取して蓄え、その魔素を成長と修復に当てるのですが、ここ数日魔物と遭遇していませんから。万物には(すべか)らく魔素が含まれていますので、こういう具合に多少でも吸収(たべ)させてやれば最低限維持が可能なようです」


 魔を喰らう牙の剣(マナプランダー)と名付けられたそれは、魔素の影響を強く受けるものにより大きな損害を与える魔物殺しの剣である。


「またおっかない剣だな……いや、待てよ? 成長って言ったか?」


 成長する剣と言う言葉はなかなかに物騒だ。今聞いた性能だけでも十分凶悪だと言うのに、さらに成長すると言うのか。


「今のところは僅かに刃の鋭さが増したような気がするのと、剣先が数ミル(ミリ)伸びた気がする程度だけどな」


 牙の剣は鞘も同じ材質で出来ており、剣の成長に合わせて鞘が馴染むようになっているようだ。こちらは剣を収めた時に吸収し(たべ)た魔素の供給を受けているらしい。

 獣の(なめ)し皮に特殊な魔物の血を塗布した革砥(かわと)で刃を丹念に磨いていく。肌の傷が癒えた後に傷痕が残るように、この刃も微細な治癒痕が浮き出る。それを研ぎ清める為にこの革砥で丁寧に仕上げていかねばならない。


「武器は身体の一部とも言うしな。時間のあるときに丁寧に可愛がってやれば、こいつらは使い手を裏切らない」


 光に当て、反射の淀みを見る。肉眼で確認する限りはこれ以上無いほどの仕上がりと成ったことを確認すると、ライシールドは満足げに剣を机の上に置く。


「で、何か用か?」


 武器を手入れする柔らかな手つきと真剣な眼差し、命を預ける相棒(ぶき)に対する真摯な姿勢に見惚れて、呆けたような表情で見つめていたヴィアーは、ライシールドの問いかけに気を取り戻して慌てて首を振った。


「ああ、すまない! 大した用事じゃなかったんだ。忙しそうだしまたにするよ」


 目を奪われていたと気付かれないように、ヴィアーは慌てて踵を返すと部屋を出て行こうとした。一旦仕切り直してまたの機会にしようと思ったのだが、その背中をライシールドは首を傾げながら制止する。


「作業なら今終わった。寝るにはまだ早いし、時間ならあるぞ? 見ていたなら判るだろうに」


「あ、いや、そうか、そうだな。じゃあえっとだな」


 まだ先程の動揺から回復してはいなかったが、この状況で強引に部屋を後にするのもおかしい。ライシールドに背を向けたまま扉の前で大きく深呼吸。気持ちを落ち着かせて振り返った。


「少し話がしたい。座らせてもらってもいいか?」


 ライシールドは武器の補修(メンテナンス)道具を片付けながら、無言で対面の椅子に座るよう促す。ヴィアーが席に着くのを確認すると、彼は道具を銀の腕輪(アームレット)に仕舞って剣を鞘に収める。


「で、話と言うのは?」


「答えられる範囲内でいいんだ。ライシールド達は北の魔道国家を目指してるんだよな?」


 首肯するライシールドを見て、ヴィアーは続ける。


「魔道国家のどこが目的地かは訊いてもいいか?」


火神の玉座(ウルカヌストローン)と呼ばれる山脈だ。そこに用事がある」


 魔道国家の北部にある大山脈であり、この大陸でもっとも高い山を擁する山脈でもある。その全てをあわせると東西に二百キルメ(キロ)、南北は最大でも五十キルメ(キロ)という東西に細長く伸びたこの山脈の最大標高は九千メル(メートル)を超えると言われている。ここ数百年は安定しているようだが、過去には噴火災害を起こしたという記録も残されている。

 実は山脈の南は魔道国家の領地内なのだが、北側は現在どこの国の物でも無いということになっている。山脈を越えることが困難な上、強力な魔物が近海を支配しているので海路での侵入は難しく、また山脈の向こう側は竜種の聖地であるという噂もある。


「あんな危険地帯に何の用かは聞かない方が良いのかな。まぁその辺はいいんだ。あの山脈に行くって事は、途中で魔道国家の首都には寄るよな?」


「まぁ、特別用事は無いが、通り道だろうから消耗品の補充や宿に泊まったりはするだろうな」


「そうか! 折り入ってお願いがあるんだが、いいだろうか!」


 ぱっと花が咲いたような笑顔で訊いてくる。


「善いも悪いも内容次第だが」


 ライシールドの当たり前といえば当たり前な言葉に、ヴィアーは恥ずかしくなって若干頬を染める。


「すまない、ちょっと焦ってしまった。実はだな、首都まであたしも連れて行ってくれないだろうか、という頼みなんだが……」


「別に構わんが……いいのか? ダキニの所に戻らなくても」


「それは大丈夫だ。ダキニさんから許可は貰っている。と言うかダキニさんからの頼みなんだ」


 ライシールドの許可を得てほっとしたヴィアーは、同行を申し出た事情を話し始めるのだった。

拙作をお読みいただきまして、ありがとうございます。

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