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第82話 狐と蟻、決着(Side:Rayshield)

 ヴィアーの突進に合わせて、朧火(ヘイズファイア)が大輪の動きでロシェの全方位から襲い掛かる。


加護(ディバイン)聖印(プロテクション)火炎(ファイア)!」


 盾を構えたままで神術(オラクル)を行使する。神の加護を願い、炎の害意を退ける守りの術式である。ロシェの周囲を(うっす)らと赤い防護膜が覆う。


()()じゃあ防げないよ」


 青白い炎の塊は防護膜に接触すると抵抗する気配も無く擦り抜けた。予想外の事態に目を見開き、とっさに唯一炎のこないヴィアーの向かってくる前方に飛び出す。背後で炎がぶつかり合うとかき消すようにして消滅した。

 慌てて飛び出したせいで体勢を崩したロシェの目の前で彼女の右側に回りこむと、ヴィアーはしゃがみこんで踏ん張りの利かないロシェの右足を払って転倒を狙う。足を掬われてヴィアーに向かって倒れこむロシェの無防備な首筋に、彼女は手刀を叩き込もうとする。

 その攻撃の気配を察したか、ロシェは倒れこむ向きに合わせて盾を持つ左手を振り上げ振り下ろし、勢いをつけて背中から倒れこみ、ヴィアーの手刀を盾ではじく。ヴィアーは無理に追撃せずに大きく後退して距離を開ける。ヴィアーが立っていた空間をロシェの剣が薙ぎ払い、後一瞬後退が遅れていたら強かに横腹を叩かれていたことだろう。

 振り切った剣の遠心力を利用して素早く立ち上がると、ヴィアーの飛び退いた方向に目を向ける。そこには既にヴィアーの姿は無い。


「こっちだよ」


 背後から掛かる声に、ロシェは振り向きざまに勢いの乗った盾殴(シールドバッシュ)を叩き込む。再びしゃがんで盾をやり過ごすヴィアーの顔面目掛け、ロシェは腰の捻りを利かせて蹴り飛ばす。その蹴り足に左手を添えると、受け流しの要領でヴィアーは蹴りの方向を斜め上にずらす。軌道を外され、斜め上に蹴り上げてしまった足をそのまま強引にヴィアー目掛けて叩き落すが、手を突いて獣のように低く飛ぶと、彼女はロシェの攻撃圏外まで退避する。


「重装備で速いなんて反則だよ!」


 全身を鎧で固めておきながら一手一手が速く、攻撃を受け流し姿勢を崩しても強靭な足腰で無理矢理体勢を立て直して追撃を許さない。もっともヴィアーの普通の拳打蹴打が仮に命中したとしても、大して効かないだろうが。


「貴女こそ、あれだけ翻弄されたのは久しぶりです。まるで中る気がしません」


 守りが堅かろうが相手に効果のある攻撃が出来なければ勝つ事は出来ない。普段は敵を一身に引き付け耐えることで、ライシールド達が攻撃役を担ってくれるから問題ないが、今はヴィアーとの一対一だ。自らの攻撃でどうにかするほか無い。

 問題は手の届かないところに逃げられることだ。捉えられないのなら逃げられないようにするしかない。


(バン)後退(レトリート)


 ロシェを中心とした五メル(メートル)程の円形の空間が薄く白くかつ透過度の高い膜で覆われる。


「どんなに素早くても狭い範囲内を逃げ続けるのは困難でしょう? 逃がさないわよ」


 ロシェが一歩近づく。ヴィアーは下がろうとするが背中が膜に押し返されて後方に移動する事が出来ない。仕方なく膜沿いに横に移動しながらロシェとの距離をとる。

 横に逃げるヴィアーに無造作に近づくロシェ。ヴィアーは側面を晒す事を嫌い、ロシェの方に向き合って薄膜を横手に後退りして、一歩も下がれずに膜に阻まれた。


「ウソ! さっきまではなかったのに!?」


「言ったはずよ。逃がさないって」


 突然背後を封鎖され動揺した隙に、ロシェは一気に距離を詰める。後退出来ない以上横に逃げるしかない。横飛び(サイドステップ)で横に飛び、膜がないことを確認した上でロシェに向き直り後ろに跳んでその場から一ミル(ミリ)も下がれずに膜に阻まれた。


「どういうことだ!? さっきまで無かっただろう!?」


 ロシェの突きを流しながら叫ぶ。ヴィアーの左側に流された剣をそのまま横薙ぎに振るうが、彼女はそれをしゃがんで避け、ロシェの脇を擦り抜けるように背後に回る。後ろを取って手刀を首筋に放つが、首裏を防御するように盾が(かざ)されて防がれる。

 ロシェが身体ごと振り返り、左右に縛った髪(ツインテール)が綺麗な弧を描く。真横から来る一撃を避けるのも逸らすのも困難と見て、ヴィアーは剣を握る右手の前腕部に手の甲を当てて斬撃を止める。ロシェは止められた腕を引き戻すと上段から斜めに斬りに行くが、それは上体を逸らして回避、伸び切った腕を掴もうと延ばされたヴィアーの腕を盾で受けると、手首を返してVの字の様な軌道で剣を振り上げる。

 下からの斬撃を身体を捻ってかわし、目の前を抜けていくロシェの右手首を掌底で弾く。下手に堪えると剣がすっぽ抜けると判断したロシェは打撃の方向に半身を捻って衝撃を逃がし、左手の盾でヴィアーを牽制しつつ左足を半歩踏み出し爪先に力を籠めると足首を軸に膝、股関節、腰、胸、右腕と力を流しつつ最速の横薙ぎをヴィアーの拳打の体勢から戻りきっていない脇腹に叩き込む。今までの動きからしてこれに対する回避は間に合わない。軌道的に受け流しも出来ない。無論受け止める等もってのほかだ。

 ロシェは勝利を確信した。これだけの動きが出来る程に鍛えられたしなやかな筋肉なら、この強打を受けても致命傷になることはあるまい。痛い思いはさせてしまうかもしれないが、模擬戦とは言え戦場に出てきたのだ。覚悟は出来ているだろう。

 そんなロシェの勝手な思い込みは夢想のままに終わる。


加速(アクセラレーション)二重(ダブル)!」


 ヴィアーの咆哮が上がり、次の瞬間彼女の姿が消えた。


「な!?」


 虚しく空を斬る剣に引き摺られて踏鞴(たたら)を踏むロシェの目の前にいつの間にかヴィアーの顔が見え、次の瞬間()()()に強烈な一撃を受け、彼女は意識を刈り取られた。

 (くずお)れるロシェの身体を支え、ヴィアーは大きく息を吐いた。感心した顔のライシールドを見て、呆れたような顔の長を見る。


「勝者、ヴィアー」


 ライシールドがロシェを受け取ると、ヴィアーの勝利を宣言する。静まり返った観戦者達が一拍の間の後に割れんばかりの拍手でヴィアーを祝福した。


「ヴィアー姉ちゃん! すげーよ!」


「また腕を上げたんじゃないか?」


「流石はダキニ様の後継者候補だねぇ」


 最前列で観戦していた子供達に群がられ、集落の大人たちの感心した声に照れながらヴィアーはライシールドに「ロシェさんは大丈夫そう?」と訊いた。

 ギリギリの攻防に力が入り、想定よりも深く決まってしまったので不安だった。だがライシールドの「大丈夫だ。ロシェはヴィアーが思っているよりずっと頑丈だから」と言いながらぺちぺちと軽く頬を叩く。


「ん、と……あら? わたくしは一体……」


 ライシールドに支えられた状態で意識を回復したロシェは、途切れた記憶を辿って状況を理解したのか大きく息を吐いて自分の力で立ち上がる。


「負けてしまったのですね。わたくしの最速の一撃をどうやって避けられましたの?」


 あの一撃は避けることは不可能だったはずだ。仮に受けても相応の代償を支払うことになっただろう。少なくとも痛みで動きの精彩は欠くに違いない。

 だが、ヴィアーは不可能を覆して攻撃を避けた。一体どんな隠し玉を持っていたというのか。


獣人咆哮(ビーストロアー)の特殊な術式で、一時的に通常の倍速の動きが出来るようになるものがあってね。とっさにそれを使ったんだ。後一瞬でも遅れていたら避け切れなかったと思うけどね」


 後ろで縛った髪束を見せる。鞘に入った剣だったというのにその毛先は若干短くなっている。


「って言うかあたしの脇腹に命中してたら痛いじゃすまなかったと思うんだけど……」


 髪を掠った事は判っていたが、毛先が斬り飛ばされているとは思っていなかったので、今更ながらにゾッとする。もしもこれが中っていたら……。


「心配なさらずとも大丈夫だと思いますわよ。痛いくらいで。それより最後の一撃はどんな術式を使いましたの? 完全に不意打ちで気持ち良いくらい綺麗に入ってしまいましたの」


「そんな軽く流さないでよ……。最後の一撃はただの蹴りだよ」


「ただの蹴り? でも貴女、わたくしの目の前に居ましたわよね。どうやって後頭部に?」


 言葉では説明しづらいとヴィアーは実演してみせる。左足で立つとお辞儀をするように上半身を折り曲げ、右足を背中側に真っ直ぐ上げていく。そのまま片足で後方転回(バク転)の要領で右足を鋭く突き下ろし、空中で一回転して綺麗に着地する。


「ね? ただの蹴り」


「それは()()の蹴りではないと思うぞ」


 身体が曲がってはいけない角度まで曲がったように見えるヴィアーの動きに呆れながら、ライシールドが肩を竦める。当事者のロシェはあんまりな動きに目を見開いて固まっている。

 特筆すべきはその柔軟性だろう。まるで腰の骨が無いかのような角度まで曲がり、重さなど無いかのような軽やかな動きもその柔らかくしなやかな筋肉のなせる業なのだろう。


「そーかなー。まあそれはいい。それよりあたしも訊きたい。ロシェさんの術式で常に背中を取られ続けたけれど、あれは一体どういう理屈なんだ?」


神術(オラクル)に因り行動を制限する術式ですわ。先程は後退を禁じたのでヴィアーさんは後ろに下がることが出来なかったという訳ですの。横や前に移動する時は何も阻害されませんでしたでしょう?」


 言われてみれば確かにその通り。ロシェを正面に捉えた状態で距離を取ろうとしたときにだけ、行動を阻害されていた。蓋を開けてみれば横移動で距離を取ればよかっただけと言う簡単な話だったようだ。


「しかし、ロシェさんは強いね。もう二度とやりたく無いよ」


「ヴィアーさんこそ。わたくしはまた手合わせをお願いしたいのですが、お約束ですものね……貴女の気が変わることを期待しつつ、それまでは剣の腕に磨きを掛けておきますわ」


 にっこりと笑うロシェを見ながら、気が変わることは絶対に無いと全力で否定するヴィアーだった。

拙作をお読みいただきまして、ありがとうございます。

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