第77話 偏見(Side:Lawless)
ちょっと土日は所用で自宅に居りません。もしかしたら投稿が止まるかもしれません。申し訳ありません。
ラルウァンは模擬戦後、呼び出しを受けて一旦ローレス達の下から姿を消した。現在は疲弊した騎士兵士達の撤収作業を眺めながら今後の予定の確認中だ。
「ラルウァン卿は城に呼び出されたそうなので、私たちは一足先に屋敷に向かいましょうか」
旧市街と新市街を分かつ城壁の程近く、新市街側にラルウァンの屋敷はあるとのこと。実情はどうあれ今は介の騎士に過ぎない彼の屋敷はそれほど大きいものでもない。元々は旧市街に居を構えていたのだが、性に合わないと爵位を返還した際、新市街側にさっさと移住してしまったそうだ。
その屋敷は訓練場から徒歩でもそう距離があるわけでもないので、馬車で送るとの申し出を断り散策がてら歩いて向かうことになった。
「ラルお祖父ちゃんも凄いけど、ローレスお兄ちゃんはもーっと凄いんだねぇ」
ロナに手を引かれながら歩くローレスは、彼女の言葉に曖昧な笑顔を返した。ラルウァンと自分を比べて、逆立ちしても敵わないと自覚しているだけに、彼女の過大評価にどう答えたものかと悩む。
「ローレス君、本当に凄いと私も思いますよ。あのラルウァン卿を相手に一対一であそこまでやれる人がこの国にどれだけ居ることか……」
カイトが話に乗ってくる。確かに観戦中、騎士兵士達の動きを見ていると何でもありの個人戦なら負ける気はしなかった。後から聞いた話では、あの部隊はこの国でも精鋭の部類に入る実力を持つらしい。騎士兵士は集団戦が本領なのでそもそも一対一を考えることが間違いではあるが、それでも彼らには然程の脅威は感じなかった。
逆にラルウァンに関しては相対すること自体を避けるのがもっとも最善であると思わせるだけの出鱈目さを見せ付けられた。あれに真っ向から挑んで勝てる存在がこの国どころかこの大陸を見渡してもどれだけ居るのか。
「思いつくのは六英雄で今だ存命と謂われている石守りの騎士レオン、ラルウァン卿のかつての旅の仲間だった聖魔の使い手フェルメール、夢使いパルス、竜を屠る者ファム辺りでしょうかね」
もっともレオンの消息は不明、三十年近く前にラルウァンが会ったと言う話だが、具体的な場所については口を閉ざしている。
かつての旅の仲間達も、今は精神界に赴き物質界との間を取り持つ立場の者や、行方知れずの仲間を探す旅に出ている者など散り散りになって今も生きているという補償はない。
「表舞台の英雄たち以外にも、実力を持ったものはいくらでも居ることでしょう。ローレス君みたいな、ね。それに上位妖魔種の方々は我々とは桁違いの力を持っていると言いますしね」
この大陸は広く、人の立ち入ることを拒む場所も多い。先の大戦では異界なるものがある事も知れ渡り、人の目の及ばぬ場所はまだまだ無数に存在する。どこにどのようなものが潜んでいてもおかしくは無い。
「そんな厄介な存在に遭遇しないことを祈りますよ」
ローレスは心の底からそう思わずには居られなかった。
「お帰り、クローラ。いらっしゃいカイトさん。ロナちゃんお久しぶり」
屋敷には事前に連絡が行っていたようで、執事と侍女、そして年の頃十五歳程にしか見えない少女が出迎えてくれた。
確か道中の話ではクローラは一人娘と言うことだった。屋敷には二人の使用人とラルウァン夫婦が住むだけのはずだ。ではこの少女は一体誰なのだろう。ローレスが疑問に思っていると、その答えはあっさり判明する。
「ただいま、お母さん」
「え!?」
思わず声が出てしまった。その声にカイトは苦笑すると「すみません。口止めされていたもので」と謝罪の言葉を口にする。口許は笑っているが。
「お母さん、いい加減初対面の人を驚かす悪い趣味はやめてください」
「いいじゃない。この驚く顔を見るのが楽しいんだから。って、一人驚いてない人がいるわね」
母子が逆転したような二人に固まっているローレスの横で、さして驚きもせずにアイオラは答える。
「奥様は妖魔と伺っております。であればこういったことも在り得るかなと想定しておりました」
カイト達がことさら容姿についてははぐらかしていた。同じ妖魔であるアイオラにしてみれば、その理由もおのずと幾つかに絞られる。
「ああ、貴方もそうなのね。随分と偽装が上手いものだから、私でも気付かなかったわ」
「ルナお義母様、悪戯はこの辺にしてお二人をご紹介させていただいてもよろしいでしょうか」
カイトがいつまでも終わらない話を切って、それぞれの紹介を促す。
「話は聞いていると思うけど、ラルの妻でクローラの母親のルナよ。妖魔族夢魔種中位、で通じるわよね?」
アイオラが妖魔だと言うことはどうやらもう気づかれているようだ。しかしルナにせよアイオラにせよ、言われなければ人族と大差ない容姿をしている。もっともアイオラは頭の角を隠している。ルナもなにかを偽装しているのだろうか。
「僕は森人の大森林の近くの村に住む、猟師ウルの子ローレスと申します」
「東方竜王国南部の魔神領に席を置く上位妖魔の末席、アイオラと申します。ローレスと魂を繋ぐ関係よ」
堂々と妖魔であると宣言し、ローレスと魂の契約をしていることを話した。妖魔の契約の意味を理解するルナはローレスを見て、アイオラに目で問いかける。
「大丈夫。ローレス君は知ってるわ」
人と魂で繋がる意味。妖魔としての寿命の放棄、自らの生死を他者に委ねるということ。
「貴女は、それでいいのね?」
探るようなルナにアイオラは曇りの無い笑顔を向ける。
「ローレス君に全て捧げると決めてるの。後悔なんて微塵も無いわよ」
隣で聞いているローレスの耳が赤い。何度聞いても彼女の直球な思いの丈を聞くのは気恥ずかしい。
「えっと、ロナちゃんも聞いてるしその辺で」
「大丈夫よー。うちの執事は優秀です」
カイト達はいつの間にか執事の案内で屋敷内に移動していた。ルナの事もローレス達の事も知っているので、別に自己紹介に付き合う必要は無い。ルナはアイオラが妖魔である事に気付た時には既に人払いの指示を出していた。
「アイオラさんもローレス君も、容易く妖魔であるという事をばらさない方がいいわよ。将来はともかく、今はね」
ルナはそれでラルウァンに色々と苦労をかけている。それなりの地位と名声を持つラルウァンですらそれなのだ。何の後ろ盾も無いローレス達はもっと辛い思いをすることになるかもしれない。和解がなったとは言え、今だ妖魔に対する偏見は根強いのだ。
「今回は良いとしても、今後は気をつけなさいよね」
ルナの忠告を素直に受け入れる。誰に憚るつもりも無いが、余計な厄介事は避けた方が良い。
「さて、外で立ち話もなんだし、中に入りましょ。今日は泊まって行くんでしょ?」
「いえ、そこまでご迷惑をお掛けする訳には……」
この町でカイト達とは別れることになるのだし、折角の親子孫の団欒に割り込むのも悪い。明日一日くらいはのんびりするつもりだが、明後日には早々に王都を発つ予定で居たので慌しくもなる事だし、と遠慮を申し出るつもりで居た。
「うちのラルと模擬戦したんでしょ? その辺の話も本人から直接聞きたいし、それに屋敷の部屋も余ってるから遠慮せず泊まりなさい。宿代が勿体無いわよ」
そうまで言われると断りにくい。止めの「今帰っちゃうとロナが悲しむわよ?」の言葉にローレス達は大人しく甘えることにして、ラルウァン邸にて一晩を過ごすことになった。
「あー、それは今頃始末書書かされてるね。クレア女王様の監視付きで」
事の顛末を説明するとルナは呆れた顔をした。ラルウァンは今日は城から戻ってこられないらしい。旧市街と新市街を隔てる門は夜間は閉鎖されているので、相応の理由が無ければ通ることは出来ないのだ。
「ところで、ローレス君達は北を目指していると聞いたけれど、具体的にはどこを目指しているの?」
夕食を終え、食後にお茶を頂きながらの雑談となった。ロナは早々に船を漕ぎ出したのでクローラと共に先に寝室へと姿を消している。
「探し物をしていまして、魔道国家のどこかにあるということまでは判っているのですが、後は現地で探そうかと思っています」
一応目星は付いている。雪豹が居る聖域は、火神の玉座と呼ばれる山脈のどこかにあると謂われている、上位の神仏魔が立ち入ることを許される地である可能性が高い。
「魔道国家では今まで以上に気をつけたほうが良いよ。見抜く目を持つ者が多いから、気付かれる可能性も高いし」
この場にカイトも居るので具体的な単語は出さないが、妖魔であることが知れるとやはりいろいろ不都合はあるのだろう。
「気をつけます」
魔道国家での注意事項や王都で売られている旅に便利なもの等の情報を教えてもらい、明日の為に解散、就寝となった。ルナが余計な気を利かせたのか、単に部屋の用意が間に合わなかったのかは判らないが、ローレスとアイオラに宛がわれたのは一部屋だけだった。
「アイオラさんはベッドを使ってください。僕はこちらのソファで……」
毛布を取り出しソファで寝る準備をしていると、アイオラがローレスから毛布を取り上げる。
「最近は夜冷えるでしょう? ソファなんかで寝たら風邪引いちゃう。それとも、私と一緒に寝るのは嫌なの?」
嫌じゃないですが寝られる自信が無いのですが。
「一緒に寝たほうが暖かいじゃない」
強引にベッドに連れ込まれ、アイオラの抱き枕と化すローレス。早々に寝息を立てるアイオラの柔らかい体に緊張しつつも、ラルウァンとの激闘で疲労した身体は早々に意識を手放すのだった。
拙作をお読みいただきまして、ありがとうございます。
15/11/13
避けた報が良い。→避けた方が良い。