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第76話 狐(Side:Rayshield)

予定を大幅に遅れました。明日以降も暫く投稿が不安定になるかもしれません。申し訳ありません。

 砂塵竜巻(ダストトルネード)の通過した跡を辿るようにして砂漠を進み、比較的安全に抜け出ることに成功した。途中岩場で休憩中に巨大な土砂蚯蚓(サンドワーム)の群れが近くを通過して行ったり、目視できるギリギリの距離を延々と列を成して進む砂漠(デザート)軍隊(アーミー)アントをやり過ごすのに丸一日掛かったりと、足止めは何度も食らったが、命のやり取りと言う意味での危機には遭わずに済んだ。

 まばらだった緑が数を増し、道らしい道に出た時には、水源地(オアシス)を出てから既に二ヶ月が経過していた。


「どちらを進めば国境に出るんだ?」


 漠然と西を目指していたので、具体的な地理に疎い一行は進む方向を決めかねていた。東西に伸びていてくれればまだ判りやすかったのだが、生憎とこの道は南北に続いている。

 誰か人影でもあれば道を聞くことも出来るのだが、残念なことに探れる範囲には人の気配はまったく無い。


「確か砂漠と獣王国の間には北に伸びる山脈と南に伸びる山脈で分断されていたと思う。二つの山脈の間に広がる平野と砂漠の境界が繋がっていた筈。ぼく達はずっと平地を進んできたから、多分今居るのはその平野と砂漠の間って事になるのかな」


 ククルが地面に簡単な地図を描いて説明する。ライシールド達が居る地点に印をつけ、獣王国の王都の位置を描き入れる。大雑把な地図だが、王都と彼らの位置関係的に北西を目指す様に進めば良さそうだ。


「無理に王都に入る必要も無いしな。このまま北上して山裾沿いに魔道国家に入っても良い」


 消耗品や食料等は道中少しずつ補充していけば良いだろう。ある程度しっかりした道がある以上、この先は村や町に続いている筈だ。


「ヘルメス商会に知らせを送らないといけないね」


 レインの言葉に、ライシールドはペタソスと交わした約束を思い出す。結界の解除が進めば知らせを送る。そういう約束になっていた。


「とは言え、獣王国の国境付近のこんな辺境に、あの商会の息のかかった店があるものなのか?」


 あの商会が大陸全土に手足を伸ばした大商会だという事は理解しているが、南の帝国、中央王国を中心としているとも聞いている。砂漠や山脈を越えた先の獣王国ではどれ程の影響力を持つものなのか。


「無ければ魔道国家まで抜けてから報せを出せばいいんじゃないかな」


 ククルの言うように、獣王国で絶対に出さねばならないという訳ではない。どちらにせよまだ後二箇所残っているのだ。慌てて送る必要もないだろう。


「道すがら関わりのある店を見つけたら報せを頼めば良いだろう。たしか日よけ帽子と蛇の杖の意匠の木札を下げた店、だったな」


「まぁ、店の前に人を探さねばならぬようじゃがな」


 肩を竦めるアティに皆が同意する。人一人見当たらない処か、付近に村があるのかも怪しい。


「まずは北を目指しましょう。何れ人なり村なりに行き当たる事でしょう」


 雪の期()の気配が降り始めた道を、彼らは北に進路を取って歩き始めた。




 ひたすらに北に歩き続ける事二時間。小聖鏡(たいよう)も天幕の向こうに消えようとしている頃にようやく人の気配を捉えることが出来た。

 この道は小さな村の外れに続いていたらしく、丘を越えた先には小さな畑と雨風を凌げる程度の小さな小屋がいくつも建つ農村を一望できた。建物の数から考えても二十人程度の小さな集落といったところか。


「おや、その道から人が来るなんて珍しいね。見たところ冒険者さんかね」


 一軒の小屋の側を通りかかったとき、建物の影から出てきた妙齢の女性に声を掛けられた。透き通るような白い肌に真っ白な髪、頭には三角形の獣の耳を生やして、太くふわふわの狐の尾が背後で揺れている。


「ここは狐族の村だよ。こんな何も無い獣人(ビースト)の村に何か用かい?」


「いえ、わたくし達は道に迷ってしまいまして……と言いますか、ここはもう獣王国の領内なのですか? 国境の関所等は見当たりませんでしたが」


 狐族の女性は大きな声で笑うと大きく手を振ってロシェに答える。


「ここがそうだよ! ここら一帯から入国したものはこの村に辿り着くように()()()()()んだ。審査なんて(ざる)なもんさ。名前書いたら終わりみたいなもんだ。……悪さしようってんなら話は別だがね」


 ぞくり。狐族の女性の気配が変わる。肌が泡立つ様な殺気を感じ、ロシェは思わず武器に手を伸ばす。


「その道は禁忌の砂漠(アントロデンデザート)にしか続いていないはずだが、あんた達はどこから来たんだい?」


 いつの間にか狐族の女性の周りには青い炎が浮かび上がっていた。女性の視線が鋭さを増す。ライシールドはその眼光を真正面から受けて一歩前に出る。


「俺達はその砂漠を越えてきた。別に獣王国に用事がある訳ではない。北の魔道国家に抜けたいのだが、生憎地理に疎くてな。道を尋ねようとここに立ち寄っただけだ」


 女性の探るような視線を平然と受け流し、ライシールドは肩を竦める。


「……嘘は言ってないようだね。うん、脅すような事をして悪かったね」


 あっさりと殺気を引っ込め、女性は謝罪の言葉を口にする。青い炎は空気に溶け込むように姿を消した。


「改めて、狐族の村にようこそ。悪さをしない旅人なら大歓迎だよ」


 先程までの対応が嘘のように、狐族の女性はにっこりと笑うのだった。




 ライシールド達は村の中ほどにある空き家に招きいれられた。大きな机と十脚ほどの椅子があるだけの殺風景な室内に入ると、狐族の女性はライシールド達に着座を促し、自らも対面に腰を下ろした。

 彼女の背後には同じ狐族の男性が控え、ライシールド達を警戒しているのか鋭い視線を向けてきている。


「まずはこちらから名乗ろうか。私は東方を守護する狐族の族長、ダキニと言う。ここは獣王国でもっとも東にある村であり、他の国で言うところの関所に当たる場所でもある」


 ダキニの説明によると、獣王国は縄張りと言う括りで各部族ごとに土地を管理している。特に力の強い五氏族が四方と中央を守護し、それぞれに入国者を審査し、入国許可を出す。狐族は数は少ないながらも結界と防御に長けている為、危険な砂漠と隣接しているこの地を任されているそうだ。

 狐族の縄張りに入ったものは、例外なくこの村に辿り着くように結界が張られているそうだ。


「俺はライシールド。砂漠を越えてここに辿り着いただけで、特に獣王国に何か用がある訳ではない。先程説明したとおりだ」


「竜種が二人に蟻人の娘、そして混じり物の人族か。限りなく怪しい組み合わせだが……私の直感は問題ないと告げておる」


 そう言いながらダキニは背後の男に合図を送る。男は警戒を解き、壁際まで後退すると壁に背を預けて肩の力を抜く。


「ダキニ様の無害宣言が出てよかったよ。俺じゃああんたらは止めらそうにないからな」


 その厳つい顔に似つかわしくない砕けた口調の男に呆れ顔を向けると、ダキニは「お前は下がっておれ」と叱責する。


「はいよ、ごゆっくり」


 軽い口調で言うと、男は唐突に姿を消した。隠蔽(ハイディング)ではない。それだけは解るが、何をしたのかはさっぱりわからなかった。


「あれは気にするな。能力はあるのだが、性格に難ありでな」


 訊けば彼はダキニの息子らしい。


「うちのバカ息子はどうでも良い。北に抜けたいって話だが、流石にはいそうですかって野放しにできそうな面子じゃないしねぇ」


 困ったような顔で告げる。


「私はあんたらに害意がないと言うことはわかるんだが、ここから北を守護する蛇達は用心深くてね。ちょっとあんたらだけだと穏便に抜けるってのは無理そうだねぇ」


 別に押し通っても良いのだが、それをすると禍根を残す可能性が非常に高い。流石に一国の五大勢力の一角と事を構えるのは面倒臭い。避ける道があるのなら教えてもらいたいと言うのが、ライシールドの本音であった。


「蛇の一族と事を構えるのを避ける理由が面倒臭いからとは、なかなか豪気なことを言うね。あいつらのしつこさを知らないが故の発言だとは思うが、あんたらの力を考えると無謀とも言えないのが怖いね」


 どうしたものか、と思案するダキニ。ああ、と呟くと妙案を思い付いたとばかりに手を叩いた。


「バカ息子! どうせ聞いてるんだろ? ヴィアーを連れといで!」


 どこからとも無く「馬鹿馬鹿言うなよ、くそばばあ」と返事が聞こえた。ライシールドにはまったく気配が読めない。


「ちょっと待っとくれよ。直ぐに案内人が来る」


 待つと言うほどの時間も経たないうちに入り口の扉が開き、一人の少女が入室してきた。


「ダキニさん、お呼びだって訊いたんだけど」


 狐の耳と尻尾を持った少女。髪を頭の後ろで一つ縛り(ポニーテール)にしている。身長はやや小柄でライシールドの肩程、大体百五十セル(センチ)程だろうか。麻の上下に革の鎧姿で、両手首両足首には鈴のついた飾り紐をつけている。歩くたびにその鈴がちゃりちゃりと小さな音を立てている。

 そして一番の特徴は鮮やかな銀髪。目の色も同様に銀、尻尾も銀地に先端は白。整った顔立ちは幼さを遺し、愛嬌のある笑顔でダキニを見て、次いでライシールド達に目を向ける。


「あれ? お客さん? 珍しいな」


 この場に居る唯一の男性、ライシールドへと視線が固定される。対するライシールドは何故か驚愕で目を見開き、硬直している。


「どうされました? ライ様」


「何を固まっておるのじゃ?」


「ライ様? どうしたの?」


「ライ? おーい?」


 ロシェやアティ、ククルやレインの心配の声にもまったく反応せず、ライシールドは目の前の銀狐娘(ヴィアー)を無言で凝視している。


「だ、ダキニさん? あたしなんでこの人にこんなに睨まれてるの……?」


 ライシールドから離れるように机の向こう側、ダキニの側まで移動するとヴィアーは半泣きで訊いた。訊かれた所でダキニにもライシールドの変化の理由が解る訳も無く、ただ首を捻るばかりだ。


「えっと、あたしの顔に何かついてるのか?」


 ダキニの背中に半分隠れながら問うヴィアーに、ライシールドは「ね、姉さんが何でここに……」と呆然と呟く。


「姉さん? それってあたしのことか?」


 重ねて問うヴィアーの声に、ライシールドは己の醜態にようやく気付いた。こんなところに姉が居るはずが無い。そもそも自分の姉は狐耳も尻尾も生えてなどいない。


「すまない。生き別れの姉にあまりに似ていたもので、少し驚いた」


「そういうことか。それなら仕方ないな、気にするな。あたしも気にしない」


 ヴィアーは自分が何かした訳でも何かされる訳でもないと判ってほっとしたのか、笑顔でライシールドの謝罪に答える。机に手を突いて頭を下げるライシールドのその手を机越しに握ると「もういいから頭を上げなよ」と声をかけた。

 ヴィアーの言葉に顔を上げたライシールドは、机の上に半身を乗り出している彼女の顔が思ったよりも間近に迫っていることに驚き、珍しく動揺して顔を仰け反らせる。


「ん? どうしたんだ?」


 不思議そうに首を傾げるヴィアーを見るライシールドの顔が若干赤い。唯一それに気付いたダキニはにやりと笑うと蛇族の監視を切り抜ける策を提案する。


「あんたらにはこの娘をつける。狐族(うち)の監視がついている体で行けば、蛇共も余計な手出しはしてこないだろう」


 何一つ聞かされていなかった様で、ヴィアーは「なにそれ!?」と驚きの声を上げる。


「決定事項だ。さっさと支度をしておいで」


 驚きに固まるヴィアーのしりを引っぱたく。彼女は「ふぎゃっ!」と悲鳴を上げて部屋を飛び出していった。


「あの子の支度が済むまでここで待っててくれるかい? 不自由かけて悪いね」


 そう言いながらダキニも部屋を後にする。ライシールド達には可否の選択肢も与えられず、訳のわからないままに同行者が一人増えることになったのだった。

拙作をお読みいただきまして、ありがとうございます。


15/11/13

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狐仙族の長→狐族の族長

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