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第04話 栄養と保存

「怪我、毒の対応は十分でしょう。後は補給物資としてこちらを」


 よくわからない味や色をした様々な薬品類を、休憩を挟みつつ相当量登録した法生の前に、葉で包まれた一口大ほどの塊がいくつか並べられた。他にも金属製の小箱や不透明な瓶等もある。それを見て、ようやく怪しげな見た目の薬品類が終わったのかと法生は安堵した。


「まずは携帯用の保存食からいきましょうか」


 促されるままに一つ目の包みを開く。掌ほどの大きさの葉に包まれたそれは、おそらくパンだ。

 手触りは石のように硬く、見た目より随分と重い。試しに机を叩いて見ると、およそ食料とは思えない甲高い音が響いた。


「……これは、食べ物って言っていいものなんですか?」


「始まりの勇者の時代ではもっとも普及している保存食の一つですね。栄養価の高い作物を乾燥させて粉にして焼き固めた物で、これを煮溶かして煮汁にするのが一般的な食べ方です。緊急時には直接口に含んで、唾液で溶かして胃に収めます」


 整形して水分を飛ばして乾燥させ、焼き固めることで持ち運びしやすくしているようだ。つまりはインスタントスープみたいなものか、と法生は理解した。


「では、どうぞ」


 どうやらそのまま頂けと言うことらしい。緊急時の食べ方をしろと言うことらしい。


「煮溶かして食べるのが一般的な食し方、と言ってませんでしたか?」


 ガチガチに固めた固形物を口に入れるのはちょっと遠慮願いたい。


「煮溶かすと容量が大分増えてしまいます。この後の登録に支障が出るかと思ったのですが……」


 胃袋的には確かに少ない量で一つ登録できるならそちらの方がいいのは間違いない。そういうことなら、と無造作に口に放り込み、法生は顔をしかめた。


「塩辛い。硬い。……不味い」


 お湯に溶かすことを前提に作られているので、基本的に味が濃い。保存性を高めるために塩漬けにされており、少量で高い栄養素を求められるので、味は二の次とされている。

 結果、尋常ではない塩辛さと強い苦味のある素材を逆に全く味のない穀類の粉で錬り固めるという結果になり、溶かして薄めでもしないと食べられたものではない。味を犠牲にしただけの滋養を約束してくれるわけだが。


「これ、全部溶けきるまでに大分かかりそうですが。どうにかなりませんか?」


 口をモゴモゴさせながらマリアに尋ねる。行儀が悪いのは承知しているが、口の中のものが原因なのだから仕方がない。


「そうですね。少し余裕がありますし、必要経費ということで」


 マリアは法生の額に人差し指を当てると、ゆっくりと何か記号をなぞるような動きで指先を動かす。指の動きに合わせて微かな熱が移動し、最後に軽く額を押された瞬間、顎に静電気を受けたときのような衝撃が走った。


「噛み砕いてみてください」


 一瞬の衝撃にビックリしていた法生は、その言葉に思わず舌で口内の物質を確かめた。先ほどの一連の流れはこいつを柔らかくしてくれるためのものだったのかと思ったからだ。だが相変わらずの硬度を返してくるそれを確認できただけだった。


「いや、この硬さは無理ですって……ん?」


 喋った拍子に口の中のものを噛んでしまった。だが予想される抵抗はなく、ごりごりと激しい音を響かせながら、すんなりと噛み砕かれた。


「顎部の強度及び筋力、歯牙の硬度並びに靱性、対磨耗性を咀嚼時に最適値に設定する様に調整しました。不滅の顎(イモータルジョー)とでも命名しましょう」


 つまりは、何でも食べられる丈夫な歯を手に入れたって事らしい。老いても固焼き煎餅をバリバリいけるようだ。この世界にあるかはわからないけれど。

 何はともあれ、砕いて飲み込むことが出来るようになったのはありがたい。噛む度になんとも言えない苦塩辛さが舌を刺激するが、飲み込んでしまえば味等感じなくなる、と必死で噛み砕き飲み下す。


「あー、不味かった」


 出来れば口直しが欲しいところだった。法生の短い人生で、あそこまで脳を貫く不味さを体感した事はなかった。


「では次は六英雄の時代の携帯食料です。先程の物から約三十年程後の物なので、ある程度進化したものになっております」


 見た目は大差ない。先程の物が焦げ茶色の塊だったのに対して、こちらは若干色味が明るい。茶色なのは変わらないけれど。重量も多少は軽くなっているようだ。硬さはさほど変わらない。

 法生は意を決して口にする。恐る恐る舌で確認すると、別の意味で驚きが待っていた。


「……味が、ない?」


 硬くて無味。ブロックを舐めているような感覚である。暫く口に含んでいたが、いつまで経っても味がまったくない。不味さの進化系は美味さではなかったのか。

 とりあえず真ん中(無味)に行き着いたのかと、身構えていた分拍子抜けして、次に行くために無造作に噛み砕いた。

 人はそれを油断と言う。抵抗なく砕かれた瞬間、口の中で先程の保存食の苦味と塩辛さが爆発し、そして新たに酸味が加わって得も言われぬ後味を残す。何が起こったのか一瞬理解できなかったが、現実問題として今口いっぱいに広がっているこれは端的に言ってすごく不味い。

 この携帯食料は、魔術(ソーサリィ)に因って塩をある程度自在に結晶化する技術が確立された事で原価的に採算が見込まれて発明された。

 結晶を軸に高い栄養素と濃い味を持つ素材を、無味有益な穀類の粉を練った生地で包んで焼き固める事で、中を空気や湿気から守り保存性を高めつつも溶かしやすい構造になっている。

 前述の保存食もそうだが、前提としては溶かしてスープにする物で、他に追加で入れる物で味の調節をするのが常識である。それでもどちらかと言うと不味いわけだが。


「つまり、固形のまま頂く場合は、塩の結晶と苦酸っぱい何かをがっつり味わうことになるわけですね」


 塩の結晶は噛まずに舐めればまだマシだったかもしれないが、気付かずに噛み砕いてしまったのだから仕方ない。納得は出来ないが理解は出来る。


「っていうか、進化したのは味じゃ無かったってことなんですね」


 口の中が大変なことになっている。水が欲しい。水でなくてもとにかく何か苦くも塩辛くも酸っぱくもないものを口に入れたい。


「次の異族大戦の時代の携帯食は味のほうも進化しています。三十年の進化具合をお確かめください」


 差し出されたのは不透明な瓶に入った何か。耐水性の高い獣の皮を紐で縛って密封してある。

 紐を解き、蓋を開ける。中には乳白色のドロリとした液体で満たされており、特別おかしな匂いはしない。マリアが差し出す木製の匙を受け取り、一匙掬ってみる。乳白色の層の下には軟らかいパンのような層が見える。


「一番上の層はある芋の一種を茹でて磨り潰した物で、その下の層に空気が入らない様、特殊な製法で加工すると保存効果が高まる成分が発生します。人体に害はないのでご安心を。この成分の影響を受けると、足が早い食品でも長期保存が可能になります」


 つまり、この謎芋は保存料代わりということらしい。人体に悪影響を与えない点も高評価だ。


「かき混ぜて頂いて下さい」


 言われるままに木製の匙で中身を混ぜ、口にする。芋のもったりとした食感と水分を含んだ軟らかいパンのもっちりとした歯ざわり、卵黄のコクのある旨み。割と単純な味ではあるが、その前に食べた二つが悪かった。


「普通に食べられる。普通がこんなにもありがたく感じる日が来るなんて……」


 法生はその『普通』に思わず涙が零れた。普通の芋の味がする。普通の卵の味が感じられる。普通の小麦粉のパンの風味がある。キツイ塩の味も苦味も強烈な酸味もないのだ。それだけなのに幸せを感じていた。

 ただ。一つ問題がある。然程大きな瓶でもないのに、半分程消費した時点で匙を握る手が止まった。驚くほどお腹に溜まるのだ。


「それほど食べた訳でもないのに、お腹が辛い」


「使用されている芋の副次的な効果で、お腹に納めると膨張し、摂食中枢を鈍らせて満腹中枢を刺激する効果を発揮します。少ない量でも非常に高い栄養を摂取できる上、痩せた土質でもそれなりに収穫できるので、開拓地等では積極的に生産されています。他の食材と混ぜてしまっても保存料としての効果は二日ほどは持ちますので、朝半分夜半分で消費するのが一般的です」


 つまり、半分で一食分に当たる訳か。お腹がいっぱいになるのも頷ける。頷けるのだが。


「これって、やっぱり登録には「完食して頂かないと」ですよねー」


 食い気味に返答がくる。段々容赦がなくなってきた気がする。

 時間をかけて何とか全て胃に収めた。味の地獄が終わったかと思えば今度は量の地獄。次はどんな地獄が待っているのか。


「異族大戦の時代と夢魔侵攻の時代は五年程しか経過していませんので、携帯食も大した変化はありません。

 後は旅路の携行食として一般的なものは、燻製された肉や魚、干し肉や魚の干物、干し果物(ドライフルーツ)種実(ナッツ)類等がいつの時代、どこの地域でも常用されています。

 砂糖類は大陸南東部でしか生産されていませんし、養蜂の技術はあまり発達しておりません。携行食に使用されることは少ないようです」


 法生は目の前に並べられる、所謂旅のお供(普通の糧食)を恨めしそうに睨みつけた。特殊な保存食(まずいごはん)を登録した意味が解らない。時代、地域関係無しに食べられているならこっちだけでいいじゃないかと、そう思わずにはいられない。


「こっちだけ登録しとけば良い話だったのでは……」


 思わず声に出た。


「行商人や冒険者、長距離を移動する人たちは、必ずこれらの保存食を持つのが常識です。何らかの事情で食料が無くなった時に、これらがあるとないとでは天地の差ですから。安価でどこでも手に入るので、金銭的に余裕のない人々の主食にもなりますし」


 安価で軽く保存も利くとなると、何があるかわからない旅先で持っていないのは怪しいと疑いをもたれるかもしれない、と言うことか。まぁそもそも保存食を持っていないということがばれる状況を想像出来ないが、万が一と言うことなのだろう。失敗できない以上、些細な目も潰すということか。納得したくはないが理解は出来てしまった。


「少し休憩を挟んでこれらを登録していただいたら、後はいくつか知識と常識を学習してこちらは終了です。あちらが終わるまで少しお待ちいただくかもしれません」


 ライシールド君は切った張ったの大立ち回りを繰り広げているはずだ。食った飲んだを繰り広げるこちらとは大違いだ。


「あちらは少し手間取っているようですので、少しこちらの待ち時間が長くなるかもしれません」


 物理的に削り合いをしているライシールドには悪いが、胃袋の限界を前に少しでも長い休憩が取れることがありがたい。椅子に背を預け、お腹に楽な姿勢を取る。

 暫し休息。携行食(つぎのてき)を前に、法生は目を閉じた。

拙作をお読みいただきまして、ありがとうございます。


修正 15/09/12

いくつかルビを追加

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