第74話 報酬の価値(Side:Rayshield)
ここ何日か忙しくてストックを消化してしまいました。
何とか維持できるよう頑張っていますが、もしかしたら毎日投稿が少し遅れるかもしれません。
水源地の水の畔に建てられた、丸太と椰子の葉で造られた丸太家屋へと案内された。
内装は比較的シンプルな作りで、とても蛇神の住まう場所と言う感じはしない。
「ここは主に私が利用させていただいている。蛇神様の御寝所は水源の底にある」
蛇神は入り口の丁度反対側、水源側の壁に取り付けられた扉から外の水上テラスへと抜ける。テラスから続く浮き桟橋から水上に建てられた丸太小屋へと入り、直後水面になにかが落ちたような大きな水音が響く。
「ん!? 蛇神様落ちたんじゃない?」
ククルがその水音に驚く。ピューピルは「問題ない。お前達も来い」と桟橋を渡り、丸太小屋に入っていく。言われるままに後に続くと、水源に面した壁が一切無い殺風景な部屋に出る。
──すまない。驚かせたか?
頭に直接声が響く。目の前の水面が盛り上がり、巨大な蛇が顔を出す。その身体の大部分は水の中にあるが、それでも見上げる程の高さで鎌首をもたげている。
──人の身で居るのは苦手でな。この姿で対面することを許せ。
「まぁ、別に構わんが」
──重ね重ねの寛容に感謝を。さて、まずは一つ目の礼じゃ。
蛇神の大きな口が開き、そこから霧の様な白い気体がライシールド達を包む。うっすらと水気を帯びたその息吹で彼らはしっとりと湿り気を帯びる。
「これは……蛇神様の御加護ですわね。それも今まで見たことも無いほど強い」
──次はどこの維持者の下へ行くのかは知らぬが、どちらにせよこの砂漠を抜けねばなるまい。我が加護の下でなら大魔核の強制搾取の影響を受けることなく砂漠を抜けることが出来よう。熱と乾きにはもう悩むことは無いじゃろうて。
非常にありがたい。砂漠を抜けるのも楽になるし、次の火神の玉座の維持者は火を司るものだ。どのような相対になるのかも判らない以上、熱に耐性が付くという事は損にはならないだろう。
──そしてこれが、我を呪縛から解放してくれた礼じゃ。
ごとり、と口内の牙の一本が音を立てて床に転がる。ピューピルはそれを拾い上げるとライシールドに差し出す。見た目は六十セル程の僅かに反った形をしている。ずっしりと重く、手から伝わる神気にも似た神々しい力に思わず息を呑む。
──我は人の使う物をあまり持たぬ。お主は財宝の類には興味が無さそうじゃし、食指が動きそうな武具の類があればよかったのだが、生憎持ち合わせておらぬ。我が牙を授けるゆえ、扱う腕を持つ者を探すがよい。
神に連なる者の身の一部を素材として扱える者などそう簡単には見つかるまい。気長に、何時かそれだけの腕を持った者と出会える時まで大切に保管しておこう。
「大事にする。ありがたく頂戴する」
──何、我の牙は何れまた生える。ついでにそこの鱗ももって行くが良い。
小屋の隅に無造作に置かれている、一枚一抱えはありそうな青い鱗を視線で示す。蛇神の鱗は物のついでで上げるような代物ではないと思うのだが、鱗の持ち主が良いと言うならありがたく頂いておこう。
──この程度では礼には不足じゃな。さて、後はどうしたものかのぅ。
どれだけ大盤振る舞いするつもりなのか。ピューピルはライシールド達のそんな空気を察したのか、蛇神の側に寄ると何事か囁く。
──なに? この程度で十分なのか? たかだか牙と鱗じゃぞ?
「失礼ながら。蛇神様の牙と鱗、正しく価値を知る者が見れば価千金となりましょう」
ロシェの言葉に、一同頷く。当の蛇神は己の価値をいまいち理解していないらしい。
「ん? 鱗と牙じゃろ? いくらでも生え換わるものがそれほどの価値があるのか?」
そして身内にも価値を理解できていない者が一人。アティも同類だったようだ。
「上位竜種の牙と鱗、爪なども相当の稀少品ですからね、アティ姉様」
アティと同じ竜種であっても、ククルは正しく価値を理解しているようだ。正確には風竜の長から受け継いだ知識だが。
──そうか。なんとも我の気持ちは晴れぬが、お主らがそれで良いと言うならばその意を尊重しよう。では、我は檻の結界の解除の儀式に入る。ほんの数年の話じゃが、その間は任せるぞ。
ピューピルを見る。彼が恭しく膝をついて首肯するのを確認すると、再びライシールド達に目を向けた。
──いつか我の力が必要になったときは、いつでも頼るがよい。蛇族の友よ。では、一時さらばじゃ!
蛇神は延び上がると頭から水中に沈んでいく。その恐ろしく長い体が目の前を通りすぎていき、尾の先まで水の中に消えたときには優に五分は過ぎていた。
「これからこの地に結界を張る。儀式中の蛇神様は無防備になるからな」
ピューピルはライシールド達を丸太家屋に先導しながら告げる。そのまま家屋の外まで連れ出すと、ライシールドに問う。
「今すぐ旅立つか、明日発つか決めてくれ。結界の準備があるからなにもできないが、水源地は好きに使ってくれて良い」
「今日一日はここで休憩したいです」
ククルが提案してきた。女性陣は軒並み同意のようだ。
「そうじゃな、折角豊富な水があるんじゃ、沐浴くらいはしたいところじゃのう。拭いてもジャリジャリするこの砂を落としたい」
「わたくしは慣れておりますので不快ではありませんが、その……ライ様の前でいつまでも汚れた姿のままというのは、恥ずかしいですね」
アティがコートの前を開け、半袖のシャツの裾を無造作にパタパタと扇ぎ、服の内側に入り込んだ砂を落とす。大胆に叩くものだから、健康的に締まった腰回りや女性的に豊かな部位を支える下着がチラチラ見えて目に悪い。どうやらわざとやっているようで、ライシールドの反応をさりげなく探っている。ククルの入れ知恵か。
ロシェも左右で縛っている髪を解くと、パタパタと砂を払う。こちらもライシールドの事を伺っているが、彼女は純粋に羞恥故の行動のようだ。
「そうだな。折角だし、俺も砂まみれの服をどうにかしたいし、出発は明日にするか」
女性陣に意識を向けられている当の本人は、彼女達の思惑にも気付かずピューピルの側へと戻ってしまう。
「さすがライだよ。あのアプローチを全無視だよ」
「手強いね。アティ姉様はあざとわざとらしすぎるので、後で説教ですが」
そんな様子を見ながら、レインとククルは溜め息をつくのだった。
その後ライシールドは岩場の向こう側に移動し、ピューピルは結界の下準備があると姿を消した。アティ達女性陣は沐浴に丁度良さそうな窪地で衣類や身体の汚れを落としそれぞれに寛ぐ。
「これから西に砂漠を抜けて獣王国に入ります。獣王国自体には用事は無いので、そのまま北の魔道国家を目指し、火神の玉座があるという山脈を目指します」
レインが思い思いの格好で寛ぐ三人の前で今後の行動を説明する。ロシェが胸元の鎧核を湿らせた布で拭いながら質問する。
「ライ様からもお聞きしましたが、わたくし達の最終目標はライ様のお姉様の救出と言うことでよろしいのでしょうか?」
「少し違うね。ライがお姉さんを救出するための土台作りと、その為の補助をして欲しいの」
「ライはあくまで一人で姉上を救出したいと、そう言うことで良いんじゃな?」
アティが岩場にもたれ掛かるようにして確認する。一糸纏わぬ姿で岩場に体重を預けるようにしているため、その豊かなあれこれが惜しげもなく陽の下にさらけ出されている。
裸身を晒すことに羞恥の念が薄い彼女の無防備な姿に溜め息を吐きながら、体格に見合わない胸元をタオルで覆い隠し、腰まで水に漬かったククルが補足で確認する。
「至るまでは手を貸しても問題ないけれども、お姉さんに関することには手出し無用、って理解で良いの? 後アティ姉様は見えそうで見えないを勉強するべき」
「それで良いかと。ライは旅の間に随分と過去の呪縛を自分なりに消化できてきていると思いますが、それでもお姉さんの事はまだ誰にも触れられたくないみたいです。今後ライ自身が言い出してこない限りは、お姉さんの事は触れない方がいいでしょうね。……アティは恥じらいの破壊力を理解すべきと言うことは同意です」
妹分と妖精にダメ出しされて複雑な表情のアティを放置して、ククルとレインはロシェを見やる。岩場に腰を下ろし、鎧骨格を展開して丁寧に布で拭いている。甲冑姿でも人目を気にして腰回りを布で覆い隠している姿は、アティと対照的に防御力は非常に高そうだ。羞恥的な意味で。
「ロシェさんは逆に防御が固すぎな気もしますが」
「ライはそっちの方が好印象だとは思うけどね。ロシェは折角だから服飾に興味を持った方がいいと思う」
「ずっと同じ格好って言うのもちょっとね。今度町に入ったら一度服を見てみても良いかもしれない」
いつのまにか自分自身の改造計画が話し合われていることに気づき、ロシェは首を傾げる。
「わたくしはこの鎧骨格がありますので衣類は必要ありませんよ? 特に旅の間の荷物にしかならないような衣類なんて、無駄以外の何物でもないでしょう」
レインとククルは盛大に溜め息を吐く。
「その合理主義的な思考はライと相性は良さそうだけど、それだと旅の仲間以上にはなれないと思うんだけど」
「ロシェさんは普段と違う姿を演出することをもっと考えるべき」
ロシェは「よく解りませんの」と興味が薄そうだ。アティはアティで大きめの布を体に巻いて「こうか!?」等と宣っているが、岩場の上で仁王立ちの時点でまるで解ってない。
「この二人は前途多難だね」
「まあ、ライも大概だからのんびりで良いんじゃない?」
のんびりと構える姿勢の彼女たちだが、今後立ち寄る獣王国で驚異と出会うことになるのだが、彼女達はそれをまだ知らない。まさに一寸先は闇と言うことだ。
「ライ様のお手添えをしに行った方がよろしいのでしょうか?」
一通り自分の身繕いが終わったところでロシェがもじもじしながら聞いてくる。
「そ、そうじゃな! 手伝いに行かねばならんな!」
同調するようにアティが立ち上がる。タオル一枚で何を言い出すのやら。
「ロシェさんはそのままおとなしくしていて。アティ姉様はほぼ全裸で何をいってるの!?」
ククルとレインの苦労はまだまだ続きそうだった。
拙作をお読みいただきまして、ありがとうございます。