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第73話 英雄の力(Side:Lawless)

 矢を番えた後、仏具【蓮華座】を起動して握り込んだ右手の中に似非黒石(フェイクストーン)を複製する。矢を放った直後、素早く親指の前に黒石を移動、矢の陰に隠れるようにして指弾を放つ。

 ラルウァンは矢を掴んでそのまま鏃で黒石を迎撃する。足下に叩き付けた黒石を見て「指弾か? 中々器用なことをする」とにやりと笑う。

 次は指の間に都合三本の矢を挟み、先程と違って同時に弦に番える。ラルウァンの目の色が変わる。ローレスは構わず弦から指を離す。


「こいつは、ちょっと驚きだな!」


 正確に額、喉、心臓と同時に迫る三本の矢の内額の一本を掴み、心臓の一本は左手で掴む。矢を掴んだ両手を開いて矢を放すと、そのまま上下から手を叩くような動作で喉を狙う最後の一本を止める。

 一瞬喉の一本に意識が向いた隙を突いて、ローレスは再び指弾を飛ばす。避けにくい身体の中心、(へそ)の辺りに黒石が迫る。


「惜しいな」


 ラルウァンは左足一本で横に飛ぶ。わざと重心をずらして体幹を移動させて黒石を避ける。そのまま身体ごと半回転すると何事も無かったように構え直す。


「それを無傷って、ラルウァン卿は化け物ですか」


「今の三射は凄いな。弓術技能(スキル)……じゃあないよな?」


 ラルウァンの問いに首肯する。周りの、特に弓兵が驚嘆の溜め息を漏らす。


「おいおい、あれを自力で制御したってのかよ。あんな子供が?」


「嘘だろ?」


 外野が騒ぎだすが、ラルウァンはローレスを冷静に観察する。弓術系の技能ではない事は判った。ならば制御系の技能か補助系か。


「これ以上は答えませんよ」


「正解だ。問われて切り札晒す馬鹿は救いようがない」


 ラルウァンの防御を掻い潜るにはどうすれば良いのか。あの判断力は異常だ。


「どうした? 打ち止めか?」


 騙し射つ為の手段を考える。正攻法ではどうやっても防がれてしまうのなら、場を作ることから始める必要があるだろう。


廃棄物処理ウィーストトリートメント


 ラルウァンの足元の地面が消失する。やはり異常な反応速度で穴の縁を蹴って落下を防ぐ。飛び上がった所を狙ってローレスは三射を叩き込む。ラルウァンは一射を小手で弾くと二射を掴む。今だ空中の彼に向けて、ローレスは指弾を飛ばす。

 指弾がラルウァンに届く直前、突然弾ける。視界一杯に広がる粉末の向こうから、黒石を砕いた矢が飛び出してくる。


送風(ベローズ)


 手にもった矢で飛来する矢を叩き落とした瞬間、斜め下から吹き付ける風がラルウァンの顔面目掛けて粉末を叩き付ける。同時に足が地面を掴む。


「こいつは胡椒か!?」


 思わず目を瞑る。ローレスの「遮蔽幕シールディングカーテン」と言う声を聴きながら、横に跳んで風と胡椒の範囲から飛び出す。

 跳びながら確認。ローレスの立っていた辺りに円筒状の黒い柱が建っている。何かは判断できないが、視界妨害系の術だと判断。手に持った矢を捨てると再び構える。

 筒の中から矢が放たれる。ラルウァンは今度は掴むこともせずにそれを叩き落とす。タイミングを合わせて投げ短刀(ナイフ)が襲い掛かってくる。一本を指の間に挟んで捕まえると、それを使って残りの短刀を叩き落とす。

 今度はまた三射が襲い来る。手に持った短刀を持ち直して三射を切り伏せた所で、嫌な気配を感じてラルウァンは直感で上半身を反らす。目の前を矢が通りすぎ、足元の地面に突き刺さった。


「それを避けますか」


 遮蔽幕の向こうから姿を表すと、ローレスはお手上げとばかりに両手をあげた。


「おい、今の最後の矢はどこから来たんだ?」


「あの子、ラルウァン卿に目潰ししたタイミングで真上に矢を射ってたわよ。それじゃない?」


「マジかよ。ラルウァン卿の動きを予測したってのか?」


 打ち上げたのは五本あり、ラルウァンの左右に着弾するように狙っていた。手加減のつもりなのか、左右に避けるだけだったのでそれでいけると踏んだのだ。

 実際予想通り落とし穴を回避して横に逃げた。後はひたすら前に意識を集中させて上への注意をそらし続けた。遮蔽幕シールディングカーテンで矢を上に放つのを隠しつつ、隠れることで何かあると思わせ、更に短刀や三射で気を引いた。

 狙い通りラルウァンは意識を前に向けていた。直前までは。


「上への警戒はなかったように見えましたが、どうやって避けたんですか?」


 ローレスの問いに、ラルウァンは頭を掻くとばつが悪そうな表情で答える。


「直感?」


 なぜ疑問系なのか。


「まあ、嫌な予感ってヤツがしたから避けた。理屈じゃ説明できないな」


「身も蓋もない。お手上げですよ」


 そもそもが真っ正面から弓兵が剣士に戦いを挑む場面自体が特殊なのだ。正直もう手がない。


「何がお手上げだ。あれだけやれりゃ十分だろうに」


「それもあのラルウァン卿相手でな」


「一対一であれだけ動き回るラルウァン卿なんて初めて見るわ」


 そんな外野の声を聞き、ラルウァンは盛大に溜め息を吐いた。


「おいおい、十歳のローレスがここまで頑張ったんだぞ? もうちょっとこう……情けない」


 訓練中もずっと横にいた騎士を呼びつけ、何事か指示を出す。みるみる青褪める騎士の表情に、ローレスは何事かと首を傾げる。

 そんなローレスの側に寄ると、ラルウァンは彼を労う。


「ご苦労さん。その歳であれだけできりゃ上出来だ。約束通り良いことを教えてやる」


「え? あれは中てられたらって話じゃ」


 ラルウァンは右腕の内側を見せる。上腕部の手首近くに一筋の赤い線が出来ていた。最後の山射ちが擦った様だ。


「こんなの中った内には入らないのでは」


「とんでもない。鏃に致死毒が塗られていたらどうなる? 強力な麻痺毒や特殊な毒だってあるだろう。今回は訓練だったから良いものの、実戦でならもっとローレス君もやりようがあったんじゃないか?」


 確かに本気でやるとなれば、もっとやりようはあるだろう。


「限られた制約(ルール)の中で俺に擦らせたんだ。もっと誇って良い」


 ローレスとしては今一ピンと来ない。大戦の英雄相手によくやったとは自分でも思っているが、それにしても自分自身としては完敗にしか思えない。


「納得できないって顔だな。結構結構、そのくらいじゃないと上には行けないだろうよ。ま、それはそれとしてだ。ローレス君は必中系の技能を持ってるね?」


 答えるべきか迷う。手の内を晒すべきか否か。


「ああ、答えなくて良い。俺はそういう前提で助言(アドバイス)するだけだ。似たような違う技能かもしれないしな。君のその技能、格上と戦うときは逆に弱点になるぞ」


 必中が弱点になる、と言う意味がわからない。飛武器だったら最強の技能のひとつじゃないのだろうか。


「君が狙いをつけるとね、こう……ちりちりと来るんだ。殺気とは少し違う気がするけど」


 つまり、ある程度戦闘慣れした格が上の相手には、ローレスの狙う箇所が判るそうだ。飛んでくる矢に対処出来るかどうかは別問題だが、ラルウァン位格上になってくるとご覧の有様である。


「だからこそ逆に俺を狙っていなかった山射ちは危なかった。あれは良かったぞ」


 確かにあれはラルウァンが移動する先を予測して射ているので地面を狙ったとも言える。しかし、彼がローレスの攻撃をいとも容易く防いで見せたのはそういう理由だった訳だ。


「ま、その辺は経験を積んでいけば対処法も身に付くと思うが。取り敢えずはその辺気を付けた方が良いぞ」


「ありがとうございます。気をつけます」


 最初は強引で迷惑に感じていたが、結果的には気付いていなかった弱点を知ることが出来るという()がたい収穫を得ることができた。きっと自力で気付くのは随分先だっただろうし、そのせいで要らぬ危機にアイオラを巻き込んでいたかもしれない。ラルウァンにはいくら感謝してもし足りない。


「おっと、準備が出来たみたいだな。ローレス君は観覧席で見学していていいぞ」


 アイオラ達の見学している席を指差すと、ラルウァンは訓練場の中央に部隊ごとに整列する騎士兵士達の方へと歩き去る。ローレスは訓練場の外壁上に設えてある観覧席に移動し、アイオラ達と合流する。


「ラルウァン卿相手にあれだけ出来るって言うのは凄いことですよ」


 ローレスの顔を見た途端、カイトが興奮した声で詰め寄ってくる。ロナも「お兄ちゃん凄かったよー!」とパチパチ手を叩いて称えてくれる。


「ローレス君、お疲れ様。格好よかったわよ。あれ? 訓練場の方で何か始まるみたい」


 アイオラの示す先では、ラルウァンが剣を抜いて構えている。対するは馬上の騎士二十騎を中心に両翼に半円を描く鶴翼(かくよく)の陣の形でラルウァンに大盾を構える重装歩兵、その後ろには槍兵が控え、大分距離を開けて弓兵部隊が障害物の陰から狙いをつける。


「当然ながら隠密部隊の姿は無い、か。まぁ奇襲でも何でもしてくれば良い」


 ラルウァンは騎士達の配置を見回す。ずっとラルウァンと共に居た騎士が壁際まで下がって「開始!」と合図を叫ぶ。

 まず動いたのは隠密部隊の面々。開始前から姿を消して接近していたのか、ラルウァンの左右背後から刀を振りかぶった男女が唐突に姿を現す。ラルウァンは「甘い。三十点」と腰を屈めると半回転。現れた男女の足を(まと)めて引っ掛けて転ばせる。

 派手にひっくり返る隠密部隊を放置し、ラルウァンは正面右の重装歩兵の前に躍り出ると、片手半剣(バスタードソード)を盾に叩きつける。馬鹿みたいな力と速度でもって叩きつけられて、重量級のはずの重装歩兵が木の葉のように空を舞う。それでも盾役の役目は十分果たした。踏み留まれないと判断した重装歩兵達は、自分達が派手に飛ぶことで後ろの槍兵までラルウァンの攻撃を届かせない様に衝撃を逃がしたのだ。

 吹き飛んだ重装歩兵の背後から、ラルウァンに向けて槍兵が槍衾を作る。


「盾兵は六十点、槍兵は……駄目だな。三十点」


 事も無げに剣を振るって槍の穂先を纏めて斬り飛ばす。槍兵達は重装歩兵が吹き飛んだときにもっと積極的に前に出るべきだった。ラルウァンの剣圧を知るがゆえに余波を避けたのだろうが、それは彼の体勢を整えさせる時間を与えるに等しい。折角重装歩兵が稼いだ時間が無駄になってしまった。


「右翼重装歩兵隊! ラルウァン卿を押さえろ!」


 左翼の踏み留まった歩兵の救援とラルウァンの押さえ込みのために、右翼の部隊が援護に回る。槍兵部隊は騎兵と共に一時後方へ転進するとある程度離れた場所で陣形を整える。前面に楔状に騎兵を配置しその後ろに槍兵を置いた鋒矢(ほうし)の陣で乱戦状態のラルウァン達を見る。


「槍兵を下げたか。次は足止め部隊が引くか?」


 大盾を重ねるようにしてラルウァンに押し付け、彼の動きを制限しつつじりじりと押し戻していた重装歩兵の圧が消える。盾の構えはそのままに、全速で後退する。


「弓兵!」


 ラルウァンが一人孤立したところで、後方で機会を伺っていた弓兵部隊が矢を放つ。ラルウァン目掛けて様々な角度から飛来する矢をラルウァンは避け、切り飛ばして防御していく。

 暫く弓兵の矢の雨を受け続けたラルウァンは「工夫がないな。四十点」と呟くと弓兵目掛けて突進を開始する。


「騎兵部隊突撃! ラルウァン卿になんとしてでも食らいつけ!」


 弓兵を狙うラルウァンの側面をつくように、騎兵部隊が突撃する。その後ろから槍兵部隊が続く。


「弓兵を囮に側面を衝くか。まあ、六十点だな」


 ちらりと左から来る騎兵部隊を見て、ラルウァンは呟いた。重装歩兵部隊は彼の右後方から追ってきているが、到底追い付けない。

 意識を弓兵の方に戻そうと視線を動かした一瞬に、ラルウァンの足元から無数の半透明な鎖が飛び出し、彼の下半身に絡み付く。


(コンファイ)(ンメント )(チェイン)か! 良い判断だ。術式隊、七十点」


 弓兵部隊の後方に隠れていた術式部隊が放った捕縛術式に絡め取られて、ラルウァンの足が止まる。


「頑丈な鎖か数を倍にするか出来たら、もう少し評価は上だったんだがな」


 片手半剣を一振りすると縛鎖が千切れ飛ぶ。僅かに残った鎖も下半身の力で強引に引きちぎる。

 捕縛自体は失敗したが、時間は十分稼いだ。騎兵部隊が到着、勢いをそのままに突進してくる。


「抜け出されることも計算ずくか? 偶然じゃないなら少し評価をあげてやるぞ!」


 迫る騎兵に向き直り、ラルウァンは吼えた。騎兵の突撃槍(ランス)を弾き返し、その勢いを利用して騎兵の突撃軸から逃げる。ラルウァンの横を通過する騎兵部隊が方向を変えて再突撃を敢行する。

 ラルウァンの足元からまたも延びてくる半透明な鎖。それを横っ飛びに回避し、僅かに体勢を崩したところを槍が襲う。


「そうだ! 俺を休ませないようにガンガン来い!」


 穂先を弾き飛ばし、背後から来る突撃槍を迎え撃つ。激しい剣戟(けんげき)音とラルウァンの高笑いが訓練場に響き渡る。




 二時間に渡るラルウァン対騎士兵士合わせて百人の部隊の模擬戦は、ラルウァン勝利で幕を下ろす。大戦期の英雄は化け物だ、と実感するローレス。


「こんなの見て吹っ掛けてこようなんて国はまずないな」


 カイトの言葉に深く納得するのだった。

拙作をお読みいただきまして、ありがとうございます。

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