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第70話 蛇神(Side:Rayshield)

 水源地(オアシス)に近づくと気温が徐々に下がり始め、逆に湿度が上がってきたのか空気に水気が感じられるようになった。

 砂漠とは思えない湿った空気に汗が吹き出し、不快感が増す。ククルが風を調節して出来るだけ不快感を取り除こうとするが、焼け石に水だ。


「ククル、無理はしなくて良いからな。この程度なら別に耐えられないほどじゃない」


 熱気を追い出せても湿度は風の領分ではない。それでも普通に外を歩くよりは数倍快適なはずなのだ。


「もう少しで木々の影に入れます。そこで少し休憩いたしましょう」


 アティ同様高温に強いようで、ロシェは多少の汗をかいている程度で、わりと平然としている。

 もう百メル(メートル)も行けば草木が生い茂る領域に入る。今も足下は背の低い草が生えていて砂地を固めている。前だけ見ているとここが砂漠だ等とはとても信じられない光景だ。


「すまないな、俺が一番暑さに弱いみたいだな」


 竜種や高温に強い蟻人(デミアント)と比べることがそもそも間違っているのだが、ライシールドとしては自分が足を引っ張っていると言う事実それ自体が我慢ならない。


「ライ、氷兎の腕で冷気をまとえば良いんじゃない?」


 ふとレインが訊いた一言に、ライシールドは衝撃を受けた。戦闘に関する事柄では頻繁に使っているはずなのに、こうして非戦闘時には哨戒目的で紫電の腕しか頭になかった。


「そうか。そういう使い方を失念していた」


 思えば雪山では当然のように火蜥蜴の腕で暖を取っていた覚えがある。長く戦闘特化で使ってきたが故の弊害か。


「ライの頭が固いだけだと思うよ? やっぱり頭の中は全部筋肉なんじゃ……」


 わざとらしくごくりと生唾を飲み込むレインに半眼で返し、無言で紫電の腕を霧散させる。


薄氷(Thin ice )の腕(blade)


 氷柱の腕を装填すると、冷気を発して風の結界内を冷やした。それまでの不快感が嘘のように、結界内は快適な空間となった。


「うわ、ライ様凄い! 熱気を放出する必要ないくらい快適だよ」


 むしろ熱気を追い出すと凍える可能性すらある。あまり冷えすぎるとそれもまた身体に悪いと、ライシールドは冷気の放出を抑える。


「流石は神の名を冠する力だけはありますね。この地では水、氷系の各種術式(テクノロジー)技能(スキル)は発動しないか大きく性能を減じることになるのですが、その腕はまったく影響を受けているようには思えません」


 また、ロシェが言うには小さな水属性の魔核(マナコア)を持つ魔物は水属性の魔素(マナ)を大地に吸収されて数分と持たずに絶命する。厳重に防御しなければ魔道具の魔核も強制放出させられてあっという間に空になるという。

 火や風の属性には影響が無いらしく、アティもククルも何の異常もない。


「その割には目の前のオアシスには水の精気が満ちているように見えるのじゃが、それはどう言うことじゃ?」


「吸収された水属性の魔素は全て大地を経由してこのオアシスに集められるんです。そうして集めた魔素を使ってここの水源は維持されています」


 一帯の水属性の魔素を強制的に掻き集める存在が居る、もしくは在るということになる。おそらくそれが大陸結界の維持者だとは思うが、実際に会ってみないことには判らない。


「そう言えば、最近蛇神様の様子がおかしいとか言っていなかったか?」


 蟻人達が水を司る蛇神と崇める者がこのオアシスに居ることは聞いている。その蛇神の様子がおかしいとの事で、地下へと続く通路は封鎖されていたとも。


「はい。以前は私達の供物を大変喜んで下さり、水の加護を頂いたりしていたのですが、ここ数年は滅多にお姿を見せてくださらないようになってしまいました。最近は代理を名乗る者が我らの前に現れ、法外な要求をしてくるようになったので交流を絶っておりました」


 供物として差し出していたのは砂漠の地下を抜けて森林地帯に伸びた補給洞を通って収穫される果物や、地下で取れる栄養価の高い茸などで、受ける加護も水の魔素の強制徴収を若干免れる護り等といった(ささ)やかなものだったらしい。

 オアシスに変化が起きたことに気付いたのは今から七年ほど前の事。恐らくもっと前から変化は起きていたと思われるが、その前後に大陸全土を揺るがす災害や大戦があったため、蟻人達は情勢が安定するまで地下に篭っていたらしい。久しぶりに蛇神様に供物を届けたときにはおかしな集団がオアシスを占拠しており、蛇神様に御目通りさせて貰う事は叶わなかったそうだ。


「つまり、今俺達の事を取り囲んでいる奴等がそいつらなのか?」


「そういうことになりますわね。申し訳ありません。まさかこんな外縁まで足を伸ばしてくるとは思っておりませんでした」


 まだ武器は抜かない。友好的か敵対するのかも判らない状況で、こちらから手を出すのは不味いだろう。


「さて、お美しいお嬢様方と……薄汚い人族の雄が、一体何用か?」


 現れたのはどこにでもありそうな革鎧を身に着けて、両腰に一本ずつ長剣を佩いた男。焦げ茶色の短髪を風に揺らし、金色の瞳の中の虹彩は蛇のように縦に細い。

 芝居がかった態度でアティやククル、ロシェを見た後、汚いものでも見るような眼でライシールドを睨みつけ、はき捨てた。どうやらライシールドの事は()()()いるらしいが、時間経過の間隔が違う彼は()()()いない。


「ロシェ、戦闘準備! アティとククルは周りの敵に警戒してくれ!」


 腰の牙の剣を抜き、神器【千手掌】を起動、紫電の腕を装填する。ライシールドは獰猛に笑うと、男に向かって叫んだ。


「今度は逃げられると思うなよ! 決着を付けるぞ! ピューピル!」


「その腕は見覚えがある……あの時の人族の片割れか!」


 目の前の男、ピューピルが両腰の長剣を抜いて構える。腕といわず顔といわず、あらゆる場所に目を出現させ、ライシールドを睨みつける。


「させるかよ!」


 同時にライシールドは紫電の腕を突き出し、閃光を放った。ピューピルの前面に展開された全ての目がその光をまともに見てしまい、絶叫とともに眼球が体内に沈む。辛うじて背中側に回っていた目が僅かに生き残り、その目を前面に移動してライシールドを探す。


「どこに消えた!?」


 ライシールドはピューピルの目の前に居る。目を焼かれて痛みに悶えているうちに、素早く隠形(Transpar)(ency )の腕(thread)を装填し、その力の一旦である韜晦(ヒドゥン)を発動している。韜晦(ヒドゥン)隠蔽(ハイディング)隠密(ステルス)を併せた性能を持つ上位技能(スキル)だ。

 腕の習熟度もそれほど高くないので、普段のピューピルなら見逃すはずは無いのだが、百の目の内大半を焼かれ、その痛みを堪えている今集中力は散漫になり、結果ライシールドを見失っている。

 姿を隠したまま素早くピューピルの背後に回り、走蜘蛛の腕のもう一つの特殊技能、粘着糸(アドヒーション)を発動する。手首に開いた細い穴から強力な粘着糸を放出し、ピューピルを雁字搦(がんじがら)めにする。


「ど、どこからこんな!?」


「以前の意趣返しはさせてもらった。止めを刺させてもらおう」


 腕を封じられ、触腕で身動きが出来ない状態にされた事を地味に根に持っていたライシールドは、拘束し返すことでその溜飲を下げたようだ。

 ライシールドは止めを刺すべく、牙の剣をピューピルに突き立てようと振りかぶった。


「その辺で勘弁してやってくれぬか、旅のお方よ」


 背後で上がる声。剣を背中の中心、丁度人族なら心臓に当たる部分に当てながら、声の方を振り返る。


「そやつはこう見えて蛇の一族の末席での。我の庇護の下に()るか弱い奴での」


 そこにいたのは青い髪を背中まで垂らし、青に染め上げた涼しげな上下の服を纏った優しげな男だった。切れ長の目の長身痩躯で、中性的な顔立ちは女と見紛(みま)ごう程に美しい。


「蛇神様……」


 少し後方で巨大な椰子蟹のような甲殻類と戦っていたロシェの口から思わず漏れた呟きに、男は彼女の事を見た。訝しげに形の良い眉を寄せ、思い出したとばかりに手を打つ。


「十年程前に蟻人の使者と共に来られたお姫様であったと記憶しているが。間違ごうてはおらぬかの?」


「はい、相違ございません。お久しぶりです、蛇神様」


 深く頭を下げる。いつの間にか辺りを取り囲んでいた巨大椰子蟹は姿を消しており、この場にはライシールド達とピューピル、そして蛇神だけとなっている。


「蛇神様、失礼を承知で言うが、その男は異族と呼ばれる侵略者だ。蛇に連なる者ではないぞ」


 ライシールドの言葉に心外だと言うような表情で驚き、蛇神はピューピルの目を指差す。


「こやつの目は蛇の目じゃ。そして延びる二本の尻尾は蛇と同じじゃ。ならば蛇に相違無かろう?」


 随分と(ざる)な分類である。


「それにこやつは我の眷族となっておる。もう我の身内じゃよ」


 丁度三十年程前、目的地を指定せずに転移したピューピルはここオアシスに墜落した。聖水に犯された瀕死のピューピルを不憫に思い、蛇神は聖水の水属性の力に働きかけてピューピルから分離し、長い年月を掛けて治療したらしい。十年程前にやっと傷も癒え、ピューピルは恩人である蛇神に自ら進んで眷族の誓いを立てたそうだ。

 本人いわく「俺を見捨てた同胞に義理立てする理由もない。今更異界(あちら)に帰る訳にも行かない」らしく、この地で蛇神と共に生きる道を選んだらしい。


「我は故有(ゆえあ)ってこの地を離れることは出来ぬ。であるから不自由を掛けるゆえやめておけと言うたんじゃがの」


「そのことで一つ聞きたいことがあるのだが」


 上手い具合に相手から話の取っ掛かりを出してくれた。ライシールドとレインはそこに乗っかることにした。


「大陸四方を囲む檻の結界、心当たりは無いか?」


 蛇神の目が細くなり、背筋に氷を差し込まれたような冷気にも似た殺気が放たれる。


「それを、どこで?」


 ライシールドは短く「神域」と答える。銀の腕輪(アームレット)から青い宝珠を取り出し、蛇神に見せる。


「俺は結界の維持者にこれを渡すよう頼まれている。維持者が見ればこれが何かは解るそうだが」


「それは世界の管理者等と(うそぶ)く傲慢な者共からの知らせじゃな!? 我をこの地に縛り付けたあの女の!」


「落ち着け、あの女と何があったかは知らないが、これはその任からの解放の知らせだ」


 ライシールドは蛇神に宝珠を手渡す。受け取った宝珠を握り締め、その細腕のどこにそんな力を隠していたのか、握力だけでそれを砕き潰す。


「あの忌々しい女の声が聞こえる。何? 追放者? 馬鹿な!? 我らの為だったと申すのか!? 認めぬぞ!」


 蛇神に直接届く言葉はライシールド達には聞こえない。だが彼の言葉から察するに、マリアとの間には何か大きな誤解があったのだろう事が伺える。


「そこの人族の。いい加減解放してはくれないか。もう敵対はしないと約束する」


 虚空に吠えて興奮状態の蛇神を眺めていると、粘着糸で身動きの取れないピューピルが話しかけてきた。


「私の主はどうやら解放されるのだろう? ここを荒らそうとするものから守る必要がないのなら、もうお前と剣を交える意味はない」


 蟻人が地下に(こも)っていた時期、丁度大戦中には蛇神の力を利用しようとする輩が度々ここに訪れたらしい。この地に到達するだけの力を持つ者だけに、ピューピルは撃退するだけでも相当苦労したそうだ。

 それ故、外から来るものは敵であると警戒を強め、蟻人の使者も物で主を釣りだそうとする集団と思ったらしい。


「あえて無茶な要求を出せば、諦めるか本性を表すと踏んだわけか」


 以前と比べるとピューピルは随分と弱い。ライシールドが経験を積んで強くなったと言うこともあるが、それにしても弱体化している気がする。

 あれくらいならば自由にしても対処のしようもありそうだ、と火蜥蜴の腕で粘着糸を焼き溶かす。ピューピルはライシールドの問いに首肯すると「……礼は言っておく」と悔しそうに呟いた。

 そのまま蛇神の側に移動すると、何事か告げる。憤懣(ふんまん)遣る方無しとばかりの勢いだった蛇神も、ピューピルに諭されたのか大きく一つ咳払いをすると澄ました顔で戻ってきた。


「お恥ずかしいところをお見せした。少々取り乱してしまったようだ」


「まぁ、親近感が沸いて、逆に良かったよ」


「はは、寛大なる配慮、感謝しよう。お主が運んでくれた宝珠により、この大陸の現状は理解した。我をこの地に繋いでいた頸木(くびき)は外された。後は揺り戻しに配慮しつつ檻を外すだけじゃ。お主が全ての維持者と会う頃までにはそれも終わろう」


 畏れながら、と前置きしてロシェが蛇神に尋ねる。御身無き後、このオアシスはどうなるのか、この砂漠はどうなるのか、と。


「水の精気を集めておるのは我ではない。この水源の底に水の大魔核(ラージコア)が安置されておる。我をここに縛る際、神域のお節介共が置いていったものじゃ。あれがある限りここは変わらんよ」


 ロシェはその言葉にほっと胸を撫で下ろす。砂漠が解消されるのは歓迎だが、水源が無くなるのは死活問題に直結する。現状維持なら問題は無いだろう。


「取り合えずこの様な場所で立ち話もないじゃろう。礼を用意する。着いて参れ」


 蛇神はそう告げると、ピューピルを伴って水源のある奥地へと歩き出す。ライシールド達はこの後どちらにせよ西に砂漠を抜けねばならない。ここで暫し休息を取り、疲れを取ることも必要だろう。。ライシールド達は蛇神の好意に甘えることにして、後に続いてオアシスの奥へと足を進めるのだった。

拙作をお読みいただきまして、ありがとうございます。

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