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第69話 顔合わせ(Side:Rayshield)

 地底湖から上に進むこと三十分。途中何度か曲がりながら進んだ末に辿り着いたのは、一キルメ(キロ)程先に水源地(オアシス)を望む小高い岩山の中腹だった。

 大体二百メル(メートル)程の高さの岩山の丁度半分ぐらいの岩場に口を開けた洞から出てくると、外は丁度日の落ち始めるくらいの時刻になっていた。


「今日はここで夜を明かして、明日移動された方が宜しいかと」


「そうだな。ロシェもさっきの戦いは精神的にきつかっただろう。野営の準備は俺がやっておくから、先に食べて休んでおいてくれ」


 携行食を取り出すとロシェに渡し、ライシールドは洞の入り口で焚き火の準備を始めた。砂漠の夜は冷える。少し出たところで焚き火に火をつけその側に腰を落ち着ける。


「ロシェ、寒くないか?」


「ええ、大丈夫です。交代の時間になったら起こしてください」


 毛布に寝袋と防寒対策をしっかりすると、洞の奥、目の届くギリギリの所で横になった。入り口に近いほど冷気が入り込みやすいので、出来るだけ奥で寝る方が暖かい。

 やはり相当疲れていたのか、ロシェはものの数秒と持たずに寝息を立てる。完全に寝入ったのを確認すると、ライシールドは遠くに見えるオアシスを眺めた。

 真っ暗な砂漠の中にうっすらと星の光を反射して輝く水面に、時折大きく波が立って何かが蠢いているように見える。この距離から見えるということは、相当大きな生き物がいるのかもしれない。


「あのでかいのが檻の結界の維持者なのか?」


 問うてみたが、話し相手になりそうなレインは既にライシールドの胸のポケットの中でご就寝だ。


「アティやククルは今頃どこで何をしているんだろうな」


「ここでこうしてライの事を見ているんだが」


 ぼーっと幻想的な景色を見ながら呟くと、頭上から声がかかった。


「!?」


「あはは、すまんすまん。気付いておるものと声を掛けてしまった」


「ライ様、お元気そうで良かったですー」


 見上げると洞の入り口の上からアティとククルの顔がぶら下がっていた。


「ライは必ずここを目指すと思ってな。見晴らしの良いところで待っておったのよ。今日で三日目じゃな」


「ぼくたちはもう少し上の洞に夜営してたんだけど、下で話し声と焚き火の音がしたから、こっそり様子を見に来たんだよ」


 そしてライシールドの気配察知を潜り抜けて彼の頭上に現れた、と言うことらしい。


「なんにしても無事に合流出来てよかったよ。しかし、俺が死んでいたらって思わなかったのか?」


「それこそありえんじゃろ。ライは殺しても死なんよ。我はそう信じておる」


 横でククルがうんうんと首を縦に振っている。釈然としないが二人も自分の事を信用してくれていたんだなと思うことにした。


「何時までそこに居る気だ? 降りてくれば良いだろう」


「そうじゃな。上に置いてある荷物を取ってくる。行くぞククル」


 そう言うと頭を引っ込める。ククルも「はい、アティ姉様」と素直に後に続く。二人の気配が岩肌を登っていく気配を何とか追いながら、ライシールドは心配事が一つ消えたと安堵した。




「で、さっきは誰と話をしていたんじゃ?」


 荷物を持って戻ってきたアティがライシールドの側に腰を下ろすとジト目で訊いてきた。彼を挟んで反対側に座ったククルも心持ち近づいて耳を傾ける。


「あの後地下の蟻人(デミアント)達に助けられてな。色々あって同行者が一人増えた」


 二人はその“色々”の部分を知りたいのだが、ライシールドは説明が面倒なので端折(はしょ)った。アティは思わず真顔で突っ込む。


「いやいやいや、その色々が重要なんじゃろ? ちゃんと説明してくれんと」


 ちらり、と洞の奥の寝袋に目を向ける。頭を奥側にして寝ているのでどんな顔をしているのかどころか、男か女かすらアティには判別出来ない。空気も洞の奥に向かって流れているようで、匂いも殆どこちらに届かないので、余計に判断がつかない。


「その同行者と言うのはあそこで寝袋に(くる)まっておられる方ですよね?」


「ああ、そうだ」


「……女性、ですね?」


 探るように訊くククルに、ライシールドは隠すこと等無いとはっきりと答える。


「そうだ」


 アティは「また増えた」と肩を落とし、ククルは「どんな方ですか?」と笑顔で聞くが、目が笑っていない。


「お前らずいぶん元気だな。夜番任せて良いか?」


 呆れて立ち上がる。正直走蜘蛛との戦闘で疲れている。できたら少し休ませてほしい所だ。


「待て、話を聞かせてもらうまで逃さ「任せてよ。ライ様は寝てください」んぞ」


 アティの抗議に被せるようにククルが快諾し、直も食い下がろうとするのを宥める。


「ククル、なんでじゃ! お前も気になるじゃろう?」


「気にならない事は無いですけど、今はライ様も疲れてるみたいだし、レインさんも一緒の方が詳しく説明をしてくれると思いますよ」


「むぅ、確かにそれはそうじゃが……」


 勢いを失くしたアティを尻目に、ククルはライシールドの為に毛布を敷き、彼に休むように促す。自分から口にしておいて、いざ任せるとなると無責任な気持ちになってしまったライシールドは、申し訳なさを顔に出しつつ横になった。


「すまんな、明日出発前にはきちんと話をするから。交代時間になったら起こしてくれ」


 若干の罪悪感は感じていても、長い船上の旅と神経を使う戦いの後だっただけに疲労から来る睡魔には抗えず、然程(さほど)の時間を必要とせずに眠りに落ちた。


「アティ姉様。真っ直ぐなのは結構だけど、強引が過ぎると嫌われるよ?」


 完全に寝入ったのを確認して、ククルは囁くような声で注意する。


「すまん。生きているとは信じていたが、心配していたところによもや女を連れて帰ってくるとは思っておらなんでな。つい……」


「それは解るけど、ライ様は結構お疲れだったんだから、しつこく迫るより敢えて引いて見せることも大切だよ。追うより追わせる方がライ様相手には良いと思うんだけど」


 ライシールドの性格的に、色恋事をこの短い間で進展させるわけがない。そもそもが目的を達成するまではそちらに目を向けることはないだろう。

 ならば焦って悪感情を抱かせるような真似は悪手の極みだ。彼が目指す到達点(ゴール)に至るまでは、一人の仲間として隣に立つべきである。


「つまり、仲間として心配していた、と言う位で接する方がライ様相手だったら良いと言うこと。好意を隠せとは言わないけど、見せ方を考えないと」


「人との付き合いと言うものは難しいもんじゃな」


 普通の男性相手とは勝手が違うと思うんだけど、と風竜の長から受け継いだ知識の中の人との接し方を閲覧しながら考える。アティにそれを説明しても混乱するだけだと思うので、口にはしないが。


「ライ様が連れてきた人とも仲良くやれたら良いね」


「そうじゃな」


 バチリと薪が()ぜる音を聴きながら、二人は明日に思いを馳せるのだった。




 ライシールドとロシェを起こし、簡単に名前だけの自己紹介を済ませてアティ達は就寝した。長い夜番の間にアティ達の事を説明し、自らの神器の事もある程度までは説明した。

 ロシェは二人が竜の人化した姿だと聞かされ大いに驚いたが、同時にそのくらいの存在でもなければ、たった二人でこんな短期間でこの場所までを踏破することなど不可能であると言う事実に納得せざるを得なかった。

 その後、夜明けと共にアティ達を起こし、朝食を取りながらロシェの事を説明する。バーリーとの戦闘や走蜘蛛との戦いの話は二人を大いにハラハラさせ、また興奮もさせた。


「ライの勇姿、我も見てみたかったのぅ」


「しかし、原初の畏れについて、ぼく達に話しちゃってよかったの?」


 ククルにそんな気はなくても、そんな致命的な弱点を会ったばかりの者に教えてしまうと言うのは、(いささ)か軽率ではないだろうか。

 しかしロシェは首を振る。


「だって、ライ様のお仲間ですもの。わたくしはライ様が選ばれたお方でしたら信じられますわ」


 神器【千手掌】についてライシールドから情報を開示されていると言うことは、少なくともそのくらいには彼からの信用を得ていると言うことだ。何より、今後共に旅する上で事戦闘中に足を引っ張りかねない弱点を知らせずに、どうして肩を並べて戦えようか。


「しかし、蟻地獄はともかく、大型蜘蛛(ヒュージスパイダー)系の魔物は割りと珍しくないと思うのだが、万が一集落(コロニー)に侵入されたらどうするんだ? まさか腹が一杯になって居なくなるまで放置と言うことはないだろう?」


 ロシェの走蜘蛛と対峙したときの怯え方は、戦い以前の問題だった。彼女でさえあれなのだ。弱い者は下手をすると目があっただけで命を落とすのではないだろうか。


「千人に一人くらいの割合で、原初の畏れの(たが)が外れたものが産まれる事があるんです。ライ様と槍を交えましたバーリー姉様がその一人です。お母様の親衛部隊の半数はそういった底抜(ボトムレス)で構成されているのです」


 また、強い意志と力で畏れを捻じ伏せ、蟻人勇者と呼ばれる存在になるものも居る。ロシェが目指していたのはこちらだ。その為に鍛え、その為に己を磨いてきたのだ。


「結局わたくしは勇者にはなれませんでしたが」


 寂しそうに呟くロシェに、ライシールドは何を馬鹿な、とその言を否定する。


「ロシェはあの時確かに原初の畏れを克服していたじゃないか。種に刻まれた畏怖を超えるなんて並大抵じゃない。お前は勇者を名乗っても良いと俺は思うぞ」


「ライ様……」


 ライシールドは感じたままに喋っているだけだが、それを聞いた相手はそこに付加価値を見出す。励ましや慰めを勝手に追加して、ロシェはうっとりと陶酔した。


「集落を造る前に天敵に出会ってしまったらどうされるんですか?」


 レインが珍しく興味を持ったようで、ロシェに尋ねた。陶酔してあっちに行っているロシェに声を掛ける口実にした感は否めないが。


「え、ああ。そういうことにならないよう、一人で行動するときは細心の注意を払います。ですが不意に襲われることも無いとは言えません。そこでわたくしたち出る者(バグラント)は集落を出る前に(つがい)となってくれる者を探すのです」


 ロシェもバーリーもしきりに伴侶を求める発言をするのはそういう理由だったらしい。


「私達は基本他種族と交わり、子を成す事で集落を造り始めます。女王の伴侶たる王に万一があった場合、副王を産む事はありますが基本的に王は別の種族が収まります。原初の畏れを持たない強者は伴侶であると同時に女王を護る最後の壁となる者なのです」


 因みにロシェの母親である女王の伴侶の大男は、竜であって竜でなく、人であって人でない種。竜人(デミドラゴン)族の戦士だそうだ。


「竜人とはまた稀有な者を捕まえたものよの」


 アティが呆れたような声を上げた。

 竜人族とは竜が人化して別の種と子を成した時に産まれる存在で、竜の力を持ち、他種族の能力を継いだ交雑種(ハイブリッド)である。次代には相手の特徴を色濃く残した子が産まれるので、一代限りの種とも言われている。竜の力がまったく残らない訳ではないが、当代よりは数段落ちる。


「だからロシェさんの纏う空気には、竜の気配がするんだね」


 ククルの嗅覚はロシェから竜を感じていたらしい。その理由は彼女の父親にあった訳だ。


「さて、そろそろ行こうか。昼までにはあそこに辿り着きたい」


 ライシールドが話は終わりだと言う様に立ち上がると、オアシスを見た。小聖鏡(たいよう)の光を反射してキラキラと輝く水面(みなも)は穏やかで、昨夜の巨大な何かの存在はどこにも見当たらない。


「移動の準備は出来ていますわ。いつでも行けますわよ」


 ロシェが肩掛けの袋を手に立ち上がる。金具を外して斜めに掛け、胸の前で再び金具を繋ぐ。いざ戦闘となったときに素早く外せる構造になった荷物袋だ。


「よし、じゃあ出発しよう」


 ライシールドの号令の元、炎天下の砂漠に足を向ける。ククルの風の防壁の恩恵を受けながら、オアシスを目指して一行は歩き出した。

拙作をお読みいただきまして、ありがとうございます。

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