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第61話 天敵を倒す者(Side:Rayshield)

 背中の痛みに顔をしかめ、ライシールドはゆっくりと目を開いた。くり貫いた岩肌をそのまま使ったような天井が見える。

 左右に目を向けると一段高くなった岩の台に何枚も毛布を重ねてあるらしく、その上に彼は寝かされていた。部屋自体も岩肌がむき出しになっていて、岩壁のない一角に無理矢理木板で壁を造り、扉を取り付けてある。洞窟の行き止まりを強引に部屋にしたような造りをしていて、ライシールドの寝ている横には小さな机が備え付けられていた。その上には小さな陶器の水差しが置かれていて、その横ではレインが倒れるようにして眠っていた


「レイン」


 囁くような声で呼び掛けると、レインはゆっくりと目を開けて寝ぼけ眼で回りを見る。ライシールドと目があった瞬間勢いよく立ち上がると顔面目掛けて飛びかかった。


「ライ! ライ! 良かったよーっ!!」


 ライシールドの顔面にしがみつき、レインは号泣した。彼女の身体で鼻も口も塞がれ気味で少し苦しかったがそこは流石に我慢して落ち着くまでされるがままに任せた。


「ずっと目を覚まさないから死んじゃうかと思った! 心配したんだからもーっ!」


「ごめんな」


 レインが無事でよかった。ライシールドは次いでアティやククルがどうなったのかが気になった。


「悪いがレイン、アティ達がどうなったのか判るか?」


 レインが落ち着いたのを見計らって訊いてみるが、彼女は首を振って答える。


「判らないの。下に落ちてきてはいないみたいだから、多分無事だと思うけど……」


 最後に見たときは岩場の上に二人とも居たと思う。あの二人なら砂漠を越える位訳はないだろう。

 目的地は判っているのだ。きっと彼女らはライシールド達が生きていると踏んで水聖の杯(ナーガチャリス)を目指してくれる。そこで待てば彼が必ず来ると信じてくれるだろう。


「水聖の杯を目指そう。アティ達と合流出来るとすればそこしかない」


 問題はここがどこで、自分が今どういう立場なのかだ。レインにそれを訪ねると、彼女は微妙な顔を向けてきた。


「ライは勇者になりました」


「お前は何をいっているんだ?」


 レインが訳の解らないことを言い出した。


「訳が解らないかも知れないけど、ライは蟻地獄殺し(アントリオンキラー)の勇者様って事になったんだよ」


 詳しく聞くと、あの襲撃者は禁忌砂漠(アントロデンデザート)蟻地獄(アントリオン)と言う巨大蟻地獄だったらしい。

 この砂漠の地下の住人達の天敵であるあれを討伐したライシールドは、彼らの救世主であり勇者なのだそうだ。


「あー……まあ呼び名は好きにしたらいいけど、勇者様ってのは恥ずかしいな」


 と言うことは、気を失う寸前に見た影とはここの住人だったと言うことか。しかし、蟻地獄が天敵と言うことは。


「ここの住人は蟻なのか?」


 レインが補足する。蟻ではなく、蟻人(デミアント)と呼ばれる蟻型の特殊な獣人である。あまり人の町には出てこず、独自の巣を地下に形成して集団生活を送る。女性上位の社会生活を送り、女王を頂点に何人かの姫と親衛隊を中核とした騎士団を組織する場合もある。規模が大きくなると大陸西南部の都市国家群の一国に匹敵する。

 記録に残る最大の蟻人地下集落(コロニー)は、大陸東北部に現存する山一つ全てが集落となった蟻人国家である。竜王国との交易を僅かに繋ぐだけで、その生活基盤は地霊の口腔(ワームレアー)の魔物を倒して糧とすることで成り立っている。

 彼らは竜王国の地下深くに大隧道(トンネル)を掘り、直接地霊の口腔に繋げて獲物を誘き寄せている。時に下位の地竜種をすら討伐すると言う。


「戦闘民族か」


 説明を聞いたライシールドの素直な感想である。


「そんな精強な蟻人種にも天敵が居るんだよ」


 それがライシールドが倒した蟻地獄であり、大蜘蛛(ヒュージスパイダー)系の魔物である。

 遺伝子の領域に刻み込まれた太古の記憶にある畏怖の対象であり、心的外傷(トラウマ)である。それを目の前にすると体はすくみ、心の底から恐怖する。抗い様の無い原初の畏れを前にして立ち塞がり、武器を構え、それを討伐するものを勇者として讃えるのが蟻人種の習わしである。


「で、勇者たるライの介抱を蟻人種の王女が買って出たと言うわけ」


 こんこん、と扉を叩く音が響く。ライシールドの「どうぞ」の声にゆっくりと扉が開かれ、一人の女性が入室してきた。


「勇者様、無事にお目覚めになられて良かったですわ」


 背中にかかるくらいの長さの黒髪を左右に結び、黒い胸当てと手甲、腰元は黒い腰当て(フォールド)とそこから延びる板状の部品が組み合わさってスカートのように膝上から臀部、股関節回りを防御している。膝下は脛当て(グリーヴ)と硬質な靴に覆われている。そんな物々しい格好で登場した女性が、ライシールドと目が合うとにっこりと微笑んだ。


「わたくしは禁忌の砂漠(アントロデンデザート)の地下に集落を築く一族の女王の娘の一人、クロシェットと申します。勇者様のお世話を任されました」


 優雅に一礼する。舞踏会の一場面を切り取った様な光景だが、黒い甲冑のせいで勇ましさが先に立ってしまう。


「俺を助けてくれたそうだな。ありがとう。礼が遅れてしまってすまない」


「とんでもない! この地の頭上に居座り、我らの同胞を害してきた二本角の悪魔を討伐していただいた我らとしては、貴方にどれ程の感謝をもって報奨とすればよいのか見当も及びません。まだ体調も万全とは言えぬご様子、復調されるまで何時まででも静養いただきます様、伏してお願い申し上げます。何なりとご用命ください」


 勇者認定されたとは言え、女王の娘である王女自らが怪我人の世話をすると言うのはどういう事なのか。


「わたくしは王女とは言え一番末の娘です。この巣の分割管理を任されている姉様達と違い、特別な立場の無い出る者(バグラント)に過ぎません。多少優遇されているだけで、取り立てて敬われるような存在ではないのです」


 己の身分の低さを告げているわりには、引け目も劣等感も感じない。寧ろそんな状況が嬉しいと言わんばかりの笑顔だ。


「随分と嬉しそうだな」


 気になった事を素直に口に出して訊くライシールド。クロシェットは当然と言ったように勢い込んでライシールドに詰め寄る。


「わたくしの立場からすれば、地位の低さは自由に比例しますわ! 低すぎて制約を受けるほどでもなく、高すぎて責任を負うでもない。好きに生き、好きに旅に出て、好きな地で死を迎える権利を持っているのです! 私の性にあった非常に理想的な立ち位置だと思いませんか!?」


「落ち着け、近い」


 ベッドの上で半身で起き上がって居るライシールドの眼前で捲し立てるクロシェットの肩に手を置くと、気持ち力を込めて押し戻す。長い睫毛と魅力的な黒い瞳が若干離れる。唇が触れ合う程の距離で頬を上気させて興奮されるのはいろんな意味で具合が悪い。


「あら、失礼致しました、勇者様」


「その勇者様ってのは、止めてくれないか? 落ち着かない」


 ライシールドの言葉に彼女はキョトンとした顔をした。


「何故ですの? 誉れある勇者の称号ですのに。武勇の証を喧伝するを良しとしないと言うことですの?」


「お前達にとってはどうか知らないが、俺は蟻地獄に恐怖を感じていないし、普通に襲ってきた魔物の一体を倒したに過ぎない。お前達の言うような“勇気ある者”じゃない。その称号を得るには役者不足だ」


 まあぶっちゃけた話、大したことをしたつもりもないのに勇者とか呼ばれるのは恥ずかしくて耐えられない、と言うことだ。


「まぁ、何て奥ゆかしい」


 当のクロシェットには正しく伝わっていないようだが。


「わたくしとしましては、それでも勇者で在らせられることに変わりありません。ですが当の勇者様が仰るのでしたら呼び名を変えることもやぶさかではありません。どのようにお呼びさせていただいたらよろしいでしょう?」


「ライシールドだ。長ければライでもいい」


「承りました。これよりはライ様とお呼びさせていただく不敬を御許しいただきますよう、お願い申し上げます。わたくしの事はロシェとお呼びください」


 彼女は一礼すると「では、お食事をご用意させていただきます。少々お待ちください」と部屋を出ていった。


「戦狂い姫、とか奇行のロシェとか言われているみたいだよ。随分と他の蟻人と考え方が違うみたいで」


 下位とは言え支配階級の蟻人が、率先して魔物の狩猟に参加するなど本来はあり得ない。来るべき巣立ちを見据えた階位(レベル)を上げる為の参加であればまだ解るのだが、ロシェは戦いそのものを目的としているらしい。歩兵種の蟻人よりも前に立ち、戦闘兵の蟻人よりも先に一撃を与える。いつか頭上で暴れる蟻地獄を倒すのは彼女だと言われていたらしい。


「それは悪いことをしたかな。横取りしたみたいで」


 戦闘に関してだけではなく、医療や神術(オラクル)にも明るいらしい。医療種の蟻人に師事して様々な知識を教わっているそうだ。残念ながらそちらの才能の方はあまり高くないようだが、それを補って余りある努力を重ね、実用的な腕前を持つに至ったようだ。


「確かに奇行だな。殺す力に特化しながら癒す力も求めるとは」


「あら、ライ様。その二つは表裏一体、よく殺す者はよく癒す術を知るって諺、わたくしひとつの真理だと思っておりますの」


 いつの間にか戻ってきていたロシェが、盆の上に載せた食事を机の上に置いた。食事と言っても赤や緑の果実が皿の上に乗せられているだけだが。

 そう言われると確かにそうかとも思うが、だからと言ってわざわざ最前線で戦う意味もないのではないか。


「弱い者は生き残れません。最も単純で根本的な真実だと思います」


 強さを求めるライシールドにとって、ロシェのその考えは容易に受け入れられるものだった。


「それは解る。強くなければ目的は達成し得ない。弱い者は奪われるしかない。それが嫌なら戦って勝たねばならない」


 そこにはたったひとつの答えしかない。奪われたくなければ強くなるしかないのだ。


「ライ様はわたくしの理想の体現者でもあるのですね」


「買い被りだ。俺は弱い。だからこそ力が必要なんだ」


 その言葉はロシェの琴線に触れたらしく、艶然とした顔でライシールドの前で膝をついた。


「ライ様、どうかわたくしを旅路の末席にお加えいただく許可をいただけないでしょうか」


 蟻人の王女はそう言って深く頭を下げるのだった。

拙作をお読みいただきまして、ありがとうございます。

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