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第56話 女子達の夜(Side:Rayshield)

明日からはまた21時投稿に戻せそうです。

 禁忌の砂漠(アントロデンデザート)と名付けられたこの砂漠には、そう呼ばれるだけの理由が存在する。深部に立ち入る者は、生きて戻れずの覚悟をもって挑め。この辺りの民は砂漠に挑むものにそう警告する。

 人を拒むこの砂漠地帯にはまだまだ未踏の地が存在し、そこに何があり、何が危険かは知られていない。未踏地に在るかもしれない富や名声を求めて立ち入った者には、過酷な環境が牙を剥き、苛烈な魔物の洗礼を潜り抜けねば生きて戻ることは叶わない。

 ライシールド達が踏み込んだのはそんな、過酷な環境と苛烈な魔物の襲い来る地の一つであった。


「アティ、ククルの事と右から来る方を頼めるか?」


「了解じゃ、あの程度、倍来ても余裕じゃ」


 氷の鞭を構えて、アティは不敵に笑う。


「ククルは竜魔法(ドラゴンユース)で左と後方に回り込もうとする奴等を牽制してくれ。アティから離れるなよ」


 はーい、と手を挙げていい返事をすると、そのまま手を降り下ろす。突風が発生して奴等とライシールド達の間に風の壁が生成される。

 風の壁を強引に越えようと前足を突っ込んだ奴は、上昇する風に絡め捕られて高く舞い上がり、重力に引かれて地面に落下、丈夫な外骨格には傷一つついていない。だがどうやら落下の衝撃で内部に深刻な傷を負ったらしく、ひっくり返ってピクピクと足を痙攣させている。それを見ても尚、奴等は愚直に風の壁に突っ込んでは吹き飛ばされている。

 アティと対面する一団は更に厳しい。縦横無尽に振り撒かれる氷結の暴風が、前方の敵を尽く氷の像へと変えていく。凍った仲間の間や頭上を乗り越えてアティに迫るが、隙間を抜けきる前に凍りつかされ、乗り上げたところで足元の仲間と同じ運命を辿る。少しずつ氷の壁を成長させながら、アティは任された右側の敵を次々葬っていく。


「俺は正面の集団をどうにかするしかないな」


 彼は目の前の光景にうんざりとしながら呟いた。土色の外骨格に棘のような体毛を無数に生やし、まるで肉厚の短剣(ショートソード)の様な鋭い牙をガチガチと鳴らしているのは腰の高さほどはある体高の蟻だった。

 砂漠(デザート)軍隊(アーミー)アントと呼ばれるその蟻は、一匹一匹の強さはそれほどでもない。だが、この砂漠で出会う事は死を意味すると言われている。


「もう少し離れておけばよかったか……厄介な数だな、これは」


 ライシールドの前方、遥か彼方の砂丘の向こうから延々と蟻の軍列が続いていた。数えるだけ馬鹿らしい程の蟻が迫ってくる。少なくとも三桁は居る。

 普通に考えて、軍で相手をする規模の大集団だ。少なくとも個人の戦力で相手をする数ではない。ライシールドはそれでも一人で立ち向かう覚悟を決めた。正確には同期しているレインと二人でだが。


硬毛(Hard fur )の鋭腕(sharp claw)


 神器【千手掌】を起動して三本の鋭い爪を持つ鱗毛の熊手を装填、右手にシミター(偃月刀)を構える。

 最初の一匹の頭を三本の爪で抉り潰す。振り抜いた勢いで半回転して、右手のシミターに回転力を乗せてもう一匹の首の間接に叩き込む。柔らかい間接部分と言うこともあるのだろうが、熱した短刀でバター(牛酪)を切るように抵抗もなく振り抜ける。

 そのまま動きを止めずに首を切り落とした蟻の背中に足をかけ、一段上から狙いやすい首の間接にシミターを突き刺し横に払って半ばまで切断し、熊手はその頑丈な腕と爪を使って頭を潰していく。


──神器に無限(Unlimited )の捕食(predation )(arm)が登録されました。


 ようやく最初の一匹が死んだようで、神器に新しい腕が登録された。この蟻の集団を潰し終わったら性能の確認をしよう。

 手の届く範囲の蟻は駆逐した。頭を潰せば確実だが、固くても細い足を片側三本切り落とせば楽に無力化できることに気づいた。シミターで十分外骨格に対抗できる。ならば攻撃力より速度に重きを置いた方が良さそうだ。


(Difficult)(y notice)の腕( needle)


 蛇腹の速度特化の腕を装填。高速で縦横無尽に蟻の間を駆け抜け、右か左の足を三本ずつ切り離していく。立ち上がれずにもがく蟻を無視して更に前の蟻にシミターを振るう。蟻達にとっては数の暴力が通じない悪夢のような時間の始まりだった。




燃鱗(Combustion)( scales)


 火蜥蜴の腕を装填して辺り一面で蠢く蟻に止めを指していく。砂漠の熱と乾燥に耐える硬い外骨格はライシールドの炎をもってしてもびくともしなかったが、切り口から侵入した炎が蟻の内部を侵食し、外骨格を残して中身を焼き尽くす。

 あとに残るのはきれいな形の蟻の殻だけとなる。この殻は防具の素材として非常に重宝されるので、そこそこの値段で取引されているらしい。


「こっちの凍りついた方はどうするのじゃ?」


 ライシールドが無力化した蟻の山を処理していると、アティが凍りついた蟻の壁の処理についての指示を求めてきた。割りとガッチリ凍りついているらしく、気温の下がり始めた夕暮れ時の砂漠の残熱程度では、溶けるどころかびくともしていない。


「このまま置いといても問題ないだろ。明日小聖鏡(たいよう)が昇れば熱気で溶けるだろうし、溶けたらこの辺りの生き物が片付けてくれるだろう」


 と言うか、今から溶かして処理するのが面倒だ。


「完全に日が落ちる前に離れて夜営の準備をしよう。さすがにこの数を相手にすると疲れる」


 戦闘中は興奮していたのでさほど疲れを感じてはいなかったが、戦いが終わると途端に疲労が重くのし掛かってきた。油断すると瞼が落ちそうだ。


「ぼくは風の壁を張ってただけだし、まだ余裕があるから夜番は最初にするよ」


 ククルの言葉に甘えることにして、今はさっさと残りの蟻の山の処理を済ませてしまおう。




 結局処理が終わって移動を開始するまでに一時間、それから三十分ほど先の岩場の側で焚き火を起こすと、ライシールドは食事もそこそこに意識を失った。


「なあククル。我は思うんじゃがな」


 完全に寝入ってしまったライシールドを横目に、携行食をチビチビかじりながら呟く。


「ライは何故か我らに頼ろうとせん。確かに我は精神的には頼りないじゃろう。それは自覚している」


 再開して直ぐの頃の醜態を思い出すと、そう思われても仕方ないと思う。だがそれを差し引いたとしても少し彼女らに対して過保護が過ぎる。ライシールドは一人で片を付けようと行動することが多い。


「今日の蟻だって、我らの方にもっと流しても良かったはずじゃ。戦闘中盤以降は偶に二、三匹来るぐらいで殆どライ一人で行動不能に追い込んでいた訳じゃし」


 熱めに温めた白湯を啜りながら、ククルもその言葉に同意する。確かに彼女らは戦闘においてライシールドの半分も負担していない。それで今までは回ってきたが、今後も知れが通用するかは判らないのだ。


「でも、ライ様はぼく達と違ってウルさんには色々任せていたよね」


 竜皮族(ドラゴニュート)の町で別れた森の案内人であるウルの事を思い出す。あの男は確かにライシールドに信頼されていた節がある。戦闘においてもそれなりに分担し、その仕事をきっちりとこなした。


「まぁ、我らが本当の意味での信頼を勝ち得ていない、と言うことじゃろうな」


 再会時に晒した失態の大きさがアティを保護対象と見做す原因になり、手の中で孵ったククルにいたっては完全に庇護対象である。どちらも対等な位置まで上がるにはまだまだ時間が足りない。


「そういう意味では失点が無いぼくの方が、マイナススタートのアティ姉様よりは有利だよね」


「付き合うた時間の長さでは我の方が一歩も二歩も有利じゃがな」


 お互いに口ではそう言いながらも、どちらも大差無い事は理解している。ライシールドにとって彼女達は唯の旅の同行者だ。まだ本当の意味での仲間ですらないのかもしれない。ましてや異性としての感情等無いに等しいと言っても過言ではないだろう。

 かく言う彼女達にしてもライシールドに対して特別な感情があるかは自分達ですら解らない。アティは過去に受けた恩を返したいと言う気持ちが長い時を掛けて大きくなっただけとも言えるし、ククルは産まれて初めて見た相手であり、卵であった自分を見つけ出し力を与えてくれた(温めてくれた)存在であるという特別感が生んだ、父親に対する好意の延長のようにも感じられる。


「ま、我らの感情云々は時間を掛けて考えればよいが、ライの信頼を勝ち得るにはどうしたら良いんじゃろうな」


「そうだね。アティ姉様は常識と慎みを身に付けることが肝要じゃないかと思うけど」


 妹分にさらりと落とされてちょっと凹むアティ。ククルはそういう感情が素直に出る所は良い所だと思うんですけどね、と擁護しながら笑う。


「ククルは地味に意地が悪い所があると我は思う」


 半泣きで抗議するアティとそれを受け流すククル。どっちが年上だか判らない。


「信頼はそうそう簡単に得られるものじゃないし。少しずつ築き上げていくしかないんじゃないかなぁ」


 そう綺麗に纏めるククル。アティは年上としての面目丸潰れだが、当の本人は気付いていない。


「そろそろアティ姉様は寝てください。今日はライ様とレイン様をゆっくり休ませてあげようよ」


「そうじゃな。では先に休ませてもらおう」


 毛布に包まり、目を閉じる。アティはあっという間に寝息を立て始めた。


「アティ姉様も見えない所で頑張っているんだけどね。ライ様は鈍感だからなー」


 日中の暑さに比べると夜中は氷点下まで一気に下がる。本来なら焚き火程度で補える寒さではないのだが、アティが野営地周辺の気温を火の竜魔法で無理矢理引き上げている。だからこうして快適な夜を過ごしていられるのだ。

 ククルは夜空を見上げる。焚き火の明かり以外に何一つ光源の無い砂漠の空は星の光で満ち溢れている。彼女にとってこうして見るもの全てが初めて見るものであり、心に残る思い出となる。

 この旅は楽しい。何時まで着いていけるかは解らないけれど、少しでも長く一緒に居たいと願う。

 砂漠の夜は静かに過ぎていった。

拙作をお読みいただきまして、ありがとうございます。

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