第02話 薬箱になろう!
「では、まずは水薬からいきましょうか」
言いながら、マリアは法生の前に液体の入った薬瓶を並べていく。
端から透き通った黄色、濃い黄色、原色の黄色。
「これは全て治癒薬になります。具体的には肉体的疲労の回復、治癒力の促進、増血効果もあります。色の濃いものほど効果は高くなります」
法生は栄養ドリンクを髣髴とさせる液体を前に説明を受ける。原色の液体を口にするのは多少の抵抗はあるが、飲まないことには始まらない。
促されるままに、薄いものから順番に飲んでいく。色の薄さは味の薄さと比例しているらしく、最後の原色薬は甘苦い口当たりがきつく、非常に飲みづらい。
次いで青い色の水薬。これも濃度の違う三種類が提示された。精神的疲労の回復、精神汚染の回復促進、催眠覚醒効果もあるらしい。こちらは濃度が上がる程に酸味が強くなる。原色薬はまるで濃縮されたお酢のようで、眠気が吹っ飛んで当然だ。
「さて、基本の六種類を登録したところで、次は各種毒消し類いきましょう」
木箱の蓋を開ける。中には薬なのか毒なのかよくわからない色合いの様々な液体が入った瓶が大量にしまわれていた。
「これが汎用解毒薬です。色の濃いもの程危険度の高い毒の進行を遅らせる効果があります。弱い毒に強い薬をあてると過剰反応で逆に悪化させる場合があります。ご注意下さい」
目の前に並べられた緑色の液体を飲み干していく。薄いものは仄かな甘みで割合飲みやすいが、原色は甘過ぎて頭が痛くなった。
その後、個々の毒に対応した解毒薬を片付けてゆく。一向に空にならない木箱に疑問を感じる余裕もなく、次々差し出される薬をなんとか片付けていき、ようやく解毒エリアを乗り切った。
次を差し出そうとするマリアを手で制し、懇願する。
「……ごめん、ちょっと休憩を……うぷ」
どう頑張っても一滴たりとて入らない。
「限界のようですね。一旦登録作業は中断しましょう」
机の上の空き瓶を片付け、法生の目の前を広く開ける。空になった瓶は木箱に無造作に放り込んでいく。容量を超えているはずだが、一向に限界は訪れない。
なんとも不思議な光景にようやく気付き、首をひねる。それに気付いたマリアがそのからくりを教えてくれる。
「この木箱は神域の薬品庫に繋いであります。先程までの薬はあちらから直接取り出されたものです。空き瓶は向こうで分解、再構成されて、素材庫の方に運ばれます」
全自動御片付機能とは便利なものだ、と感心する法生。整理整頓は最低限主義の彼にしてみれば、垂涎の一品だ。なんとか手に入らないものかと真剣に悩んでいる。
そんな益体もない事をのんきに考えている法生の前に、マリアはプレースマットのような赤い布を敷いた。
「今度は登録されたものを取り出して見ましょう。目録閲覧と唱えていただけますか?」
「えっと、目録閲覧」
言われるままに声に出すと、脳裏に先程まで必死で腹に収めた薬品類の一覧が浮かんできた。
「目録は仏具に付随する力です。慣れれば声に出さずに出来るようになります。まずは治癒薬三種を取り出して見ましょうか」
目録の中から目当てのものを探し当てる為に、目録検索を使う。薬品名や効能、目的からの逆引きなど色々便利な機能がある。効能:肉体的疲労の回復、で出てきた三本を選択。
「右手をマットの上にかざして生成を選択してください」
言われたとおり、右手をかざし、生成を選ぶ。掌が淡い光を放ち、マットの上に液体の入った薬瓶が三本、生成されていた。生成作業が終わると、法生は軽い倦怠感を覚えた。
「はい、問題なく生成されていますね。効能も問題なし。完全に再現されています」
生成された薬を手に取り、空いた手を翳して頷くと薬品を木箱に仕舞う。
「登録された薬を各一つずつ、生成してください。それが終わったら少し休憩を挟んで登録作業を再開しましょう」
法生は脳裏に浮かぶ一覧を登録順で検索し直すと、治癒薬の次から順番に生成作業に移る。
「生成すると微妙にダルさを感じるんですが、これは問題ありませんか?」
生成の数を重ねるごとに澱のように蓄積されていく疲労を感じる。気のせいとは言い切れないそれが異常ではないと言い切る自信も根拠もない。分からなければ聞けばいいが彼の持論だ。
「自身の内在するあらゆるものから少しずつ借りてきて変換準備し、原初からの力を自分自身を通して必要な形に改変し、世界に働きかけて事象を再構築する際に消耗する感覚。
魔法、各種術式、技能を代表とした、強引に自分にとって都合のいい現象を世界に認めさせる力を引き出す為に対価として失う喪失感、とでもいいましょうか」
消耗、喪失と微妙に怖い単語が出てきた。そんな法生の不安に気付いたマリアは説明を続ける。
「馴染みのある単語を使って説明しましょう。消耗する力とは精神力、MPと表現したほうが解り易いでしょうか。この精神力は世界を構成する力を改変する際に消耗する力であり、汲み出されて消費されたそれは時間を対価として再び汲み入れられる。つまりは回復します」
使い捨ての消耗品ではないと判り、法生は胸を撫で下ろした。そして考えるまでもなく、取り返しつかないものをこうして無駄撃ちのように消費する訳がないということにも同時に気付いた。
「ご安心いただけましたか?」
「はい。気を使っていただいてありがとうございます」
ばつの悪さに痒くもない後頭部を掻き、頭を下げた。
「異なる法則を当たり前とする方に対して、配慮が足りませんでした。事前に説明すべき所を気付けなかったのは、私の落ち度です。申し訳ありません」
姿勢を正し頭を下げるマリアを見て、法生は慌てて立ち上がった。
「あああ、頭を上げてください! 取り返しの付かないことならともかく、この程度でそこまでしないでも……」
マリアはゆっくりと頭を上げると、目を閉じて首を振った。
「取り返しの付かない事態になった可能性がありました。消耗の、喪失感の意味を知らず、萎縮して躊躇いを覚えることで致命的な失敗につながる可能性がありました」
言われて気づく。自分が何をするためにここでこうしているのかを。被害を抑え、誰かを、何かを助けるためということは、失敗は出来ないと言うことだ。
「確かに、そう言われて見るとゾッとしない話になりますが……。今のうちに気付いてよかったということで」
「そうですね。他に気になること、疑問に思うことはありませんか?」
実はずっと気になっていることがあった。言い出す機会が無かったので後回しにしていたが、せっかくの機会なので聞いておこうか。
「賽の河原的な所で僕と念話みたいなのしてたのは、マリアさんであってますよね?」
「はい。私ですが……?」
疑問の意図がわからないと首を傾げるマリアを見て確信する。
「あの念話的なのって、何か条件とか制約とかあるんですか? 今は出来てないみたいですけど」
彼女は言われて初めて思い至ったとばかりに目を見開いた。
「やはり……私は足りませんね。常識が異なるということがこれほど難しいとは、気付きませんでした」
彼女は法生に座るように促すと、自らも腰を下ろした。
「まず、技能としての念話は双方が修得している、もしくは合意の下で線を繋いだもの同士が表層意識下で会話を成立させるもので、一般に念話と言うとこちらをさします。睡眠時等、精神状態が著しく無抵抗に近い場合、波長が合えば交信が可能な場合はありますが」
死にかけの状態も精神的には不安定だから、交信できても不思議ではないって事か。
「まてよ? 一般、と言うからには他にもあるって事ですか?」
「はい。私が使用したものは管理者権限を持つ者のみが使用出来る統合技術の一つで、思考合一と言うものです。いくつか使用条件がありまして、相手の合意を求めずに行うには、神域で肉の器を持たない状態で存在している必要があります」
つまりあの河原は神域の一部だったというわけか、と納得した。
「つまり、どちらにしても今は使えないってことですね」
まとめると、念話は死に掛けのときは波長が合えば使えるから不思議はない。今は合意手続きがない以上使えなくて当たり前。思考合一は神域で肉体から離れた状態だったのでいけたが、今はちゃんと体があるから使えなくて当然と言うことか。
「はい。ここは神域の一部ですが、受肉された方に一方的に行使することは許可されておりませんので。無論、念話は双方の合意が前提なので、今、ここで使えないのは不思議でも何でもありません」
つまり、許可を得ることが出来れば行使できる、とも読み取れる。まぁ読まれて困ることを考えていないから大丈夫。……たぶん、大丈夫、かなぁ?
「意思疎通でもう一つ、疑問を感じているであろう事柄を思いつきました」
彼女は指を一本立てると、上目遣いで申し訳なさそうに言った。
「異なる世界、異なる言語、なのに自然と意思疎通が出来ているということ。私は意識せず当たり前としていることですが、やはり疑問に感じますよね」
そう。法生にはきちんと日本語で聞こえている。話す言葉も日本語で発音しているつもりだ。だがマリアの口元をしっかり見ていると、唇の動きが聞こえてくる言葉と違うのだ。
「まぁ、疑問は感じていたけれど、そっちはまぁ、不思議パワーでこう……どうにかしてるんだろうな的に考えていました」
便利だし、害もなさそうだし。
「こちらは技能、翻訳を一時貸与させていただいております。技能を通して言語変換していますので、単語は意味から造語される場合がありますが、全体的な意味としてはきちんと通じていると思っていただいて結構です。後、問題視されておられないようですが、会話と読解は問題ありませんが筆記は出来ません。また、依頼が完了した際にはこの技能は回収させて頂くことになっています」
「それは一大事だ。回収されたら僕は生きていく自信が無い……」
いきなり言葉がわからない、常識も違う世界で生活していく困難に立ち向かう等、恐ろしすぎる。
「救済措置は取らせていただきますのでご安心を」
「ご配慮、痛み入ります」
本心から思う。いきなり放り出されることが無いと判っただけだが、どうにかなるだろう。
……どうにかなるよね?
「そろそろ登録作業を再開しましょうか。すこし時間が押しています」
言いながらマリアが木箱を開く。さあ、薬漬け再びだ。
拙作をお読みいただきまして、ありがとうございます。
15/09/19
一時付与→一時貸与