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第55話 香気(Side:Rayshield)

 行きと比べて疾風の森林(ゲイルフォレスト)を抜けるのは非常に楽だった。クルルを気遣う風竜が森の木を下がらせて街道までの道を作ってしまったからだ。


「なんと言うか、親馬鹿だな」


 街道から振り返り、塞がっていく森を見ながらウルが呆れていた。


「産まれたばかりの大事な娘を旅に出すんじゃ。納得済みとは言え心配なのは仕方なかろう」


 アティはそう言いながら、クルルの頭を撫でる。同じ竜種同士だからか単に同性同士だからか彼女達は割りと気が合うようだ。


「そうですよ。ウルさんも自分のお子さんが手の届かない所に行けば心配になるでしょう?」


 クルルの肩の上でレインが同意する。はっきりとした性別は無いのだが、やはり外見に引き摺られるのか女性陣寄りの模様だ。


「いや、まぁそりゃ心配だけどさ。うちの息子は大丈夫そうなんだよな」


 まったく心配無いとは思っていない。だがどんな事態になっても何とかなりそうな予感を感じる。息子と言う贔屓目を抜きにしても、ウルにとって息子の底は見えない。


「あいつ、絶対なんか隠し玉持ってるんだよな。俺にも教えやがらねぇ」


 弓に自然魔術(ナチュラルミーンス)付与術(グラントメント)、更には隠蔽(ハイディング)隠密(ステルス)等の技能(スキル)も所持している。これだけ手数が多ければいざと言う時に選べる選択肢も多いに違いない。その上で何か手を隠しているのだとしたら、大抵の危機は切り抜けられるだろう。


「ウルの息子は優秀なんだな」


 唯一風竜の過保護話に無関心だったライシールドだが、ウルの息子には興味があるようだ。どちらかといえば、程度だが。


「そりゃ俺の息子だぜ。撃てば百発百中、矢の強化で攻撃力も高いし、隠れりゃそうは見つからない。仕留めた獲物の処理も上手いと完璧だな」


 猟師としてなら食いっぱぐれないに違いない。それに生存能力の高さが伺える。旅をする上では非常に重宝しそうな人材だ。後衛としての能力は未知数だが、下手な冒険者と比べるならウルの息子の方に軍配が上がるだろう。


「ねぇ、ウルさんも十分親馬鹿だと思うんだけど。ぼくのとこが親馬鹿なのは異論は無いけどね」


 クルルの抗議ももっともだ。ウルに風竜の事を呆れる資格はない。


「無駄話は終わりだ。前に小鬼(ゴブリン)の集団がいる」


 弓を手に取ると技能を発動して姿を消した。レインがライシールドの懐に入り込み、彼もシミター(偃月刀)を抜いた。前方が騒がしくなってきた。ウルの援護に行くとしよう。




 焚き火の中で薪が爆ぜる音が辺りに響く。深夜の森の中で、ライシールドは周りの仲間の寝息を感じ取り、その先の叢の中にいる虫の音を頼りに位置を探る。その先の深い闇の奥に何かの気配は感じられない。ライシールドはこの旅の間に約十メル(メートル)の距離の気配を察知できるようになっていた。


「まだ駄目だな。ウルの気配が全然わからん」


 目の前で寝ているはずのウルの気配をまったく感じ取れない。隠密(ステルス)だけ発動させているらしく、視覚的には木立に背を預けて腕を組んで目を閉じるウルが見えている。なのに息遣い一つ感じられない。


「んー? ライ様何が判らないの?」


 ライシールドの横でアティの抱き枕になっていたククルが目を覚ました。アティの腕の隙間から這い出すと、ライシールドの隣にちょこんと座った。


「気配を探るのが苦手でな。毎日練習しているんだが、未だにウルの隠密(ステルス)を見抜けない」


 眠そうな顔で笑うと、ククルは眠気で呂律が回らない口を開く。


「ウルさんの隠密(あれ)は特別製だから、ぼくでも油断すると見失うもん~」


 ふにゃっと体の力が抜け、ライシールドに寄りかかる。


「特別製?」


「あれはね、皆が使ってる隠密(ステルス)とちょっと違うの。普通のは気配を回りに馴染ませるだけだけど、ウルのは薄皮一枚世界をずらしてこっちから消えちゃうの」


 ずるずると頭がずり落ちていき、ライシールドの膝の上に収まる。


「世界をずらして消える?」


「うん、それでねー……世界がずれるからー……こっちも感覚の目をー……ずら……」


 必死で眠気と戦いながらライシールドに答えようとしていたが、遂に堪えきれずに陥落した。続きが気になったが流石に起こす訳にもいかない。膝の上のククルの頭をそのままに、目の前のウルを見る。


「世界がずれた者を感じ取るには、こちらもずらす必要がある、と言うことか」


 とは言え、世界をずらすと言うことがどういうことなのか。それがさっぱり解らない。結局交代時間までライシールドは苦悩する事になった。




 結局ククルがライシールドの膝を解放したのは夜も明けかけた最後の順番、つまりはククルの番までぐっすりだった訳だ。途中ウルにからかわれ、アティはずるいずるいと小声で抗議した。結局ククルと交代で膝を貸すという話がライシールド本人の意思を無視してアティの中で決定し、ククルが起きると同時に反対側の膝が占領された。

 逃げる隙も無かった。起きたククルも寝ぼけ眼でアティを見て、ライシールドを見て、何かを納得したように頷くと少し離れて手を振った。

 ライシールドはもうどうにでもなれ、と座ったままで再び目を閉じる。しかし当のアティは寝付けないのか、頭をもぞもぞ動かすものだから、落ち着かなくてまったく寝られない。


「アティ、寝ないのなら膝を返せ」


「ね、寝るよ! ぐーぐー」


 なにやら焦ったような声でわざとらしく寝息を立て始める。呆れて言葉も出なくなったライシールドは、小声でククルを呼び寄せる。


「夜中に起きた時に、俺とした話の事は覚えているか?」


 隣に腰掛けたククルに問うと、彼女は額に人差し指を当てて思い出そうと考える。目を瞑って記憶を辿ることしばし、数秒の沈黙の後思い出したのか小さく手を叩いた。


「ウルさんの隠密(ステルス)の話、だったっけ?」


「それだ」


 世界をずらすとは一体どう言うことなのか。それをどうやって観るのか。


「普通は草木の一部になったり、空気に溶け込む感じだけれども、ウルさんの場合は草木や空気の扉を開けて、向こう側に隠れる感じ」


 ククルが必死に言葉を選んで伝えようとしてくれる。やはり今一解り辛いが、朧気ながらに言葉の意味は掴めてきた。


「世界の扉を開いて向こう側に隠れても、どうしても隠れた扉の形に隙間ができるから、その違和感を感じ取れたらまずは第一段階突破だよ」


 そこから先は、違和感を具体的な感覚として捕らえ、扉の隙間からその先に潜むものを捉える。捉えた相手を見失わないように絶えず感覚の手を伸ばし続ける、と続いた。

 想像は出来たが、やはりどうやって世界の隙間を見つけ出せるかが解らない。


「これが出来るようになれば、普通の気配察知なんか簡単に出来るよ」


 結局、ククルの担当時間一杯まで粘ってみたが、世界の隙間を見つけ出せなかった。そう簡単には行かないみたいだ。




「おかしいな。魔物処か野生の兎一匹見当たらない」


 半日程進んだ所で、ウルは立ち止まって首を捻った。彼の経験上、襲ってくるような大物がいないのはともかく、茂みに隠れて様子を伺う小動物位は気配を常に感じられる筈だ。

 だが、夜営地を撤収して森を進むこと半日、全く気配を感じられない。こんなことは長い猟師経験でも初めてである。


「ククルちゃん、何かやってないかい?」


 微かに嗅いだことのある匂いを感じ、ウルは鼻を引くつかせる。クルルが答える前に、アティが口を挟んでくる。


「これは小鬼の臭いじゃな。それも危険を感じたときに発する警戒臭じゃろう」


 アティの言葉にククルは嬉しそうに手を叩く。


「アティ姉様、正解です! 先日の小鬼と戦った時に感じ取った臭気を風の竜魔法(ドラゴンユース)でずっと前方まで漂わせているんです」


 戦闘の気配をその臭気に感じ取って、前方に居る、小鬼と渡り合えないものは皆遠ざかっていくらしい。

 ククルの特異技能(ユニークスキル)香気なる者(フレグランス)の能力の一つだと言う。嗅ぎ捕った匂いを再現する力だそうだ。

 逆に血臭や肉の焼ける香り等も再現できるそうで、獲物を引き寄せることも可能だと言う。


「凄い能力だし、道中の煩わしさを軽減してくれたのはありがたい。だが、次からは何かするときは相談してくれ」


 今回は旅程において非常に助かった。しかし逆に足枷になる場合だってないとは言えない。事前に知っているかどうかで対応も変わる訳だし、事故は未然に防ぐに限る。


「はーい、ライ様」


 素直に頭を下げ、一旦香気を止める。微かに流れていた空気の動きも止まり、意識していなかった森の緑の香りが鼻をくすぐる。


「違和感が消えたな。小動物の気配が戻ってきた」


 ウルの感覚の網に、いくつかの生き物の気配が戻ってきた。普段通りの森の様子にほっと安堵の吐息を漏らした。やはり原因不明の不自然な空気は神経を使うらしい。


「ククルちゃん、次から小物避けにはこの匂いを使ってくれるかい?」


 ウルの差し出す小さな瓶の蓋を開けると、中から特殊な癖を感じる甘い香りが漂ってきた。


「これは彷徨靫葛ワンダリングネペンテスって言う捕食罠を持った植物系の魔物の蜜で、腹一杯の時に身を守るために分泌される。ある程度までの魔物や野性動物はこの匂いが危険な植物の臭いだと知ってるから、近付いてこないんだ」


 彷徨靫葛の名前には聞き覚えがあった。ライシールドの神器【千手掌】に登録されている蔓の腕の魔物がそんな名前だった筈だ。

 逆に空腹時には魔物を寄せる香気を出すのだが、今は必要ないだろう。


「確かにちょっと嫌な臭いだね。女の子的にはあまり出したくない臭いだなー。ライ様、嫌いにならないでね」


 顔をしかめて香気を覚えると、心配そうな顔でライシールドを見た。


「その程度で人の価値は決めないから安心しろ」


 幼い頃から姉以外に心を許す相手が居なかったライシールドに、他人を好きになると言う感情はよく解らない。だからこそ異性の裸に大きな反応もなければ膝枕程度では動じない。

 彼の対人基準は強いか弱いか。若しくは敵か味方かでしか考えない。神の依頼で歴史改竄の修正に奔走し、人と触れ合ううちに多少変化したとは言え、やはり根源にある価値観は早々変わるものでもない。


「ククルが障害を潰してくれるならありがたい。さっさと竜皮族(ドラゴニュート)の町まで戻ろう」


 そこでウルと別れ、今度は森人(エルフ)の大森林の北にある禁忌の砂漠(アントロデンデザート)に行かねばならない。

 出来ればアティとククルとも別れて身軽になりたい所だが、ククルは同行させると約束してしまったし、そうなるとアティは意地でも着いてくるだろう。

 とりあえず町に着いたら一人の時間が欲しい、そう切実に思うライシールドだった。


「まぁ、無理な予感はするがな」


 せめて一泊して一晩ぐらいは一人静かに過ごさせてくれ……と願わずにはいられなかった。

拙作をお読みいただきまして、ありがとうございます。

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