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第53話 風の管理者(Side:Rayshield)

「こりゃあ完全に嵌まったな」


 ウルの言葉通り、彼らは捕らえれていた。進めども戻れども曲がろうとも、歪んだ道筋のままに巡り戻らされる森と風の迷路に。




 風児(ブリーズインファント)との戦いを終え、目的地が近くにあると知ったライシールド達は、風児の逃げ去った後を追って森を進んだ。

 途中までは順調に追跡出来ていたのだが、いつの間にか風児の密度が落ち、徐々に数が減り、最後の一匹を見失ってから既に数十分が過ぎていた。

 見失って直ぐに踵を返し、自分達の通った痕跡を辿ったのだが、暫く進むと痕跡がふっつりと消えた。踏み潰した草が自力で起き上がったわけでも、踏み締めた地面を風が運んだ落ち葉が覆い隠したわけでもなく、ある地点で急に無くなったのだ。ライシールド達が正にそこから歩き始めたように、その場所から先は誰も踏み込んだことのない茂みのように乱れひとつない。

 野外活動の玄人(プロ)であるウルの目をもってしても、それは偽装ではなく本当に誰も通っていない叢だと言う。

 その場に目立つ目印を作り真っ直ぐ西に進んでいくとそれなりの距離を進んだとき、前方に何かが歩いたような道を見つけた。


「これは、俺達の歩いた痕跡だな」


 ウルの鑑定結果に因るとここはおそらく風児を見失って引き返した地点だと言う。ここにも大きく目印を作って痕跡を辿る。程なく最初に印をつけた地点に辿り着いた。

 今度は北へ真っ直ぐ進んでみた。延々と歩くとやはり目印に辿り着く。どうやら東西南北に五百メル(メートル)四方の閉鎖空間に閉じ込められたようだ。


「この手の閉鎖空間の罠は、範囲の中心に何か発生源となるものがあるはずなんだが」


 今判明している境界点は一つだけ。最初に痕跡が途絶えた地点に設置した目印がそれだ。まずそこから西に二百五十メル(メートル)までロープを持って進み、今度は目印から東側にロープを伸ばす。ここが等距離だと言うことが確認できたので、まずはここを中心に北に向かって扇状に二百五十メル(メートル)捜索を開始する。


「こちら側にはなにもないな。と言うことは南側か?」


 南側も同じように扇状に捜索。やはりめぼしいものはなにもなさそうだ。


「うーん、根本的になにか間違っているのか?」


 アティの所まで戻ってくると、ウルは首を捻る。東西の軸の中心は間違っていないはずだ。そこから扇状に二百五十メル(メートル)ずつ捜索すれば何処かで中心点を見つけられると思ったのだが、これでは総当たりと大差なくなってしまう。


「さっきから二人は何をしているのじゃ?」


 今更な事を訊いてくるアティに、ライシールドは呆れた顔で「さっき説明……」と答えようとしたところで、そういえば説明していないことに気付いた。


「そうか、火竜殿には説明してなかったな」


 ウルは今自分達の置かれている状況、それに対して行っている対策、この罠の性質等を説明していく。


「つまり、中心にある“何か”を見つけ出す必要があるということじゃな?」


 ウルは頷く。言葉にすると簡単だが、実際に探すとなると大変なのは先ほど実感済みだ。

 アティは形の良い鼻をすんすんと鳴らすと、首を傾げて足下を見た。


「ここじゃ」


「何が?」


 足下を指差すアティにライシールドが問う。アティは得意げに腕を組むと足下の地面をとんとんと踏んで示した。


「ここが中心じゃ。この真下になにやら風の精霊力に偏った物が埋まっておる」


 アティのいう場所を掘ってみると、確かに子供の頭程の卵のような楕円形の石が見つかった。風の精霊力とやらがどういったものなのかは解らないが、確かに何か強い力を感じる。


「これを壊せば良いのか?」


 ライシールドは神器【千手掌】を起動、破壊の(Huge arms )(destru)(ction)を装填して石を掴む。少し力を入れると、何か神器越しに吸い取られるような感覚を感じると同時に石がビクリと震えた。


「……今、この石動いたぞ」


「ああ、俺も見た。確かにちょっと震えたな」


 試しにもう一度握ってみる。やはり吸い取られるような感覚を感じる。巨人の手の中でそれは鼓動を開始し、段々と大きく動き始めた。


「なぁ、我は思うんだが、これって孵りそうなんじゃないか?」


 卵形の石だと思っていたものは、実は石っぽい卵だったと言うことか。ライシールドは握った手を開いた。掌の上で動く石のような卵を見ていると、内側から押し開くようにして表面に罅が入り始めた。


「おい、空を見てみろ!」


 ライシールドが頭上を見上げると、手の上の卵と同様に空に罅が入り始めた。卵の罅が広がるのに合わせるかのように、空に広がった罅は彼らの周りの空間にも無数に走っていく。


「卵が割れるぞ」


 殻が砕け散り、中から風が噴出した。飛び散る殻から目を護るために、思わず瞼を閉じてしまう。風が収まるのを感じ、目を開くと掌の上には一匹の白い蛇の姿があった。


「こいつを護るために張られた結界だったんじゃないか? さっきまでの閉鎖空間は」


 ウルが掌の上で丸くなっている白蛇を見ながら言った。

 よく見てみると、見た目は唯の白い蛇のようだが背中に小さな一対の羽が生えている。真っ白な鳥のような羽で時折パタパタと動かしている。


「これは風竜の最上位、ケツァルコアトル(羽毛ある蛇)の仔じゃな」


 ケツァルコアトルは風を司る竜種の中でももっとも強大な力を持つと言われ、中でも最も年経たケツァルコアトルは風の神と崇められた時期もあったらしい。

 近年はその姿を見ることは無く、この大陸からは姿を消したと云われていた。


「そうか。彼らはここに居たのか」


 森の狩猟民であった森人(エルフ)に農耕を伝え、穴倉の同居者であった地人(ドワーフ)に火の御し方を伝えたと云われる彼らは、古くから文化を尊ぶ穏やかな竜として知られていた。

 平地の民であった人族が力をつけ、至る所に姿を現すようになると多くの種がその地を離れる選択をした。そのうちの一種がこの風竜達だ。人の前に現れたのは六英雄の時代後期に、英雄の一人に風の加護を授けたのを最後に途絶えていた。


──人の子らよ。


 突然ライシールド達の脳内に直接声が響いた。


「我は人の子ではないがな」


──失礼した、火竜の娘よ。我は風竜ケツァルコアトルが一族の長。そこの我らの娘をお返し願いたい。


 ライシールドの手の中の白蛇の事だろう。別に連れて帰るつもりもなかったので、返すのは吝かではない。ウルは一歩下がると後ろを向いた。自分はここから先は関わってはいけないと直感した。


「それはかまわないが、一つ聞きたいことがある」


──なんだ? 人の子よ。


「大陸結界を維持しているのは貴方達か?」


 空気が変わる。それは神域と彼らとの間で結ばれた契約で、他の誰にも知られることの無いもののはずである。それを知っているライシールドと言う存在に対して強い警戒を感じていた。


──そちらに波長を合わせよう。


 ライシールド達の周りの木々が退く。何かを恐れるように、何かを敬うように身を寄せ合い、頭を垂れて空間を開ける。

 そうして出来た場所に、唐突に真っ白な蛇が現れた。見上げるほどに大きく、見渡すほどに長い尾をくねらせて。背中には二対四枚の純白の翼が広がっていた。


「さて、人の子よ。何故それを知っている」


 風竜が蛇のような目でライシールドをじっと見据える。臆することなく懐から一つの白い宝玉を取り出し、風竜に見せた。


「それは、それは神域からの知らせか!」


「封印の維持をしている者に渡せと言われている。貴方は封印の維持者か?」


 目を見開く風竜が叫び、ライシールドが問う。


「そうだ。我が南を維持する風の番人だ。それを寄越せ」


 風竜は待っていたのだ。神域からの次の指示を。この地を護り続ける意味があるのかの答えを。


──うん。間違いないと思うよ。大丈夫、宝珠を渡して。


 ライシールドと同期中のレインの言葉に従い、白い宝珠を差し出す。風竜はそれを咥えると力任せに噛み砕いた。


「おお、マリア殿の声が聞こえる。……『追放者』の駆逐は成った? そうか、災厄は終わったのか。大陸の解放を持って我らを解放する? 遂にこの地に縛られる役目を終えることが出来るのか!」


 空を見上げ、目を瞑って風竜は言葉を紡ぐ。その声は歓喜に溢れ、自由の到来にその口の端に喜色を浮かべた。


「人の子よ! 良くぞここまで届けてくれた。我ら風竜はお主の所業を決して忘れぬ。この恩は必ずや返すぞ」


 そしてライシールドの手の中で眠る小さな白蛇を見て、目を細めるとライシールドを再び見た。


「火竜殿、そして人の子よ。その娘を外の世界に連れて行ってはくれまいか」


 頭を下げる。下げられてもライシールドとしても困るのだが。


「俺達はこれからも宝珠を届ける依頼を続ける。おそらく危険な場所に行くことも多いだろう。産まれたての竜の子を連れて行くのは危険すぎる気がするが」


「火竜殿が居られる以上、滅多なことはおきますまい。封印が全て解かれるまでは我らはこの地を離れられない。この産まれたての娘にまでそのような窮屈な思いをさせたくないのだ」


 外を見せてやって欲しい、と言うことらしい。その気持ちは解る。しかしうちの火竜様を随分と当てにしているようだがちょっとそれは危険ではないだろうか。


「アティはちょっと頼りに成らないと思うのだが、それでも連れて行けと?」


「我が目に映る火竜殿の内在する力は恐ろしく高い。この方を頼りないとされるなら、他の誰を頼れようか」


 力だけを見れば確かにアティは規格外だ。だがその中身も規格外の駄目っぷりなのだが。


「任せるが良い! 我が必ずやこの娘を護ってやろう!」


 どう説得すべきかと考えているうちに、アティは安請け合いしてしまう。今更断れる空気でもない。もうどうにでもなれといった心境でアティに丸投げすることにした。


「火竜殿、感謝する。その娘はククルと名付ける。我が力と知識を分け与え、人の身となりて大陸の今の在り様を見聞してくるが良い。無事の帰還を待っている」


 手の中の白蛇がぐんぐんと大きくなり一メル(メートル)程まで大きくなった所で光り始め、眩しさに思わず目を覆って白蛇を取り落としてしまう。慌てて捕まえようとする手をするりと抜けると、二本の足で地に立った。


「初めまして、ぼくはククル。火竜様、我らの解放者様、どうぞよろしくお願いします」


「うむ。我は灼鱗のアティック・ローズ、アティと呼ぶが良い」


「ライシールドだ。ライで良い。それよりも、だ」


 ライシールドはマント(袖無外套)を外すとククルに頭から被せた。

 ククルは首の辺りまで伸びた白髪で銀目、身長は百五十メル(メートル)程の小柄な少女だった。幼さを残した少年っぽい中性の雰囲気で、非常に整っている。

 そして全裸。またしても全裸。あれか、竜族は皆裸で無いと気が済まないのか。


「ライ様、ぼくの身体はお気に召さなかった?」


 首だけ出して、恥ずかしげも無くそんなことを聞いてくる。体系に似合わぬ大きな胸がマントを押し上げ、首をかしげるククルの動きに合わせてゆっさりと揺れる。お気に召すとか召さないとかじゃない。初対面でいきなり全裸は駄目だろう。


「何でも良いから服を着てくれ」


 顔を手で蔽い、諦めにも似た声で願った。

 一つ目の封印は解け、厄介な同行者がまた一人増えたのだった。

拙作をお読みいただきまして、ありがとうございます。

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