第52話 風の生まれる場所(Side:Rayshield)
今日も八時投稿です。
「それで、今まで何人もの冒険家が挑み、誰一人として戻らなかった魔の海域を往来する術に心当たりがおありですか?」
ペタソスは冷静にライシールドの様子を伺う。もしそんなことが可能なら、手付かずの宝の山をヘルメス商会で独占できる。
しかしライシールドは首を降る。当然だ。彼が知っているのは魔の海域の渡り方ではない。魔の海域が無くなる日だ。
「今はまだ無理だ」
ペタソスは考える。今はまだ無理。つまり何時かは可能になると言うことだ。ならばそれは何時だ。どのようにしてそれを知るのだ。
「俺は今、それを可能にするために動いている」
ライシールドの働き次第ではそれが可能になり、逆に彼が失敗すればそれは成らないと言うことか。
ライシールドが何故それを可能にする必要があるのか。誰かに頼まれたか。自らの目的のためか。そのどちらかかもしれないし、どちらでもないかもしれない。
情報が足りない。
「いつとも知れぬ話となると、夢物語と変わりませんな」
ライシールドに挑む。情報を寄越せ、あやふやな例え話ではなく、しっかりと地に足の着いた情報を差し出せ。
「まず俺が事を成さねば外海への道は閉じたままだ。俺はこれから大陸の四箇所を回り、手続きをしてくる。一箇所片付く事に知らせを出す。ヘルメス商会はなにもしなくていいが、俺の進捗具合に合わせて外海交易に手を出すか考えてくれ」
情報が出た。四箇所、手続き。何らかの手順を踏むことで何が起き、どうなるのかは判らないが外海への道が拓けるのは確実らしい。そして重要な単語、交易。相手が居て初めて成り立つ行為。つまり、外海には大陸があり、大陸には交渉相手が居ると言うことだ。
顔には出さないが内心で北叟笑む。商売相手が居ると言うことは、交渉が効くと言うことだ。あちらで要用な物をこちらで手配し、こちらで希少なものをあちらから持ち帰る。行きも帰りも儲けになると言うことだ。
「外海への道が拓け、ヘルメス商会がその道を行くと決めたなら、俺をその船に乗せてくれ。それをもって恩の返済とさせてもらう。外海に出ないと決めたなら報せてくれ。別の宛を探す」
冗談ではない。余所に一番乗りなどさせてたまるか。
「ライシールド様の事が成るのを一日千秋の思いでお待ち致しますよ」
遠回しな許諾表明。口の固い者だけを集めて今後の計画を立てるとしよう。長期の航海と大量の荷物を運べる船の設計も、商会の力で技術者を抱き込んで進めなければ。
やらねばいけないことは多い。秘密裏に、彼のペースを見極めて、早すぎず、遅すぎない準備の計画を進めよう。
「上手く乗ってくれたな」
──あれなら私たちが結界を片付けたら確実に船を出すでしょう。
ライシールドからしたら、別に海運業がしたい訳ではないのだ。誰が利益を得ようがどうでもいいことだ。要は船の往来が成ればいいだけなのだから。
「大それた事を考えるものじゃな。大陸を飛び出し、海の向こうを目指すとは。流石は我の認めた男じゃ」
「別にアティに認められる筋合いもないんだがな」
ひどい! 冷たい! と半泣きで抗議するアティを適当に交わしながら、中の王国側に移動していくペタソス達を見送った。
因みに護衛の冒険者達はヘルメス商会の護衛部就職試験をかねていたらしく、実力的には問題なかったが性格的に難有りと言うことで、今回の採用は見送られたとの事だ。彼らよりも有能に見えるライシールドを誘ったのはそういう事情もあって事だったようだ。その旨、ペタソス側から護衛の取った失礼な態度の謝罪があった。
ライシールドがアルゴス商会が今回の襲撃に関わっている旨を教えると、ペタソスは本気で彼を得られなかったことを悔やんだ。戦闘力があり、且つ捕縛者から短時間で情報を得る術を持つ護衛となると中々居ない。
とは言え、今ここで抱え込むよりも自由に目的を達成させる方が益は大きいのだから、得られなくても損はしていない。あっさり引いたのはそういう事情もあってのことだろう。
ペタソス達の姿が門の向こうに消えたのを確認して、ライシールド達も街道を南に戻った。
途中の宿で泊まりつつ、二日程南下した辺りで当初の目的地である疾風の森林に入る。最初に設定していた突入予定地点からは大分北に離れてしまうが、中心部までのおおよその距離は誤差程度で済むはずだ。
街道周辺は殆ど風の影響はないが、百メルも進むと大分強い風が吹くようになってくる。木々を盾にしながら風上に向かって進む。
「この辺りから、風向きが急に変わる事があるから気をつけてくれ」
何とか歩ける程度の風圧に苦労しながら東南に進む。所々風の弱い場所が点在しているが、そこを超えると急に背後から風が来たり、横殴りの突風が襲ってきたりと油断ならない。
「これは駄目だな、今日は風が悪い。ここで野営の準備をしよう」
ウルが風の弱い場所に入ったところで提案する。思った以上に疲労していたようで、流石のライシールドも思わず安堵の溜息を漏らした。ちなみにアティは疲労した様子も無い。疲労軽減のブーツの効果か、アティ自身の体力のなせる業か。
「獲物の気配も感じないし、今日は携行食で済ませてさっさと寝よう」
体力を回復して明日に備えることが大切だ。アティが元気一杯に「夜番は我が一番にやろう!」と買って出てくれたのでありがたく先に寝かせてもらうことにしよう。
「電翅の腕」
出鱈目に吹く風の中、ライシールドは紫電の腕を装填して見えない敵に備える。紫電結界の範囲内には無数の何かの反応を感知しているが、目の前には何一つ見えない。
「ライ、これは風児じゃ」
何も無い空間に氷の鞭を振るうと、透明な何かが凍り付いて地面に転がる。どうやら属性や特殊な武器でなら攻撃が通るらしい。ライシールドも紫電結界の反応を頼りに神域製のシミターを振るう。微かに何かを斬ったような手応えを感じる。
──神器に微風の腕が登録されました。
なんとも微妙な名前の腕が登録されたものだ。役に立ちそうも無い。等と思っていると、レインからお叱りを頂いた。
──この腕は攻撃力よりも特殊効果に真価があるんだよ!
攻撃力は無いに等しいが、隠蔽の技能効果を発動できる。隠密が無いので視覚聴覚のみに対してだが、姿を隠すことが出来ると言うのは大きな強みには違いない。
更には隠蔽の使用感覚を得る事が出来るので、熟練すれば技能取得もできるかもしれない。非常に優秀な腕であると言える。
──以上、脳筋のライにも解りやすい解説でした。
脳筋は余計だ、と心の中で悪態をつきつつも風児を殲滅していく。紫電結界で風児が密集している場所を探してその辺りをひたすら切り続ける。
「おーい、もう良いぞ。あいつら勝ち目が無いとようやく気付きやがった」
紫電結界にもライシールド達から遠ざかる風児共の反応が検知出来ている。これで左右から頬を潰そうとする風や足下を掬おうとする突風に悩まされることもなくなるだろう。
疾風の森林に入って既に五日。初日は大したことはなかったのだと思い知らされる四日間だった。
突然頭上から吹き降ろされる突風に頭を押さえつけられたり、逆に突如足下から吹き上がる旋風に身体ごと持ち上げられそうになったり、背後から襲い来る烈風に引き倒されたり、正面から来る迅風に肌を切り裂かれたり。
そして今日の突然の風児の襲撃である。
いつの間にか側にいて、口元や鼻周りに取り付くと呼吸を奪った。ライシールドは突如呼吸を阻害されて目を白黒させていたが、それを救ったのはアティだ。
アティ独自の気配察知系技能、熱源感知でライシールドの口周りの見えざる敵を素手で排除した。そこは伊達に火竜ではない。神器【千手掌】を起動していなかったライシールドでは触れることが叶わなかった風児共を掴み、切り裂き、叩き付けた。呼吸を取り戻したライシールドは素早く紫電の腕を装填して紫電結界を展開、見えざる無数の反応を発見したと言うわけだ。
──風児は特定の風の強い地で生まれる風の素で、世界に旅立つ前にここで成長し自我を捨て、世界を撹拌する風となる事で死を迎えて自然現象として消滅、精霊界に還る、と言う周期を繰り返す一種の疑似生命だよ。
風児が何を目的にライシールド達を襲ったのか、目的が理解できなかったのでレインに訪ねてみた結果、帰って来たのは風児の存在意義の説明。答えになっていないのではないか、と首を傾げるライシールドに、レインは続ける。
──風児や火児等、元素の稚児は特定の環境下でしか発生しないの。発生後暫くは生物的な本能に近い自我を持っているから、発生地点に近付くものに襲い掛かる習性があるんだよ。
難しい単語に耳が滑るライシールドだが、それでも何とか自分流の理解を試みる。
(巣穴と母親を護ろうとした、と言うことか?)
──まー、その理解でいいんじゃないかな。ライにしては理解できている方かと。
世界の構造には興味ないよね、と脳内で肩を竦めて見せた。知らなくても問題ない情報は右から左に抜けていくライシールドに呆れつつも、そこに自分の存在意義を見出だしてもいたのでやや複雑な心境だ。
──つまり、この近くに発生点があるって言うことだよ。
風の生まれる場所。ライシールド達が探す中心地はもうすぐそこまでに迫っていた。
拙作をお読みいただきまして、ありがとうございます。