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第51話 商談(Side:Rayshield)

すみません、諸事情で今日は一時間早めに投稿させていただきます。

 魔道具と頭領を街道警備に引き渡して北を目指して五日が過ぎ、彼らは国境を塞ぐ関所の見える位置まで辿り着いていた。


「中の王国はあの壁を越えりゃすぐだ」


 ウルの示すのは見上げるほどの防壁とその防壁よりも高い木製の櫓。壁の向こう側からも頭を出しているので、お互いの国境警備兵が相手側を監視するために建てられているのだろう。

 先行させたタラリアの護衛の冒険者が国境警備に無事、彼女の到着を知らせてくれたらしく、国境周辺が慌ただしくなっているようだ。

 一般の越境者が許可を求めて列を作る門ではなく、明らかに身分の高いものが通る為の門の方へと誘導された。ヘルメス商会の中の王国での立場がどう言うものか判ると言うものだ。


「向こう側のお迎えが来ているようじゃの」


 防壁の門までおよそ五百メル(メートル)程となった所で、門の向こうから二人の護衛を連れた壮年の男が現れた。中肉中背、取り立てて特徴がない印象の薄い顔をしている。強いて言うなら若干目が細いか。特に荷物も持たず、両手を腰の後ろで組むようにしてじっとこちらを目で追い続けている。

 対して左右の護衛の存在感は半端ない。男の右手に立つのは身長二メル(メートル)を越える大男で、背中には彼の身長と同じくらいの巨大な両手剣を背負っている。頭に小さな角が生えている事からするに、どうやら人族ではなさそうだ。遠目にも判る厳つい風貌のその男は、剣を交えるまでもなく強者の風格をその身に纏っていた。対して左手に立つのは身長一メル(メートル)半程の小柄でありながら、ガッチリとした金属鎧を身に纏い、目深に兜を被った顔の下半分は金色の立派な髭で覆われていた。どうやら地族(ドワーフ)の戦士らしい。左手には彼自身がすっぽり隠れるほどの巨大な金属盾を軽々と持っている。盾の下部には太く頑丈そうな固定用大釘(スパイク)が三本延びていて、いざと言う時はあれを地面に突き刺して自身を要塞と化すのだろう。

 こちらが観察するように、向こうも何気なくただ待っているようでいて、その実決してこちらから目を離さない。


「ありゃあ、ヘルメス商会の会頭じゃねぇか」


 会頭自らのお迎えらしい。因みに両脇の二人は彼が駆け出しの頃からの仲間で、三人は商会立ち上げの為に冒険者として活動していたそうだ。一山当てて軍資金を溜めた会頭が冒険者としての活動を辞めた時、二人もその護衛と言う地位に収まって影に日向に補助してきたらしい。


「あの二人はヘルメスの剛剣と鉄壁って言われててな、会頭の命を幾度と無く救った凄腕らしいぞ」


 纏う雰囲気でそれは判る。


「会頭も元冒険者って事は、それなりに戦えるのか?」


「噂ではそこそこやるらしい。腕力とかではなく、搦め手を中心とした類いの戦闘スタイルらしいんだがな」


 おそらく斥候系か術式使いといったところだろう、というのが世間の予想である。もうずいぶんと古い話で、今は戦う姿を見せることはないので噂の域を出ないようだ。

 そう言われると佇まいや気配の薄さがそれらしく感じさせる。真偽の程は不明だが。


「会頭様に指示を頂いてくる。ここで暫く待て」


 先日街道で強引に護衛を頼んできた護衛の男が二百メル(メートル)程手前で御者に馬車を止めさせると、一人会頭の下へと走った。

 会頭の前で何事か話し始めたが、渋面になる会頭に焦ったのか護衛の男は身ぶり手振りを交えて何事か必死に訴えている。

 会頭は大きく息を吐くと、首を降って護衛の男に退くように手を降るが、護衛の男は尚も食い下がろうと一歩会頭に踏み出した。

 次の瞬間、護衛の男と会頭の間に金属鎧の地族が割って入り、護衛の男を押し戻す。大剣の大男が護衛の男の腕を掴み、街道の端まで引き摺って行く。

 とっさの行動だったのだろう。護衛の男は自分のやった行動を漸く理解したのか、青い顔で街道端に立っている。

 会頭が護衛二人を連れて馬車の側まで近付いてきた。御者の男は馬車内に声をかけると側面の扉を開け足場を置くとタラリアの手を取って降車の手助けをした。


「タラリア、心配しましたよ」


 娘の顔を見た瞬間、一瞬だけ安堵の表情を浮かべ、直ぐに表情を取り繕って声をかけた。


「申し訳ありません。何処からか私が今回本店に戻る事が漏れていたようで」


「身内に虫が紛れ込んでいるのかも知れませんね。少し調べてみましょう」


「所で、お父様が何故国境にいらっしゃるのですか?」


 国境近くの町での商談が纏まった後、タラリア襲撃の報と無事国境付近まで来ているとの話を聞いて本店に戻る前に合流しようとここまで迎えに来たそうだ。後ろに控える護衛二人が揃って手を顔の前で振ってその話が否だと告げている。


「お父様、もしかして商談を途中で投げ出してきたのではないでしょうね?」


 罰の悪い顔でそっぽを向く会頭に、タラリアは大きく溜息を吐いた。


「私を心配してくださったのは嬉しく思います。ですが同時に私が無事だとの報も届いているはずです。であるならばお父様は商談を優先すべき立場ではないのですか?」


「商談は向こうが延ばしてもいいと言ってくれてだな」


「この辺りの町でそんな甘い対応をしてくださるのはプレイア商会のマイアお姉様ですね」


 会頭はお手上げと両手を挙げて降参の意を娘に伝える。


「仕方ないじゃないか。私の可愛いタラリアが襲われた等と聞かされては、落ち着いて商談などできはしない。最終調整にリュケイオを置いてきたから商談自体は問題なく纏まるだろう。プレイア商会に迷惑はかけんよ」


「お兄様が代理で残られたのなら、まぁ大丈夫だとは思いますが」


 渋々といった顔で納得するタラリア。会頭はあからさまにほっとすると、ようやくライシールド達の方に視線を向けた。


「お見苦しいところを見せて申し訳ない。私はヘルメス商会の会頭を務めておりますペタソスと申します。この度は娘の危機を救っていただいたそうで、感謝の言葉もございません」


 ライシールド達三人の前で深く頭を下げる。そこに居るのは大商会の会頭ではなく、ただ一人の娘を思う父親でしかなかった。


「俺達もたまたま通りかかっただけだ。娘さんの運が良かったな」


 ウルが言う通り、そもそもあの場に居合わせたのはたまたまだ。あの時野盗集団がもっと迅速に動いていれば、あるいはライシールド達が早い段階で宿を目指して南下していれば、タラリアの命はなかったかもしれない。貞操の危機に繋がったかもしれない。


「俺はライシールド、こっちの赤髪の男がウルで、あっちがアティだ」


 アティの本名は割とこの辺りでは有名だ。下手にばれておかしなことになっても困るのであえて本名は伏せることにした。


「赤髪で短髪、ウルと言う名、見たところ猟師が本業といった風貌。もしや森に入れば森人(エルフ)以上と言われる猟師ウル殿ですか?」


 ペタソスの問いに「多分それは俺のことだと思うが、なんだか大げさだな」等と頬を掻いて照れている。調子の良い男だが直球で褒められるのはやはり恥ずかしいらしい。


「これは僥倖。お噂は兼ね兼ね伺っておりました。貴方の卸す食材は処理の仕方も質も量も最高級だと言われております。もしよろしければこれを機会に我が商会ともご縁を繋いで頂けないでしょうか」


 ウルは考える。確かにヘルメス商会に卸すとなれば収入は安定し売り上げも伸びるだろう。だが今までの付き合いで卸してきた所を蔑ろにする訳にも行かない。


「これまでお付き合いしていた所には今まで通り卸していただいてもかまいません。お任せいただけるなら卸し先にも益になるよう取り計らいましょう」


 貴方の卸す食材はそれだけの価値がある。そう断言されては否とは言えない。


「とりあえず保留でも良いか? 卸し先とも一度相談してみる。あちらにも随分世話になっているから、まずは意向を聞いてみないことには」


「解りました。お話が纏まりましたら南でも中でもどちらでも結構ですので、この札を下げた商店にこの木札を見せてお知らせください。ヘルメス商会傘下の商店ですので」


 日よけ帽子と蛇の杖の意匠の木札をウルに差し出す。それを受け取り懐に仕舞うと、ウルはまた何れ、と後ろに下がった。


「そちらのライシールド殿が実質的には野盗を殲滅してくださったそうで。就職の口をお探しでしたら、我が商会の護衛部は貴方を歓迎いたしますが」


 ライシールドは首を振る。


「ありがたい申し出だが、俺はやらなければいけないことがある。断らせていただこう」


「それは残念です。では今回の恩をどのような形で返させていただきましょうか」


 まずは相手の希望を訊き、現実的な所に落として支払う積もりのようだ。この恩には最大限報いる用意はあるが、ライシールドの素性が判らない以上、恩を笠に着て何を言い出すか解らない。その辺りは警戒して然るべきだろう。

 安定した収入を約束された職には興味がないとなると、即物的に金銭か。大商会の情報網に掛かる(じょうほう)と言う可能性もある。


「ヘルメス商会は外海に興味はないか?」


 予想外の言葉が出てきた。外海?この大陸の外側のことを指しているのだろうか。あの未踏海域の先は二度と戻らぬ帰らずの海だ。


「収益が帰ってこない商路には興味がありませんな」


 当たり前だが、ヘルメス商会は商売で利益を得るために活動しているのだ。夢や浪漫で人材や資源や金銭を無駄にするのは夢想家の仕事だ。商売人の彼が手を出す領域ではない。危険度(リスク)利益(リターン)を天秤にかけ、利益に傾かないものには興味はない。


「それが帰ってくるとしたら、どうだ?」


 利益に傾かないものには興味はない。つまり利益が見込めるのなら一考の余地があると言うことだ。


「帰る目が在ると言うのなら、ヘルメス商会の販路として俄然興味が沸きますな」


 ぎらり、ペタソスの目が光る。それは先ほどまでの娘を思う父親の目ではない。生き馬の目を抜く勢いで大陸有数の大商会を作り上げた商人の眼だ。

 ライシールドはその食いつきにこの商談が半ば成功したと確信した。後はどれだけの情報を開示し、どれだけの事を隠すか。それを見誤らないようにすることが肝要だ。

 ライシールドは同期中のレインの指示に従って、百戦錬磨の商人相手に不慣れな戦いを挑むのだった。

拙作をお読みいただきまして、ありがとうございます。

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