表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
53/146

第49話 商会の敵(Side:Rayshield)

少し残酷な表現があります。

↓この表示に挟まれた部分です。苦手な方はご注意を。

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

 ヘルメス商会。それはありとあらゆる商売事に手を出して、尽く成功させてきた商売の神に愛されたと称される一人の男が立ち上げた商会である。

 近年は中の王国と南の帝国を相手に大規模な交易を行っているが、東の竜王国や北の魔道国家、西の獣王国とも商売の縁を繋いでいると言う。


「で、この大商会様は、非常に敵が多いわけだ。味方も多いけどな」


 正式に謝罪を受け、せめて守備隊が到着するまで一緒に居てくれないかとの要請は流石に断りにくく、こうして馬車から少し離れた場所で休憩して情報収集をしているわけだ。


「まあ、確かにあの頭領の行動はただの盗賊としては解せないものがある。逃走目的なら、魔道具を投げた後爆破を見届けようと留まる意味がない」


 破れかぶれで混乱狙いの行動だったのかもしれない。だが頭領は魔道具を放り投げた後しばらく動かなかった。ライシールドはその一瞬で残った四人を斬り伏せて頭領を捕獲できたのだ。

 投げた瞬間から逃走を開始していたら、逃げられることはなかっただろうが、捕獲に時間もかかり、場合によっては生きての捕獲は難しかったかもしれない。

 この行動が、端からヘルメス商会の娘が目的だったとしたら話は変わってくる。人質としての捕獲が第一目標として、殺害を第二目標に設定されていたとしたら。

 爆発と死亡を確認した上で逃走したかったのだろうが、結果として自らの命を欲望(かね)の為に不意にした形になった訳だ。


「どこの馬鹿がヘルメス商会を敵に回すような真似をしたのかは知らないが、そいつはおしまいだろうな」


 ウルは肩を竦めて首を振る。実行犯は生きて捉えた。何れ首謀者の尻尾は掴まれる事だろう。


「ヘルメス商会とやらは、海運業にも手を出していたりしないか?」


 ライシールドは、今だ同期中のレイン主導による脳内会議で一つの可能性を提案されていた。厄介事を厄介だで終わらせずに何とか生かすべきだとレインが訴えたのだ。

 今すぐとはいかないが、いつか外海に出るときにはそれなりの出資者(インベスター)が絶対に要る。ここで恩を売っておけばその時に利用できるかもしれない。外海に出ることの危険を上回る利益を提示すれば、大商会の頭がそれを見過ごすはずが無い。危険が減るとなれば尚更だ。

 閉鎖された村で育ったライシールドにはその発想は出てこなかったが、レインに提示された話が将来の自分に必要だと言うことは理解できた。


「どうかな。中の王国には海はないし、南の帝国は西も東もヤバイ勢力が海域を支配しているから、何をしたいのかは知らないが沿岸部くらいでしか船は動かないと思うぞ」


 今だ海の向こうへと行くことを禁じる結界が存在している以上仕方の無いことだが、この大陸に住む者たち自体が外海への道を半ば諦めている。近海はともかく遠洋を想定した船と言うもの自体が発達していない。ライシールドの望む大陸間航海は今の段階では不可能に近い。


「となれば、尚の事強力な出資者が必要だな。ウル、ここから中の王国の国境までどれくらいかかる?」


 指を折って馬車と徒歩だから……とぶつぶつ計算し、ライシールドに手を開いて答えた。


「大体五日って所だな。馬車だけなら三日で行けそうな距離だが、護衛と俺たちが徒歩だからな」


 俺たちと馬車なら三日で行けるけどな、と続ける。


「日程的には余裕があるし、国境までだったら護衛してもいいと伝えてくれるか?」


「良いのか? 急いでるんじゃないのか?」


 先程までは断る前提で話をしていただけに、急な転換ぶりにウルは驚いた。


「その程度の寄り道なら構わない。ウルが嫌だというならこの辺りで待っていてくれてもいいぞ。送り届けたらすぐに戻ってくる」


「いや、俺は別に構わないが」


 なにやら釈然としないものを感じながら、ウルは了承する。因みにアティはライシールドの決定に従うそうなので承諾を得るまでもない。


「んじゃちょっと話をつけてくるわ」


 交渉はウルに任せて、ライシールドは縛って転がされている頭領の側に移動した。




「おい、質問するぞ」


 首だけを動かして声の主を見た。先ほど頭領の周りの側近を一人で殲滅した少年だ。こと戦闘ではまったく勝ち目は無かったが、自分の持つ情報の価値を理解しているので今は怖くない。精々殴られる程度、どうせ殺されないのだから強気で行くべきだ、と小馬鹿にしたように鼻で笑い、視線を外した。


「誰に雇われた? 目的はなんだ?」


 頭領としては、ここで喋るくらいなら正規の尋問官相手に取引を持ちかけて、少しでも有利になるように情報を売った方がいい。

 そう思っての黙秘だったのだが、背後の空気がおかしいことに気づいた。なにやらやけに暑い。


「……なんだ?」


 振り向いた頭領の見たものは、左手が炎に包まれた少年の姿だった。


「お、おいおい! お前腕燃えてるぞ!」


 思わず声を上げてしまう。しかし様子がおかしい。あれだけ燃えているのに少年は平然としている。熱を感じていないようだ。


「もう一度聞くぞ。誰に雇われた?」


 腕が燃えているのに平然とする少年。その異様な光景に言葉もでない頭領に、少年は左手を突き出す。空気の温度が上がる。腕を燃やす炎は幻ではない。その腕がどんどん頭領の腕を目指して近づいてくる。


 ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■


「もう一度聞くぞ。誰に雇われた?」


 燃え盛る炎が、剥き出しの右の二の腕を握る。握られた腕が強烈な熱で手の形に焦げる、焼ける。


「が! うぁ!」


 声にならない呻きを上げ、少年の燃える手から逃れようと暴れるがどんな力をしているのかまったく動けない。それでも痛みにもがいていると、焼け爛れた皮膚が腕の形にズルリと剥けて、吹き出た血すらも瞬時に蒸発する。

 破裂するかと思うほどの痛みがズキズキと襲い来る中、少年は手を離して頭領を解放した。脂汗を浮かべて頭領は少年を恐怖の眼差しで見た。


「さっさと喋れば良かったな。熱いか? その腕は」


 見つめてくる少年に壊れた玩具のように何度も頷く。少年の無表情がただひたすらに怖い。腕の痛みでおかしくなりそうな頭で、この少年に逆らってはいけないと言う事だけが理解できた。


「そうか。じゃあ冷やしてやろう」


 空気が変わる。あれほど暑かった風から熱気が消え、真冬の如き冷気が頭領の頬を撫ぜる。

 そして頭領は再び理解不能なものを見る。少年の燃え盛る炎の腕が、いつの間にか無数の氷柱を生やした腕に変わっていたのだ。

 理解したくないのに理解してしまう。これから自分の腕がどうなるのか。重度の火傷で痛みを通り越してただひたすらに熱い腕に、一体何をされてしまうのか。


「待て! 待ってくれ!」


「そんな言葉が聞きたいわけじゃないんだよ」


 少年が突き刺さるほどの冷気の腕で火傷の部位を握る。急速に熱が奪われ、代わりに刺す様な凍結していく痛みが腕を苛む。出血等当の昔に止まり、凍りついた血液が皮膚と血管に突き刺さり、食い破る。


「あぁぁぁぁ!」


 もがく。腕が動かない。離れない。食い込んだ氷の棘が少年の腕を頭領の腕に縫い付けている。


「どうした? もう熱くはないだろう?」


 相変わらずの無表情で淡々と少年が告げる。駄目だ。こいつの望む答えを言わなければ腕程度ではすまなくなる。


「話す! 全部話す! だからもうやめてくれ!」


 少年が深く息を吐き、頭領の腕を放す。少年は再び腕に炎を纏うと凍りついた腕に翳し、解凍する。

 氷が解けるにしたがって猛烈な痛みがズル剥けた火傷跡を襲い、ジクジクと出血が始まる。肘から先はまったく感覚が無い。

 頭領はこの腕はもう動かないのだろうと理解していた。この少年を見誤っていた。さっさと全て吐き出してしまえばあの訳の解らない恐怖を感じる必要等なかったのだ。

 少年がウエストバッグ(腰巻鞄)の中から毒々しい黄色の薬瓶を取り出した。蓋を開け、傷口に垂らす。頭領は次は何をされるのかと恐怖しながらも、抵抗したら更に酷いことになるに違いないと目を瞑って訪れる痛みに備えた。

 何も起こらない。それどころか痛みが消えた。


「飲め」


 頭領の口に薬瓶が突っ込まれた。何を飲まされるのか判らない恐怖の方が抵抗して更なる恐怖を味わう事よりましだ、と一気に飲み干した。


「次は無いぞ。きっちり喋ってもらう」


 訳が解らない。今までの出来事は本当にあったのか。ただの幻なのか。

 完全に壊れたと思っていた頭領の右腕が、傷一つ無く元通りにそこにあったのだから。

 もうあんなことは御免だ。いっそすっぱり極刑(首切り)で終わる方がまだマシだ。


 ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■


「喋る。お前さんには逆らわねぇよ」


 頭領の心は折れたようだ。少年に逆らうくらいなら殺される方がマシだと理解した。


「では、喋ってもらおうか」


 少年の尋問が始まった。




 ライシールドは内心やりすぎたと思っていた。だが弱みを見せては折角素直に吐くとまで言い出した頭領が心変わりするかもしれない。仕方なく毅然とした態度を取り続けた。

 もともと治癒薬で回復させるつもりだった。下手に怪我などさせたら守備隊に引き渡す際に何を言われるか判らない。頭領がどこまで耐えるかが判らなかったので、もう少し脅して喋らないだけの根性があれば、ライシールドは諦めて回復させるつもりだった。

 生きたままこんがりしたはずのライシールドは、怒りと姉への想いが強すぎて焼ける恐怖を感じなかった。対価と言う名の再生が約束された消滅しか味わっていないので、死に逝く絶望が想像出来なかった。人というのは火に焼かれると言うことがどれ程の恐怖か解っていない。直後に対極の痛みを受けたときの理不尽さを理解していない。身体の一部が永遠に動かなくなる絶望感を知らない。


「で、どこの馬鹿がヘルメスに喧嘩を売ったんだ?」


 ウルの質問にライシールドが答える。


「アルゴス商会だそうだ」


 アルゴス商会。南の帝国を拠点に活動する大商会で、主に食用肉、海産物等食品関係に強い商会だが、近年ヘルメス商会の台頭で売り上げが随分と落ちているらしい。

 商会会頭の娘の護衛に、娘を狙った相手の情報。この二つを持って恩を売る。仮にも大商会を切り盛りする男が、これを安く買い叩きはしないだろう。

 ライシールドはこれを足がかりに海を渡る手段を手に入れて、あの村のある大地へと必ず辿り着いてみせると決意を新たにするのだった。

拙作をお読みいただきまして、ありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ