第47話 旅の途中(Side:Rayshield)
投稿を大幅に遅れてしまいました。申し訳ありません。
村を出て三日が過ぎていた。
意外なことにアティは弱音一つ吐かずに平然とライシールド達に着いてきた。身体能力は流石は上位火竜と言うところか。
「今日はこの辺で野宿するか」
予定より大分早い速度で進めているので、余裕を見て早めに野宿の準備をすることになった。現在街道まで半分の距離まで移動していた。この調子なら予定の2/3の日程で辿り着くことが出来そうだ。
「ちょっと近くで獲物の気配を感じた。今日の晩飯にちょうど良さそうだし、ちょっと狩って来るわ」
木々の隙間にぽっかりと空いた十メル四方の小さな広場の中心に自然魔術で浅い穴を空け、移動中拾っておいた薪を火が点き易いように組むと発火の術式で火を点ける。
ウルは燃え始めた焚き火の近くに薪を積み上げると火の番をライシールド達に任せて森に消えた。
「獲物の気配、か。全然わからんな」
ウルが言い残した言葉を参考に、気配とやらを探ってみるが、さっぱり解らない。
「こう、ぐっと力をいれて頭の中に溜めた力を飛ばす要領で」
意外なことにアティは気配察知ができているらしい。ライシールドにその感覚を教えようとしているが、さっぱり解らない。
「アティの説明は解り辛い」
がっくりと肩を落とすアティ。ライシールドとしても、折角教えてくれようとしている彼女に申し訳ないとは思うが、解らないものは解らないのだ。
「その気持ちだけありがたく頂いておくよ。悪いな」
「我の方こそ、もう少し上手く伝えられたらよかったんじゃが」
一度ウルに訊いてみるのも良いかもしれない。教えてくれるかは判らないが、何なら対価を支払ってもいい。
アティの相手をしながらそんなことを考えていると、どこからとも無く一抱えはありそうな大きな鳥をぶら下げてウルが戻ってきた。
「この辺りでは珍しい大雉が取れた。鍋が一番なんだがちょっと準備が足りないから、こいつは網焼きにして食うとしよう」
それでも美味いぞ、と言いながら、ウルは調理の準備を始める。
まずは自然魔術で小さな竃を作り、その中に薪を入れて焚き火から火を移す。同時に大雉を血抜きで血を取り出すと毛抜きで全身の羽を麻袋に纏めて放り込み、内臓や頭、足先等の調理する上で要らない部位を切り離して熟成を掛ける。
熟成を進めている間に火力を上げて目の粗い金網を竃の上に設置、肉の頃合を見てぶつ切りにして網の上に並べていく。細かく砕いた岩塩を上から振り掛け、暫く待つと肉の焼ける香ばしい匂いが辺りに広がった。
「おお、なんとも良い匂いじゃな」
先ほどまで若干気落ちしていたはずのアティがキラキラとした目で焼け始めた雉肉を見つめた。口の端から細く煌く何かが一筋流れ、彼女は慌てて口元を拭った。
「火竜殿は腹ペコのご様子ですな」
「まぁ今日も随分と頑張っていたからな」
欠食児童を見るような目で二人に見つめられ、若干顔を赤らめてぷいと横を向くアティ。そんな仕草も子供っぽくて、子持ちのウルは自分の子供を見ているようでほっこりした気分になっていた。
「ライ、私はお肉は苦手なので、焼き菓子を出してください」
レインは基本草食系なので、果物や穀類を使ったものしか食べない。実を言うと一月ぐらいは何も食べなくても自然に存在する霊力を少しずつ吸収しているので問題ないのだが、味覚がある以上美味しい物があるなら食べたいのだ。
「そういうと思って、レインちゃんにはこれを摂ってきたよ」
そう言ってウルが差し出したのは一束の花。妖精百合と呼ばれるそれは、花弁の奥に溜まった蜜が妖精を呼び寄せるほど甘く円やかな風味と言われていることからその名が付けられた。
因みにその根は蒸し焼きにするとホクホクとして非常に美味。こちらは雉肉を食べ終えてから網の上で小さな鍋を使って作る予定である。
「ウルさんは相変わらず出来る男ですね。そのうち私惚れちゃいますよ?」
ウルは業とらしく口の端を歪めると「森の男に惚れるなよ?」等と渋い声でポーズを決めている。乗りの良い男だが、肉が焦げそうなのでそのポーズはそろそろ止めていただきたい。
「おっと、遊んでる場合じゃねぇ。折角の雉肉を焦がしたら勿体無いからな」
どこから取り出したのか木串に肉の塊を幾つか突き刺すと、ライシールドとアティに手渡す。少し臭みがあるがそれを差し引いても美味い。引き締まった歯ごたえのある肉でありながら、噛み締めると繊維が解けるように口の中で形を崩す。噛めば噛むほど肉の旨みが感じられ、ぱらりと振られた塩のアクセントが絶妙に絡み合う。
「ああ、これは美味い、美味いな!」
アティが夢中で頬張っている。口の中に物を入れて喋るものだから口から色々こぼれている。いい年の娘が見せて良い行動ではない。
「美味いのは判ったから口を閉じて食え。こぼれて勿体無いことになってるぞ」
ライシールドの指摘で慌てて口を閉じる。以降は無言でひたすら雉肉を頬張り続ける。
「そうだ、ウル。一つ聞きたいことがあるんだが」
網の上の肉を一つずつ串に刺し、口に放り込んでいたウルがライシールドを見た。
「気配を読むって、どうやってるんだ?」
技能でと言われてしまえば話は終わりなのだが、アティの話では技能とは少し違うような気もする。彼女の場合とウルではまた違うのかもしれないが、ライシールドにも出来るのなら習得しておきたい。
「んー、そうだな。割と感覚的なものだから上手く説明できるかわからんが」
そう前置きしながら、ウルはライシールドに目を閉じるよう言った。素直に目を閉じたライシールドに「今、何を感じる?」と問いかける。
「うっすらと瞼の向こう側が明るいのを感じる。焚き火の熱を感じる。肉の焼ける匂い、隣に座るアティの息遣い。虫の鳴き声、頬を撫ぜる風」
「それらを感じるって言うのが“気配を探る”って事だ」
最初は近くの物音を聞き、茂みの向こう側を探るくらいでいい。それを続けていくうちに段々と気配と言うものが解ってくる。後はどれだけ遠くまでその気配を受信できるようになるかを鍛えていくだけだ。
「なるほど。まずは近くのものを感じることから、だな」
それなら移動しながらでも出来そうだ。
「っと、匂いに釣られて何か来たな」
ウルは傍らの弓に手を掛ける。視線の先は既に闇が支配しているのでライシールドには何も見えない。
「アレは、熊じゃな」
アティには見えているようで、腰のベルトポーチの留め金を外し、中から氷色の鞭を取り出した。
「電翅の腕」
神器【千手掌】を起動。紫電の腕を装填し、紫電結界を巡らせる。気配察知がまだ出来ない以上、視界が悪い今は紫電結界に頼るほか無い。木々が邪魔であまり遠くまでは感知出来ないが、それでも十分だろう。
神器についてはウルにも一応の説明はしている。まぁ特殊な技能だと話しているのみだが。
「まずは俺が矢で牽制する。近づいてきたら火竜様の鞭で足止めを」
ウルが矢を放つ。意外と近くで苦痛の声が上がり、木々の間を縫うようにして巨大な熊が姿を現した。
「鱗熊か。体毛のある部位は割と硬いから気をつけてくれ」
身体の所々に鱗のような硬質化した体毛を生やし、堅牢な防御力を持つ魔物だ。通常の熊と違い、魔石を体内に宿している。
「足下を凍らせるぞ」
アティが鋭く鞭を振るい、立ち上がった鱗熊の左後ろ足を強かに打ちつけた。鞭の当たった辺りが急激に凍化して地面に張り付く。強い痛みと冷気に咆哮し、鱗熊は足を引き抜こうと四足になって力を込める。めきめきと音を立てて凍結した地面にひびが入っていく。
ウルが放った矢が踏ん張る左前足に突き刺さり、鱗熊は左前足を振り回して何とか突き刺さった矢を抜こうとあがく。その隙を逃すライシールドではなかった。
「強者の腕」
大鬼の腕を装填、左手にシミターを持ち替え、矢に気を取られている鱗熊の首筋に叩き付けた。
シミター本来の切れ味の鋭さと大鬼の膂力が合わさった一撃は、固い鱗状の体毛ごとその首を切り落とした。返り血を浴びないように横に飛ぶと、ライシールドの目の前で落ちた首の切断面から血が噴出した。
──神器に硬毛の鋭腕が登録されました。
「鱗熊の首を一撃か。とんでもないな」
普通の剣でそんなことをすればただではすまない。剣自体も良くて刃毀れ、悪ければぽっきりと折れてしまうだろう。当然だが鱗の体毛に阻まれてダメージもそれほど入らない。それどころか下手をすれば武器を持つ手の方に反動でダメージがいくかもしれない。
「ウル、悪いが処理をお願いして良いか?」
「戦闘中は随分楽させてもらってるからな。この位しないと罰が当たるぜ」
簡単に言うが、獲物の解体は結構な重労働だ。ウルは自然魔術の使い手なのでまだましだが、熊ぐらいの大物を解体しようとなると本来なら数人でやる仕事だ。
そんな重労働を鼻歌交じりにこなすウルがおかしい訳だが、生憎とそういう事情に疎い面子ばかりなので今一解っていない。
ライシールドたちが見ている目の前であっという間に血抜きが行われ、皮を剥ぎ内臓を取り出し、役に立つ部位と不要な部位に分けられていく。肉も幾つかの塊に分け、一まとめにウルの収納に仕舞われる。
この旅で得た獲物は一括でウルが管理することになっている。ライシールドもアティも料理は得意ではないので食材を持っていても仕方が無いし、ばらばらに持っていると煩雑になって最終的な管理が面倒くさい。なので入るうちはウルが、容量が心許なくなってきたらライシールドが残りは預かると言うことで話はついている。アティの鞄は服やら色々入っているらしく、それほど容量に空きが無いため端から期待されていない。
「明日はこいつの肉で豪勢に行くか」
無臭化でこの辺りの血の匂いを消すと、ウルは不要な内臓類を遠くに捨てに行った。血の匂いや内臓に釣られてまた何かに襲撃されたらおちおち寝てもいられない。
「アティ、もう先寝てて良いぞ」
ウルの解体を観ているうちに睡魔に襲われたのか、アティは焚き火の側で舟を漕いでいる。ライシールドの言葉に甘えて「任せた。おやすみ」と収納から毛皮を敷き布代わりに、毛布を被ってそそくさと横になった。十秒と数えないうちに静かな寝息が聞こえてくる。
「ウルも戻ってきたら寝かせてやろう」
焚き火の前に座ると、薪を放り込む。弱まった火力が少し持ち直し、辺りが僅かに明るくなる。
「レインも寝てて良いぞ」
肩に座ってぼーっと焚き火を見ているレインにも声をかける。無言でマントの内ポケットに潜り込んだところを見るに、アティ同様眠たいのを我慢していたようだ。
夕食時にウルに教わったことを思い出し、辺りの気配を探ってみる。虫の声やアティの寝息は良く聞こえるが、それだけだ。
「戻ったぞ、っと火竜様はもうご就寝か」
途中から小声にしてウルが声を掛けてきた。戻ってきたことにまったく気付かなかった。
まぁそう簡単に出来る訳ないか、と息を吐くと空を見上げる。木々の隙間から覗く夜空には、無数の星々が瞬いていた。
拙作をお読みいただきまして、ありがとうございます。
15/10/13
自然魔法→自然魔術