第46話 ローレス、四歳。(Side:Lawless)
すみません、執筆作業に没頭して投稿予定時間を過ぎてしまいました。
大陸公用語は不自由なく読み書き会話が出来るようになった。最近は定期的に村を訪れる森人や竜皮族から森人語と竜人語を少しずつ教わっている。まだ習い始めたばかりなので、文法どころか覚えた単語も少ない。公用語と違って慌てて覚える必要はないから気楽なものだが、いつか習得して翻訳習得への足がかりにしたいものだ。
更に僕は念願の各種術式に手を出した。
法生の頃に強い神気を体内に取り入れた事が関係しているのか、神術に割と高い適正があるらしい。後は付与術が少し適正ありとも言われた。
もっとも適正が高いのは、父親の影響か自然魔術と言うことだった。これは父親から教わることが出来るので問題ないが、神術と付与術はこの村に使い手が居ない。
神術は教会で教わるのが一般的だ。付与術は鍛冶師や針子、薬師等に師事するのが良いらしいがどれもこの村には専門の者が居ない。
因みにこれらの適正は森人の技能持ちの人に調べてもらった結果だ。相性診断 と言う技能らしい。
飛武器適正が高いと言うこともその人から教えてもらった。事前に知ってはいたが、確認できて安心した。
「今日は父さんが弓の使い方を教えてやろう」
朝食を摂っている時に、父さんが急にそんなことを言い出した。僕の為にわざわざ弓を作ってくれたらしい。
「家の裏手に練習場も作ったからな」
何時の間にそんなものを。と訊いてみると昨夜僕が寝ている間に大急ぎで作ったらしい。守備隊の方々まで巻き込んで。
「父さん、僕の為にありがとう。でも……後で、守備隊の皆にお礼言いに行ってくるよ」
「ローレス君、お願いね。あなたは後でお話があります」
自分の得意なことを僕に教えられるのが嬉しいのは理解できる。驚かせようと頑張ってくれたことは素直に嬉しいと思う。でも夜中にこの村を護ってくれてる人たちを巻き込むのは良くないと思うよ、父さん。
母さんのとても素敵な笑顔にびくりと肩を震わせると、父さんは逃げるように立ち上がる。
「ろ、ローレス。父さんは先に行ってるぞ」
そそくさと部屋を出て行く父さんの背中に溜息を吐き、母さんは困り顔で僕を見る。
「お父さんはほんと子供ね」
「僕をびっくりさせようと頑張ってくれて嬉しいよ」
とりあえず擁護しておく。母さんの「ローレス君はこんなに大人なのにね。困っちゃうわ」と困ったように笑う母さんに笑い返し、父さんの後を追って家を出た。
裏手に回ると椅子に腰掛けて真剣な表情で弦の張り具合を調整していた。こういう姿は素直に格好良いんだが、家では何であんななのだろう。気が緩んでいるからかな。
「お、来たな」
父さんが僕に気付いて立ち上がると、先ほど弦を確認していた小型の弓を僕に差し出した。
「これくらいならローレスでも引けるだろうが、まずは確認しようか」
僕の左手を弓本体中央から僅かに下に革紐を巻き付けて作られた握りに当てて、ここを持つように教えてくれた。そこをしっかりと握り、僕の左手が弓をしっかりと固定したことを確認すると右手を弦に添える。父さんに言われた通り、人差し指、中指、薬指を弦に引っ掛け、慎重に引いていく。
「うん、きちんと引けているな。一旦弦を戻して右手を離して」
ゆっくりと弦を戻し、抵抗が無くなった所で指を外す。今度は矢を手渡され、人差し指と中指の第二関節で矢筈を挟み、左側を通してシャフトを弓を握る人差し指の上に沿え、先ほどと同じように三本の指で弦を引き絞る。
「矢のシャフトを目線の高さに合わせて、そのまま鏃と的の中心を線で繋げて」
父さんの言葉を聴きながら、狙いを付ける。意識を集中すると的が手の届く位置にあるように見えてくる。これは片眼鏡を使って手に入れた技能の効果だろう。十分に狙いが定まったところでそっと弦から指を離す。
かすかに風を切る音を感じ、小さく矢が的に当たる音がした。
「おお、いきなり命中させたか! 流石俺の息子だ!」
的の中心に真っ直ぐ矢が生えていた。これを自分がやったとは俄かには信じがたい。
その後何度か射てみたが、全て的に命中した。試しに狙いを的の端に合わせると、狙った場所に正確に矢が刺さった。これはきっと不失正鵠の加護の効果が出ているんだな。
「お……おい、こりゃ夢じゃないだろうな」
父さんが唖然とした顔で針鼠と化した的を見ている。この加護はちょっと効果が強すぎるな。おまけに片眼鏡の技能のお陰で的の細部まで見えるからより正確に当てられてしまう。
その後大騒ぎした父さんに連れられた母さんの前でもう一射し、盛大に褒めちぎられた。父さんの血を受け継いで弓の名手になるぞ、と抱き上げられ、振り回された。
両親が喜んでくれるのは嬉しいが、これはちょっとやりすぎたかもしれない。今後はもうちょっと考えて行動しないと、いつか大失敗をしそうだ。加護の力はあくまで借り物の力だということを肝に銘じ、他の技能も手を抜かずに頑張って勉強していこう。
自然魔術の習得はそれなりに時間が掛かった。
最初は焚き火を熾す為の発火、泥水を飲み水に変える浄水、竃を作るための土の煉瓦を作る煉土、竃に風を送る送風の四つの術式を覚えることから始まる。獣を寄せず暖と調理に必要な火、生きるうえで絶対に必要な水、火を管理する土、火を制御する風。この四つを使えて初めて自然魔術の初級と言えるそうだ。
道具を使って同じ事は出来る。だが逆に道具が無くてもこれらの事が出来るという事は、野宿に於いて非常に有利に働く。荷物を持つ必要が無く、また荷物を無くしてしまう事態になっても問題がひとつ減ることになるからだ。
この基礎を全て習得するのに、僕は一つに付き大体一週間掛け、約一ヶ月弱で習熟となった。父さんが言うには覚える期間的には平均より少し遅い程度だそうだ。
僕の場合は習得まで若干時間が掛かるが、その分応用力がずば抜けて高いらしい。
発火で生木を瞬時に乾燥させ火を点けたり、浄水で出来る水を純水にしたり逆に栄養素を多く残したり、煉土で出来る煉瓦の形を自在に作り変えたり、送風で発生する風の酸素濃度を上げ酸素富化燃焼で火力を上げやすくしたり、と色々細かく調整が利く。
「ローレスはきっと俺を超える猟師になれるぞ」
僕が将来何になるのかは判らないけれど、少なくとも猟師と言う選択肢は手に入れられそうだ。
「父さんの跡を継ぐのも良いけど、もっと色々試してみたいよ」
「ああ、何でもやってみろ。別に俺の跡を継ぐ必要も無いし、好きなように生きたら良いんだ」
まぁ、お前と二人で森で狩りをする生活も楽しそうだけどな、と父さんは笑った。今から猟師一本で行くつもりは無いが、父さんと一緒に狩りに行けるのは楽しみだな。
「僕がもうちょっと大きくなったら、連れてってよ」
今はまだ根本的な体力が無いから、連れて行ってもらっても足手纏いになるだけだ。自分に責任が持てない状況は嫌だし、今はまだ村の中で覚えることがいっぱいある。楽しみは跡に取っておくのも良いだろう。
「そうだな、俺も楽しみにしてるよ」
そう言って、父子で笑いあうのだった。
父さんが狩りに出て母さんとミヤちゃんが家の用事をしていたりして、誰の目も僕に向いていないときにちょくちょく仏具【蓮華座】を起動している。
目録閲覧で目録を眺めていると、五歳を過ぎた辺りからぽつぽつと複製可能なものが現れるようになった。とは言え森人の焼き菓子だったりミヤちゃんのお母さんから貰ったボーロだったり干し果物だったりで、薬関係は今だ選択不可な状態だ。
治癒薬や似非黒石の種なんかが複製出来るようになればもっと便利なんだろうけど、もう少し大人にならないと無理みたいだ。
「おっと、今日も師匠の所に行かないと」
師匠と言ってもこの村で唯一の調合師の年老いたおばあちゃんで、薬の作製方法を伝える身内も居なければ弟子も居ないとの事だったので、弟子に志願してみた。
向こうからしても代々伝わってきた作製方法をこのまま埋もれさせるのは嫌だったらしく、試用期間を乗り越え今では立派な一番弟子だ。二番目以降は居ないけど。
今日も一般に広く普及している回復薬を作る。
まずは師匠の指示通り薬草を薬研を使って細かく粉砕する。それを煮えるお湯に入れ、砕いた魔石の粉を適量投入する。薬草の成分と魔石の粉が反応し始めたら決められた手順で鍋を掻き混ぜ、火から下ろして鍋に水が入らないよう気をつけながら水桶に浸して荒熱を取る。決められた大きさの薬瓶に冷めた薬品を入れて暫し時間を置いて安定させる。瓶の中の反応が無くなったら完成となる。
「うむ、ローレスも大分安定して作れるようになったの」
「師匠のお陰です」
単純で結構根気の要る作業の繰り返しなので、最初師匠は僕が直ぐに飽きて辞めてしまうだろうと思っていたらしい。しかし僕からすればこの作業は理科の実験をしているようで非常に楽しい。薬草の成分と魔石の粉が反応するときに出る光の粒も綺麗だし、完成した回復薬を見ると達成感が溢れる。
「お前さんは薬師に向いているのかも知れんの」
師匠、まだその評価は早すぎます。薬だってやっと一種類作れるようになったばかりなのに。
もっと色々作れるようになったら楽しそうだとは思っているけれど。
僕の四歳の日々は、こんな感じで過ぎていった。
拙作をお読みいただきまして、ありがとうございます。