第01話 強さ
ライシールドが扉を潜ると、一瞬の立ちくらみを感じた次の瞬間、先程とは別の薄暗い空間に立っていた。後ろを向いても扉は見当たらない。どうしたものかと辺りを見渡すが、見える範囲には何も無い。
仕方なく手に持った片手剣を素振りして感触を確かめてみる。やはり身体の一部が欠損してしまうと体幹がずれて重心が安定しない。
「ライシールド様ですね」
なんとか重心を調整し、まともに剣を振れるようになった所で、頭上から声が聞こえた。素振りを中断し、頭上を仰ぐと羽の生えた小さな女の子が見下ろしていた。
「……妖精か?」
「はい、ライシールド様の神器操作を補助させていただくことになりました。レインとお呼び下さい」
ライシールドの目の前まで降りてくると、中空で深々とお辞儀した。サイドで括られた水色の髪が揺れる。
「それで、俺は何をしたらいい?」
「今からこの仮想空間に擬似的に魔物を生成します。ライシールド様はこれを倒し、神器に登録してください。ある程度以上の怪我をされると一時中止されます。収集機能を起動させますので、袖無外套を外していただいてもよろしいですか?」
剣を持ったままの右手で器用に胸元の留め金を外した。支えを失って袖無外套は足元に落ちる。
露になった左肩は、その先が無い。姉を救うために魂の半分と共に差し出した代償として失われている。魂自体に刻まれた欠損なので、例え再生魔法を使えたとしても戻ることは無い。
「失われた魂の傷跡を検索。神器と傷跡の間に経路の形成を確認。心臓内部の核との同期も正常」
レインは左肩口に手をかざして、何事かを確認しているようだ。ライシールドには何を言っているのかはいまいち解らない。
「ライシールド様単体での起動では三割程の機能しか使用できません。私と同期していただければ、不慣れな現状でも五割以上引き出して見せます。ライシールド様、同期認証を頂いてもよろしいですか?」
さっぱり解らない。何か許可が必要だというのは判るのだが、何の許可なのかがさっぱりだ。
「もう少し解り易く説明してくれないか」
「つまりですね。私を受け入れて頂ければ、もっと強くなれますよ、と言うことです」
理解できた。最初からこう言えばいいのに。受け入れるための手順も簡単であればいいのにと思いながらレインに訊いた。
「どうやればいい?」
「私を受け入れると宣言していただければ」
簡単だった。ありがたい。
「レインを受け入れる」
「同期認証の許可を確認。個体名レインと神器の同期を開始……同期成功」
──ライシールド様、聞こえますか?
目の前に戻ってきたレインの口は動いていない。頭の中に直接声が聞こえてくる。
「聞こえる。これが同期ってやつか」
──はい。頭の中で考えるだけで、やり取りが出来ます。
(こうか?)
──聞こえます。正常に同期できているようです。ライシールド様、よろしくお願いしますね。
「これで準備は出来たのか?」
──そうですね。これより敵性体の生成を開始します。準備はよろしいですか?ライシールド様。
「始めてくれ」
レインが高く舞い上がると、ライシールドの目の前に煙が立ち上り、その中から緑色の子鬼が姿を現した。錆付いた短剣を構え、甲高い鳴き声で威嚇してくる。
──まずは定番の小鬼です。ライシールド様なら問題ないとは思いますが、純粋な腕力は人族より上です。
「問題ない」
ライシールドの住んでいた村は最前線とも言える開拓村だった。15歳ともなれば、ある程度は戦えなければ役に立たない。小鬼程度に後れを取るような弱者は、食料の支給も受けられない。
危なげなく小鬼を切り捨てると、絶命した小鬼は溶けるように消えた。
──神器に小鬼の腕が登録されました。生成しますか?
「どうなるんだ?」
──端的に言えば、腕が生えます。小鬼の膂力と爪が武器ですね。
小鬼の腕が生えれば、片手で戦うよりはマシなのだろうか。
所詮は小鬼の腕、期待は出来ない。だが期待しないとは言え、神器に慣れないことには始まらない。
「やってくれ」
──了解。神器【千手掌】起動。小鬼の腕を生成します。
一瞬、心臓の辺りで疼く様な感覚を覚えた。疼きは仄かな熱となって駆け上り、左肩を突き抜けて放出される。疼きが消えた頃には、左肩から下に重みを感じていた。
それは緑色をした人外の腕。見た目こそ逞しい人族の腕に近いが、その指先には太く分厚く鋭い真っ黒な爪が生えていた。何度か手を握ったり開いたりと感触を確かめ、腕全体をぐるぐると回してみた。
「違和感がないな」
──擬似的にですが魂の欠損部位を補う形で接続されています。本来の腕と遜色ない運用が可能です。
ライシールドの目の前で煙が再び小鬼の姿に変わった。
──次は、小鬼の腕のみで倒して、実際にその力を体感してください。
言われるままに、突進してくる小鬼の短剣をかわし、バランスを崩してつんのめる小鬼の無防備な背中に左手を振り下ろした。
ほとんど抵抗なく爪が小鬼の皮膚を切り裂き、背骨を砕いて五本の爪痕が残った。致命傷を受けて小鬼はうつぶせに倒れると、そのまま解け消えた。
「小鬼の腕という割には、強すぎないか?」
小鬼に引っかかれてもここまで皮膚を抉られることはない。小鬼自身の皮膚は、人族よりも多少丈夫だったはずなので尚の事だ。
──現在の稼働率は五割程です。小鬼は最大で二割ほどの力しか出せませんので、単純に二倍半威力が上昇していると思っていただければ。
どうやら本来の持ち主でも十全に力を引き出せているわけではないようだ。
──もう暫く小鬼との訓練を続けますか?
「いや、次に行ってくれ。大体把握した」
この腕があればそこそこの相手なら十分渡り合える事だろう。小鬼の腕でこの強さなのだ。登録された腕が増えれば、それだけライシールドは強くなる。
村にいた頃は自分が強くなったという実感は中々得られなかったが、今は戦えば戦っただけ力が増すのだ。
──では、鉄蟻を生成……。
他人をたやすく信じない。真に信頼するものは常に己の力のみ。死と隣り合わせの村で生き、そんな価値観を持つライシールドは高揚感に酔っていた。強くなればそれだけ出来ることが増える。出来ることが増えればやりたいことが出来るのだ。
鉄のように硬い外殻を持つ巨大蟻。子供の腕程もある牙でもってライシールドを噛み千切らんと襲い掛かってくるそれの頭部を小鬼の腕で叩き潰し、関節に片手剣を抉りこむ。虫系の魔物は頭を潰した程度では即死してくれない。完全に動きが止まるまでは油断できないのだ。
──神器に鉄蟻の腕が登録されました。
即座に生成許可を出す。小鬼の腕が消え、鈍い鉄色の外骨格の腕と二本の鋭い爪が生成された。
「次だ」
──狩猟蟷螂を生成します。
ライシールドの身長とほぼ同じ大きさの巨大な蟷螂が姿を現した。鋭い凶悪な鎌を構え、上半身を左右に揺らしながら攻撃の隙を伺っている。
次はあの鎌を頂いてやる、とライシールドは獲物を見つめて獰猛に嗤うのだった。
拙作をお読みいただきまして、ありがとうございます。