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第45話 旅立つ前に(Side:Rayshield)

 アティはまだ準備が終わっていないと言うことで、洞窟前の護衛宿舎の客室で待機ということになった。


「いやまぁ、アティは居ても居なくても良いんだがな」


 ガズに説明を受けたときに、もう案内人と二人で話をさせてくれと頼んだのだが、もう直ぐ準備も終わるので、それまでもうちょっとだけ待ってくれと拝み倒されては仕方が無い。アティはどうでも良いが、ガズが板ばさみでは不憫すぎる。

 待つことさらに十分。外が急に騒がしくなったと思ったら、ノックも無しに扉が乱暴に開かれた。


「ライ、すまぬ! またしても待たせてしまった!」


 騒々しくやって来たのは案の定と言うべきか、衣装を変えたアティだった。赤いドレスをやめて、ゆったりとしたローブ(外衣)を羽織っている。

 こんなことなら内鍵でも掛けておけば良かったと内心思いつつ、笑顔でアティを迎える。


「騒々しい。内鍵掛けときゃよかったよ」


 心の中に留める気もなく、爽やかな笑顔で告げる。アティは泣きそうな顔で詰め寄った。


「これでも必死で急いで準備したのにっ! もうちょっと我に優しくしても罰は当たらんよ!?」


 罰は当たらないかもしれないが、別段優しくする要素もない。


「と言うか、さっきは誰かさんが大暴れしたお陰で言いそびれていたが、お前雌だったのな」


「今更!? 今更そこ突っ込むの!?」


 あの頃は蜥蜴だったり竜だったりで、ライシールドからしたら見た目で性別を当てろと言う方が無理な話だ。

 再会の時に至ってはアティの大暴走で訳の解らないまま話が進んでしまって、その辺を突っ込んでいる暇がなかった。


「いや、だってお前。さっきはいきなり飛び掛ってくるわ泣くわ喚くわ大変で……」


 喚くアティを相手に淡々と受け答えていると、部屋の入り口で扉を叩く音が鳴る。尚も喚くアティの口を強引に手で塞ぐと、ライシールドは扉の方を見る。


「おお、ようやく気付いてくれたか」


 その男は開かれた扉の前に立っていた。

 赤髪短髪の中肉中背、動きの邪魔にならないように肩口のところで袖を切った革鎧を纏い、伸縮性の高そうな革のズボン(下服)に獣の毛皮で作った靴を履いている。腰の後ろに矢筒を下げ、矢筒の外側に一メル(メートル)程の合成弓(コンポジットボウ)を邪魔にならない程度に斜めに引っ掛けている。

 ライシールドとアティの漫才のようなやり取りをニヤニヤしながら眺めている。


「あんたは?」


「多分君の依頼で呼ばれたと思うんだが」


 と言うことは件の案内人か。話では森の外の村に住んでいると聞いていたが、少し登場が早すぎるのではないだろうか。


「おお、ウル殿ではないか。もう来てくれたのか」


 口を押さえるライシールドの手をどうにか外し、アティは男を歓迎する。どうやらこの男はウルという名前のようだ。


「これは火竜殿。相変わらずお美しいのに残念でありますな」


「残念は余計なんじゃよ……」


 溜息を吐くアティを見て楽しそうに笑うと、ウルはライシールドに向き直った。


「君が疾風の森林(ゲイルフォレスト)の案内を必要としている人?」


 ライシールドが頷くのを確認し、ウルは「詳しく話を聞かせてもらおう」と一歩近づいた。


「……ん? 君、何か憑いてる?」


 近づいた途端、ウルが怪訝な顔をする。ライシールドに違和感を覚えたようだ。マント(袖無外套)の内ポケット(衣嚢)の辺りを指差して、首を傾げる。


「妖精に似ているけど、ちょっと違うね。初めて見るな、これは」


 内ポケットでお昼寝中だったレインは、アティとのやり合いの最中に目を覚ましていたのだが、出る機会を逸していたのでずっと大人しくしていた。ウルが気付いてくれてやっと顔を出す機会がやってきた感じだ。


「初めまして。私はレインと申します」


 ライの相棒(パートナー)です、と自己紹介する。相棒の単語にアティが若干奇妙な顔をするが、特に誰も気にしない。


「これはご丁寧に。私は猟師のウルと申します。以後お見知りおきを、小さな淑女(レディ)さん」


 レインを見て一瞬驚いた顔をしたが、直ぐに気を取り直して笑顔に戻ると大仰に頭を下げる。その仕草はなまじ顔が良いだけに様になっていた。


「名乗るのが遅れて済まない。俺はライシールドと言う。疾風の森林の中央に届け物があって、そこまでの案内を頼みたい。疾風の森林が無理なら街道まででも良い」


 移動手段、荷物の量、移動中の食事や野宿の経験等を聞き、ウルは指を折って日程を計算する。


「まずここから街道まで大体二百キル(キロ)強、君の一日の踏破距離がどのくらいかが判らないので平地を成人男性が歩ける距離の半分くらいで計算して一日十時間で二十キル(キロ)。因みに俺なら全力で五十キル(キロ)は行けるが、まぁ参考にはならんな」


 更に途中に川や山等もあるので単純に二百キル(キロ)とは行かない。魔物だって出るだろうし、野生動物に襲われる危険もある。その辺りも考慮に入れると街道までで余裕を見て二十日、疾風の森林が強風による歩き難さや、風の吹く中心地を探す必要もあることから大体十日は見たほうが良いだろう。


「都合三十日、丁度一ヶ月だな。帰りもここまで連れて戻った方が良いのか?」


 次に目指す水属性の管理者の居場所がこの町から丁度真北に当たる禁忌の砂漠(アントロデンデザート)にあるので、一度こちらに戻ってから出発したいところである。


「用事が済んで、そのときの状況次第だが出来たらここまで連れ帰ってくれると助かる」


 そうすると往復で二ヶ月。余裕を見て二ヵ月半と言ったところか。


「今回は火竜様の紹介でもあるし、一月金貨五枚、道中の獲物は折半ってところでどうだ?」


「往復で二ヶ月を切っても金貨は十枚出す。無事ここまで戻ってこられたら成功報酬で金貨をもう一枚出そう」


 ライシールドはそういいながら銀の腕輪(アームレット)の空間収納から金貨を十枚取り出すとウルに手渡した。


「前払いだ。万が一俺が死んでも、これならウルは損せずに済むだろ?」


 手の中の金貨を見つめながら、ウルは「これ持って俺が逃げたらどうするよ?」と意地の悪い笑みを浮かべた。


「かまわんよ。火竜と竜皮族、多分森人も敵に回す価値がその金貨十枚にあるならな」


 金貨一枚で一般的な町民の月収の二倍程度。十枚で一年弱の収入になる。これでこの辺りの勢力を根こそぎ敵に回す馬鹿はそうそう居まい。

 ライシールドの返答に肩を竦めると、ウルは金貨を仕舞って右手を差し出した。


「契約成立だ。これから二ヶ月、よろしく頼むぜ」


 ライシールドがその手をとり、二人の手の上にレインが座る。後は明日の出発に合わせて準備を整えるだけだ。




 準備とは言っても、神域で聖遺物(アーティファクト)の背負い鞄の荷物を一部を除いて空間収納に詰め替えてくれているので、食料や薬類は用意する必要が無い。ウルの矢筒は限定収納の魔道具らしく、矢を相当数収納しておけるらしい。容量がそれほどでもないが十分旅の道具を収納できる空間拡張鞄も持っているので、彼も大荷物を持たなくて良いらしい。

 そもそも暫く森に篭って狩りをする予定での出先で今回の話が来たので、長期戦の準備は元々出来ていたらしい。村に戻る時間が惜しいので、詳細を綴った手紙を森人に任せてある。彼らなら問題なく手紙を届けてくれるだろう。


「で、俺としてはこれは想定外なんだが」


 そろそろ出発と言う時間に、非常に大きな問題が発覚した。


「いや、俺も聞いてないぞ。レインは知ってたか?」


 ライシールドの問いにレインはふるふると首を振った。


「ん? どうした、行かないのか?」


 元凶が小首を傾げて訊いてきた。さてどうしてくれようか。


「アティ、一つ訊いて良いか?」


「なんだ? 何でも訊いてくれ!」


 アティは灰色のコート(外套)を腰の括れの辺りでベルト(腰紐)で締めて、膝まであるブーツ(革長靴)を履き、ベルトの後ろと左側にはベルトポーチ(腰掛け小型鞄)が引っ掛けてある。背中にはナップサック(簡易背負い鞄)を背負っている。


「なぁ、その格好は何だ?」


 言われて自分が何かおかしな格好をしているだろうかとくるりと回る。ローブの裾が翻り、ショートパンツ(短下服)から伸びる素足が見える。


「何かおかしいか?」


「何もかもおかしい。そんな靴で森を歩く積もりか。そんな素肌を晒した状態で茂みを抜ける積もりか。そんな程度の荷物で二ヶ月の旅をする積もりか。と言うか、お前は着いて来る積もりか」


 淡々とライシールドは指摘した。もう怒鳴る体力が勿体無い。


「このブーツもショートパンツも我の自作でな、並の武器では傷一つつかん防具じゃよ。特にブーツは疲労軽減の効果付じゃ。そもそも我の素肌に傷を付けられる茂みがあるなら見てみたいものよ」


 ローブの裾を自ら捲くり上げ、惜し気もなく傷一つない太ももを晒す。


「背中のナップサックも魔道具でな、割と高位の空間収納が付与(グラント)されておる。見た目よりもたくさん荷物が入っておるのじゃ」


 腰に手を当て、得意げに笑う。今まで空気のように脇に立っていたガズが、ライシールドの横にこそっと近づいてくる。


「ライシールド様、後生です。火竜様を連れて行ってあげてくださいませ」


 断りたい。出来る事なら断りたい。と言うかもう問題しか起きない気がするから断りたい。


「火竜様はあれで中々戦えます。いざとなれば火竜の姿になると言う手段もあります」


 戦えるとか戦えないとかが問題ではない。もっと根本的な問題なんだが。


「火竜様は母上様亡き後、一度もこの地を離れようとはなされませんでした。母上様の眠るこの地を離れ難いのでしょう。それが自ら進んでライシールド様に着いて行こうとされている」


 憑いて来る、の間違いではなかろうか。


「正直に申しまして、我らでは火竜様の矯正は非常に厳しい。ライシールド様の言うことはよく聞かれるご様子ですし、出来ましたら、その……」


 つまり厄介払いか。押し付けるつもりなのか。


「暫く、ほんの暫くの間で良いのです。どうかお願いします!」


 ガズの必死さに引き気味になりながらも、長い間随分と苦労してきたんだなぁと深く同情した。このままだと心労でいつか倒れるのではないかと思うほどの必死さに、ライシールドも折れた。


「解ったよ。ただし、俺でもどうにもならなかったら放り出すぞ」


「そのときはお一人で戻ってこられるでしょう」


 高位火竜をどうにか出来る者等そうそう居るまい。


「ウル、すまない。あれも連れて行く」


「……仕方ないな。まぁ足手纏いにはなるまいよ」


 今だ得意げに胸を逸らすアティに出発を告げ、ガズたちに別れを告げる。まず目指すは東だ。

 こうして、疾風の森林を目指す旅は幕を開けた。

拙作をお読みいただきまして、ありがとうございます。

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