第41話 新しい命(Side:Lawless)
「まずは、あなたが持ち込んだものの整理をしましょう」
物資を受け渡すため、どうしても受けとる必要のあった金銭だが、殆どライシールドの銀の腕輪に受け渡し済みだ。法生と違ってライシールドは身一つでこれから生きていくのだ。お金はあればあるだけ役に立つだろう。多少の小銭だけが残っているが、これは袖無外套の衣嚢の中に入れたまま忘れていたものだ。
次に小型弩や投げ短刀等の武器や、革の手甲等の防具類。これは特別珍しいものでもないので、神域で処分してしまえる。
拡張鞄の類いはマリアの製作した物なのでそのまま回収で問題ない。聖遺物の背負い鞄は神域に戻す必要があるので回収された。背負い鞄の中身で問題無さそうな物は、金銭と同様にライシールドの空間収納に移動してある。捨てるくらいなら彼に活用してもらう方が良いだろうとの配慮だ。
後は各種魔道具だが、どれも強力とは言えない量産品の類いなので、それほど処分に気を使う必要はない。
「片眼鏡と指強化の指輪は処分するにはちょっと勿体無いなぁ」
法生は地味にこの二つを気に入っていた。指弾は道具の要らない飛び道具として重宝するし、片眼鏡の拡大縮小は普通に便利だ。
「では、それらを触媒に技能を授けましょう」
素となる何かを生け贄に捧げれば、新たな技能を付与することが容易になるらしい。
「是非お願いします!」
自分の目が望遠鏡代わりになって、自在に指弾が撃てるようになるなんてちょっと楽しそうだ。
「この後、貴方の肉の器から魂を分離し、空の器を触媒に命の尽きかけた胎児を補強します。その後貴方の魂を基礎として融合、安定までには生まれ落ちてからおよそ一年が必要かと思われます。その間貴方はこちらの世界に波長を合わせる為、眠りに着いていただくことになります」
一歳になったら意識も記憶も戻ると言うことで良いのだろうか。
「二つの魂が混じり合う事で、能力的には大分変化を迎えることになると思います。向こうの世界では適性外だった魔法や各種術式が使えるかもしれません」
無論こちらでも適性がない可能性もある。それでも使えるかもと言う可能性はそれだけで胸が躍る。
「翻訳は貸与した技能ですので、回収させていただきます。言葉や文字を覚える上では邪魔にしかなりません。貸与とは言え、一度覚えた技能は再取得し易いのでどうしても必要と言う場合は自力で取得を目指してください」
取得条件は複数言語の理解です、との事。複数言語が理解出来る時点で重要性はかなり下がるが、それでも無いよりはあったほうが良い。いつかの取得を目指して頑張ってみるのも面白そうだ。
「仏具は既に魂の一部となっているので、貴方と共に在り続けます。人の身で使い続けても世界の総量限界を超えることはありませんので、自由に使ってもらってかまいません。ただし使用によって何か不都合が生じても自己責任でお願いします」
まるで説明書の注意書きのようだな、と法生は思う。実際使用説明なのだから当然なのかもしれないが。
登録済みのものは一部を除いて複製が出来なくなるらしい。まだ幼いうちは無理に複製を行うと魂に損傷を受ける可能性があり危険なので、負荷の軽いものに限定されるようだ。これは法生自身の成長を持って徐々に解放されるだろうとの事だ。
最後に現在所有している技能の扱いだ。
まずマリアから授かった不滅の顎は、法生の魂の許容範囲内で取得された特異技能なので、そのまま生まれ変わっても保持される。
「向こうの世界の狩の神が、貴方に加護を与えていたようですね。加護名は不失正鵠。飛武器を使用しているうちに芽吹いたようです。何をしたのかは知りませんが、相当気に入られたようですね」
加護とは高位の力ある存在が気に入ったものに力を分け与える時に付く称号のようなもので、その神の司る力の欠片を我がものとして行使することが出来るようになる。加護を与えた高位の存在がどれだけ被加護者を気に入っているかでその効果の高さが変わる。
法生の持つ不失正鵠の効果は、狙い通りに飛武器が当たると言うもの。これほど強力な加護を得るほど気に入られる心当たり等ないが、職業体験で猟師の下を訪れた時にでも、法生は何か気に入られることをしたのかもしれない。猟師を目指すか弓道辺りを始めていれば大成したのだろうか。
「おそらくその加護は転生先で役に立つと思いますよ」
異世界とは言え神の加護は他のものがどうこう出来るものではない。与えた神が回収しない限り、魂について回る祝福となる。
「後は……貴方の魂には二本の線が繋がっています。心当たりはあると思いますが、これは生まれ変わっても繋がったままです」
雪豹と高位妖魔、二つの線はそこに繋がっている。いつか大陸を旅することが出来るようになったなら、会いに行かねばならない。
「どうやら間に合ったようだね」
いつの間にか居なくなっていたクリスがどこからとも無く現れた。
「一応、彼が無事大陸に辿り着いたかを確認してきたよ。予定通りの地点に到着していた。彼は目的の為に歩き始めたよ」
長く険しい旅だろうが、彼は成し遂げるだろう。いつかその一助になれるよう頑張ろう、と法生は決意を新たにする。
「では、そろそろお別れです」
「世話になったね。僕も、マリアも、そして世界も」
クリスはマリアの隣に立つと肩を抱いた。甘えたいところをぐっと堪えて、マリアは法生に手を翳した。
「貴方の往く道に、幸あれ」
足下から消失していく感覚があった。十七年と言う短い年数だったけれど、共に歩んできた自らの肉体が消えていく喪失感に、若干の恐怖を覚えないでもない。だがそれ以上に新しい人生への期待で溢れていた。
音無法生の人生は幕を下ろし、そして新しい物語が始まるのだ。
「行ったね」
クリスは法生が消えた場所をただ見ていた。何もない空間、ただ白い空間に漂う最後の光の残滓が消えた。
「後は彼ら次第。私達は見守るだけ」
マリアは誰も居なくなって気兼ねする必要がなくなったからか、クリスの肩に頭を預け、同じように光が消えていったのを見ていた。
「彼は何れここに至るのかしら」
「さあね。条件は揃っているけど、後は彼次第じゃないかな」
ここから先は未確定の未来。誰も知らない、それこそ神も仏も与り知らぬ、そんな新しい時代。
神々は見守る。この時代の行く末を。
彼は夢の中に居る。
焚き火の前で座り、膝の上に一匹の雪豹が頭を乗せて甘えてくる。
その頭を撫で、静かな時間を楽しむ。
そんな夢の中に居る。
彼は夢の中に居る。
森を抜けて草原を歩く。隣を妙齢の美女が歩いている。
花を愛で、風を感じ、ただ笑いあってのんびりと歩く。
そんな夢の中に居る。
彼は夢を見る。
甘い綿菓子の様な髪をした少女の夢を。
勇ましくも可愛らしい、少女の夢を。
彼はそんな夢を見る。
「ねぇ、君は何を望むの?」
夢の狭間、夢と夢の間に見る何もない夢の中で、少女の声が聞こえた。
それは幼いようにも、年老いたようにも聞こえる。きっとそのどちらでもあり、どちらでもないのだろう。彼は自分が何者かは思い出せないけれども、これが夢だと言うことは何と無く理解していた。
そんな夢の中の質問になんと答えるか。特に何も望んでいないし、思い描くのは幸せな生活。家族が居て、みんなが笑顔で、みんなと幸せになりたい。そんなささやかな希望。
「ふーん。君の望みはそれか」
真っ暗な夢の中に、華奢で小さな腕が伸びてきた。彼の額と思しき場所に触れたかと思うと、その腕は闇の中に溶けていった。
「君、面白そうだから贈り物だよ」
何を貰ったのかは判らないが、何か貰ったのなら感謝しないと。必死で念じる。ありがとう!
「あはは、君はやっぱり面白いね。何貰ったのかも判らないのに」
調べようも無いしね。例え変な物でも折角貰ったんだ。頑張って使い方を考えるよ。
「ふふ、ほんとに面白い。大丈夫、変なものじゃないよ。ちょっと解りにくいけどね」
贈り物は気持ちが大事なんだよ。その気持ちだけで嬉しいんだ。
「そう言ってもらえると、あげた甲斐もあるね。いつかまた会えると良いね。バイバイ」
夢の狭間の終わりが近づいていた。うっすらと色付いてくる夢の中へ、彼は飲み込まれていった。
目を開けると亜麻色の髪の女性が覗き込んでいた。
目が合うと優しそうな笑顔を見せ、手を伸ばしてくる。柔らかい腕の中に抱きしめられ、その暖かさと安心感で気が緩む。体を預け、目を閉じる。
微睡みの中に意識は落ちていった。
乱暴に抱きしめられ、強引に目を覚まさせられた。
赤髪の若い男が、子供っぽい笑顔で抱き上げていた。硬い腕、硬い手の感触が痛い。その乱暴な扱いはいただけない。不快感を素直に外に出す。
女性が男性から取り上げ、その柔らかい腕の中に抱きしめた。途端に感じられる安心感に泣き疲れて力尽きた。
女性の静かに怒る声と、情けない顔で項垂れる男を見ながら意識を手放した。
「おはよう、■■■■■■、■■■■■■■■■■」
大分意識が馴染んできたのか、随分と物事がはっきりしてきた。今目の前で僕を優しく見つめているのは母親なのだろう。毎日目が覚めると僕に声を掛けてくれる。何を言っているのかは殆ど解らないが、おはようやおやすみ、ご飯などの頻繁に出てくる単語は何とか理解できるようになってきた。
「□□□□□□□、□□□□。□□、おはよう□□□□。□□□□」
こちらの赤髪の男性は父親のようだ。本人は優しく扱ってくれているつもりなのだろうが、抱き方が雑で正直に言って痛い。以前聞いた“肉体に精神の強度は引っ張られる”と言うのは本当らしく、今の僕には堪えがたい痛みで、いつも大泣きしてしまう。
最近は僕を泣かせるのが怖いのか、滅多に抱き上げてこなくなってしまった。でもそのごつごつした手で頭を撫でられると、凄く安心する。
「△△△△、△△△△△△。△△、おはよう△△△△△△△」
栗色の髪の少女がやってきた。年の頃は五歳といったところか。随分と見慣れた顔つきをしているがきっと偶然だろう。彼女は僕の姉ではない。どうやら近所の子らしく、子育てで大変な母親の手伝いで殆ど毎日顔を出している。他にも何人かお手伝いに来てくれる近所の人は居るが、この子が一番出席率が高い。
僕は今、新たな人生を歩み始める。新しい家族と共に。
拙作をお読みいただきまして、ありがとうございます。
15/10/20
飛武器が的を外す事が無い
→狙い通りに飛武器が当たる