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第40話 旅の終わり、旅の始まり

本日二話目の投稿です。39話を読んでいない方はご注意ください。

 白い空間に戻ってくると、そこにはクリスとマリアが待っていた。クリスはにこやかに、マリアはばつの悪そうな顔で。


「やあ、ご苦労様。これで君達に課せられた対価としての仕事は終了だ」


 クリスが手元の神書を机の上に置くと、頁を捲る。中ほどの所で手を止めると、頁の中ほどを指差した。


「君達の成果の一つは大地の災厄という人知及ばぬ奇跡の再現に成功した件。これにより史実通りの出来事が発生して、反融和派の勢力が大幅に落ちた。融和派にも被害は出たが、これは本来の歴史でも同じだった訳だし、特別問題ではない」


 次いでまた頁を捲る。


「次の成果だ。これは史実では行方知れずのまま終わった上位妖魔の帰還。覚えがあると思うが、君達が封印を解き治療した彼女の事だ。残念ながら彼女の一族は彼女不在の間に断絶しており、彼女自身には身一つの身分しかない。しかし彼女経由で妖魔全体に齎された魔喰らい(マナイーター)の治療法のお陰で多くの妖魔族が命を拾うことになる」


 史実では魔喰らいが妖魔族に蔓延するのはあの日から五年後。夢魔侵攻の時代が終わり、物質界(マテリアル)精神界(メンタル)が手を取り合って一年後の事となる。

 魔喰らいは莫大な魔素を持つ妖魔種を媒介に変質し、毒という分類にありながら周囲の魔素の高い者に飛沫感染する特性を獲得、病の如き変貌を遂げる。それにより幾つかの種族を丸ごと全滅させる勢いで拡大し、手法は違えど似たような処置が考案され、以降は死亡率が激減することになるが、そこに至るまでに物質界(マテリアル)の妖魔の総数を半減させるほどの猛威を振るった。

 それが今回のアイオラにより伝えられた治療法を基に開発された新薬のお陰で、蔓延を未然に防ぐことに成功。事前に症状を周知させることが出来たことも大きい。初期症状の段階で適切に処置すれば、受ける負担もまったく変わってくる。


「つまり、妖魔種全体の救世主となった訳だ。歴史が追いついた現在、世界は随分と豊かに、平和になっているよ」


 遥か古の大災害に因る世界の総量の喪失を補填するにはまだまだ足りないが、世界は随分と猶予を得た。改竄の被害は上書きされ、結果的にはより良い状態に落ち着いた事になる。


「この流れまで読んだ上での犯行だと言うのなら、あれ(犯人)の意図も少しは見えるというものですが……あの娯楽至上主義の捻くれ者がそんな殊勝なことをする筈がない、か」


 最後のクリスの呟きの意味は理解できなかった。問おうか迷う法生の思考を遮るように、今度はマリアがおずおずと口を開く。


「申し訳ありませんでした。貴方達やクリスにまでご迷惑をお掛けして……」


 クリスは「僕は良いんだよ。君は少し頑張りすぎただけだよ」と肩に手を置いて慰めている。法生もライシールドもレインも、マリア不在で不利益が発生した訳でもない。無理を押してマリアが不調のままでは、拙いことになった可能性だって考えられる。


「僕達は無事に仕事を終えられた。マリアさんはクリスさんと会う事が出来た。結果を見れば問題は何も無かったんですよ」


 恋人に、と言うより夫に長期間会えないなんて辛いだろうし、と法生はマリアに同情的だ。ライシールドはどうでも良さげに無関心で、レインに「少しは参加しないと駄目だよ」と諭されている。


「そう言って貰えると助かるよ。彼女も反省しているし、許してくれるかい?」


「許すも何も、僕は気にしてませんし、ライ君はその辺無関心ですし」


 マリアの謝罪もお礼も要らないのだ。そもそも法生もライシールドも、マリアが居なければ当に死んでいたことだろう。そう考えると感謝してもし足りないくらいだ。


「この辺でこの話は止めておきましょう。それより僕達はこれからどうなるんですか?」


 具体的な話は何一つ聞かされていない。法生は異世界での新たな人生、とは言われているがこの身のままなのか産まれ直す形になるのかすらわからない。ライシールドに至っては先払いで願いを叶えている。彼はどうなるのかの見当すら付かない。


「今回の依頼の報酬である新たな人生と言うのは、この大陸で新しく父を持ち母を持ち、産まれ出でて世界の一員となることを指します」


 その際比較的安全と安定を約束された夫婦の下に産まれる様にしてくれるらしい。本来であれば生まれ出でることなく胎内で命を散らす者の魂を法生の魂が補強し融合し、一つの命として産まれることで死産予定だった胎児も、赤子を抱くことが出来なかった母親も、子を得ることが出来なかった父親も救われ、法生も新たな生を受け新しい人生を得ることが出来る。


「すでに報酬を受け渡していますが、改竄の修正が想定の遥か上の結果を引き出したことで一つの選択肢を提示することが出来ます」


 マリアが言うには、ライシールドの報酬でもあった姉の救済は命を救うという一点のみで、その後彼女がどうなるかは彼女次第であった。

 その後彼女がどうなっているかを知る権利を行使するかを選ぶことが出来る。


「教えてくれ。姉がどうなっているのか」


 敢えて聞かずにライシールド自身の人生を始めるのも良い。だがライシールドは忘れて生きられる程姉に執着がない訳ではなかった。幸せに生きているならそれでいい。だがもしも不幸な道を歩んでいるのならどうにかして救い出したい。


「あの後現地の力有る存在に唆されて、ずっと復讐を胸に彷徨っているわ。彼女にとっても貴方はとても大切な存在だったようね」


 ライシールドの死を目の当たりにした姉は、力を得るために何かに縋ったらしい。そして今も仇を探して彷徨い続けているようだ。それはライシールドの思う幸福とは大きくかけ離れた道だった。


「それは、どうにかできないのか……」


 搾り出すような声で訊くライシールドに、マリアは幾つかのどうにも出来ない問題を挙げる。

 まず、ライシールドにとって関わりの深いあの日に戻ることは出来ない。それが出来るのはその時代に無関係な者だけであり、そもそも改竄と言う理由がない以上、起こった結果を変える事は許されない。

 である以上、あの日は起こらなくてはいけない。そもそも襲撃者は今のライシールドでは到底太刀打ちできない。

 ライシールドの産まれた大陸は、始まりの勇者の時代に『追放者』に支配された、後に剣の勇者(ブレイド)大陸と呼ばれる故郷を捨て、逃げ出した者達が海を越えて辿り着いた新たな大地であった。

 ライシールドの村が襲われたのは剣の勇者(ブレイド)大陸で六英雄の時代に当たる。既に五十年近く時は過ぎている。漂着(アライブド)大陸と呼ばれるそこに辿り着くためには、この後大陸間航行が可能になる時代を待たなくてはならない。


「俺だけでいい。あの村のある大陸に飛ばすことはできないのか?」


 マリアは首を降る。

 あの大陸は独自の神が守護する土地でこちらの干渉を嫌う傾向にある。正規の手続き(きちんとうみを)を踏まない(わたってこない)侵入者を許さないのだ。

 大陸間を船が往来出来ないのは剣の勇者(ブレイド)大陸の四方を特殊な結界が封鎖しているためだ。『追放者』が他の大陸に手を伸ばさないようにと施された檻の結界は『追放者』が駆逐された今、その役目を終えている。だが実際には今だ張られたままだ。

 この結界に力を与えているのが、大陸の東西南北にある四つの霊力の源泉であり、それぞれの地を管理するものがいる。『追放者』が既に大陸に居ないと言うことを知らない管理者達は、未だにその地を守護し、結界に力を送っている。


「まずは各地の管理者を説得し、檻の結界を解除する必要があります」


 マリアはライシールドに布の袋を手渡した。袋の中には四色の宝珠が入っている。


「それを各地の管理人に手渡してください。管理任務の終了の証になります」


 今の安定している剣の勇者(ブレイド)大陸にマリア達高位の神格者が無闇に降臨することは悪影響でしかない。予定では法生の転生に紛れてその魂に情報を載せて何時か管理者に会いに行ってもらおうと思っていたのだが、ライシールドがその役を担ってくれるというのならお願いしたいらしい。


「あの大陸はまだ外に目を向ける余裕がありません。なので早急に檻の結界を解除する必要もないのです」


 法生に任せても良いしライシールドが自ら行動しても良い。法生に任せた場合は早くても十数年は待たねば行動を起こすことは出来ないだろう。彼自身が動くなら、この後直ぐにでも動き出せる。どちらにしてもあの村の襲撃者を倒すのは、神器と彼自身の成長が無ければ成らない。管理者に会うには大陸を端から端まで旅しなくてはならない。徒歩や馬車で事を成すには、やはり年単位の時間が掛かるだろう。

 マリアが言うには、ライシールドの姉は力あるものの眷属となっており成長が止まっているとの事。よほどの事がない限り死ぬことが無いと言う。一刻も早くと焦るライシールドに、拙速は巧遅に勝るとは言え、事を急ぎすぎて自身を疎かにする事は失敗に繋がる、と宥めた。


「例えどんなに強い力を持とうと、一人で出来ることは限られています。信頼できる仲間を得ることが一番の近道となるでしょう」


「そうですね。ライ君、僕が旅に出られる位になったら、必ず力になるよ」


「……すまない。そのときは頼む」


 僕達は共に戦った仲間だからね、まぁ役に立てるかは解らないけど、と自嘲気味に肩を竦めた。


「いいさ、これは俺の旅だ。お前は新しい人生を好きに生きて、出来る余裕があったら俺を助けてくれ。気負う必要はない」


 初めて会った時とは随分態度も接し方も変わってきたように思う。レインなんかは「ライ、随分成長したねぇ」とおかん根性丸出しだ。


「そうだね。僕は僕で人生を楽しむよ」


 口ではそう言いつつも、法生は何時かライシールドの役に立てるよう頑張ろうと心に誓う。それこそ何時になるかは解らないが。


「今回の管理者への連絡員としての依頼の報酬を先払いしておきます」


 マリアが手渡したのは銀の腕輪(アームレット)、右腕の上部に装着する形の腕輪だ。所有者の意思でのみ着脱が可能で、見た目はどこにでもある銀の腕輪だが、実際は不壊の聖遺物(アーティファクト)であり、空間収納の付与(グラント)が掛かった鍵でもある。


「使い方はレインに情報伝達(エクストラディション)しておきますので、詳しくは向こうで確認してください」


 ライシールドを大陸に送り届けると同時に、レインは神域との交信(コミュニケート)が断絶される。神器に宿る情報妖精として一つの生命となる。それを持って神域との関係は終了し、以降は一切の交流は不可能となる。


「最初は風を司る管理者を目指すと良いでしょう。貴方の旅の出発点には、貴方を知る者が待っています」


 ライシールドの周りに光の粒子が舞い始める。立ち昇る光と一緒に、足下から彼の体が消失していく。


「ライ君、また会おう。いつか必ず!」


 法生に笑みを向けると、ライシールドは光となって消えていった。消える直前、レインが笑顔で手を振るのが見えた。

 短いようで長かった旅の同行者との別れは、思ったよりもあっけなく終わった。またいつか、何処かできっと会えるだろう。その時まで元気で、と消える粒子の柱に向かって祈った。


「さて、次は転生の手続きを取りましょう」


 それは法生の新しい人生(たび)の始まりであり、前の世界との完全な別れの始まりでもあった。

拙作をお読みいただきまして、ありがとうございます。


15/10/22

既に四十年近く時は過ぎている。

→既に五十年近く時は過ぎている。

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