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第39話 一つの思い

本日一話目です。今日まで二話投稿いたします。

「馬鹿な、そんな馬鹿な。我らの夢が、我らの願いが、我らの悲願がこんな所で潰える等と、あってはならない。あってはならないんだ」


 青年は膝を付きブツブツと呟いている。背後の二人は先ほどから人形のように無反応にただ立っていた。

 頭を掻き毟り、キョロキョロと周りを見回し、爪を噛んでそのまま噛み千切る。指先から血が滴っていても意にも介さずブツブツと呟く青年の目は、既に常軌を逸しているように見える。


「ああ、そうか。嘘ですね。全部」


 唐突に口調が戻る。話している内容はともかく、正気に戻ったのかと青年を見ると血走った目が法生を睨み付けてきていた。


「木偶共、あの嘘つきを消してこい」


 背後の黒外套二人が飛び出してくる。一人は異常な速度でライシールドの右手側に斬りかかり、もう一人は一歩遅れて左手側から剣を横凪ぎに払ってきた。

 ライシールドは偃月刀(シミター)で右手側の黒外套の手に持つ片手剣を半ばから斬り飛ばし、左手側からの攻撃は紫電小盾で受け止めた。

 剣を斬り飛ばされた黒外套は、それを投げ捨てると素手で殴りかかってこようと振り上げた。ライシールドは右足で素手の黒外套を蹴り飛ばし、その反動を左手を通してもう一人の黒外套の剣を押し返した。

 素手の黒外套は蹴り飛ばされて体勢を崩して尻餅を付いて、盾で押し戻された黒外套は再びライシールドに斬りかかって来た。

 先程の一合で素手の黒外套が速度特化、斬りかかって来る方が腕力に特化しているように感じられた。武器もない素手の方が立ち上がる前に、腕力黒外套を無力化することに決めた。

 腕力特化とは言え、通常より二割ほど膂力が高い程度なので紫電の腕で十分対処できる。先程から立ち上がろうとする素手の黒外套には法生が指弾で牽制して時間を稼いでくれている。


「木偶共めが。さっさと始末しないか!」


 管理小屋での理性的な仮面が剥がれ、粗野な一面が顔を出している。思う通りに事が運ばないことに苛立つ子供のような態度で怒鳴る。

 黒外套が駆動の歯車(ギア)を上げる。斬り結ぶ片手剣の威力が更に二割程増す。立ち上がった素手の黒外套は指弾が当たるのも無視して法生に向かって突っ込んでいく。

 威力が増した分逆に防御が疎かになり、ライシールドの偃月刀は黒外套を切り裂き、腕や足に浅くない傷を与えていく。

 紫電小盾が悲鳴を上げ、バチバチと放電する。剣を防ぐ度に徐々に盾が小さくなっていく。


「そろそろか?」


 黒外套の一撃を盾で受ける。紫電小盾は一際大きく放電すると剣を弾いて消滅した。弾かれた衝撃で僅かに体勢を崩した所を見逃さず、偃月刀は右足を深く切り裂き黒外套は自重を支えきれずに倒れこんだ。それでも立ち上がり攻撃しようとするが、右手が震えて片手剣を取り落としてしまう。

 紫電小盾の特殊効果で、一合する度に武器を通して相手に微弱な電流を流し、一定値を超えると弱い麻痺効果を引き起こすことが出来る。麻痺と言っても指先の感覚が無くなったり手の力が入らなくなったりする程度だが、武器を扱う者相手なら十分すぎる効果であろう。何せ武器を巧く扱えなくなるのだから。


「少し寝ておけ」


 武器を諦め片足で立ち上がろうとする黒外套の側頭部に思いっきり蹴りを入れる。派手な音をさせて勢いよく反対側の側頭部を強かに地面に打ちつけ、両側から激しく脳を揺すられて意識を失った。

 生かしておく理由はないが、殺している時間もない。黒外套を放置して、ライシールドは法生の救援に走った。




 突っ込んでくる黒外套を恐れて、法生は甘い狙いで指弾を撃ちまくる。回避する気もないらしく、的外れな方向へ飛んでいく物以外は尽く体の何所かに命中している。だが痛みを感じていないのか、突進の速度はまったく衰えを見せない。


「うわ、やばっ」


 指弾では止まらないと悟り、腰の投げ短刀(ナイフ)を投擲する。今度は機動力を殺ぐ為に足を狙うが、狙いが上手く定まらず、地面に刺さったり明後日の方向に飛んでいく。そのうち一本がすっぽ抜けて、左腕に突き刺さった。

 一瞬動きを止めた黒外套は右手で無造作に短刀を抜くとそれを握ったまま再び法生を目指して突進してくる。足止めをする処か相手に武器を与えてしまう大失態に法生は青くなって後ずさる。

 岩肌を背後に追い詰められた。もう二歩も接近すればあの短刀が振り抜かれるだろう。対する法生にその短刀を受ける武器も無ければ技術もない。指弾も効かない。とっさに背中の背負い鞄(バックパック)の肩紐から片手を抜き、身体の前面に構えると迫る黒外套に突っ込んだ。

 黒外套は見た目ただの布製の背負い鞄など大した障害にもならないと短刀で切りつけ、切り払った上で法生に刃を突き立てる心算だった。だが最初の一撃でその計画は頓挫する。一見ただの布製の背負い鞄だがその正体は不壊不滅の聖遺物(アーティファクト)、魔物の猿の爪でも傷一つ付かないのに、たかが短刀如きで切り裂ける訳がない。

 それでも排除しようと何度か斬り付ける内に、短刀は根本からぽっきりと折れてしまった。黒外套はたかが布に負けて折れてしまった短刀に早々に見切りをつけ、柄のみとなったそれを投げ捨てて背負い鞄を取り上げようと掴みかかる。


「お前も寝ておけ」


 前しか見ていない黒外套の背後に移動したライシールドが、偃月刀の柄で後頭部を殴りつける。完全に想定外の位置からの攻撃に防御も回避も無く、完全に入った一撃で白目を剥いて昏倒する。


「ローレス、大丈夫か?」


 背負い鞄を抱えてへたり込む法生に手を差し出した。その懐で「時間稼ぎご苦労様です! 良く耐えましたね~」とレインの慰労の声が聞こえる。


「どうする? 殺すか?」


 刃を向けてきたものは敵であり、敵は殲滅が当然の思考のライシールドは気絶している二人の黒外套を一箇所に集めると、法生に尋ねる。


「なんだか操られてるようにも見えたし、殺すって言うのは抵抗があるかな」


 殺されかけたのになんて甘いことを、とライシールドは呆れたが、別に殺人が趣味な訳でもないので無力化出来ているならそれ以上はどうでも良い。

 法生に手を貸して立ち上がらせている隙を好機と捉えたのか、青年が鋭くライシールドの背中に剣を突き出してきた。しかしその特攻は既に紫電結界でライシールドの知る所であり、向こうから来るようにあえて無防備な背中を晒して挑発していただけだ。紫電小盾を左手に握り込んで迎撃準備を完了している。至近まで近づいた青年の顔面に向けて閃光をお見舞いした。


「目が! 目がぁっ!」


 眼前で弾ける閃光に目を貫かれ、痛みで剣を取り落として両目を押さえる。これで十分無力化出来たとは思うが、念の為に気絶させようと偃月刀の柄を振り上げた所で制止の声が掛かった。


「すみません。その辺りで」


 振り上げた腕にそっと添えられた細い腕。接近にまったく気付かなかったライシールドはぎょっとした顔でその相手を見た。その腕の主は先ほどまで地面に転がっていた残念隠密の女性だった。


階級(ランク)三の三十番台小屋管理員スパル。不当に他人に危害を加えようとした罪で捕縛する。魔神信仰の件や情報隠蔽等、そちらも言い逃れできると思うなよ」


 最初に会ったときとは別人だと言われても納得してしまいそうな豹変振りだ。そもそも紫電結界を張り巡らせた中を、どうやってライシールドに気付かれずに接近できたと言うのか。

 今だ目を押さえて苦しむ青年スパルを後ろ手で縛り上げると、女性は懐から笛を取り出し、甲高い音を響かせる。どこに隠れていたのか、八人の男女が現れてスパルと黒外套の二人を拘束した。


「いきなりで申し訳ない。私は竜王国内部監査室のエランティスと申します」


 エランティスの言うには、スパルの所属する集団は大分前から監査の目が付いていたらしい。今回エランティスがこちらに赴任してきたのも、ここ最近の噂話専門報道屋(ファルスルーマー)を使った派手な流言飛語(デマ)をこの集団が流したことに端を発している。近年稀に見る動きを見せたことで、何か大事を狙っている可能性が高いと、監視を強化したのだと言う。

 エランティスの隠密(ステルス)下手も演技だそうだ。隠蔽(ハイディング)しか出来ない等と言うほうが不自然であるし、そんな人材をいつまでもそのままにしておくほど竜王国は温い国ではない。苦手を克服するか別の適正を模索するか辞めるかだ。出来ないを簡単には責めないが、出来ないままを良しとしない組織なのだ。

 スパルが己の信条に傾倒せず、もっとこの国を見ていれば、エランティスに騙されることも無かったのかもしれない。


「すまないね。スパルの尻尾を掴むために、君達を利用させてもらった」


 実は組合(ギルド)の犬系獣人族女性は監査室の外部協力員で、スパルには監査室の指定の情報のみを流すよう指示されていた。今回都合よく法生達が流言飛語の大元の祭壇に行くと言うことだったので申し訳ないとは思ったが利用したと言うことらしい。


「事前に説明できれば良かったのだが、何分無能を演じるのも大変でね」


 他所の国はどうかは知らないが、竜王国の組合の受付には嘘感知(パーセプションライ)の魔道具があるのは当たり前らしい。どんな形をしているのかは機密事項だが。

 法生とライシールドに対しては特に疑う要素もないので特別拘束はないらしい。寧ろ監査室側が巻き込んだ形になっているので、正式に謝罪をしたいとの事だった。


「どうもね、古竜山脈の辺りで大規模な災害が発生したらしくて、ちょっと上がごたついてるんだ」


 もし良かったら監査室持ちで落ち着くまで要塞都市に滞在してもらえないか、との申し出を丁重に断った。やる事はやったし、大地の災厄とやらも発生した模様だ。これ以上長居する意味はないだろう。


「いえ、僕らもちょっと一旦故郷に戻ります」


 謝罪も何もいらないし、この地に留まる理由がない。これから暫くは大変だろうし、その原因は法生達でもあるのだから。


「そうかい、残念だ。これに懲りずにまた竜王国に来ておくれよ」


 管理小屋は封鎖中なので、エランティスが出場手続きは済ませておいてくれるらしい。この場で幾つか調書を取られ、小一時間ほどで開放される。折角なのでこのまま人目のつかない所に移動してしまおう。

 エランティスと別れ、広い迷宮街道に出る。遥か東に見える山脈の至る所で煙が上がっている。どうやらあれが古竜山脈のようだ。

 法生達は山脈に背を向け歩き去る。何時の日かここを訪れる時は、もっと純粋に旅路を楽しんでいると良いなと思いながら、この時代を後にした。

拙作をお読みいただきまして、ありがとうございます。

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