第38話 願いは一つ
本日二話目の投稿です。37話をお読みでない方はご注意ください。
きりが良くないので明日も出来たら二話投稿しようと思います。
朝の投稿が出来なかったら申し訳ありません。
「ありがとうございました。今はお返しできませんが、何時か必ず、このご恩は」
アイオラを見送りに三の三十三番の入り口まで戻ってきた。念の為と辺りを紫電結界で調べてみたが特に誰も潜んではいなかった。今のアイオラとアマリならこの辺りの魔物程度ならさして苦戦することもないだろう。
アマリとアイオラには地人の聖地で輸送量の誤魔化しの為に使用した容量拡張鞄を渡してある。中には薬類を一式と食料、水袋に簡易天幕、後旅費代わりに大目の現金も渡している。地人の聖地で受け取った積荷のお金と報酬金が唸るほどあるので、旅の途中で使ってもらったほうが還元できて都合が良い。
この仕事が終われば法生もライシールドもお役御免となるのだ。その時に持ち物がどうなるか判らないので、いっそぱっと使い切りたい所ではある。莫大な金額過ぎて到底使い切れないのだが。
「助けたのも僕達の都合ですし、お渡しした物も本来僕らの物ではないので、お気になさらず」
「それ、何度も聞いたけどやっぱり良く解らないわ。いいのよ、私達を助けてくれたのは貴方達なんだから、恩を返すのも貴方達にって事で」
事情も言わずに解れと言うほど傲慢ではないので、素直に恩を貸しておくことにする。次にいつ会えるか、そもそも会えるかも解らないが、それでアイオラ達が納得するならいいか、と自分を納得させる。
「では、約束通り出来るだけ速やかにここを離れてください。近くこの辺り一体は大混乱になると思います」
大変だとは思うが、数日は出来るだけ休憩を挟まずに一歩でも遠くへ移動してもらいたいところだ。大地の災厄が一体どれ程の規模の災害になるのか判らない以上、離れれば離れるだけ安全度が増す。
「解ったわ。何をするかは知らないけれど、貴方達こそ気をつけてね。私を恩を返さない恥知らずな女にしないで頂戴ね」
「さらば、無事、祈る。また、会う、希望」
そう言うとアイオラとアマリは街道を使わず敢えて森の中へと消えていった。暫くは道を使わず森を抜けていくそうだ。この辺りで怖いのは魔物より人間である以上、森の方が人が少ない分まだ良いそうだ。
「さて、僕らも始めようか」
アイオラたちの姿が見えなくなったのを確認して、三の三十三番へと戻る。邪魔の入らないうちに香を焚いてしまおう。
竜王の香炉に火竜の爪を砕いた粉末を竜の血で固めた火種を入れ火を灯し、木竜の寝床より採取された香木を焼べて香煙を立ち昇らせる。ここにまずは八大竜王の髭を焼べる。煙の色に変化が現れ、麝香のような甘く少し粉っぽい匂いが漂いだした。
「すまん、俺はこの臭いは苦手だ。外で待たせてもらって良いか?」
袖無外套の袖で鼻を押さえるライシールドに首肯する。彼はもう一度「すまん」とだけ告げると逃げるように部屋を後にした。実際逃げたわけだが。
「臭いの好みは人それぞれだから、まあ仕方ないね」
法生にしても得意な臭いと言うわけではないが、不快に感じるほどでもない。
髭が半分ほど燃え尽きた頃、天井の辺りで小刻みな振動と家鳴りのような甲高い破裂音が聞こえ始めた。どうやら古竜レイヴンムーンが少し不快に感じ始めているらしい。
髭が燃え尽きる前に鱗をその周りに配置していく。一枚ずつが触れ合いながら円を描き、中心の火種にそれぞれ接するように置かれた鱗に火が着いたとき、臭いは劇的に変化した。
髪の毛や爪を焼いたときのような嫌な臭いを強力にしたような、そんな異臭が爆発的に周りに広がった。
「これは、きついっ」
法生も出来ることなら逃げ出したい。だが竜王の香炉を放置して退避すると言うわけにもいかない。
鼻が曲がるかと思うような異臭の中、じっと香炉の前で待つ。鱗が半分ほど燃え尽きたところで、天井の更に上の方から、地鳴りが聞こえ始めた。
最初は遠くで雷が鳴っているような音だったが、徐々に近づいてくるそれは地震の先触れを思わせた。音に合わせて天井が揺れ、壁が揺れ、地面が波打つ。
「ローレス! もう充分だ! 香炉を仕舞え!」
鼻を押さえたままでライシールドが叫ぶ。揺れは既に立つことすら困難なほどに激しくなっている。
法生は何とかして香炉を背負い鞄に放り込むと、ふらつきながらも何とかライシールドの元までたどり着いた。
「ライ君、お願いします」
香を焚く前に決めていたことがある。
この祭壇の部屋を封印を解いた状態で置いておくと、法生達は素より、アイオラ達にまで何らかの嫌疑がかかる可能性がある。彼女らに辿り着く可能性は低いが、それでも万が一を考えると出来る手は打っておきたい。
「下がってろ。派手に行く」
巨人の腕を装填したライシールドは、入り口付近に運んで置いた祭壇の石を掴むと、勢いをつけて天井目掛けて投げつけた。
轟音と共にぶち当たり、天井の一部が崩れる。二つ三つと放り投げ、天井にどんどん穴が開いていく。
投げた個数が二桁に到達したかどうかと言った辺りで、遂に耐えきれなくなった天井が崩落を始める。地響きと崩落で祭壇の部屋の天井が崩れ、壁が割れ、積み上げられた祭壇の石が押し潰される。
「もういいだろう。崩壊に巻き込まれる前に脱出するぞ」
紫電の腕を装填し、紫電結界を展開。前を躓きながら懸命に走る法生の腕を掴み、崩れ始める通路を駆け抜けた。
後僅かで迷宮の出口に辿り着くと言う所で、ライシールドが不意に足を止めた。
「なにか居るな」
目の前の出口へと繋がる通路の先に、紫電結界が生物の気配を感知した。数は多くないが、法生達が外へ出るには避けられない位置に陣取っている。だが迷っている暇はない。
「ライ君、とりあえず外に出てから考えよう」
ここに留まることは自殺行為でしかない。背後では派手に崩落する音が響いている。ここに留まっていられる猶予は短い。
仕方なく出口を目指す。出口を飛び出すと同時に、法生の腕を離して偃月刀を抜き、振り上げた。
偃月刀の背が何かを殴り飛ばす。何もなかったはずの場所から突然現れ、吹き飛んでいったそれは、管理小屋の残念隠密だった。
「君たち相手ではやっぱり彼女は役に立ちませんね」
看板の近くの茂みから姿を表したのは腰に片手剣を佩いた管理小屋の青年。その後ろには黒の袖無外套を羽織り頭巾を目深に被った者が二人。無言の二人はそれぞれ手に片手剣を下げている。
「姿を隠しての不意打ち狙いか。隠蔽が見破れるのだから、茂みに隠れた程度でどうにかなるとでも思っているのか?」
右手の偃月刀を青年に向けて突き出し挑発する。青年は肩を竦めてそれを受け流し、困ったような顔をした。
「何か勘違いしているようですが、私たちは貴方を待ち伏せていた訳ではありません」
「何?」
「私達はこの地に封じられていたお方をお迎えに上がったのです。貴方達が三の三十三番の祭壇に向かい、時を同じくしてこの様な天変地異が発生した。これは無関係とは思えません」
特に警戒もせず、青年はライシールドの前に立つ。その後ろには身構えるでもなく棒立ちの黒の袖無外套の二人が付いて来ている。
「貴方達は知っていたのでしょう? この祭壇に祭られ、封じられていたものがなんだったのか」
両手を広げ、演劇の主役のような芝居がかった口調で高らかに叫ぶ。
「何を言っている? ここには何もないだろう?」
「誤魔化すことはありません。そこで転がっている駄目斥候のように、何も無い祭壇モドキなどと、世間一般に流れる常識を教えられてこの地に赴任してきたような者と私は違うのです」
殴り飛ばされたまま転がる女性に侮蔑の視線を向け、男は続ける。
「この三の三十三番は最上位妖魔である魔神種で在らせられる魔神様が祭られた祭壇であると言うことは判っております。その御身を自ら封じ、外界の全てを遮断して真理を求める行を行っていらっしゃった」
自らの言葉で興が乗ってきたのか、大仰な身振り手振りが加わりだした。
「眷属に封印の管理を任せ、何十年とも何百年とも知れぬ過去より現在までこの地にお隠れになっておられた尊きお方が目醒め、共生派反共生派と醜い争いをこの地に持ち込んだ愚かな妖魔共を粛清し、この地に君臨するために今力を振るっていらっしゃる」
つまり、この青年は祭壇に封じられていた魔神様とやらが法生達の手で解放され、まだ表面化していない妖魔種を二分する争いの準備が進められるこの地で第三勢力として共生派反共生派双方を殲滅せんと天変地異を起こした、と思っているらしい。
「約十年に一度、封印の力が弱まりその力が検知されてきた。我らはそれを竜王国に悟られぬ様ここら一帯の管理小屋の管理を担ってきた。封印の力は直ぐに強化されるのだが、今回は違った。少しずつ強くなる気配に私は狂喜したよ。これは魔神様が目醒める予兆だと! 長く封印を解く術が失われたまま今日まで来たが、よもや私の代で悲願が成るとは!」
厄介なのは全てが出鱈目では無いと言う事。アイオラは確かに自らを封じている。毒の進行を抑えるために、自らの肉体を全て卑銀に変えて。そして封印が解かれたのも事実。封印が緩んだのは予兆とか関係なく、ただ単に封印を管理する一族の衰退が原因である。
「貴方達は魔神様を目醒めさせるために来られたのでしょう!」
そもそもこの天変地異は封印とは全く関係がない。古竜レイヴンムーンが身動ぎしているだけだ。
「いや、熱くなってるところ悪いんだけど」
共生派反共生派双方に痛手を与えると言う所は掠っていると言える。
「この異常事態は偶然だし、そもそも三十三番の祭壇、さっき天井崩れて潰れてましたよ?」
一瞬、空気が固まる音が聞こえた気がした。青年が笑顔のままで硬直している。
「な、何を、何を馬鹿な事を。そん、そんな、そんなはずは」
硬直した笑顔をひくつかせて、青年は平静を装おうとしているようだが動揺が隠せていない。
「多分その、魔神様? とやらも今頃ぺちゃんこになっているのでは……」
法生が言い終わると同時に、三十三番の迷宮の入り口から土砂が溢れてくる。一メル程も流れた土砂が勢いを無くすのに合わせる様に、大地の振動は収まっていく。
「そんな……魔神様が」
頽れる青年。悲願は潰え、夢は終わり、彼らの長きに渡るたった一つの願いは二度と叶わない。彼は絶望に打ち拉がれ、滂沱の如く号泣している。
法生は彼を慰める術を知っている。封印の行方とアイオラの存在を教えてやるだけで、青年は新たなる活力を得ることだろう。
だがそれを教えることはない。アイオラの為、アマリの為、決して教えることはないのだ。
拙作をお読みいただきまして、ありがとうございます。