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第33話 地霊の祭壇

 二人が立つのは街道からそう遠くない森の中。付近に人の気配は感じられない。


「まずは街道に出ましょう」


 レインの勧めで森を抜け、石畳の確りとした道に出る。思ったよりもきちんと舗装され、街道沿いも綺麗に整備されている。東西に長く伸びたこの街道は、大陸中央の王国と東部の竜王国を真っ直ぐ繋ぐ交易の動脈であり、一定距離毎に竜王国の兵士が駐屯する詰め所が配置されているので治安もいい。

 詰め所周辺は旅人の為の宿やちょっとした休憩施設等があるので、この街道を進む限り野宿の心配がないのもありがたい話だった。無論お金があればの話ではあるが。


「東に進めば目的の地霊の口腔(ワームレアー)と要塞都市に辿り着ける、と」


 西側も東側も徒歩の人や馬車が行き来しているのが見て取れる。ひたすら真っ直ぐに作られた街道の遥か先に、建物の影が見て取れる。

 法生は片眼鏡(モノクル)をつけて遠くを覗いて見る。

 二足歩行の蜥蜴のような顔をした種族が革鎧に身を包み槍や剣で武装して立っている。街道の警備に就いている竜王国の兵士のようだ。

 街道を行く人々は特に気に留めていないようで、何人かが挨拶している程度で皆素通りしている。


「この先で蜥蜴っぽい兵士が立ってる。街道警備か何かだと思うんだけど」


 近くまで来たところで法生は、怪しい動きをしなければ見咎められることもないだろうと告げ兵士達の横を通過する。ライシールドが兵士の姿を見て僅かに反応したが、声を掛けられることも無く通り抜けた。

 そのまま無言で暫く歩き、少し距離が開いたところで法生が口を開く。


「さっき、兵士達を見て何か反応していたけどなにかあった?」


「ああ、あの種族に見覚えがあって、つい」


 ライシールドの答えを引き継ぎ、レインが頭の上から説明する。

 彼らは竜皮族(ドラゴニュート)、始まりの勇者の時代で出会った種族で、洞窟に棲んでいた竜の眷属で、マリアの話では森人(エルフ)との関係を深めて大きな力を持つに至っているはずである。

 流石にあの残念火竜が国を興して統治なんて出来ないとは思うが、竜の治める国の兵士が彼らと言う所が少し気になる。まぁ、あの火竜以外の竜の眷属が別部族の竜皮族だったと言うだけの可能性が非常に高いが。


「ああ、そういえばそんな話もあったね」


 そんな話をしながら、二人は街道を進む。出現場所はやはり目的地近くに設定されていたらしく、半日も進むと前方に高い壁で囲まれた町が姿を現した。

 およそ二十メル(メートル)程の真っ白な石壁が左右に続いている。石壁に遮られ、街道は壁沿いに左右に延びている。どうやら要塞都市に用事のないものは壁沿いを回って反対側へと抜けるようだ。

 壁には大きな鉄の門が拵えてあり、その側には検問所が設営されている。要塞都市に入るにはそこで身分を証明する必要があるようだ。

 検問待ちの列に並ぶこと一時間。やっと法生達の順番が回ってきた。


「身分証の提示をお願いします」


 空気の漏れるような喋り声で、竜皮族の兵士が手を差し出してくる。法生は今回の為に新たに手渡された二枚の組合(ギルド)(カード)を差し出す。神域謹製の完璧な()()札だ。


「ローレスにライシールド、どちらも西部都市国家群出身の冒険者か。地霊の口腔が目的か?」


 当然と頷く。


「それなら、まずはこの要塞都市の冒険者組合には顔を出してくれ。野良で入る事は禁止されているからな」


 地霊の口腔は大陸最大の地下迷宮(ダンジョン)であり、同時に世界最多の迷宮が集約された地下迷宮群でもある。

 現在把握されている迷宮には難易度が設定されており、冒険者の階級(ランク)によって入場制限が掛けられている。実力に見合わない難易度の迷宮に入ることは自殺行為に等しい。

 未帰還者が増えると言うことは、それだけ迷宮内の魔物の討伐に影響する。迷宮の大きさに対して迷宮内の魔物の最大数が大よそ決まっていて、飽和すると地上を目指して侵攻が開始されることになる。


「飽和侵攻は厄介だからな。冒険者諸君の活躍に期待しているよ」


 俺達が暇な状態が続くのが一番だ、と少し冗談めかして笑うと、入場許可が下りた。


「まずは冒険者組合に顔を出して、宿はそこで聞いてみようか」


「任せる」


 キョロキョロと街並みを眺めながら、ライシールドは法生にマル投げだ。街頭の中から顔だけ出したレインが「人がいっぱいだねぇ」とキラキラした目をしている。

 門を抜けて防壁の内側に入ると、そこは様々な人種、様々な格好の人々で溢れかえっていた。人族もいれば獣人(ビースト)族もいる。地人(ドワーフ)の戦士もいれば森人(エルフ)もいる。道端では旅小人(ワンダ)が露天を開き、竜皮族の兵士達が時折巡回していたりもする。他にも法生が初めて目にする種族も数多く見受けられる。

 その格好も様々だ。革鎧に金属鎧、鎖帷子等の鎧で武装している者もいれば、法生達のような袖無外套(マント)を羽織っている者も多い。しかし圧倒的に多いのは当然ながら普通の布の服や作業着等、生活観溢れる町の住人達であろう。

 迷宮から近いということは、ここを拠点とする冒険者が多いということで。冒険者を相手にする職種の者もこの都市に居付き、それらを相手にする者もここに居を構える。

 中央と東を繋ぐ大街道最大の交易都市でもあり、ここから東部全域への物資の輸送が広がることになるので商人組合も大きな拠点をここに構えている。物資が集まり、東部の商業の要とも成るこの要塞都市は、地霊の口腔に対する防衛の要であると同時に、そういった意味でも重要な拠点であった。


「冒険者組合は確かこの道を真っ直ぐ行けば……ああ、あれかな」


 前方に割と大きめの建物が見える。入り口の上に大きな看板が掲げられていて、冒険者組合管理事務所と書かれている。冒険者と思しき集団が頻繁に出入りしているところを見るに、間違いないだろう。

 管理事務所の中は広い吹き抜けになっていて一階は受付と消耗品などの店舗がある。受付にはそれぞれ案内札が掛かっており、登録と受注、報告に買取と四種類の他に、総合受付と書かれたところは込み入った話をするためか個室が幾つか併設されている。

 案内板によると二階は資料室や貴賓室、組合幹部の執務室等があり、三階は事務員専用の様で関係者以外立ち入り禁止となっていた。


「僕らはまず登録受付、かな」


 各受付毎に混み具合にバラつきがあり、昼を回ってそう時間が経っていない今は、買取や報告の受付が比較的長い列が出来ている。施設の大きさで考えると人の数はまばらで、登録受付に至っては誰一人並んでいない。


「丁度暇な時間帯に当たったのかな? 待たなくて良いのは助かるね」


 法生達は登録受付に座って何か書類整理をしている焦げ茶色の穴追猟犬(ダックスフント)っぽい垂れ耳(ロップイヤー)の犬系獣人族女性に声を掛ける。


「すみません、先ほどこの都市に来たばかりなんですが、ここに顔を出せと言われまして。まずは何をしたらいいんですか?」


 書類の方に集中していたのか、法生が声を掛けると一瞬びくっと肩を震わせ、法生と目が合うと取り繕うような笑顔を向けてきた。


「えっとですね、まずこちらの受付で地霊の口腔専用の冒険者名簿に登録をお願いしています。他の町で冒険者組合に登録はされていますか?」


 首肯して検問でも提出した組合札を提示する。それを受け取ると傍らの水晶版に翳し、水晶版が淡く光るのを確認すると札を返してきた。


「はい、お二人の登録が完了しました。ローレス様もライシールド様も冒険者階級六で間違いありませんか?」


 冒険者の階級は一から始まり上限は基本的に存在していない。大体一~三が準初級(ビギナー)と呼ばれ、四~六が初級(ノービス)と呼ばれている。準初級は町の中の雑用で下積みを経験し座学で知識を鍛え、初級からは町の外での活動を伴う依頼の受注が認められる。

 この階級は絶対ではないが、一つの基準として重宝されており、高い階級のものはそれだけ熟練の冒険者としての扱いを受けることになる。

 地霊の口腔でもその階級によって入ることを許可される迷宮が決まっていて、階級を上げなければ中央深部には近づくことさえ許可されない。


「はい。間違いありません」


  あまり高すぎてもおかしいし、低すぎては目的地に至る迷宮に入れない。


「そうだ、地霊の祭壇ってのはどの迷宮に入れば行けるか教えていただけますか?」


 途端に、受付嬢が怪訝な表情になる。


「あそこは階級三の三十三番から入れば行けたと思いますが、用途不明の祭壇があるだけで、特別なにもなかったと思いますが……」


 遥か昔からあると推測されていて、過去にここで信仰されていた土着の神の祭壇か、はたまたこの地に古くから居る狗頭妖魔(コボルト)の魔神を祀る祭壇かと根拠のない憶測は幾つかあれど、真相は闇の中。

 今はただそこにあるだけの石組の遺跡があるだけで、何に使うものか所か、実際のところ祭壇かどうかも怪しいと言う有り様である。

 そんな所に一体何の用があるというのか。疑わしい目で見ていると、それに気付いて法生はでっち上げる。


「地元の冒険者の友人に、そこで安全祈願をしなければ地霊の口腔で成功しないという縁起担ぎ(ジンクス)が有名だと聞いたんですが……。もしかして僕、騙されました?」


 さもしてやられたと言わんばかりにがっくりと肩を落とす振りをする法生。背後で(レインのとっさの指導を受けた)ライシールドが半ば棒読みで「だから言ったんだ。そんな話聞いたことないって」と話に乗ってきている。


「ははは……、ご災難で。そういう話はこちらでは聞いたこともありませんね。悪いご友人ですね」


 そういうことか、とやや同情的な笑いを浮かべながら、受付嬢はその噂を否定する。まぁとっさのでっち上げだから噂も何もないのだが。


「そうですか。でも、折角なのでその地霊の祭壇って言うのは一度見てみたいんですが、難易度的には僕達でも問題ないですか?」


 途端に困った顔で受付嬢は首を振る。先ほど聞いた迷宮の階位は三、十分入場許可が下りると踏んでいたのだが。


「階級的には問題ないのですが、今あそこは少し様子がおかしいらしくて」


 どうやら階級三の三十三番迷宮は本来魔物が出現しない無人の洞窟だったらしい。所が最近急に『何か』を見たと言う冒険者が増え、実際にその『何か』が落としていったと言う証拠も見つかっているという。

 見つかった証拠と言うのは鶴嘴(つるはし)円匙(シャベル)馬穴(バケツ)等の採掘道具が良く落ちているらしい。品質は普通のものなのだが驚くほど長持ちするらしく、鉱夫達の間では結構良い値で取引されているらしい。それを求めて随分と人が出入りするようになり、一時は結構な賑わいを見せていたいたらしいが、ここ一週間少し様子が変わってきたらしい。


「誰も居ないのに足を引っ掛けられた。何もない地面に急に穴が開いた。崩れた後もない天井から岩が落ちてきた。等の怪しげな報告が増えまして」


 幸い打ち身や捻挫等の軽い怪我で済んでいるので大きな問題に放っていないが、このまま続けば何れ何らかの対策を取らないといけないかもしれない。


「ですので、今は地味に危険なんです。軽い気持ちで入ると怪我をするかもしれませんよ」


 暗に危ないから入るなと警告してくれているらしい。


「貴重な情報ありがとうございます。まぁちょっと様子を見て危険だと判断したら直ぐ戻ってきますよ」


 心配してくれるのはありがたいが、地霊の祭壇で香を焚かないと災厄が起こせない。申し訳ないがいかないという選択肢はないのだ。

 迷宮の場所を教えてもらい、お気をつけてと言う受付嬢の言葉を背に受けて管理事務所を後にする。時間を掛けて封鎖でもされたら厄介なのでこのまま突入と行くことにした。

 あまり気分が良い仕事ではないので、馴染みの人間が出来る前にさっさと終わらせてしまおう。この都市が災厄の被害をどう受けるのか判らない以上、知り合いなんて居ないに越したことはないのだから。

拙作をお読みいただきまして、ありがとうございます。


修正 15/10/01

外套→袖無外套(マント)


15/11/20

冒険者階級(ランク)の誤記を修正。

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