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第30話 地人の都市の最終戦

電翅(Electrical)の腕( feather)


 紫電の腕を装填し、紫電結界を張り巡らせる。双剣使いの男が怪訝な顔でライシールドを見た。


「何だその腕。お前人族じゃないのか?」


 無言で睨みつけるライシールド。双剣使いは肩を竦ませると溜息をつく。


「答える気は無いと。そっちの質問には答えたんだがな」


 ライシールドは内心、答えになってねーじゃねぇかと悪態をついたが、口に出しては「人族だ」とだけ答えた。この流れはありがたい。時間稼ぎが目的である以上、無駄話に興じてくれるのは願ってもないことだ。


「お前こそなんだその目は。蛇野郎め」


 縦長の虹彩を見ながらライシールドは毒づく。そこ以外が人族にしか見えない所が逆に不気味だ。双剣の男はニヤニヤと笑いながら「人族じゃ無い事は解るだろ?」と答えた。


「まぁ、答える義理はないし答えても理解できないだろうし。何のためかは知らないけど、時間稼ぎに付き合うのも飽きたな」


 双剣の男はそういうと予備動作無し(ノーモーション)で飛び掛ってきた。紫電結界で動きを把握していなければとても反応できたとは思えない。

 交差するように切りかかってきた双剣を偃月刀(シミター)で受け止める。押し込もうとする男と押し返そうとするライシールドの力は拮抗していて、どちら側にも動かない。


「良く反応したねぇ」


 感心したように囁くと、男は剣を押し付ける反動を利用して後ろに下がる。

 時間稼ぎはバレバレだったようだが、十分な時間は稼げただろう。後はどうにかして隙を作ってレインと合流しなければ。


「君は色々面白そうだ。捕まえて連れて帰ろう」


 再び予備動作無しで突っ込んでくる。今度は右手を縦に上から、左を横に外から薙いで来る。ライシールドは偃月刀を縦にして左手の横軌道に斬り付け、紫電小盾で右の縦軌道の剣を受け止めた。

 偃月刀が左手の剣を斬り飛ばす。半分になった刀身の剣を捨てると、男は剣を持つ右手に左手を添えて体重を掛けて強引に押し込もうと力を込めた。紫電の盾がバチバチと悲鳴を上げ、その刀身が紫電の腕に食い込んでいく。


「剣一本持って行かれたけど、代わりにその腕を頂くよ」


 そう宣言して、更に力を込める。紫電の盾が限界を訴えて掻き消える。障害が無くなったと思った男はにやりと笑い、それを見たライシールドが声を上げて嗤う。


「お前には爪一本やらねーよ!」


 そろそろ限界だったことは確かだが、ライシールドは斬り飛ばされるまで大人しく腕を差し出しているつもりなど無かった。耐え切れなくなって消滅したと思わせた紫電の盾は、握り締めた拳の中で小さな紫電の球となり、弾けて眩い閃光となった紫電は男の目を灼き潰した。


「あああああっ!」


 眼球の奥を襲う痛みに右手の剣も取り落とし、両目を押さえて棒立ちになる。今攻撃すればあっさり倒せるのではと一瞬考えたが、その瞬間背筋を寒いものが走って思わず大きく後ずさる。

 謎の悪寒に首を傾げつつも、前に出るよりこのまま下がってレインと合流するほうが得策と通路まで駆け戻る。男は相変わらず目を押さえて悶えている。


「レイン、どうだ!?」


「大丈夫、傷は塞がったよ」


 言いながら袖無外套(マント)の内側に潜り込む。左腕付け根に手を沿え、ライシールドと同期する。


──そっちはどうなの?


「アイツはヤバイな、何がヤバイか判らないのが一番ヤバイ」


 禅問答のような事を言いながら、ライシールドは(Difficult)(y notice)の腕( needle)を装填、今だ顔を抑えたままの男の攻撃圏内ギリギリまで接近し、様子を伺う。


「……意外と用心深いね。近づいてきてくれると思ったのに」


 顔を抑えていた手を退ける。その下に目が無かった。先ほどまでは確かにあったはずの縦に長い虹彩を内包した瞳どころか瞼も何も無い。眉の下はつるりとした皮膚があるだけで、そこにあるべきはずの穴が見当たらなかった。


「な、その目……」


 絶句するライシールドの方に顔を向ける。口を嘲笑の形に歪めると、男は両手を突き出した。

 両の掌の真ん中に目があった。驚き凝視するライシールドの前で、男の腕に一つ、また一つと目が開かれていく。服の中がどうなっているのかは判らない。解りたくない。男の首にびっしりと大小様々な目が開き、そのまま顔全体に目が増殖していく。それらが全部、一斉にライシールドを見た。


(さっき感じた悪寒はこれだ! この視線が原因だ!)


 初撃を見ずに対処できたのもこれか、と理解する。


──な、なんですかあれ!? き、気持ち悪いぃぃっ!


「どの目だい?」


 ニヤニヤと口元を歪ませたまま、男が訊いてくる。あまりに不気味な光景に気圧されて、ライシールドは言葉を失っている。


「……百目?」


 不意にライシールドの背後から声がする。

 意識が回復した法生がふらふらしながら立っている。治癒薬のお陰で傷は塞がっているようだが、服用した訳ではないので失った血を増やす効果が無いため、貧血が酷い。


「おや、君は最初に逝かせたと思ったんだが。傷も無いね」


 惚けたような男の言葉を無視して、法生は周りを見回した。


「まだ小鬼が大分残ってる。でもそのお陰でこっちの異変にはまだ誰も気付いてないのか」


 ぶつぶつと言いながら、腰の鞄に手を入れて治癒薬を複製、取り出して徐に飲み干す。ニヤニヤ笑いの男はゆっくりと飲み下す法生を興味深そうに見ている。


「っはー……。よし、血も戻ってきた、気がする」


 増血効果がどれ程の速度で血を増やしてくれるのかは解らないが、まぁ気のせい(プラシーボ)でも元気になった者勝ちだ。


「で、そこの百目みたいな人はなんなの? ライ君」


 ライシールドは何とか再起動して法生の問いに首を振って答えた。さっぱり解らん。むしろこっちが訊きたい。ナニアレ。


「さっきは聞き間違いかと思ったが、何故私の異能(アンユージュアル)を知っているんだ?」


 問われても、答えようが無い。ただ見た目で妖怪の百目を思い出しただけなのだから。


「まぁいいか。私の名はこちらで言うなれば(Hundred )(eyes)のピューピルが一番近い意味になるのか」


 お見知りおきを、と唐突に名乗り、頭を下げる。


「まぁ名乗ったところで直ぐにお別れなんだけどね」


 また予備動作なしの突進が、今度は法生目掛けて来る。ライシールドは流石に三度も見れば目も慣れたようで、速度特化の本領発揮とばかりにピューピルの前に立ち塞がった。

 無手のピューピルはライシールドの偃月刀を無造作に右手で掴みとる。刃を避けて剣の背側から押さえ込み、ライシールドが押しても引いてもびくともしない。

 左手の蛇腹の腕から風の針を射出。ピューピルは偃月刀から手を離すと後退して針をかわす。何本かは足元を狙って放たれ、地面に突き刺さって盛大に土煙が上がる。


「う」


 土煙を嫌がったのか、ピューピルは大きく後退して距離を取る。視界が遮られるのを嫌ったのか、他に理由があるのか。


「その腕は本当に厄介だね。少し【大人しくしていてくれないか】」


 ギラリ、とピューピルの目が怪しく光り、ライシールドの左腕が止まる。まったく力が入らなくなり、だらんとぶら下がる。


「な、なんだ?」


──神器側には異常は無いよ!


「私の目が捕らえたものは、私の忠実な僕となるのです」


 つまりは視認したものに強制的に命令できる能力、ということか。


「生きたまま持って帰ろうと思っていたけど、どうにも面倒そうだ。捻って持って帰るから、あんまり傷つかないように暴れないでくれよ」


 勝手なことを宣うと、ピューピルはライシールドをとらえるべく突進してくる。片手が動かない以上、受けに回るのは危険と判断したライシールドは左に飛んでやり過ごした。

 はずだった。


「捕まえた」


 油断はなかったはずだ。ただ、これを想定するのは無理がある。ライシールドを捕らえたのは男の背後から伸びる二本の触腕の内の一本だった。腕ほどもある筋肉の塊が動かない左腕ごと胴体に巻き付き、行動を制限してくる。


「あの突進の正体はこれか……!」


 呼び動作なしで突っ込んでくるあの挙動の謎はこの触腕を使っていたのだろう。背後の死角で触腕を発条(バネ)のように撓らせて突進力に換えていたようだ。


「さて、損傷の少ない逝かせ方を考えないと」


 右腕も今はピューピルに押さえつけられていてどんなに力を込めてもびくともしない。

 ピューピルは首を捻ると折れるし、心臓を突き刺すと血で汚れる。いっそ口と鼻を塞いで……いやいや、顔色がおかしくなるな。等と呑気に殺害方法の検討をしている。


──ライ、こいつほんとにヤバイよ。


(頼みの神器の腕が動かないのが厄介だ。くそ、どうしたらいい)


──神器本体側から乗っ取られた腕の主導権の奪還作業中だから、もう少しで腕の再起動が出来ると思う。再装填すれば取り戻せるはずなんだけど……。


 ひゅん、と何かが風を切る音がした。ライシールドもピューピルも完全に意識の外においていた法生が、戦力外と見做されている事を幸いとこそこそ反撃の準備を続けていたのだ。

 飛んできたのは黒く丸い何か。ピューピルはそれを複数の目で観察し、特に危険も無さそうな石か何かと判断して触腕で叩き落す。勢いよく地面にめり込んだだけで、特に何か小細工がされているようには見えない。


「無駄な足掻き、ってやつですかね?」


 今度は投げ短刀(ナイフ)が飛んでくる。連続で三本を叩き落した時、その陰に隠れるように先ほどの黒い石が飛んでくる。最初のものと違い結構な速度で触腕の防御を掻い潜ってライシールドを捕らえる触腕に中る。


「……まぁ、中った所でどうと言うこともないんですが。何がしたいんですか?」


 舐めていたとは言え、まんまと一撃食らったのが気に入らなかったらしく、少し苛ついた声で尋ねる。法生はそれに答えることなく短刀を両手の指の間に挟み、振り下ろすように投げつけた。片手に三本、両手で六本の短刀が回転しながら勢いよくピューピルに迫る。


「こんな攻撃が中るわけ無いでしょうが!」


 数撃てば効くとでも言わんばかりの攻撃に、うっとおしくなったのか触腕で乱暴に薙いで六本纏めて叩き落す。触腕を振り切ったところでピューピルに腕を突き出して狙いを定める法生の姿があった。

 握られた手、その人差し指の上には先ほどまでの黒い石が乗っており、引き絞られた親指がその石を弾く。触腕を戻して防御する。二本の指に嵌められた指の筋力を上げる指輪の効果が上乗せされ、今までより早く鋭くなった指弾の一撃は、防御した触腕に薙ぎ払われて破裂した。


「な、ぐあっ!」


 破裂した石の中から粉末が散らばり、ピューピルの無数の目を襲う。粉末の正体は胡椒。似非黒石(フェイクストーン)の種の殻を容器に見立て、指弾で割れない限界の薄さで複製、中身を粉末状の胡椒で満たしたのだ。

 最初の種は油断を誘うため速度も遅く種自体も何の細工もしなかった。まずこれを受けるか避けるかで相手の出方を探ったのだが、上手い具合に叩き落してくれた。これで種がただ硬いだけで何の細工も無い飛礫だと認識したことだろう。

 次は短刀の背後から少し早めの一撃。これも種自体には何の細工も無い。こちらを脅威と感じていないようだったので、油断すると何か来るよ、と態々警告して警戒心を煽ったのだ。これで油断が減り、次の攻撃を避けたりすると何かが来るかもしれない、と猜疑心を植えつけた。

 今度は全力で短刀の投擲。正直六本同時だと割と見当違いに飛んだりするのだが、ピューピルは良い具合に苛ついてくれている様で雑に短刀を払ってくれた。完全に外れた分まで。お陰で随分と大降りになってくれて、丁度真正面ががら空きになっている。

 そこへこれ見よがしに「本命攻撃行きますよー」と狙いを定めて打ち出せば、ライシールドを押さえつつ回避するには振り切った触腕の勢いが邪魔となる。ならばどうするか。触腕で防御するとなるわけだ。

 必死で防御した割には結局大したことない攻撃だったと気付いたピューピルは怒りに任せて種を薙ぎ払い、その衝撃に耐え切れずに種は破裂、辺り一体に胡椒を振り撒く。粘膜を晒す眼球を無数に持つピューピルにとってみれば、傷跡に塩を塗りこむがごとき激痛に見舞われることは必死だ。

 ライシールドの風の針で巻き上がった土煙を大げさに避けたことから、粉塵に弱いと法生は確信したのだ。


──左手の制御が戻ってきた! 今ならいけるよ!


破壊の(Huge arms )(destru)(ction)! 引きちぎれ!」


 急に腕の拘束が解けた。戒めを強要した目が閉じられた為なのか時間制限なのかははっきりしないが、主導権さえ取り戻せばこっちのものだ。

 蛇腹の腕を霧散させ、巨人の腕を装填。体に巻きつく触腕を掴み、握りつぶして引きちぎった。

 後退して距離を取る。全身の目が痛みを訴えているらしく、ピューピルは蹲って地面を殴り、癇癪を起こして暴れている。法生が液体の入った瓶を複製し、ライシールドに手渡す。


「これをアイツにぶつけてみて」


 受け取った瓶を巨人の腕で振りかぶり、思い切り投げつける。もがき苦しみながらも警戒だけは怠っていなかったのか、ただの反射防御なのか、とにかく残った触腕で飛来する瓶を防御した。当然その衝撃で瓶は割れ、触腕とピューピルの左腕に中の液体が浴びせかけられる。


「が、ぐ、あぁぁぁぁ!」


 どろり、と液体が触れたところから溶けて崩れ落ちる。中身は先ほど子鬼共に大打撃を与えた聖水。ピューピルにどれ程効くか解らなかったが、目に入れば火傷程度ではすまないだろうとの判断で試してみた。予想以上の効果が出たわけだが。

 痛みに耐えて聖水を必死で振り払い、充血して真っ赤になった目を法生に向けて睨みつける。


「あなたの顔、覚えましたよ。この痛みのお礼は必ずお返しします」


 懐から何か魔石のようなものを取り出し握りつぶす。空間に溶けるようにしてピューピルの姿が掻き消えた。


「……逃げたか」


 ライシールドが呟く。法生は緊張の糸が切れたのかその場に尻餅をつくと安堵のため息を漏らした。


「ちょっとそこで休んでろ。俺はあっちを手伝ってくる」


 レインに法生を任せ、ライシールドは小鬼の生き残りを掃討中の集団の方へと向かっていった。

 完全に脱力して倒れこむ法生の側で、レインが「大金星ですね!」と笑顔で賞賛する。

 出来たらもうあんなのは勘弁願いたい所だが、そうもいかないんだろうなぁと、ピューピルの睨みつけてきた目を法生は思い出し、ため息をつくのだった。

拙作をお読みいただきまして、ありがとうございます。


修正 15/10/01

外套→袖無外套(マント)

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