第29話 地人達に救いを
法生の返事を待たずに飛び出したライシールドは、目に映る小鬼を当たるを幸い斬り倒していく。腕を飛ばし、足を裂き、首を刎ねながら通過する。戦闘不能にさえすれば後は適当に誰かが止めを刺すだろうし、そもそも死に切れていない魔物が転がっていれば良い足止め代わりになるだろう。
「雑魚がうっとおしいな」
空穂の腕を装填。槍状の蔓を生成すると手近な小鬼に突き刺し、その向こう側で消化液をばら撒く。腕や足や顔に消化液を浴びた小鬼が甲高い悲鳴を上げてのた打ち回る。暴れれば暴れるほど付着した消化液が飛び、被害は広がっていく。
消化液の攻撃で騒然となった小鬼の群れの足元に、ライシールドを基点として蔓が放射状に延びていく。大体十メル程の半円形に広がった所で、蔓の広がる範囲全体に無数の捕食袋が口を開いた。範囲内の小鬼は殆どがその餌食となり、急に空いた空間を埋めようと小鬼が殺到。捕食袋の落とし穴を見て立ち止まろうとするも後ろから押されるように前に飛び出し、消化液の中へと飛び込んでいく。
──これは効率が良いのでこのままで行きましょう。
幸い地人戦士達が居る場所からも距離があるので、態々落ちに来ることもないだろう。
少し離れた所で一つ目巨人が暴れているのが見える。左手の蔓を伸ばして天井を掴み、蔓を縮めることで雑魚の集団から脱出、振り子の要領で勢いをつけ、蔓の腕を天井から離して慣性をつけて一つ目の方向に飛び出した。
空中に居る間に狩猟蟷螂の鎌を装填。よもや自分を上から攻撃してくるもの等いないと油断していた一つ目の頭上から斜めにすれ違いざまに首に斬りつける。流石に刎ね飛ばすとまではいかなかったが、大事な血管を幾つか切り裂かれ、首から盛大に血を噴出させて一つ目は後ろ向きにひっくり返った。大量の小鬼を背中で押し潰しながら。
一つ目の自慢の体力も強力な再生能力も、それ以上の速度で噴出す出血ではどうにもならず、朦朧とした意識の中で訳も解らないままに息絶える。
──神器に破壊の巨腕が登録されました。
倒れる前に一つ目の体に刃を突き立て、落下速度を殺して無事に着地したライシールドを地人戦士達の勝ち鬨が盛大に迎えた。武器を振り上げ、盾を振り上げ、突如現れて厄介な一つ目を始末した戦士に惜しみない賞賛の声を浴びせる。
そんな中、ライシールドは背後の様子を伺う。この広い空間を埋め尽くしていたはずの小鬼の大集団はいつの間にかまばらになり、自分の倒したものとは別の一つ目が今正に止めを刺されようとしていた。残った二体の一つ目は正に唐突としか言い様のない戦況の激変に戸惑い、攻撃を忘れて立ち竦んでいる。
「翅脈の腕」
蛇腹の腕を装填。近いほうの一つ目の馬鹿でかい眼球を狙って風の針を飛ばす。感知しにくいその針は狙い過たずその瞳孔を抉り、穿つ。
突然の激痛と暗転した視界に手に持つ棍棒を落とし、目を押さえて絶叫する。その咆哮は空気をビリビリと振動させ、聞く者を萎縮させる。
「破壊の巨腕」
咆哮の効果をものともせず、高速で足元に近づくと登録したばかりの巨人の腕を装填。明らかに異常な大きさの腕で一つ目の取り落とした棍棒を持ち上げると、目の前の一つ目の脛を強打した。
当たった瞬間砕け散る棍棒、そして圧し折れる一つ目の脛。体重を支えきれずに横倒しになる一つ目の耳に聞こえてきたのはまだ若い人族の少年の声。
「燃鱗の腕」
痛みに叫び続ける一つ目の口内に火弾が叩き込まれる。喉を焼かれ、肺を焦がされて呼吸が止まる。どんなに体力があろうとも、息が出来なければ上手く力が出せない。判断力を失って悶え苦しむ一つ目はライシールドの偃月刀で強引に首を落とされることであっけなくその命を終えた。
「おお、流石はライ君。あっという間にあんなでっかいのを二体も」
最後のでかい一つ目は地人戦士が何人も足に取り付いて集中攻撃し、遠距離から弓の援護が入って上手い具合に連携が取れている。これなら直ぐに決着がつくだろう。
そう思いながら見ていると、後方から大きな火の玉が一つ目目掛けて飛んでいき、側頭部に命中する。それを食らって均衡を崩した一つ目はふらつき、その隙を見逃さずに地人戦士達の攻撃が片足に集中、支えきれずに尻餅をついた。
高さの不利が無くなり、腹や腰、腕を攻撃され慌てて立ち上がろうと暴れる一つ目の背中をよじ登った旅小人の軽戦士が耳の中に細剣を突き込みかき回す。痛みに耳元を叩くがすでに旅小人は飛び降りて退避済みで、自分の側頭部を自分で攻撃した形になり、その衝撃に目を回す。
わき腹に戦斧を持った地人戦士の一撃が入り、裂けた皮膚の内側から内臓が飛び出し、悶絶し倒れた一つ目は袋叩きにされて抵抗するまもなく倒された。
「後は小鬼の掃討で終了、かな?」
上手い具合に死角を取れているお陰か、法生は大分余裕を持って戦局を捉えることが出来ていた。小型弩で一匹ずつ小鬼を潰し、地味に掃討に貢献している。
視界の端にジェダの姿を見つけたのはそんなときだ。斧槍を振り回して小鬼を両断し、突き倒している。前方の小鬼に気を取られている彼女の背後に小鬼が忍び寄り、手斧を振り上げた。
「ジェダさん、危ない!」
法生は思わず叫び矢を放つ。焦りが手元を狂わせ、矢は見当違いの方向に飛んでいく。法生の声が聞こえたのか、最初から気付いていたのか、ジェダは斧槍の石突で背後の小鬼を突き飛ばし、体ごと振り返りながら横薙ぎに真っ二つに切り飛ばした。
「はぁ、よかったー……」
安堵のため息を吐いた法生の口元から血が溢れる。脇腹に熱い鉄の棒を差し込まれたような感覚を覚え、思わず倒れこむ。何が起こったのかわからない。痛みで混乱した法生の耳に、男の声が届いた。
「何であの数で負けてるんだ?」
男は足元に転がる法生を見て、右手の塗れた剣を払って血糊を飛ばすと訊いてきた。
「何があった? なんでこんなことになってる?」
訊かれた法生は痛みで声が出ない。傷口を押さえて体を縮こまらせる法生を蹴飛ばし、再度同じ事を聞いてきた。蹴飛ばされたときに頭を打ちつけ、意識を飛ばしていたので法生からの返事は無い。
「使えないな。っと、活きの良いのが来たな。あちらに訊くとしよう」
男の視線の先では、翅脈の腕を装填したライシールドが高速で突っ込んできていた。
──不味いです! 先日の気配を感知しました! 位置は法生様の横!!
「翅脈の腕! 全開だ! レイン!」
──はい!
蛇腹の腕を装填し、限界まで能力を解放して高速で法生の下へと突っ込む。倒れる法生の側で男が両手に一本ずつ剣を持ち、ライシールドの姿を認めてにやりと口元を歪める。
男の眼前で左横に飛び、そのまますれ違いざまに偃月刀で斬りつける。男は顔は前を向いたままなのに的確にライシールドの攻撃を右手の剣で防御し、剣を支点に半回転、左手の剣をライシールドに突き出した。
ライシールドもいつまでもそこに居ない。攻撃を防がれた時点で右手の力を抜いて偃月刀を滑らせ、そのまま駆け抜けて距離を取る。突き出してきた男の左の剣を弾いて右手の蛇腹の腕から風の針を飛ばして牽制、男は見えないながらも何かが飛んできたことは理解したのか後ろに飛んだ上で通路から広い場所へと移動、壁を盾にしてやり過ごした。
「何だアイツ、見てなかったのに初撃を防いだぞ」
武器を構えたまま、気を失って倒れている法生の様子を伺う。脇腹から結構な量の血が溢れている。このまま放置していては危ない。
「おい、ローレス! 目を覚ませ!」
怒鳴りながら怪我の無さそうな足を蹴る。反応がない。
(レイン、同期を切って俺の腰巻鞄から治癒薬を出せ)
──判った。治療は任せて。
(ああ、頼む。時間は稼ぐ)
袖無外套の下で密かに同期を解除したレインが腰の鞄から治癒薬を取り出す。足元の死角から岩陰に移動するのを確認して、ライシールドは通路の先の男に声を掛ける。
「お前はなんだ」
ライシールドの問いに男が反応する。
「君達、邪魔なんだよね。ここら一体を吹っ飛ばして更地にすると、私達が少し楽になる」
「吹き飛ばす? 何言ってんだお前」
山岳地帯の地下深くにあるここを吹き飛ばすと言うことは、山岳地帯諸共ということになる。そんなことが出来るわけがない。
「まぁ君達では理解できないよね。良いんだ理解できなくて。私達はやることをやるだけだ」
通路を抜けると、双剣の男はライシールドに向かって身構える。ライシールドも臨戦態勢を整え男を睨み付けた。
通路の奥でレインが無事法生の治療を終わらせるまで、なんとしても時間を稼がなければならない。
レイン無しで何処まで粘れるかはわからない。だがやるしかないのだ。
拙作をお読みいただきまして、ありがとうございます。
修正 15/10/01
外套→袖無外套