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第26話 地人を屠る襲撃者

「この先に小鬼(ゴブリン)の群が居るよ。数は二十」


 レインの案内で薄暗い坑道を走る。少し広くなった所に屯している小鬼どもを数匹纏めて凪ぎ払う。

 蟷螂の腕が小鬼を両断し、偃月刀(シミター)で防御しようとした短剣(ショートソード)ごと叩き斬る。

 突然の襲撃者に慌てふためき、坑道の奥へと逃げ出そうとする小鬼どもの目の前を砂の壁が塞いだ。いつの間にか蚯蚓の腕を装填していたライシールドが、退路を断たれ混乱する小鬼を次々始末していく。

 全滅までに要した時間は僅かに十五分。ライシールド自身は特別怪我も消耗もない、完勝であった。


「近くにまだ居そうか?」


 ライシールドの問いに、レインは頷いた。


「ちょっと大きめの反応が三つ程、この先の通路右側の先から。左は大分先に小鬼の大集団かな」


 まずは右、片付けたら大集団を蹴散らすか、とライシールドは事も無げに言うと坑道を進む。

 彼の言葉通り、大鬼(オーガ)三体を始末して三桁近い小鬼の集団を壊滅させたライシールドは、無傷で地下都市に戻ってきた。


「腹減ったな。そろそろ宿に一旦戻るか」


 そうだね、と同意するレインと連れ立って宿への道を進む。どういう仕組みかは判らないが、この地下都市は律儀に昼と夜で明るさを調節している。今は夜明け直前の暗い一瞬。夜中に宿を抜け出したライシールドたちは、こっそりと坑道に潜り込んで魔物を片付けていた。

 レインが言うには魔物の大侵攻はそう遠くない時期に起こるらしい。それまでに少しでも数を減らしておく必要がある。

 日中あまり目立つと厄介なことになりそうなので、ライシールドは深夜から明け方に掛けてを主な活動時間に当てて、日が昇る前に撤収すると言った生活を既に三日続けている。


「おや、いつの間に出かけていたんだい」


「ああ、早朝の訓練にな」


 朝の仕込みの手伝いに起きていた女将に見咎められ、とっさに言い訳してしまう。


「そうかい。朝食はもう食べるのかい?」


 頷く。好きな席に座るように言われたので、大人しく席に着き、朝食を待った。ちなみに法生はまだぐっすりだ。


「はいよ」


 目の前に並べられた麺麭(パン)汁物(スープ)をいただき、一眠りしようと部屋に入ろうと扉に手を掛けた所で、隣の部屋から法生が出てきた。


「ああ、ライシールド君おかえり。怪我とか無い?」


 レインに焼き菓子を渡しながら訊く。何事もないと首を振るライシールドを見て安心した法生は「じゃあ僕は朝ご飯食べてくるから」と食堂へ降りていった。


「じゃあ、少し寝るから」


 はいよーと焼き菓子を齧りながら答えるレインに手を振ると、寝台(ベッド)に倒れこむと意識を手放した。




 その日、地下深い坑道の先から現れたのはいつもと少し様子が違った。


「おい、あれはなんだ」


 そこに現れたのは革鎧に両腰に剣を佩いた男。焦げ茶色の短髪で金色の双眸は闇に輝き、虹彩は蛇のように縦に細い。

 明らかに異様なその姿に、地人(ドワーフ)の戦士達は身構える。

 立ち入ることの出来る限界に防衛線を張っているはずなのに、その向こうから人が来る。それも軽装としか思えない装備で、武器と防具以外、何も所持していないように見える。


「おい、お前……何処から来たんだ」


 地人戦士の一人が意を決して話しかける。男はにやりと笑うと答える。


「くぇうりといぇぴくぉうぇるちよぺ」


 得意げに答える男の言葉は言語になっていない。その言葉とも取れない音を向けられた地人戦士はぽかんとした顔で男を見る。その様子に男は首を傾げ、何かを思いついたかのように手を叩くと、喉の辺りをぐりぐりと弄って再び声を発した。


「申し訳ありません。ちょっと言語を弄るのを忘れておりました」


 今度はきちんと意味の判る言葉を発する。だがその経過が異常だ。


「私はあちらから来ました」


 背後を指差す。地人戦士達が訊きたかったのはそういうことではない。


「いや、そりゃ見てたから判るが」


「では何を訊きたいのですか。訳が解りませんね」


 不満げに答える。いやそれはこっちの台詞だ、と地人戦士達は内心思いつつ、代表して最初に声を掛けた戦士が再び質問する。


「どうやって奥に行った。何が目的だ。名前は」


 訊きながら近づく戦士は、強制的に質問を中断させられた。物理的に。


「うるさいですね。向こうから来たと言ったでしょう。行ったのではなく来たのです。目的はあなた達の殲滅。防衛線を潰す為に来ました。名前は貴方達には理解できませんので名乗りません」


 いつの間に抜いたのか、両手に剣を持っていた。右手の剣を無造作に振り、付いていた血を掃った。

 彼の横で、ゆっくりと地人戦士が倒れる。頭を失ったその体が。


「さて、そろそろいいですか? 逝って下さい」


 男は手近な所に居た戦士に右手の剣で切りかかる。何とか反応した戦士が武器で防御するが、左手の剣が反対側から袈裟斬りにする。


「本隊に連絡! アイツやばいぞ!」


 後方に居る部隊に伝令を飛ばすよう命令が飛ぶ。走りだした伝令の側に突如男が姿を現し、背後からその首を飛ばす。


「私の姿を見たんです。逃がす訳ないじゃないですか」


 ニタリと笑う。無造作に剣を両手に持ち、決死の形相の地人戦士達の方へと一歩踏み出す。


「気をつけろ! 一対一で戦うな!」


 武器を構え、双剣の男と対峙する。縦に長い虹彩が気持ち広がり、嬉しそうに口元を歪める。

 この日、防衛線は大きく後退する。謎の襲撃に遭い、地人戦士の精鋭三十人が惨殺されると言う結果と共に。




「ちょっと拙い事になってるみたい」


 法生の部屋に集まり、レインは今朝方感じた気配について二人に伝えた。

 直下の坑道深部でおかしな気配を感じたと思ったら大量の地人族の命が消えた。その後おかしな気配は地下深くに消え、今は完全に見失っている。


「ただの大量発生ではないとは思っていたけど、どうも裏で何かが動いてるみたい」


「何かって?」


 レインは首を振る。情報が少なすぎて判断が付かない。ただ言えるのは、このまま手を拱いていたら改竄の修正は成らないと言う事だ。食糧問題は一応の目処は付いた。だが魔物の大量発生による地人の聖地の崩壊が止められなければ意味が無い。


「肝心の情報を集める伝手が無いってのが痛いな」


 勝手に坑道に入るわけにも行かない。こそこそと侵入して人の少ない所の雑魚を退治するくらいなら簡単だが、それでは根本的な解決には成りそうもない。


「いっそ上層部辺りが形振り構わず救援要請でも出してくれれば動きようもあるんですけどね」


 最前線の精鋭とは言え、一部隊が壊滅した位では上が焦る事はないだろう。


「うーん……。一か八か、鎌をかけてみようか」


 彼らがここの戦力組織と関係ある人物で思いつくのは一人しか居ない。

 その唯一の人物であるジェダと会う為に、法生達は食堂へと降りる。少し早いが先に昼食を食べてから集積所に顔を出すことにしたのだ。

 まぁ、結果的に集積所まで態々足を運ぶ必要はなくなった。彼らの食事中に当のジェダが姿を現したのだ。

 昨日とは打って変わって意気消沈とした雰囲気を纏って食堂にやってきたジェダは、法生達の姿を見つけて力ない笑顔で近づいてきた。


「ローレスさん、こんにちは」


「こんにちは。どうされました? お顔の色が優れないようですが」


 挨拶にも覇気がない。心なしか青ざめているジェダに法生は尋ねた。

 ジェダ曰く、地下で何事かあったらしく少し守備隊の編成が変わるかもしれないこと。ジェダ自身も都市内勤務からもしかしたら坑道の方に降りることになるかもしれないということ。そして何人か熟練の戦士がやられたらしいと言う噂。

 正直守秘義務何処行った、仕事しろ状態ではあるが、情報が欲しかった法生達にしてみればありがたい話だった。


「ですので、暫く実家(ここ)でお昼食べられないかもしれないんです。守備隊支給の携行食はあんまりおいしくないんですよね……」


 割と危険な情勢のはずだが、どうやら食事の心配しかしていないらしい。


「先程ジェダさんも話してましたが、地下の坑道で魔物が大量に発生しているそうですね」


「はい、でもご安心ください。我が地人守備隊がしっかりと防衛しています。都市内の安全は保障します」


 少し誇らしげに胸を反らせる。


「しかし、僕も街中でも聞きましたが、今朝方相当な被害が出たと聞きましたが」


 今ジェダ本人も何人か熟練の戦士に被害が出たと言っていた。誰に聞いたとは言わないが、なまじ真実なだけに誤魔化し辛いところだろう。


「もうそんな話が流れているんですか……。本来はまだ守備隊内で止まっている情報なんですが」


 ジェダがあまり公言しないでくださいと口止めされた上で教えてくれた情報によると、今朝方謎の襲撃を受けた最前線部隊が全滅したらしい。生存者が居ないので何に襲われたのかは不明らしいのだが、その遺体を検分する限りでは鋭利な刃物によるものらしく、その切り口から相当の腕を持つ“何か”であったらしいことは確かなようだ。

 ただ、最前線の部隊を全滅させた時点で姿を消したようで、連絡の途絶えた部隊を捜索に出て発見されたときには既に居らず、奥地から大規模な魔物の集団の侵攻を確認した捜索隊は可能な限りの遺体を搬送し、最前線を放棄。防衛線は大幅に後退することになったようだ。


「今、守備隊の上層部が街中の冒険者や腕の立つ傭兵を雇う話を統治機構に打診しています。この話が通れば、数日以内に布告されることになると思います」


 もし巻き込まれたくないのなら、出来るだけ早くここを退避することをお勧めします、と忠告して、ジェダは席を立った。


「そろそろ私は戻ります。ここを離れるにせよ、離れないにせよ、お気をつけて」


 法生は「それはこちらの台詞ですよ」と返すと「ありがとうございます」と笑って踵を返し、食堂を後にした。

 その後姿を見送ると、ライシールドとレインに目で合図をし、再び自室へ移動した。


「後数日で堂々と坑道に入れることになるかもしれない」


 そうすればこそこそ雑魚狩りをする必要がなくなる。今朝方出た“何か”に遭遇するかはわからないが、ライシールドの神器ならかなりの戦力になるだろう。

 法生は大して戦力にはならないとは思っているが、それでもライシールド達と一緒に坑道に入ろうと思っている。薬が必要になるかもしれないし、何らかの役に立てることもあるかもしれない。




 それから三日後の朝、冒険者や傭兵を募集する布告が出された。

拙作をお読みいただきまして、ありがとうございます。

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