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プロローグ・02 二人目

やっと主人公登場。

「……やばい。これは流石にしゃれにならん」


 中学在学中に両親を亡くし、当時独身だった母の弟が保護者代わりを申し出てくれた。

 叔父さんは気にするなと言ってくれていたが、両親の残してくれたお金が多少はあるとはいえ、いつまでも迷惑をかけるわけには行かない。

 そろそろ三十も半ばを過ぎる上に、最近親しくしている女性もいるらしく、いい加減僕のことより、自分の幸せを考えてほしいとも思っている。

 僕のせいでおじさんが幸せになれないのでは申し訳なさ過ぎる。

 そんな訳で、高校入学を機に一人暮らしを始めることにした。


 風光明媚と言えば聞こえがいいが、要はどの付く田舎にある規模だけは大きい高校に合格し、六畳一間のワンルーム、風呂無トイレ共用で格安物件を見つけ、親の遺産を食い潰しながらなんとかバイトで食いつないで早二年。

 僕、音無(おとなし)法生(のりお)は命の危機に直面していた。




 高三の夏休みも半ばの今日、僕は腹痛と頭痛と激しい脱水症状で完全に身動きが取れなかった。原因はあれだ。昨日食べたちょっと賞味期限がギリギリのコンビニ弁当だ。


「冷蔵庫に入れてたから、まだ大丈夫だと思ったんだけどな……」


 いくつか掛け持ちしているバイトのうちのひとつで、極貧万年欠食状態の僕に、よく期限切れぎりぎりの弁当なんかを格安で譲ってくれたりする。本当はやってはいけないことらしいんだが、どうやら割引してくれた差額は店長が自腹で払ってくれているらしい。

 たまに自宅に呼んでくれてご飯を食べさせてくれたり、色々とお世話になっている。感謝してもし足りないくらいの大恩人の一人だ。


 一昨日も、バイト上がりの直前にその日のうちに食べるようにと渡してくれたその弁当を、冷蔵庫に放り込んだままゲームを始めて、完全に寝落ちしてしまった訳だ。

 翌朝目が覚めて弁当の存在を思い出し、冷蔵庫から弁当を取り出して違和感を感じた。あまり冷たくないなーと。

 効果は抜群、昼には完全にトイレとお友達ですよ。


「……よもや、冷蔵庫がお亡くなりとは……」


 何度目かのトイレとの逢瀬の後、作り置きの麦茶を飲もうとして冷蔵庫を開け、気づいたわけです。今更手遅れだけど。勿論麦茶が無事なわけも無く、水道の温い水が唯一の飲み物となった。

 普段から栄養の足りてない身体には特別効いたらしく、現在布団の上で指一本動かせないレベルで絶賛衰弱中。身体は水分を要求しているが、飲めば戻すし、そもそも水を飲むために移動するだけの体力も残っていない。気力を振り絞って這って移動しても、蛇口まで身体を起こすことも出来そうもない。

 さらに間の悪いことに、休み中にたまには顔を出せと叔父さんに呼ばれていたので、帰省の為に一週間程バイトを休みにしていた。


「……叔父さんに電話しとけばよかった」


 一週間もあれば都合のいい日もあるだろうと、直前まで帰省を知らせていなかった。月に一度は連絡が来るが、それも基本は月末だ。学校の友人と遊ぶ予定もあるにはあるが、予定日はバイトの連休最終日。

 止めとばかりに僕は携帯を持っていない。毎月の金額を考えると手が出ない。連絡は固定電話で十分だし、ネットは年代物のノートパソコンで事足りる。

 つまり、誰も僕の現状を気づけない。僕から連絡を取ることも出来ない。つまり救援は望めないのだ。

 朦朧としながら、自分の不注意と運の無さと体力の無さを呪いつつ、意識を手放した。




 気がついたら薄暗い川辺に一人立っていた。

 空は満天の星空。光源は驚くほど多く見える星の光のようで、薄ぼんやりと見える足元は拳ほどの大きさの平たい石が無数に転がっている。

 川向こうまでは結構あるみたいだが、水面から湧き上がる霧でおぼろげにしか見えない。

 振り返ってみるとこちら側の岸は延々と荒涼たる風景が広がっており、命の気配がまったくしない。


「どこだ、ここ」


 布団に転がって身動きできなかったはずの自分が、いつの間にかこんな寂しい所でぼーっと突っ立ってれば、誰だって疑問に思うだろう。


「おーい、誰か居ませんかー」


 僕の声は空しく消えていった。


「うーむ……困ったな」


 一人腕組みして悩む。川を背にして進むか、川を渡ってみるか。幸い浅い部分がしばらく続いている様なので、向こう岸が見えるくらいまでは近づけそうだ。


「ん?」


 思案しつつ対岸を眺めていると、霧の向こうで何かが動いているような影が見えた。

 ここに来て初めての動く物体に、思わず浅瀬に足を踏み入れた。近づくとだんだんとその姿がはっきりしてくる。あれは……!


「父さん! 母さん!」


 事故にあった日、結婚記念日だからと二人で食事でもしてくればいいと送り出したあの日のままの姿で、両親が手を振っていた。

 おかしいってことは解っている。二人はもう死んでいるってことは理解している。それでも嬉しかった。もう二度と見られないと思っていた両親の顔を見ることができたのが涙が出るほど嬉しかった。

 溢れる涙を拭い、笑顔でゆっくりと手を振る二人を暫く眺めた。穏やかな気持ちで現状を判断する。


「……僕は、死んだのか?」


 ここは所謂、三途の川ってヤツじゃなかろうか。川を渡れば黄泉の国。岸を戻れば黄泉返る。

 正直に言えば死にたくはない。やりたい事もあったし、叔父さんに恩をぜんぜん返せてない。何より死因はおそらくあの弁当だ。店長と店にとんでもない迷惑がかかるんじゃなかろうか。


「どうしたもんか」


 っていうか、戻ったら生き返れるの?


──はい、生き返れますよ。


 心の疑問に答える声が響いた。頭の中で。


「はい!? だ、誰!?」


──失礼いたしました。私は『こちら』の神の代行者を勤めさせていただいております、マリアと申します。


「はぁ……、マリアさん、ですか」


──はい。よろしくお願いしますね。


 神の代行者でマリアって、いいのかしら。


──『そちら』の世界の聖母様とは関係ありません。


 心の声に突っ込まれた……。


──波長を合わせていますので、声に出さずとも意思の疎通は可能です。


 便利だね。『そちら』とか『こちら』とか、もしかして異世界がどうとかいうあれ?


──はい、それです。最近は普遍化していて説明が省略出来る場合が多いのはありがたい話です。


 いいテンポで相槌打たれるとパニくる暇がないね。


──あまり時間がありませんので、話を進めさせていただきますね。


 地味に強引なのね。まあ、無駄に喋ってても仕方ないのは解るけど。


──ご理解が早くて助かります。先程の答えの補足になりますが、生還は可能ですが生存確率は著しく低いと言わざるを得ません。


 どういうこと?


──貴方の体力が危険水域まで落ちています。具体的には中毒症状による低下、脱水症状からくる低下、常態的な栄養失調、室温の上昇による重度の熱中症も併発していますね。


 うーん……それなら戻ってもまたここに来るだけなのでは。


──貴方の取れる選択肢は二つ。低い生存率に賭けるか、諦めてあちら側(向こう岸)に渡るか。


 んー、ダメもとで戻ってダメでしたーってのも辛そうだな。かといって諦めてお亡くなる程達観できていないし。それにここで逝くと……。


──お悩みの所申し訳ないのですが、私からもうひとつの選択肢を提示させていただきたいのですが。


 選択肢?


──我々の管理世界にて、新たな人生を得ることが出来ます。


 無論ただの善意とかではないですよね。


──はい。こちらからの要望を了承していただけるなら、対価として新たな人生をお支払いいたします。


 拒否権は?


──勿論、あります。諸事情ありますので、出来ましたらお受けいただければありがたいのですが。


 諸事情とは?


──今回の問題対処に必要な『格』と『容量』に適合する者を選び直さないといけません。間に合わないことはないと思いますが、無視できないレベルでの誤差が生じる可能性が高く、被害も拡大すると思います。


 あれ、僕が断ると被害が出ちゃうの?


──はい。最終的には文明レベルの低下が二段階、総人口四割減、って所かと。


 それ結構ヤバイ被害だよね!? え、僕はどんな大災害の対処を頼まれるの?


──いくつかの小規模な修正にお付き合いいただくだけです。それぞれの事柄には大きな被害は付随しません。その後の影響が甚大な被害に繋がる、と認識していただければよろしいかと。


 蝶が竜巻の原因的な?


──狂いの初期値は小さいのですが、そこから派生する掛け違いが連鎖的に大きな数値差を生むことになります。本来の筋道から大きく外れることになりますので、世界自身の修正による揺り戻しが……。


 待って待って、そろそろ訳がわからなくなってきた! 要は僕がそのお願いを受け入れればその被害は抑えられるってことでいいの?


──はい。ですが本来貴方は『こちら』とは縁のない立場ですので、責任を感じる必要はありません。それよりも『そちら』の魂の円環を外れてしまうことになりますので、よく考えてお決めください。お断りになられても誰も責めません。


 責任がないって言われても、聞いちゃったらはいそうですかって訳にはいかないよ。それに魂の円環ってなに?


──世界の総量に関わる理の一つです。全ての魂在るものの始点と終点を繋ぐ輪、生まれ出でて世界を構成する力をばら撒き、死に逝く先の魂の寄せ場で失った力を養い、蓄えた力を持って再び生まれ直す循環過程を指します。この理から外れると、基本的に『そちら』に戻ることは出来なくなります。


 何となくは解ったような解らないような。まぁ、本当なら会えないはずの父さんと母さんにも会えたし、そっちの事情も割と切羽詰ってる感じだし、僕じゃないと拙い理由もありそうだ。


──絶対ではないですが、最善は貴方が受けてくださることですね。半ば脅迫のような形で申し訳ありません。


 自覚あったんだ。僕の魂が抜けちゃっても、僕の元居たの世界は問題ないの?総量がどうとかって事は、減っちゃうとよくないんじゃないの?


──『そちら』の管理者には話をつけてあります。影響はあちらで調整してくださるそうなので心配は無用だそうです。『こちら』は寧ろ大分足りていませんので、もとより問題はありません。


 じゃあ、仕方ないかな。受けるよ。ただ、二つほど気がかりなことがあるんだ。どうにかして欲しいんだけど。


──可能なことでしたら。


 一つは僕の死因をどうにかして欲しい。このままだとバイト先の店長にすごい迷惑がかかりそうだ。


──死因を心臓発作に改変しました。原因物質の消去を確認。貴方は不摂生から来る衰弱の上、猛暑の中締め切った室内に長時間意識を失った状態で倒れていたことによる脱水症状から併発した熱中症により心停止によって死亡。これでよろしいでしょうか?


 お、おう。それなら僕が間抜けって所を除けば文句はないよ。窓も開けずに何してたんだって思われそうだ……。


──もうお一つは?


 結婚を控えている(かもしれない)叔父さんが、責任を感じて幸せを逃すようなことにならないよう、何とか出来ないかな?


──そちらは手を出すまでもなさそうです。


 どういうこと?


──お相手の女性がその方にベタ惚れですね。貴方が亡くなった事で落ち込んだ所を支え、寄り添い、やがてお二人は……という感じです。


 話に聞く感じでも、良い人そうだったからな。安心して任せてよさそうだね。あんまり恩を返せなかったのがすこし心残りだけど。


──では、心配事も無くなったということで、正式にこちらの依頼を受諾していただけますか?


 ちょっと待ってね。


 僕はいつの間にか手を下ろしてこちらを見ている両親に大きく手を振ると叫んだ。


「父さん! 母さん! 生んでくれてありがとう! 二人の子供として精一杯頑張ってくるよ!」


 これが本当の意味での最後のお別れだ。少し寂しそうな笑顔で手を振り返してくれている両親を忘れまいと、涙を堪えて見つめ続けた。


 さあ、もういいよ。


──魂の受諾を確認。ありがとうございます。これより『こちら』へお連れいたします。


 テレビの電源が落ちるように、ぶつんと法生の視界が暗転した。

拙作をお読みいただきまして、ありがとうございます。

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