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第25話 地人族の都市に迫る影

 中央集積所で荷物を粗方捌き、法生たちは馬と馬車を門の近くの厩に預けて宿を探していた。ちなみに拡張鞄は全て背負い鞄の方に片付けてある。


「さて、そろそろお昼だけど、どこか入る? それともその辺の屋台で買おうか?」


 横を歩くライシールドに訊くと、どっちでも良いとのお返事。レインは森人(エルフ)の焼き菓子さえあれば良いとの事なので、参考にならない。

 取り合えず目に付いた何かの肉の串焼きを売る屋台の店主に声を掛けた。


「これは何の肉なんですか?」


 地人にしては大柄な店主が言うには、南部で良く捕獲される草原駝鳥(グラスリッチ)の肉だという。この辺りでは鳥肉と言えばこれだそうだ。不作が続く帝国領で比較的捕獲量が落ちていない貴重な蛋白源であり、地人料理の主食材でもある。この肉を置いて地人料理は語れないと言われるほど、地人族はこれを好んで食する。

 取り合えず二本買うと、一本をライシールドに渡し、一本にかぶりついた。

 脂身の少ない牛の赤身肉をさらにさっぱりさせた様な味で、表面はしっかり火を通しているのだが中身は軽く火が入っただけの半生(レア)だが、それがこの肉には丁度良い。削った岩塩とたっぷりの胡椒が肉の旨みをより引き立ててくれる。


「これ、美味いね」


 ライシールドは一言も言葉を発せず、肉を咀嚼しながら頷く。どうやら気に入ったようだ。先程は塩と胡椒で味付けされたものだったので、今度は柑橘系の果物の果汁をかけたものを二本購入した。

 あっさりとした赤身肉の旨味と酢橘に似た酸味のある果汁がよく合う。塩と胡椒のしっかりとした味とは違う、スッキリとした後味でいくらでも食べられそうだ。


「これも美味しい」


 美味いしか出てこない。ライシールドはもうずっと無言で頬張っている。


「どうやら気に入ってくれたみたいだな」


 自分の店のものをこれだけ美味そうに食べてくれる二人に嬉しくなったのか、店主は笑顔で話しかけてきた。


「ええ、初めて食べましたが美味しくて夢中で食べてしまいましたよ」


 そうだろうそうだろうと笑顔で頷く。


「そうだ、あんたらここには今日来たんだろ? もう宿は決めたのかい?」


「いえ、先程着いた所で、今から探そうかと」


 それなら、と店主がお薦めの宿を教えてくれた。

 翡翠亭と言う名前の宿で、店主曰くこの食糧不足でも限られた食材で美味い物を提供してくれる貴重な飲食店で、宿としてのサービスも良いとの事。折角なので法生たちはそこに宿を取ることに決め、店主に教えてもらった場所に向かった。


「いらっしゃい、泊まりかい? 食事かい?」


 宿に入ると、受付に立つ恰幅の良いおばちゃんと言った感じの地人女性が訊いてきた。この宿の女将だと言う女性は、深い黒の癖毛で、光の加減で緑色にも見える。深い緑の瞳をしていて、それがどこか引っ掛かった。

 一階は宿の受付と食堂を兼ねていて、串焼きの屋台の店主の言うように人気があるらしく、昼時の今は殆どの席が埋まっていた。


「泊まりで二人、いけますか?」


 一部屋なら銀貨十枚、個室二部屋なら二十五枚。食事は朝食付きで夜は銅貨五十枚。


「個室二部屋で続き部屋をお願いしたいんですが、空いてますか?」


 隣同士なら何があってもすぐ判るだろうとの判断だ。魔物の侵攻がいつ激化するか判らない以上、用心するに越したことはない。隣同士で二部屋が空いていなければ、一部屋に二人で宿泊するつもりだ。


「空いてるよ。二階のの一番奥の二部屋を使っておくれ」


 とりあえず一週間分前払いし、延長はまた申請すると言うことで話はまとまった。

 もう三十分もすれば席も空くだろうから、先に部屋に荷物を置きに行くことにする。

 しばらく時間をおいて、隣室のライシールドに声を掛けて食堂に降りると、客はまばらで大分空席が出来ていた。

 好きなところに座って良いとの事で、適当に壁際の席に陣取るととりあえずお薦めをお願いした。

 食事が来る間、食堂の内装を眺めていると、横手から声が掛かった。


「あれ、ローレスさん?」


 声のする方に視線を向けると、集積所で会ったジェダが手を振っていた。その翡翠色の瞳を見て宿の女将に感じていた引っ掛かりの正体に気がついた。目の色だけでなく、全体的な造りがジェダに似ているのだ。


「ジェダさん、先程ぶりです」


 はい、先程ぶりです。と笑顔で答える彼女に、先程気付いた疑惑を尋ねてみる。


「もしかして、ここの宿の関係者だったりします?」


「私の娘だよ。なんだい、ジェダの知り合いかい?」


 返事はジェダではなく、食事を持って来た女将が答えてくれた。ジェダも首肯して正解だと伝えてくれた。ジェダは法生に相席の許可を貰うと食べかけの昼食を持って移動してきた。女将はそんな娘の姿に行儀が悪いねぇと小言を良いながら、野菜と肉が入った煮込み汁と白麺麭(パン)を机の上に並べていく。


「ここのところ食材の確保が厳しくてね。このくらいのものしか用意できなくて申し訳ないね」


 串焼き屋台の店主の言う通り、ありものの食材で作ったにしては十分な味と量だ。法生は「そんなことはない。美味しいですよ」と返した。ライシールドは無言で食べている。文句はないようだ。


「で、うちの娘とどこで知り合ったんだい?」


 女将の質問に、集積所で仕事中のジェダに会い世話になったことを話した。真面目でキチンとした仕事ぶりで特に問題もなく、非常に助かったと答えると、ジェダは褒められて照れくさいのか少し頬を赤らめさせる。


「そうそう、ローレスさんは紳士なんだよ」


 仕事ぶりを褒められたこともあってか、にこにこと機嫌よく法生の些細な気遣いを大仰に話すジェダ。また、最近の食糧不足を解消してくれるほどの大量の食料を納品してくれた事等を嬉しそうに口にする娘を、女将はニヤニヤ顔でからかう。


「ずいぶん嬉しそうじゃないか。勇ましく守備隊入りしてこの街を守るって息巻いてた男勝りな娘とは思えない女らしさじゃないか。これは春でも来たかねぇ」


 成人と同時にジェダは守備隊の入隊試験を受け、一発合格で入隊している。当時は得意げに女将の言うようなことを口走り、周りはそんな彼女を微笑ましく見守ったものだった。そんな彼女も今では立派な一人前の守備隊員として頑張っている。

 だがそれはそれ、これはこれだ。特別意識していた訳ではないのだが、急にそんなことを言われたら恥ずかしくてまともに法生の方を見れなくなってしまう。ジェダは真っ赤になって女将をバシバシ叩く。


「もう! 変なこと言わないでよ!」


「痛いよ! あんた本気で叩くんじゃないよ!」


 わりと洒落にならない音をさせて叩かれている女将が涙目で訴える。まぁ自業自得だが。


「もう! お母さんの馬鹿っ! ローレスさん、お母さんの言うことは気にしないでくださいね」


 視線を合わせずに法生に言うと「わ、休憩時間終わっちゃう!」と慌てて食事を終えると立ち上がった。時間がないと言いつつも、きちんと食器を片付けて奥の厨房に「御馳走様」と声を掛けている。


「ローレスさん、騒がしくしちゃってごめんなさい。ゆっくりしていってね」


 恥ずかしそうに上目遣いではにかみながら法生に声を掛けると、本当に時間がないのか恥ずかしいからなのかは不明だが、凄い速度で出ていった。

 そんな娘をため息をつきながら見送ると、女将は法生の方に向き直る。


「そう言えば、さっき娘が話してたけど随分沢山の食料を持ち込んでくれたんだってね。この街もこれで一息つけるよ」


 現在この都市に蔓延する慢性的な食糧不足。今回法生の持ち込んだ物資はその暗い影を払拭するには十分な量であり、ここ暫く良い話題のなかったこの地に久しぶりの明るい報せだった。


「僕は商売で来ただけです。きちんと対価は頂いていますし、感謝されるようなことはありませんよ」


「それでもさ。ありがとうと言わせておくれよ」


 そこまで言われては感謝を受け入れないわけにもいかない。


「喜んでいただけたなら、持ち込んだ甲斐がありました」


 おそらく、これで暫くは食糧事情は改善されるだろう。帝国領内の飢饉はまだしばらく続くだろうが、そちらは帝国の上層部が何とかしてくれると信じて、今は地人族の住むこの地下都市をどうにかすることだけを考えて行動しなければならない。

 物資の補給で時間的な猶予が出来た今、次に取り掛からなければ成らないのは坑道の奥で発生している魔物の大量発生の方だ。

 原因を直接法生たちが処理する必要はない。まずは手を焼いている大量の雑魚の掃討をこちらで引き受けてしまえば、地人達は主原因に戦力を集中できる。彼らの力を結集すれば、大抵の相手なら打ち勝つことが出来るだろう。不足しがちだった薬品類も今は法生のお陰で余裕があるはずだ。

 今回はあくまで裏方に徹する。勝利は地人達のもの。法生たちは目立たなくて良いのだ。




 その日の深夜、暗い地下坑道の奥深く。

 防衛線を敷き警戒を続ける地人族の戦士達の前に現れたのは一つ目巨人(サイクロプス)の巨体。大鬼(オーガ)小鬼(ゴブリン)を従えて都市を目指して侵攻してきた。

 地人族の戦士達は一つ目や大鬼、小鬼を何とか撃退し今日も防衛を成功させる。勝利に沸く彼らは知らない。その裏で密かに、大侵攻の準備が整いつつあると言うことを。

拙作をお読みいただきまして、ありがとうございます。

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