第24話 地人の住む都市
大陸の中央南部に突き出た半島状の地を支配する南の帝国は、西に海竜の支配する海、東に海棲種の住む海を擁し南に未踏の大海原を望む。
北は森人の住む大森林と風と木の妖精種の支配する森で大陸中央部と隔てられており、森林の中央に大きな街道、北東と南東に海沿いの街道が延びている。
帝国は北を森林地帯に、東西を竜種と海棲種が支配する海に、そして南は広大な海に囲まれる天然の防壁を持った国である。
その領内に火の精霊力に満ちた山岳地帯を持ち、多数の鉱山とそれを扱う地人種の聖地が存在する。大陸の殆どの地人はここの出身で、晩年はここに帰って骨を埋めるものが殆どである。
帝国領内にあって自治権を有し、山岳地帯の地中深くに地下都市を建設し、鍛冶と彫金を司る種として大陸全土に名を馳せる。
地人個人の能力も高く、頑強な肉体と高い膂力は、時に鋼を打ち、時に襲い来る敵を叩きのめす。帝国の武力を持ってしても攻め落とすこと叶わず、共生の道を選ばざるを得ない。
地人の聖地であり鍛冶師と彫金師の聖地でもあり、その高い技術を学ぶべく、またその製品を手に入れるべく大陸全土から人が集まる。
「この時代、地人を統べるのは鍛冶の神の御使いと名高い地人王です。歴代の中でも特に聡明で、その統治は公平で明確と謳われ、単純明快を好む地人族の中では非常に好かれています。また鍛冶技術を広く伝え、技術の発展に大きく貢献した名君とされています」
しかし今、その歴史は変わろうとしている。
改竄の影響でこの地は酷く不安定な情勢になっている。
帝国全土に作物の不作による飢饉が発生し領内である地人自治領に入ってくる食料総数も激減している。今は備蓄と遠方の各国からの輸入で何とかなっているが、これもいつまで持つかはわからない。
また最近坑道深部に沸く魔物の数が激増し、それによる採掘量の減少と怪我人の増加、坑道内の幾つかは魔物に支配され、そちらの防衛に戦力を割かれて魔物の掃討にも手が足りない状態が続いている。
「このままですと、いずれ魔物が地下より溢れ出て、地下都市全域にて総力戦、大きな被害を受けた地人族は都市の放棄を決め、大陸各地に地人族の難民が溢れかえることになります。これにより大陸全土が不安定な情勢になり、そこを『異族』につけ込まれる事になり、大陸全土を戦火が広がっていきます」
それを防ぐために、まずは食料と薬等の補充。同時に地下の魔物の間引きが必要になる。
今は物資の不足が深刻な状態なので、この地に持ち込むことさえ出来れば売り先に困らない。だがここまで来ずとも帝国領内に入ってしまえば売り先に困らないのは同じであるし、この不安定な情勢で増大した強盗団に奪われる危険を冒してまで長距離を物資を持って移動するのは効率が悪すぎる。
移動距離が短ければそれだけ護衛に支払う料金も安く済み、往復する時間が短いほうが儲けが増える。
「この地まで物資を輸送してくる行商人なんて殆ど居ません。基本はここから買い付けに出た一団が持ち帰るものがほとんどです。ですので特に疑われることも無く取引は成立すると思います」
荷台に対して物資量が多くなることを突っ込まれないように、劣化型の容量拡張の鞄を複数用意している。この時代の技術で量産可能な物で、一つ一つはそれなりに高価ではあるが珍しい品物でもない。
「そろそろ見えてきましたね」
約半日の旅程を経て、目指す山岳地帯の裾野に穿たれた地下都市への入り口、その周辺を高い防壁が囲んでいる。荷馬車がそのまま入れるように広く作られた鉄の門は今は開かれており、屈強な地人の戦士達が門番として立っている。身長は総じて低く、一番高いものでも法生の首位までしかない。大体平均すると一メル半弱と言ったところか。代わりという訳ではないのだろうが、皆恐ろしく頑強そうな体格をしている。その子供の胴ほどもある腕を見ると、人族が腕相撲で勝てる未来が全く見えない。
入門には身分の照会が必要なようで、徒歩と馬車でそれぞれ列が作られている。
そのうちの一つに馬車を並ばせ、自分達の番が来るのを大人しく待った。
「行商人か? 珍しいな。……ありがたい」
法生たちの担当の地人の男は思わず声に出してしまう。帝国領の現状は行商人に厳しい。正直運んでくる物資は喉から手が出るほど欲しいところだが、身分と目的がはっきりしなければ入門許可を出すことは出来ない。
「西の都市国家郡からきました。海沿いを南下してきたので、比較的安全でしたよ」
事前に打ち合わせていた通りの答えを返す。海沿いは海産物でまだ食料事情は余裕がある。盗賊に身を落とすものも少なく、比較的治安が良いのだ。
ただし帝国の外周をぐるりと回ってくることになるので相当の時間が掛かる。必然的に運ぶ荷も長期の移動に耐える物に限定され、一つ一つの経費も馬鹿にならない。
「都市国家郡の出身で名前はローレス、行商を生業として向こうの商人組合に所属ね。そっちのは護衛のライシールド、ローレスの専属か」
札を確認しながら書類に記入していく。必要事項を書き終わったのか、札を返却してきた。
「次は積荷の確認だ。見せてもらっても良いか?」
「はい。説明いたします」
ライシールドに手綱を任せると、馬車を降りて担当者を伴って荷台の後部に移動する。幌で覆われた荷台の幕を開き、担当の男を招き入れる。横幕を固定する綱を外し、片側を開けて光を入れる。
「これは、各種薬品類に小麦に大豆、岩塩に……おお! 酒か!?」
事前に複製して積み上げておいた荷を一つ一つ説明しつつ確認してもらった。容量拡張の鞄で少し驚かれたが、長距離輸送を専門にするため、これは必須のものだと説明したら納得してもらえた。また地人らしく酒類の詰まった木箱を前に喜色満面だ。
「よくこれだけのものをここまで持ってきてくれたな! 特に酒!」
地人の酒押し半端ない。法生はその勢いに若干引き気味だ。何せ酒類で地獄を見たばかりで、個人的には見たくも無いのだから。
「いいぞ、問題なしだ。地人の聖地へようこそ! 今は食料と薬の類は中央集積所で一括買取が基本だ。少量なら個別に売っても良いが、出来たら集積所に納めてくれるとありがたい」
中央集積所の場所を教わり、荷馬車で門を潜った。教わったと言っても門の前の大通りを真っ直ぐ抜けて地下に入り、広い地下道を抜けてそのまま中央まで進めば見える、大きな倉庫が目的の集積所である。ほぼ一本道なので道に迷う要素が無い。
地下都市の天井にはどういう原理か全体的に光を放っていて、明るさは地上にいるときとさほど変わらない。各所に換気のための穴と魔道具が設置されているようで、空気が淀んでいるといったこともない。
「まずはあそこに顔を出したほうがいいよね」
大きく開かれた倉庫の入り口を目指す。建物の周りは武装した地人たちが警備し、出入り口にも何人かの守衛が詰めているようだ。
「ここで止まってください」
守衛の一人に止められる。金属製の兜で遠目には判らなかったがどうやら女性らしい。
地人は十五で成人すると男性は髭が生え、女性は髭の代わりに全身の体毛が伸びる。
男は地中深く潜る際に喉や肺を粉塵から護る為に口と鼻を覆うように髭が生え、女は地下の肌寒い生活圏で代謝を抑える為に体毛を伸ばして保温効果を高めるのだ。
「門からの連絡で食料と薬を運んでこられたと訊きましたが」
書類片手に人懐こそうな笑顔で話し掛けてくる。法生は首肯し、積み荷の概要を伝える。
「これはまた……すごい量を運んできましたね」
法生の告げた量はこの地下都市五万の民を一月養うに十分な量であった。容量拡張鞄のお陰で荷馬車一台の積載量を遥かに越えた輸送量の説得力は出た。
普通に運べば十台ではきかない。万全の体制を整えた武装商隊で運搬する量である。
「しかし、これだけの量の拡張鞄、揃えるのは大変だったのでは」
当然の疑問である。これだけの数を簡単に揃えられるのなら、輸送業界は大きく様変わりすることだろう。
「昔大きな契約を物にしまして。店舗を持つか悩んだんですが、やっぱり世界を見て回りたいと思いまして。知り合いの伝手で拡張鞄の制作者に用意していただいたんです」
嘘は言っていない。
大きな(改竄修正という仕事の)契約をして、店舗を持つか(今一瞬だけ)悩んだが(そんなつもりはないのでやめて)、世界を見て回りたいと(これは本気で)思いまして。知り合いの伝手で拡張鞄の製作者に用意していただいた。
「そうなんですか。運が良かったんですね」
多少おかしいところがあっても、実際この地は今大量の食料と薬が必要なことに変わりはない。ならば少しの不信には目を瞑ってでもこの行商人から買い上げなければならないのだ。
「それで、ここで買取をしてくださるとの事なんですが」
法生が担当の女性に訊くと、横手の搬入口に回る様案内される。馬車の横を歩く地人女性に、法生は御者台の隣に乗るか確認した。
「いえ、お気持ちはありがたいのですが、これも仕事ですので」
良い笑顔でお断りされた。そういうことなら気にしないほうが良いか、と法生は出来るだけゆっくり馬車を進め、女性の負担にならないようにだけ配慮した。
地人の買出し旅団の団員にはそんな気配りが出来るようなものは居ない。少しでも早く荷を降ろして酒場に繰り出したいのだ。
また、地人女性は体力があることで有名なので、他の行商人たちもそれほど気にしない。時は金なりの精神で速度を落としてまで気を使ってくれる人などなかなか居ない。ましてや横に乗せてあげる等初めて言われたのだ。
「あちらの買取担当が後は引き継ぎます」
「案内してくれてありがとう」
お礼を言うと買い取り担当が待つ方へ馬車を向ける。動き出そうとしたところで横手から声が掛かった。
「先程は私の速度に合わせてくださって、ありがとうございます。私、ジェダっていいます」
兜を脱ぎ、軽く頭を下げる。上目遣いで翡翠色の瞳が法生を見た。
「お気になさらず。知ってるとは思いますが、僕はローレスです。まだ何処かでお会いできると良いですね」
そうですね! また何処かで。と挨拶を返すと、ジェダは元の出入り口の方へ歩いていった。
兜の重圧にも負けない緑掛かった金色のふわふわの癖毛が、歩くたびに揺れる。その後姿を見送ると、法生も買い取り担当の方へと馬車を進ませていった。
拙作をお読みいただきまして、ありがとうございます。
修正 15/09/19
緑掛かった→緑掛かった金色の