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第23話 地人族を救う為に

 白い空間に戻ってきた法生達の目の前で、マリアは頭痛に耐えるように目を瞑っていた。


「……結果的には最良です。条件も満たされ、守護者(ガーディアン)もこれ異常ないほどの適任者を配置できました」


 机の上に置かれた書籍を捲り、開かれた頁の中ほどを指差す。


「今回の改変箇所は二箇所。ここと」


 どうやら守護者に関する事柄のようだ。


「ここです」


 守護者と六英雄の出会いの場面のようだ。

 守護者に関する記述は、本来知恵持つ猿の一族がその地を訪れた神の一柱に見出され、聖獣聖猿王(ハヌマーン)と化し長く平穏を齎す、というものだった。

 だが今回は神格を持つものがこの地を訪れなかったため猿の一族はそれなりの知恵と力を持ってはいたが聖獣化することはなく、他に守護者として適格なものは総じて多少の問題があった。

 そして雪豹の聖獣として守護者になったシアンは法生の眷属として繋がった際に神気を受け、高い知性と魂の格を獲得し、聖猿王以上の働きを見せることになる。

 神仏不在のまま聖域化しかけているこの温泉地の力に気付いた『追放者』の一体が、己が力とするため山を越え侵攻してくる。本来であれば神仏が集い強い力場を形成し、『追放者』の一体くらいなら押し戻すぐらいは出来るのだが、当時は守護者(シアン)のみ。与し易しと侵攻した『追放者』は手痛いしっぺ返しを食らう。シアンは法生から受けた神気を高め、魂の格を上げるべく力をつけ、その知恵を持って『追放者』を翻弄し撃退に成功する。仮に聖猿王が守護者だったとすると、無事に撃退できたかは危ういところだった。


「守護者の選択としては、これ以上は望めなかったでしょう。“名付け”による改変が結果としては最良を引き当ててくれました」


 そして六英雄がこの地を訪れたとき、身も心も傷付き疲れ果てた英雄達を導き、身体を癒し魂を鍛え、その力を成長させて送り出した。

 改変前と比べても大きく変化した所は彼らの力。彼らが撃ち滅ぼす『追放者』の数は大幅に増えることになる。


「世界の負担は減り、次の世代にも多くの物を残す結果となります。これにより失われるはずだった総量の一部は取り戻され、世界はほんの少し安定し、猶予を得ました」


 要するに予想以上の大金星、と言うことらしい。しかし今回はたまたま上手く嵌ったからこその成功だと言う事を忘れず、あまりやり過ぎないように注意してくださいと少しだけ怒られた。


「見ていてはらはらしました。私の精神衛生上もう少し穏便にお願いできませんでしょうか」


 少し疲れた顔をしたマリアを見て、法生は猛省することにした。結果よければ全てよし、の裏でマリアに心労を掛けていてはよろしくない。


「はい、気をつけます」


「お願いします。では、次の時代に移りましょう」


 新たに本を机の上に置く。異族大戦の時代の神書だ。


「大陸から『追放者』を駆逐した後、五つの国が復興と成長をしつつ均衡を保っていました」


 火種はなかったとは言えないが、それでも大きな戦争も侵攻もなく安定した時代と言える。『追放者』との戦いで受けた傷の復興は今だ半ば。何事もなければ平和は続くはずだった。

 それを打ち破るのが異界からの侵略者『異族』である。物質界(マテリアル)では知られていない界層で、最初侵略が始まったことに気付いたものは居なかった。裏側から幾つかの火種をばら撒き、それらは燻り大火を起こし、国々の間に不信の楔を打ち込んだ。

 それを救うことになるのが、それまで理解し合えない永遠の敵だと思っていた精神界(メンタル)の住民、妖魔族だった。人族の冒険者達と大陸を巡り『異族』の存在を世界に知らしめて、人々は団結して共通の敵である『異族』を撃退することになる。


「今回の改竄箇所はここです」


 記述には本来こうあるはずだった。[かの地に住まう地人(ドワーフ)の一族が鍛えし大剣、再びその地を訪れし戦士に新たなる力を授けん]との一文の、地人族の住まう地に関する記述がごっそりと削られている。

 これにより地人の住む南の帝国領内の地人族の聖地が滅びることになる。飢餓と魔物の大量発生という二つの原因によって。


「今回は行商人とその護衛に扮して地人族の聖地に入ってください。食料の供給とある都市での魔物の撃退をお願いします」


 マリアはそういうと、法生に薬瓶を手渡した。中には焦げ茶色の薬剤が入っている。


「これは?」


 マリアがにっこりと笑う。何故か法生は背筋に寒いものを感じた。


「即効性の消化促進剤です」


 法生の疑問に答えながら、マリアは机の上に麻袋を並べていく。


「これは製粉前の小麦一キル(キロ)、乾燥させた大豆一キル(キロ)、岩塩が百グル(グラム)に固焼きの黒麦(ライムギ)麺麭(パン)を一籠、後は……」


 法生は恐る恐る訊いてみる。


「これらを登録しろ、と言うことでしょうか」


「はい」


 にっこりと笑うマリアの目は笑っていない。


「やっぱり、怒ってらっしゃいますか?」


「いえ、そんなことはありませんよ」


 ただし、とマリアは続ける。


「心臓が潰れるかと思うほどの衝撃は受けました、それも何度も。ですが関係ありませんよ? これは補給物資ですので、何があろうとも登録していただくことになるのは変わりません」


 法生には死刑宣告に聞こえた。


「そうですか……。頑張ります」


 大丈夫、全て食べ物だ。と自分に言い聞かせながら席につく。

 ライシールドは何も言わずに少し離れた所に移動して素振りを始めた。下手な事を言って巻き込まれたくはない。応援は心の中で。次の旅路では少し優しくしてやろう、と心に誓った。

 硬く目を瞑り、覚悟を決めると机の上を見た。積み上げられた補給物資の山は変わらずそこにあった。

 やる(たべきるのがさき)やられる(たおれるのがさき)か。法生と補給物資との勝負が始まる。……食べきらないと終わらない勝負(じごく)だが。




「法生、俺は今改めてお前を凄いと思っている」


 恥も外聞もなく大の字で寝転がる法生の目の前に跪き、ライシールドは心の底から敬意を表した。

 たった一人とは言え、共に旅する相棒の賞賛を受け、弱弱しく親指を立てて勝利を宣言する。言葉は出ない。口を開けば言葉の代わりに何か他の()()が飛び出してきそうだから。


「消化促進剤、追加で飲みますか?」


 青い顔の法生の側で、薬剤入りの瓶を抱えたレインが尋ねた。法生は僅かに首を振って答える。もう錠剤の入り込むような隙すらない。岩塩をやっつける為に大量に飲んだ水が拙かった。水分を吸った麺麭がお腹の中で膨張しているのが効いている。


勝利に酔って(とうろくがおわったと)いらっしゃる(おもっている)所に申し訳ありませんが、まだこちらが(たたかいは)残っております(これからだ)


 マリアが良い笑顔で机の上に瓶を並べていく。何本も、何本も。


「地人族は水の代わりに麦酒(エール)を、朝の麺麭には葡萄酒(ワイン)を、仕事が終われば火酒(ウイスキー)を呑むと言われるほど、酒精(アルコール)が欠かせない種族です。血の代わりに酒精が流れていると揶揄されるほどです。ですので、補給物資に酒精は欠かすことができません」


 こちらの高濃縮蒸留酒ニュートラルスピリッツは消毒液としても液体燃料としても使えるので魔物の襲撃の時にも役に立ちますよ、とのマリアの解説を耳に、法生は意識を手放した。




 復帰して消化剤を服用し、何とかお腹も落ち着いた法生だったが、未成年なので流石にお酒は一滴も飲んだことがない。故に酒類の登録は非常に厳しいので、酒精分解薬(アルコールブレイカー)を服用させてもらった。それでも口の中で感じる味覚が消える訳ではないので、途中何度か休憩を挟まざるを得ず、大分時間が掛かってしまった。


「次は気をつけますので……もう勘弁してください」


 カタカタと体を小刻みに震わせながら、俯いた法生は呟いた。ちょっと精神的外傷(トラウマ)になったのかもしれない。


「今回の登録はこれで終わりです。私は特に含むものはございませんが……お気をつけくださいね、次こそは」


 マリアの後半の声が怖い。地の底から響くような……とここまで考えた所で全力で睨まれたので法生は考えることを止めた。


「所で、一つ良いですか?」


 話を変えないとまた地雷を踏みそうなので、全力で明後日の方向の質問を投げかける。


「ずっと(スルー)してましたが、魔物と動物って何処が違うんですか?」


「ああ、それはですね……」


 マリアが説明するまでもなく、レインの解説が始まる。

 魔物は大きく二種類に分けられる。一つは野生の動物がなんらかの原因で魔素(マナ)を体内に溜め込み、結晶化した魔核(マナコア)の影響で変貌したもの。もう一つは原初の力(オリジン)が界層を跨いで魔素に相転移変換される際、放出される魔化熱(マナバリィエフェクト)によって生み出される特殊な生命体。

 どちらにも共通するのは体内に魔核を持ち、その大きさが強さに比例する。要は魔核があれば魔物と呼んで差し支えない。

 ちなみに原初の力とはもっとも深い界層から生まれる力で、界層を跨ぐときに相転移して魔素に成る。魔素は精霊界(オール)魂魄界(ノット)霊力(スピリチュアリィ)に変換され、世界で消費された霊力は神仏の扱う神気と成り、神仏によって消費された神気は終焉の力(デマイズ)となり、消滅する際放出される(エネルギー)は最も深き界層へと還り原初の力の素となる。


「何か世界の真理の一端を聞いた気がするんですが」


 魔物の定義を聞いたら世界の理を紐解かれた。これは普通に誰もが知っている知識なのか、知られざる法則なのかが判らない。


「物質界では魔素、霊力、神気に分けて考えられ、それぞれ魔法や術式等で精神力を媒介に使用する力、と言う認識が一般的でしょうか」


 解き明かされていない知識らしい。頭の奥底に封印しておくことが決定した。

 ちなみにライシールドは魔物は魔核を持つ、と言うことは知っていた。それ以外の知識は覚える気もないようでまったく聞かずに素振りしていた。頭が痛くなるから逃げたとも言う。


「身分証になります。これがないと聖地に入れませんのでご注意を」


 掌大の金属製の(カード)をそれぞれが受け取った。法生の札はローレスの名前で作られていた。


「南の帝国領内に出ます。そこに馬車も送りますので、行商人として地人の聖地を目指してください」


 マリアが机の上に置いた神書に手を翳す。法生たちの視界が白く溶けていった。

拙作をお読みいただきまして、ありがとうございます。


修正 15/09/19

とある村→とある都市

蒸留酒→火酒

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