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第22話 野営地の撤収

「それでは今日は神酒(ネクタル)の核を安置しましょう」


 丸一日源泉から直接精霊湯を通し、全体的に馴染んできた事を確認出来たので次の段階に進むことになった。

 精霊湯で満たされた窪地に酒精の核の入った瓶を置き蓋を開ける。酒精の核から溢れ出る原酒が瓶から溢れ、精霊湯と混じり、馴染んでいく。この状態で半日置くことで場の熟成を促す。

 その間に大王薬樹(ルークァトゥ)の様子を調べる。霊薬(アムリタ)は大王薬樹のみならず、紛れ込んだ草花にも効果を及ぼし成長を早める。

 聖別された土からは害のある草花が生えることはない。それでも大王薬樹の成長の妨げになることは間違いない。


「で、草刈をする必要がある、と」


 大王薬樹の苗の根元に生える薬草や霊草、霊茸等、薬の素材に事欠かない品揃えだが、生憎ここには薬を作れるものが居ない。片っ端から引っこ抜いては背負い鞄(バックパック)に放り込んでいく。

 雪豹も器用に咥えては抜き咥えては抜き、法生の側に積み上げていく。


「あ、それを抜く時はこれを使ってください」


 レインに差し出されたのは耳栓。これが必要と言うことは有名なあの草だろうか。


「これ、死叫草(マンドレイク)か」


 引き抜くときに絶叫し、その声をまともに聞くと最悪即死すると言うあの薬草だろうか。


「ご存知でしたか。これの発する悲鳴は魂の強度で効果が左右されます。聖獣と妖精は影響を受けませんが、人の身であるライと法生様はちょっと危ないので」


 法生は耳栓をつけ、一気に引っこ抜いた。僅かに悲鳴のようなものが聞こえたが、少し不快な気分になる程度で済んだ。十秒ほどもするとくねくねと動いていた根もくてりと力が抜け、完全に動きを止めた。

 レインの大丈夫の合図を見て、耳栓を外す。雪豹は何故か五羽の野鳥を法生の足元に持ってきていた。


「この野鳥はどうしたの?」


 雪豹に聞くが答えが返ってくる訳もなく。代わりにレインが答えた。


「そちらは死叫草の死絶叫(フィアボイス)で即死して落ちてきました」


 それを集めて持ってきてくれたらしい。とりあえずここを血で汚すわけにはいかないので、上に運んで血抜きする為に吊る。念のためにライシールドに焚き火と吊った野鳥の番をお願いし、お昼までせっせと草抜きを続ける。


「そろそろ一旦上に戻ろうか。血抜きした野鳥の処理もしちゃわないと」


 しゃがみっぱなしで凝り固まった腰を伸ばしながら法生は立ち上がった。窪地の遥か中天に輝く太陽が正午が近いと告げている。

 きっちりと血抜きが出来ていることを確認し、羽根を毟っていく。大体一時間ほどで五羽の羽根を毟り終わり、次は内臓を取り出す。レインの確認した所では寄生虫等は見当たらないとのことなので纏めて鍋に放り込み、灰汁を抜いてぶつ切りにした肉と一緒に火にかける。味付けはせずに肉と内臓の煮込みは雪豹のご飯となる。

 ライシールドと法生は塩を刷り込んだ肉を部位ごとに串に刺して焚き火で炙り、塩焼き鳥にした。先日の野鳥も肉の味だけで十分美味いのだから、素人の法生が下手に味付けしてそれを損なうほうが勿体無い。


「塩で焼いただけなのになんでこんなに美味しいんだろうな」


 法生は肉を噛み締めてしみじみ呟いた。向こうでも安い肉を調味料で味付けして焼いたり、弁当で済ませたりと大したものは作らなかったので、尚の事この肉の美味さに感動する。


「旅の途中の食事でこれは十分贅沢ですよ。保存食や携行食、その場で取った獣を適当に処理してそのまま焼くか、煮る位しかしませんからね」


 レインはまるで見てきたように言うと、焼き菓子を齧った。実際には知識として知っているだけで、彼女自身もこうして野営を人とすることは初めての体験だった。


「まあ美味いに越した事はないが、どうせ腹に入れば一緒だしな。手間掛ける位なら適当に焼いて食うな、俺なら」


 めんどくさいし、と言いながらライシールドは肉を頬張る。

 確かに面倒だし、旅路では荷物の総量は限られる。例え容量拡張の付与(グラント)が施された鞄を持っていたとしても、その総量が有限なことに変わりはない。食器や調理道具を持ち運ぶくらいなら、行商人なら一つでも多くの商品を、輸送隊なら一つでも多くの物資を、冒険者なら一つでも多くの戦利品を運ぶためにその容量を使うものだ。

 如何に最低限必要なものを最小限の容量で済む様に選別する事ができるかが最初に問われる技量となる。()()()の為に、使うか判らないものを後生大事に鞄の底に仕舞う無駄は避けなければならない。だが同時に、()()()の時に持ち合わせていなければ命に関わる場合もあるのだ。それを考えると旅路の食事事情は後回しにされがちになるのは当然と言える。


「今はこの背負い鞄があるから荷物を気にしなくて良いけど、本当はそんな贅沢出来ないのが当たり前だよね」


 この仕事が全て終われば鞄は返却しなければならないのだ。そうすると限られた容量を工面する苦労をすることになる。それが当たり前なのだから、現状を当然だと思わないよう気をつけようと法生は気を引き締める。まぁ食べるものに関しては仏具がある限り心配する必要はないのだから、他人と比べると段違いに有利なことは変わりないのだが。




 器たる窪地とそこに満たされた精霊湯が酒精(アルコール)の核の生み出す原酒と十分に馴染み、核を受け入れる準備が整ったことを確認し、法生はゆっくりと瓶を傾け、原酒と聖水の混合液を窪地に流し込んでいく。三分の一程を残して注ぎ終えると、神気の篭った聖水の原液の入った瓶を取り出し、一気に飲み干す。体内に取り込まれた神気で一時的に神格を得た法生は、酒精の核の入った瓶の中に手を入れ、酒精の核を摘むと外気に触れないように慎重に瓶を傾け、混合液と共に窪地に移動させる。酒精の核を窪地の中央に安置し、そのまま強く押すと底の岩の中に核の半ばまで潜り込み融合する。

 最後にゆっくりと全体を掻き混ぜながら手を抜くと、酒精の核を中心に淡い光を放ち始める。


「これでいずれ神酒の沸く事になる酒泉の完成です」


 完成した。それはつまりこの時代の修正の終わりを意味する。終わりと言うことは、雪豹との別れも意味することになる。


「終わり、終わりかぁ」


 思わず雪豹の頭を撫でようとして、触れてはいけないことを思い出し手を引っ込める。今だ神気が抜けきらない法生は何にも触ることが出来ない。下手に触れると神気に障り身を滅ぼすことになるからだ。

 雪豹もそれは理解しているらしく、法生の側で大人しく座っている。


「神酒についてはもう出来ることはないですね。後は酒精の核が精霊湯の力を吸収し、酒泉の格が上がるのを待つだけです。万全を期すなら大王薬樹が実るまで確認したいところですが、最初に実を付けるのはおそらく早くとも半年後、下手をすると一年くらい掛かるかもしれません」


 六英雄がここを訪れるのは、今から約三年後になるらしい。それだけの時間があれば、何とか神酒も大王薬樹も間に合うようだ。


「……俺とレインで天幕を解体しておく。法生は神気が治まるまで()()で大人しくしてろ」


 ライシールドはそういうと背を向ける。レインが「珍しく気が利くね、ライ」なんて言っている。

 ちなみに神気が治まるまで推定後二十分。それだけあれば十分だ。


「君ももう解ってると思うけど、僕達はもう帰らないといけないんだ。詳しくはいえないけど、もう少ししたら僕はこの世界から消える」


 そして神域に帰る。五十年近い先の時代までこの地に来ることはできないだろう。


「昨夜も言ったけど、何時か僕はどうにかしてここに来るよ。ちょっと長いこと待たせちゃうかもしれないけど、そのときまでのお別れだ」


 ここが大陸の何処かすら法生は知らない。この地に辿り着くのにどれほどの苦労があるのかも知らない。だが六英雄の足跡を辿ればきっとたどり着けるだろうし、もしかしたら未来では名の知れた土地になっているかもしれない。逆に難攻不落の秘境かもしれないけれど。


「僕には君に残してあげられる物がないんだ」


 今、手の内にあるものは皆借り物で、自分の物は何もない。あげられる()は何もない。


「だから、君に名前を残そうと思う」


 形のある物は残せない。だが名前なら、思い出なら置いていける。


「あんまり名付けとか得意じゃないから、凝った名前は結局思いつかなかったんだ。でも必死で考えたこの名前、気に入ってくれると良いんだけど」


 蒼氷色(アイスブルー)の瞳がジッと見ている。法生は透き通った青緑のその色こそが、この雪豹を表すに相応しいと思えた。


「シアン」


 氷のように涼やかに透き通った緑掛かった青。法生の心象(イメージ)の中の雪豹を象徴する色。


「色の名前をそのままって言うのもちょっと捻りがなかったかな」


 照れくさそうに頭を掻く。雪豹は神気がようやく治まった法生の足をてしてしと尻尾で叩き、鼻を擦り付ける。どうやら受け入れてくれたようだ。


「あれ? 額に何か付いてる……?」


 頭を撫でようとした手に硬質な感触がある。疑問に思って雪豹改めシアンの顔を覗き込む。

 シアンの額には白く丸い宝石のようなものが張り付いていた。ほんのりと暖かい。


「これ、なんだ「法生様!」ろ……」


 血相を変えたレインがすっ飛んできた。法生とシアンは揃ってレインの方に目を向ける。


「どうしたの、そんなに慌てて」


「神気が治まる前に雪豹に何かしましたか!? 変な力の流れを感じましたが!?」


 食い気味で訊かれる。とは言え、法生には心当たりがない。


「特に変なことはしてないと思いますが……名前を付けただけで」


「! それです!」


 レインが法生に指を突きつけて叫んだ。


「神格を得たものが“名付け”を行うと、授けられたものはその眷属となるんですよ!」


 眷族となったものは、主たるものと魂に経路が形成される。それは例えどれ程離れようとも、時を隔てようとも、魂ある限り切れる事はない。


「あー……やっぱり手遅れですね。もう経路を切り離せません」


 シアンの瞳の奥を覗き込むようにして診たレインは、がっくりと肩を落として告げた。


「幸いなことに、法生様は人族の種の壁を越える程の力は持っていません。ですので雪豹にそれほどの影響は出ないと思いますが……」


 法生はレインの説明を聞きながら思う。またやっちゃったみたいだ、と。

 これは戻ったら(ほんをでたら)マリアさんにお説教されるってことなのかなぁ、と力なく項垂れるのだった。

拙作をお読みいただきまして、ありがとうございます。


15/09/19

付与→付与(グラント)

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