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第21話 野営地の五日目

 法生は考える。目の前のこれは一体なんだ、と。

 昨夜は確かに小さな雪豹の仔が寝袋の上で丸くなっていた。今は体長一メル(メートル)越えの立派な雪豹に押し潰されようととしている。

 さてここで問題なのは二つある。まず一つ、雪豹の仔は何処に行った? もう一つはこの雪豹は一体何ものだ?

 全体的な造作は雪豹の仔に似ている。と言うことはあの仔のお母さんだろうか?

 いつまでも戻ってこない仔を心配してやってきて、我が子を見つけて……いやいや、それなら何でここで寝てるんだ?

 っていうか……。


「すごく綺麗な雪豹()だなー」


 思わず声が漏れた。白を土台(ベース)に黒の斑点模様が鮮やかに映え、すっきりとした鼻筋に吸い込まれるような透き通った蒼氷色(アイスブルー)の瞳から目が離せない。


「って、起きてる!?」


 目の色が判ると言うことは瞼が開いていると言うことであり、瞼が開いていると言うことは目を覚ましていると言うことに他ならない。たまに目を開けて寝る人も居るけど今は関係ない。

 雪豹は驚く法生の顔をじっと見て、不思議そうに首を傾げると、顎を組んだ前足の上に乗せて二度寝の体勢に入った。


「いやいや、そこは起きてよ!」


 二度寝駄目、とばかりに上半身を無理矢理起こす。思ったよりも抵抗無く雪豹が足元に転がっていく。

 なんだよもーとばかりに後ろ足で首の裏側を掻き、半眼で法生を睨みつける。


「っていうか、君は昨日までの雪豹の仔で合ってる?」


 動きが、仕草がそのものにしか見えない。だが一晩でするには些か成長しすぎではないだろうか。

 混乱した法生はとりあえずレインに見てもらおうと雪豹を連れて天幕(テント)の外に出る。焚き火の側で片手剣を振るライシールドから少し離れたところでぼーっと空を見上げているレインを発見した。


「これは、聖獣化しかかってますね。この仔」


 雪豹の周りをクルクルと回りながら観察し、レインはそう答えた。


「おそらく、昨夜この精霊湯に入ったのが切欠ではないかと。元々この仔は()()()の方に近い存在だったって言うのもあるんですけど」


 レインが言うには、何が原因かまでは判らないが、元々聖獣よりの存在だった雪豹の仔が精霊湯の一番濃い時に浸かった為、魂の格が上昇してより聖獣に近い存在になったらしい。


「ああ、丁度良いのでこの仔にこの地の守護者(ガーディアン)になってもらいましょう」


 本来こういった神域に近い場所では、善きものも悪しきものも等しく恩恵に与り、時に癒され、時に強大な力を得る。そしてそういう存在がこの地を独占しようとしたり破壊しようとすることもある。それらからこの地を守るために、守護者を置くことは決まっていた。

 本来は整備が済んだ後この付近に生息する魂の格の高い存在にお伺いを立てる予定だったのだが、今この場で聖獣と成り掛けているものが居るのだ。そのままここを守るようお願いするのが一番相性的にもよさそうだ。


「まぁ、ここを中心に縄張り作ってくれれば良いって話なので、あんまり難しい話でもないんですけどね」


 ならば尚の事、雪豹が過ごしやすい様しっかりと整備しよう、と法生は決意を新たにする。近いうちにお別れする事になるからこそ、雪豹に残せるものがあることが嬉しかった。


「よし、じゃあ気合を入れて頑張りましょうか! まずは何をすれば良い?」


 意気揚々と背負い鞄(バックパック)を地面に下ろし、レインを見る。その気合の入りように対して申し訳なさそうな顔でレインは応じる。


「じゃ、じゃあまずはライが水路と神酒(ネクタル)の受け場を作成、その後苗を植える為に十メル(メートル)四方の穴を掘ってください。法生様はその、それを見ていていただけると……」


 入れた気合が空回り。法生の出番はまだもうちょっと先でした。




 ライシールドが作業を終えた頃、丁度お昼頃ということで一旦上に戻ってきた。

 ただ見ているだけと言うのもあれなので、法生は一足先に戻って昼食を作成中。今日は雪豹が何処からか仕留めて来た野鳥の丸焼きもある。

 野鳥ならではのしっかりとした歯ごたえと深い旨みを塩だけの簡単な味付けで引き立てている。血抜きも後処理もきちんと出来ているからこそ、血なまぐささも生臭さも感じない素材本来の味が生きた美味しさが出るのだ。

 実はこの法生、地味に職業体験で猟師の下を訪れたことがあり、血抜きから捌きまで一通り出来る。猟師の下に行く選択肢を持つ職業体験を用意する学校も大概だが、それを選択する法生(せいと)も大概だ。

 早くに両親を亡くし苦労した法生は、手に職を持つことを理想に生きてきた。意外と多芸で出来ることは多かったりする。


「天幕は張れないのにこういうのは出来るのか」


 ライシールドが良い感じに焼けた肉を齧りながら何気なく呟いた。獲物の処理が出来て野外料理もこなすのに、天幕設営が出来ないのが何だかちぐはぐに感じたのだ。


「もっと簡単な構造のものだったらやったことはあるんだよ? この天幕は始めて見る構造だから戸惑っちゃって」


 因みに予備の天幕はもっと簡単な構造をしている。結局思ったよりも早く精霊湯を掘り当てることが出来たので使われていないが、これ(よびテント)だったら法生一人でも設置できる構造であった。言い訳だが。


「まあお陰で美味いもんが食えるんだ。天幕が張れない程度、気にしなくてもいいさ」


「出来なかったのは事実だから言い訳はしないけどさ」


 確かに張れなかった事に変わりはない。法生は潔く引き下がった。まあ意地を張るようなことでもない。


「そろそろ本題に入らせて頂いてもよろしいですか?」


 レインが話をぶった切る。そろそろお昼も食べ終わるので、いい加減予定を纏めないといつまで経っても作業が始められない。

 神酒の核を安置する場所は出来たが、まだ精霊湯に馴染んでいないので後に回すことになった。まずは大王薬樹(ルークァトゥ)の苗を植える土壌を作ることになった。

 土は神域の物を使うわけには行かないので、地上の聖域とされる場所で聖別された土壌を持ってきていた。それに神域で栽培された茶葉を細かく砕いて発酵させたものを混ぜ、古竜の鱗、骨、爪や牙等を細かく砕いてこれも満遍なく混ぜ込む。自動回復(リジェネ)の効果を持つ霊薬(アムリタ)をたっぷりと含ませた土壌で苗木が定着し強く成長するまで保護し、要石として土壌の中央に賢者(フィロソフィアズ)の石(ストーン)を配置する。

 等間隔に一メル(メートル)ずつ隙間を空けて植樹していく。最後に源泉から細く水路を刻み、精霊湯を絶えず土壌に染み込ませる事でその恩恵を最大限、苗に与え続ける。


「これで大王薬樹は植樹完了ですね。後は時間を掛けて成長し、実りを迎えるのを待つだけです」


 既に日は完全に沈んでいる。角灯(ランタン)の灯りを頼りに上に戻り、燻る火種から焚き火を起こし直すと時間が遅いこともあり干し肉と干物を炙って食べ、温泉に浸かり体を清めて早々に寝ることにした。

 今日も夜番の最初は法生が担い、ライシールドは既に天幕の中だ。


「霊薬を登録した時の効果がまだ続いてるのか、大分腰の痛みが引いてきたぞ……」


 慣れない土いじりで腰を痛めた法生だったが、霊薬の常時回復効果が効いているのか大分痛みが引いていた。この調子なら明日には痛みもなくなっていることだろう。

 とは言っても今はまだ痛いので、足を伸ばして横たわっている雪豹のお腹に寄りかかって、法生は焚き火をボーっと眺めている。


「君とももうちょっとでお別れか……寂しいなぁ」


 雪豹の頭を撫でながらしんみり呟いた。雪豹も法生の頭を尻尾で撫で返す。


「そういえば、君はこの地の守護者って言うのになる事に不満はないの?」


 雪豹は片目を開けると法生を見て首を縦に振った。


「そうか、聖獣っていうのはやっぱり長生きなのかな?」


「はい、害されない限りほぼ死ぬことはありません」


 いつの間にかレインが天幕から出てきて答えてくれた。


「ああ、おはようございます。でもまだ交代時間には早いよ」


 レイン曰く「どうせライの懐で寝てるから良いの」だそうで、折角なので聖獣について訊いてみた。


「基本的に寿命はありません。病気にも強く、個体差はありますが総じて強い力を持ちます」


 長く生きた竜が古竜となるように、長く生きたものは強い力と高い知性を持つに至る。そういうものは土地に憑いて守護者として長くその地を護り力を得る存在として信仰される。

 また、たまに生まれながらにその種の枠に収まらない格を持って産まれるものが出ることがあるが、大体は親や群れから捨てられ、力と知性に目覚める前に命を落とす場合が多い。それゆえに上手く成長出来た場合は強い聖獣に至る可能性が高い。

 雪豹の場合は後者に当たり、将来強力な温泉の主となることだろう。


「色々教えてくれてありがとう」


 話を聞いているうちに大分時間が経っていたらしく、天幕からライシールドが欠伸をしながら姿を現す。最初の頃の張り積めた印象が随分と緩んだものだ。少しは仲良くなれたのかな、と法生は少し嬉しくなった。


「もうそんな(こうたいの)時間かー。道理でちょっと眠いはずだ」


 立ち上がると伸びをして肩を回す。雪豹も立ち上がって法生と一緒に天幕に向かった。


「寿命がないなら、またいつか会えるかもしれないね」


 寝袋に胸元まで潜り込んで、擦り寄ってくる雪豹の頭を撫でる。気持ち良さそうに目を瞑る雪豹に、微睡みながら語りかける。


「僕はすごく遠い所に行かなきゃいけない。君ともっと一緒に居たいところだけど、残念だけど駄目みたいなんだ。だから」


 急速に意識が闇に落ちていく。眠気に抗うのもそろそろ限界が近い。


「また、ここにくるよ。何時になるか判らないけど……。逢いに来るよ……」


 くるる……と雪豹が小さく喉を鳴らし、法生に頬擦りした。何だか待っていると言ってくれているようでちょっと嬉しい。


「だから……その時まで、元気で……」


 目眩のような睡魔の誘いに導かれ、意識を手放す。そして二つの寝息が静かに天幕を支配していた。

拙作をお読みいただきまして、ありがとうございます。

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