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第20話 野営地の四日目

すみません。ストック製作に夢中で投稿遅れました。

「じゃあ、行くぞ」


 ライシールドはそう合図すると、火蜥蜴の腕で岩盤を熱し、氷柱の腕で急速冷却を掛ける。熱で限界まで熱せられて膨張した岩盤が、一気に氷点下まで冷却されて表面が収縮、膨張率の差で亀裂が発生した。

 亀裂は下からの圧力を受け、徐々に深く、大きく広がっていく。亀裂の間から湯気のようなものが立ち昇り、轟音と共に岩盤を押し広げて精霊湯が高く吹き上がった。


「おお、凄い凄い……って、これちょっとやばいんじゃ」


 法生は吹き上がる精霊湯に感嘆の声を上げ、その湯柱の高さが五十メル(メートル)以上になると危険を感じた。主に重力的な意味で。

 吹き上がった精霊湯が重力に引かれて落ちてくる。頂点を基点に放射状に落ちてくるそれは、高さがある分広範囲に及んで落下してくる。

 法生は雪豹の仔を抱きかかえると慌てて逃げ出した。ライシールドは蛇腹の腕を装填して既に落水の範囲外だ。


「ら、ライシールド君それはずるいっ!」


 ぼたぼたと落ちてくる精霊湯を時に避け、時に頭から被りながら何とか安全域まで退避する。


「ずぶ濡れになっちゃったよ」


 袖無外套(マント)の天辺から足の下まで濡れ鼠の法生の横で、彼の腕から逃れて落水を避けきった雪豹の仔が落ち着かなさげにうろうろしている。

 袖無外套を脱ぎ、絞って水気を払う。背負い鞄(バックパック)から予備の袖無外套を取り出すとそれを纏い、穴の上に移動して焚き火の前に干す。そうしている間に、精霊湯は徐々に噴出の勢いを減じていった。

 三十分程もすると吹き上がるほどの勢いは無くなり滾々と湧き上がる程度に落ち着いた。湯量は浴槽を満たして余りある程であり、湯温も少し熱い程度で十分入浴に耐えそうだ。


「これ、入っちゃ駄目かな」


 温泉を目の前に我慢できない法生が思わず呟いた。お湯に浸かる気持ちよさを知る彼には、気持ちよさそうな温泉が溜まる岩風呂を前に、もう辛抱たまらなかった。


「そうですね。泉質に有害なもの(よけいなふじゅんぶつ)も出ていませんし、良いんじゃないでしょうか」


 レインのお墨付きが出た。急いで服を脱ぎ、貧弱な全裸を晒して浴槽に近づく。銭湯にはよく行っていたので同性と妖精と獣に裸を見られても大して気にならない。

 桶が無いので鍋で代用し、掛け湯もそこそこに温泉にその身を沈めた。

 思わず漏れるため息。足を伸ばして肩まで浸かり、全身で温泉を味わう。体が芯から温まり、なんとも言えない幸福感に包まれて全身から力が抜ける。

 いつの間にか横で雪豹の仔が温泉に浸かっており、法生同様トロンとした目で脱力している。


「おーい、ライシールド君もどうだいー?」


 だらしなく間延びした語尾で誘う。


「いや、俺はいい」


 彼らの表情を見ているだけでも、温泉なるものが非常に危険なものだと解る。あんなだらしない顔を晒すわけには行かない。


「もったいない。こんなに気持ち良いのにー」


 蕩け切った顔でそんなことをのたまう法生を見て、さらに警戒を高めるライシールド。興味が無いわけではない。だがあんな風になるならちょっと遠慮したい。


「精霊の力が溢れる精霊湯ですから、身も心も癒し、補充された魂は一段階その力を増しています」


 精神的に強くなるということであり、その魂の格が上がり、より強靭な精神力を得ることが出来るようだ。


「そうか、強くなれるのか……」


 強い力を求めるライシールドの琴線に触れたらしく、一人ぶつぶつと呟いている。矜持(プライド)をとるか力をとるか。

 結局法生が三十分程浸かって出るまで悩み続けることになる。


「君も風邪引かないようにちゃんと拭いて乾かそうね」


 窪地は温泉の湯気と熱気で少し暖かい。上の野営地はその分寒さを強く感じるだろうから、しっかりと髪も体も拭いてから上がらないと風邪を引いてしまう。

 一緒に出てきた雪豹の仔を捕まえて、逃げ出そうとするのを何とか押さえて丁寧に水気を拭き取る。優しく撫でるように拭き続けていると次第に気持ちよくなってきたのか抵抗が減っていき、大人しくなったと思ったらそのまま寝てしまった。


「先に上がってご飯の用意をしているよ。もし温泉に入るのなら、この鍋と手拭(タオル)使ってね」


 手桶代わりの鍋と未使用の手拭を置いて野営地へ戻っていった。法生の姿が見えなくなって暫くして、ライシールドはそろそろと温泉に近づくと手を突っ込んでかき混ぜてみる。

 じんわりと温もる手の感覚が気持ち良い。手から伝わる暖かさが腕を伝って胸を温めてくれる気がする。危険だ。これは非常に危険だ。


「気になるなら入れば良いのに」


 レインの呆れたような声が聞こえるが、今はそれにかまっている余裕はない。入れば力が増し、代わりに何か強いものが溶けてしまう気がした。それは固執するべきものなのかは解らないが、弱みを晒すことになるのではないか。強さを求めて弱みを手に入れては本末転倒……。


「メンドクサイ。ライはほんと面倒くさいね。意地張ってないで入れば良いのに。今なら法生も見てないし、多少緩んだって平気だって」


 レインの苦言に二の句が告げず、押し黙る。法生のだらしない顔を見て、自分もあんな緩々になるのが怖かったのだ。今まで誰にも舐められまいと気を張っていたのに、その緊張の糸を切らしてしまって元の調子に戻せるのか不安だったのだ。


「いや、しかしだな……」


「もー! ごちゃごちゃウルサイ! ちゃっちゃと脱いでさっさと入っちゃえば良いんだよ!」


 温泉に浸かった位でライシールドの人間不信(めんどくさいせいかく)が改善されるわけがない。っていうかちょっとは柔らかくなった方が良いくらいだ。


「……わかった。入るからお前は法生を見張っててくれ」


 そう言うと、年相応の表情で若干顔を赤くして続ける。


「……見られたら、恥ずかしいから」


 はいはい、と笑って答えると野営地の方へ飛んでいく。レインの気分は年頃の男の子を子供に持つ母親の心境だった。ライは本当に面倒くさくて可愛いなぁ、等と思いながらちらっと後ろを振り返ると、掛け湯をして片足を湯船に突っ込む所だった。ライシールドが見たことも無い表情で湯船に浸かるところを見て、レインは満足そうに頷くのだった。




 ライシールドが戻ってきたのは、それから一時間後だった。


「あれは、危険だ。駄目になる気がする」


 何か色々脳内で何かあったらしく、凹んだ表情で焚き火の側に腰を下ろす。

 そうか、やはりライシールド君もお風呂の、と言うか温泉の魔力に取り付かれたか、と頷きながら納得した。特にここの温泉は、普段から銭湯やお風呂程度なら体験している法生でも蕩けたのだ。お風呂を知らないライシールドが耐えられる訳がない。


「明日はまず神酒(ネクタル)の核を設置する場所を作って、大王薬樹(ルークァトゥ)の苗を植える場所の選定もしないといけません。どちらも精霊湯の恩恵を受ける必要があるので、窪地の何処かにする必要がありますね」


 食事の後片付けも終わり、食後の花茶を飲みながらの作戦会議。レインは森人(エルフ)の焼菓子をチマチマと食しながら続ける。


「まず神酒の核は湯船から少し離した方がいいですね。源泉から細い水路を通して精霊湯を流し込むようにすれば良いと思います。大王薬樹の苗は逆に少し近い位置の方がいいかもしれません。あまり離すと外部から流れ込む冷気に当てられて枯れる危険性があります」


 明日明るくなってから、水路と土入れの場所を決めましょう、とレインが話をまとめて会議は終了となった。法生が膝の上で寝ている雪豹の仔と共に先に夜番することになり、ライシールドは天幕に消えた。


「しかし……不思議なもんだなぁ」


 ついこの間まで文明社会で生きてきたはずなのに、今は世界すら違う大自然の中でこうして焚き火を眺めている。こんな未来は想像すらしていなかった。

 物語の中にしか存在していなかった怪物や妖精の姿を目にし、自らも不思議な力を手に入れた。温泉を掘り、神仏の代理で環境を整える。言葉にすると訳が解らない。


「しかもこんなかわいい同行者まで出来たわけだし」


 膝の上の雪豹の仔を優しく撫でる。気持ち良さそうにゴロゴロと喉を鳴らすと尻尾をくねくねさせて身動ぎする。

 そう言えば昔捨て猫を拾った時は怒られたなーと思い出した。あのときは近所の家に引き取ってもらったが、手放すときはすごく寂しかったのを覚えている。

 今にして思えば家で飼うことにならなかったのは正解だったのかもしれない。両親の事故から独り暮らしまでの期間、法生にはあまり記憶がない。断片的に思い出せることはあるのだが、自分自身の世話もまともにできない日々だったのは確かだ。飼い猫が居たとしてもかわいそうなことになっていたかもしれない。

 この仔もあちら(ほんのそと)には連れて帰れないのだし、本当なら最初から構わなかった方が良かったのだろうが、今更後の祭りだ。それに法生自身もここまで情が移ってしまうとは思っていなかった。お別れはあの捨て猫の時よりも大変なんだろうなとは思うが、もうどうしようもない。

 まぁ、野生の雪豹の仔なら暫くすれば法生の事など忘れるだろう、と自分を納得させ、己の心の準備さえしっかりしていれば大丈夫と思うことにする。それ(こころのじゅんび)が本当に出来るかは判らないが。




「どういうこと……?」


 昨夜ライシールドと夜番を交代し、寝袋に潜り込んだところで雪豹の仔が寝袋の上で丸くなったのは覚えている。

 そして今、押し潰されるのではないかと思うほどの重圧を感じて目を覚まし、身動きがとれない事実に焦り、何とか自分の上に何が乗っているのかを確認して唖然とする。

 法生が目にしたのは、体長一メル(メートル)を超える立派な雪豹がお腹の上で寝息を立てている姿だった。

拙作をお読みいただきまして、ありがとうございます。


修正 15/10/01

外套→袖無外套(マント)

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